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<title>与論島クオリア</title>
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<description>◆与論だけの“あの感じ”を言葉にする◆与論・奄美・沖縄（琉球弧）の“同じ”を発見する◆</description>
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<item rdf:about="http://manyu.cocolog-nifty.com/yunnu/2009/12/post-1ac9.html">
<title>「薩摩侵略４００年　東アジア視点に研究発表」</title>
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<description>　昨日、沖縄国際大学で行われた南島文化市民講座（「東アジアの中の琉球－島津氏の琉...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　昨日、沖縄国際大学で行われた南島文化市民講座（「東アジアの中の琉球－島津氏の琉球侵略４００年を考える－」）の記事（琉球新報）。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　&lt;a href=&quot;http://www.okinawatimes.co.jp/news/2009-12-20-M_1-026-1_001.html&quot;&gt;「外交・貿易　幅広く議論/薩摩侵略４００年　東アジア視点に研究発表」&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;　京都大学の夫馬（ふま）進教授は、中国や朝鮮からみた薩摩侵略の意味を検証。１７２４年、北京で琉球と朝鮮の使節が接触した際の史料を紹介し「国交がない両者の接触はよそよそしいものだったが、琉球使節は（侵略後）独自の『外交』指針を見いだそうと模索していたのではないか」と提起した。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　琉球大学の豊見山和行教授は、薩摩侵略と、ほぼ同時期に江戸幕府が台湾に出兵した際の外交政策が共通していると指摘。「幕府は薩摩の捕虜である琉球の尚寧王らを外交使節として仕立て、将軍へ『返礼』に出向いたと位置づけていた」とその概要を解説した。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　奄美史研究者の弓削政己氏は、薩摩藩が奄美大島を介してオランダ貿易を構想していた事実を説明。薩摩藩が幕府に対して秘密裏に琉球、奄美諸島を支配し搾取するために「隠蔽（いんぺい）政策」を行っていたことを説明した。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　沖縄大学の西里喜行教授は、薩摩侵略前後や明朝・清朝の交代時期、廃琉置県（廃藩置県）時など、琉中関係の変遷を解説。「中国側の倭乱（わらん）（薩摩侵略）の認識は時期によっても相当の違いがある」と強調した。&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　弓削のいう奄美大島におけるオランダ貿易構想は、幕府に対する奄美直接支配の隠蔽を背景にして成り立っているという理解がポイントだと思う。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　他の方の発表の詳細も知りたい。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>42.４００年</dc:subject>

<dc:creator>眞仁勇</dc:creator>
<dc:date>2009-12-20T16:28:00+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://manyu.cocolog-nifty.com/yunnu/2009/12/post-d3eb.html">
<title>「徳之島　歴史を超える歌の力しまうた・七月踊り・シンポジウムの祭典」</title>
<link>http://manyu.cocolog-nifty.com/yunnu/2009/12/post-d3eb.html</link>
<description>　４００年イベントの報告で挙げそびれていたもの。 　「徳之島　歴史を超える歌の力...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　４００年イベントの報告で挙げそびれていたもの。&lt;br /&gt;
　「徳之島　歴史を超える歌の力しまうた・七月踊り・シンポジウムの祭典」（徳之島を考える有志の会主催）。１１月２２日開催。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;　シンポジウムには進行役の大橋愛由等さん図書出版まろうど社）と、米川宗夫さん（瞑者、井之川出身）、酒井正子さん（川村女子学園大学教授）が登壇した。&lt;br&gt;　大橋さんは沖縄、鹿児島両県知事の交流拡大宣言に触れ、「交流拡大を期待する声がある半面、奄美の民衆の支持がなく、頭ごなしの調印に反発もある」と報告。米川さんはと徳之島の唄には『徳之島しゅんかね節のように、物語性のあるものが多い」と指摘した。&lt;br&gt;&lt;br&gt;　酒井さんは「こっけい、骨太なユーモアと即興精神、素朴さと懐かしみが徳之島の唄の特徴」と前置きした上で、「夏目踊りには男女が掛け合いかがら歌う力動感があり、ハメツケに高揚がある」と説明した。さらに、「４００年」にも言及、「目手久集落（伊仙町）の田植え歌の歌詞に徳之島の人たちの反骨精神が表れている」と指摘した。&lt;br&gt;パネラーの報告を踏まえ、大橋さんは「今の生活には直結しないかもしれないが、この400年の間に薩摩藩や鹿児島県から受けた徳之島の記憶は島唄や田植え歌の中に歌い込まれている。400年の思いが継承されていることが確認できた」と総括した。シンポに続いて再び歌と踊りが始まり、「ワイド節」「六調」でにぎやかに締めくくった。（南海日日新聞」１２月３日）&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　神戸には、１５００円払って１５０名が集う徳之島のコミュニティがある。すごい力だと思う。さすが徳之島だ。「こっけい、骨太なユーモアと即興精神、素朴さと懐かしみ」。徳之島気質でもあるかもしれないですね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>42.４００年</dc:subject>

<dc:creator>眞仁勇</dc:creator>
<dc:date>2009-12-20T11:48:10+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://manyu.cocolog-nifty.com/yunnu/2009/12/post-4.html">
<title>「Horizon」vol.30</title>
<link>http://manyu.cocolog-nifty.com/yunnu/2009/12/post-4.html</link>
<description>　「Horizon」vol.30 が手元に届く。 　「奄美諸島・歴史入門」がある...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　「Horizon」vol.30 が手元に届く。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　「奄美諸島・歴史入門」がある。これは豊かな達成だ。解説の他、市來美穂さんのイラストがすごくいい。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ここからぼくの課題を受け取れば、与論の歴史入門は与論の人でやらなければならない、ということ。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　もうひとつは、ここにぼくが付け加えたいのは、奄美の精神史、とりわけ知りたいということでいえば、奄美の精神の考古学だ。それがなければ、ぼく自身に、奄美に触れた気がしない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
&lt;a href=&quot;http://manyu.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2009/12/19/horizon1_2.jpg&quot; onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=424,height=600,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;Horizon1_2&quot; title=&quot;Horizon1_2&quot; src=&quot;http://manyu.cocolog-nifty.com/yunnu/images/2009/12/19/horizon1_2.jpg&quot; width=&quot;350&quot; height=&quot;495&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: left; margin: 0px 5px 5px 0px;&quot; /&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>16.奄美考</dc:subject>

<dc:creator>眞仁勇</dc:creator>
<dc:date>2009-12-19T21:19:00+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://manyu.cocolog-nifty.com/yunnu/2009/12/post-e5c5.html">
<title>「日本にとって沖縄とは何か」</title>
<link>http://manyu.cocolog-nifty.com/yunnu/2009/12/post-e5c5.html</link>
<description>　「日本にとって沖縄とは何か」シンポジウムのその場レポート。ぼくとしては、ずっと...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　「日本にとって沖縄とは何か」シンポジウムのその場レポート。ぼくとしては、ずっと、「日本にとって奄美とは何か」という問いを考えずにはいられなかった。紙屋さん、真栄平さんの話は、紙上でも読んだことがあり、あまりメモを取らなかった。あとで後悔。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ヨーゼフ・クライナーの話には、奄美も含まれていて感銘を受けた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
◆13:00─13:50　紙屋敦之（早稲田大学文学学術院教授）&lt;br /&gt;
　　　　　　　「薩摩の琉球侵攻―東アジアの中の琉球―」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　徳川は１６１０年、「琉球は代々中山王が国になれば」として、日明貿易の仲介を期待して、琉球王国の存続を命じる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　メモ。これは薩摩にとっては、奄美の直轄領化を幕府に対して隠蔽する動機の強化を意味したに違いない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
◆13:50─14:35　真栄平房昭（神戸女学院大学文学部総合文化学科教授）&lt;br /&gt;
　　　　　　　「女性史から見た薩摩の琉球侵略─その歴史と伝承─」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　歴史を人間の視点からみる。それを可視化するために、「女性」の視点を導入しているのだと思う。&lt;br /&gt;
　これまで三千の兵がいながら徹底抗戦しなかったのはなぜか、という問いかけがあったが、女性の身柄の安全を確保するためにそうしたという考え方も成り立つのではないか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　薩摩は琉球における女性の知行権を廃止しようとした。しかし琉球においては女房衆」の抵抗によって実現しない。しかし、奄美では強く実行された。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　（メモ。沖縄本島のハジチ。アマングヮは、左手の手首にある。）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　世界的にみると、女性だけが入れ墨をするのは珍しい。ここには幕藩体制下の異国的要素が現れている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
◆14:35─15:30　Rosa Caroli　ローザ・カーロリ（ベネチア大学日本学科教授）&lt;br /&gt;
　　　　　　　「沖縄県設置における尚泰氏の役割をめぐって」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　尚泰（首里１８４３－東京１９０１）。&lt;br /&gt;
　尚泰の従順な態度は沖縄の日本政府に対する態度の象徴としてみられてきた。尚泰の悲劇的でロマンティクな人物像は、それにふさわしいものだった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　１８７２年7月。王制一新の慶賀を理由として明治政府から上京を命じられる。9月。琉球藩の設置。尚泰王は琉球藩王となる。１８７５年から4年間、3回も松田道之は那覇を訪れる。１８７９年3月、沖縄県設置。尚泰は首里城の明け渡しと東京への出発命令を受ける。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　４月２７日、尚泰の長男、尚典は、那覇を離れ、５月２日、東京に到着。５月１９日、尚泰は上京を決断。６月９日、上京。６月１７日、東京在住を命じられる。「以上の経過を経て、琉球処分は、国内的には完結した」。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　尚泰での在住を永続的なものと考えたかどうかは明らかではない。明治政府は、いつ東京を尚泰の永続的な居住先と考えたのか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　尚家からみれば、尚泰が次男まで東京に連れて行ったのは、沖縄に尚家の王位継承者がいなくなることを意味した。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　尚泰の悲劇的でロマンティクな人物像は、部分的に過ぎない。尚泰の果たした役割は再考する必要がある。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　（うまく聞き取れず、メモが不完全。申し訳ない）。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
◆15:40─16:25　牧野浩隆（沖縄県立博物館・美術館館長）&lt;br /&gt;
　　　　　　　「日本の安全保障と沖縄経済」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　沖縄では知事選で安保反対かどうかが争点になる。&lt;br /&gt;
　1948年、東西冷戦の勃発を背景として、日本の範囲から Ryukyu Islandｓ が外される。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　（マッカーサー、トルーマンの肉声をテープで流す）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ドッジ・ライン　日本の為替レートは、１ドル３６０円。沖縄は、１ドル１２０円。結果、沖縄では製造業は育たず、輸入して販売する第三次的なものになった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　復帰時の沖縄問題。輸入依存体質と１００％自由化（同時期、日本は２０％と国内産業保護）。&lt;br /&gt;
　オイルショック後、公共事業、基地経済、観光客（３Ｋ）。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　いちばん問題になっているのは、基地問題。基地問題は日本の問題であることを分かってほしい。&lt;br /&gt;
　いま沖縄は元気です。沖縄ブームです。いまの沖縄振興開発計画は、格差ではなく沖縄の優位性を確立をテーマにしている。地方分権の流れからいうと、沖縄の「違い」が生きていく時代になる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　日本にとって沖縄とは何か。日本のレパートリーが増えたこと。&lt;br /&gt;
　沖縄にとっては、日本は基地の問題である。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
◆16:30─16:50　 Josef Kreinerヨーゼフ・クライナー（法政大学国際日本学研究所特任教授）&lt;br /&gt;
　　　　　　　「琉球・沖縄史学や文化人類学から沖縄のアイデンティティを考える」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　沖縄からみて琉球侵攻、侵略。薩摩と同じく、沖縄も一枚岩ではなかった。&lt;br /&gt;
　尚寧は、駿府城は王として遇されたけれど、沖縄に帰るときには、掟十五条が出されることになった。そこでは、戦争責任の問題への言及もあった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　西アフリカでは、人買いのために宝貝を使った。オランダ東インド会社は、最初、沖縄から直接、ついで薩摩から宝貝を購入した。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　国史の編纂。『中山世艦』。侵略から40年後。和文で書かれる。鑑。源為朝伝説も取り入れられる。政治的な理念にバックにある。序文で、「沖縄は元来日本である。人間も五穀も日本から渡ってきたもので日本は即ち本である。本にそむくものは禍に逢う。」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　しかし一枚岩ではない。『中山世譜』。これは漢文。二重的な考え方。&lt;br /&gt;
　この二重的な考え方は、他にもみられる。「琉球国由来記」と「琉球国旧記」。日本や中国に要求されたものではなく、琉球のイデオロギー。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　明治十年代、二十年代を通じて、改めて、自分たちとは何かを問う機会が訪れた。代表的な研究者が伊波普献。琉球の言語。結論は、昭和14年、１９３９年の『日本文化の南遷』。これは、『中山世艦』と同じ構造。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　沖縄の人は、日本人に１５０％、なりたいと思った。&lt;br /&gt;
　柳宗悦の講演を発端とした、「方言論争」。柳田國男、『海南小記』。大きなビジョン。佐多岬に立ちながら、日本文化の北上。「飛石説」。もうひとつ、「周圏論」。沖縄は柳田の説に従うと、二重の意味で日本の古い文化を持つことになる。沖縄の研究者は喜んで受け入れた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　折口信夫。神々の来訪。若者が仮面仮装して演じる。日本の基層文化として説明している。『まれびとの意義』。柳田と折口、二人とも、沖縄は日本の古い文化を残している、とした。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　石田英一郎。「琉日同祖同系を強調するのあまり、沖縄人自身のエートノスの全体的把握や非日本的な要素の究明について、なお見落とされた・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　沖縄は大切。大和中心と琉球中心。奄美を含めても、琉球は日本の１％。しかし文化を含めてみると、日本の半分を占める。沖縄を視野に入れてはじめて日本の文化の全体がつかめる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
◆16:50─17:30　我部政明（琉球大学法文学部教授）&lt;br /&gt;
　　　　　　　「戦後沖縄における自己像」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　「沖縄にとって日本は何か」。&lt;br /&gt;
　「記憶」。戦後の時間のなかで自分たちはどう考えてきたか。&lt;br /&gt;
　沖縄戦。教科書問題では、戦争を体験していない人も、おかしいと声を挙げた。沖縄では共有された記憶になっている。身体的な記憶は忘れにくい。単なる記憶以上に感情がからみつく。そのことを身近で聞くと、聞いた人にも影響を残す。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　（奄美のように、記憶の忘却をしてきた民はどうなるだろう。感情はあるのに言葉がない。）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　戦後、沖縄から日本から切り離された。それは完全ではなかった。完全に切り離されたのであれば、また沖縄の感情は違ったかもしれない。そこで、沖縄の人は、沖縄の人は日本人だろうかと考えざるを得なくなった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　（ここは、奄美も同様に考えることができる）。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　日本人になりたいと思ってきたけど、日本人として扱われているか、という疑問が起こってくる。やっぱり日本人じゃないのかな、いやでも日本だしな。答えが出ない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　これらが沖縄の自己像。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　このような理解の仕方は間違っているかもしれないが、メタファーを使った理解の仕方は妥当にも思える。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　沖縄の人たちは沖縄に米軍基地がってうれしいとは思っていない。アメリカも沖縄に豊かさをもたらすために基地を考えているわけではない。だから、基地のメタファーをニライカナイとみなすわけにいかない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
◆17:30─18:15　総括討論&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　（得能壽美、我部政明、ヨーゼフ・クライナー、牧野浩隆、ローザ・カーロリ、真栄平房昭）」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　日本にとって沖縄とは何か。沖縄にとって日本とは何か。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;真栄平。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　日本が東アジアへ起こした戦争。秀吉に始まる。戦争の記憶。１６０９年の戦争。日露戦争は沖縄の人が日本人のアイデンティティを持ち始めるきっかけになったのではないか。『坂の上の雲』の沖縄バージョンがあったのではないか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　日本の中の異国。それは、琉球的な風俗が異国的であったことも寄与している。ところが明治になって、かなり日本的になってくる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ローザ・カーロリ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　尚泰にとって日本とは何だったのか。面白い問いだけれど、資料が少なく答えるのが難しい。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;牧野浩隆。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　近代は中央集権的な動き。ここ２０～３０年は道州制などの地方分権的議論。重ならない部分は地域の特性。これは県庁を叱咤激励するときの言い方だけれど。１／４７ではなく、１対４６で考える。しかし、いまだに遅れているものは何か、という目でものをみてしまう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ヨーゼフ・クライナー。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　安良城盛昭。日本でありながら日本のなかに、より柔軟な役割を果たした沖縄。高良－安良城パラダイム。&lt;br /&gt;
　少し前の沖縄ポップで沖縄の人は少し自信がついたんじゃないか。東西ドイツの統一によって東ドイツは、沖縄のような働きはできなかった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;我部政明。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　沖縄にとって国家とは何か。国家は目に見えない。国家に意思があるかというと、ないんじゃないかと思う。固定的な風に見ないほうがいいんじゃないか。歴史の話をすると、人が見えなくなる感じがする。日米関係もあまり説明的に理解しようとすると、間違うんじゃないか。人間が歴史を作っているんじゃないか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
普天間問題。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;牧野浩隆。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　危険性の論理と反戦平和の論理。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;我部政明。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　アメリカは普天間基地を危険だとは言わない。日本側からの要請でやるんだという理解をしている。日本側も、危険というのは沖縄の人が言ってるんだという言い方は変わってきている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://manyu.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2009/12/19/kc380188.jpg&quot; onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=300,height=225,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;Kc380188&quot; title=&quot;Kc380188&quot; src=&quot;http://manyu.cocolog-nifty.com/yunnu/images/2009/12/19/kc380188.jpg&quot; width=&quot;300&quot; height=&quot;225&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: left; margin: 0px 5px 5px 0px;&quot; /&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>42.４００年</dc:subject>

<dc:creator>眞仁勇</dc:creator>
<dc:date>2009-12-19T18:33:51+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://manyu.cocolog-nifty.com/yunnu/2009/12/post-1fc1.html">
<title>「ただの唄」（「唐獅子」１３）</title>
<link>http://manyu.cocolog-nifty.com/yunnu/2009/12/post-1fc1.html</link>
<description>　「異種格闘型トークセッション」が終わると、藤木勇人さんの噺へ。両親の故郷、奄美...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　「異種格闘型トークセッション」が終わると、藤木勇人さんの噺へ。両親の故郷、奄美大島へ行ったときのこと。奄美ではまだ洗骨が行われているのに驚き、かつての沖縄の姿をそこに見出す。笑いのなかに哀しさを湛えて、語りは豊かにほぐされて次の部へ境なくつながっていった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　「新感覚シマウタコンサート」は、新城亘さんと持田明美さんが奄美と沖縄のシマウタの三線、奏法、唄い方の違いを解説。そこから先、いよいよ誰も体感したことのないだろう唄の流れを聴くのだった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　あの哀切極まりない大島の「行きゅんにゃ加那」は、徳之島で「取ったん金ぐわ」、沖縄島では「とぅーたんかに」、また沖永良部島では数え唄にもなり、哀切とは別の方へ音色が変わるのが不思議だ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　石垣島のシシャーマ節、沖永良部島の稲しり節と徳之島の稲すり節を辿ると、徳之島と沖永良部島のあいだの音階の違いがよくわかる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　「十九の春」の系譜では、七歳の中山青海ちゃんが「与論小唄」を唄うと、自然と手拍子と笑いが沸き起こる。続くソウルフラワーユニオンによる「ラッパ節」も出色で、かつ後半の盛り上がりを用意してくれた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　「畦越え」では、徳之島の「畦越えぬ水節」、宮古島の「川満の笠踊り」、竹富島の「じっちゅ」、沖永良部島の「奴踊り」、の、似ているけど違う、違うけど似ている流れが面白い。そして踊らずにはいられない沖縄島の「唐船どーい」がやってきた。そして最後は「六調」へ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　「六調」は、奄美大島と八重山のの六調が披露される。ぼくはこれまで奄美の唄会に行くと終わりが決まって六調なのを馴染みなく感じてきた。「唐船どーい」と「六調」を両方聴くのが密かな願望でそれが適った格好になったのだが、八重山のそれと聴き比べると、奄美大島の六調の激しさは意外な発見だった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　優れた唄者と踊り手たちが、流れるように唄い継いでくれたおかげで、藤木さんの解説を挟んだ途切れない構成は、唄のつながりの贅沢な演出にもなった。もちろん最後はみんなで踊った。企画、構成した持田さんは奄美、沖縄民謡というジャンルを越えた「ただの唄」が見えたと語るが、「奄美と沖縄をつなぐ」イベントが実現できたのがそれだとしたら嬉しいと思ってきた。今、ようやく手に入れた当日のＤＶＤを観て、ぼくも同感する想いだ。（マーケター）&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>46.「奄美と沖縄をつなぐ」（唐獅子）</dc:subject>

<dc:creator>眞仁勇</dc:creator>
<dc:date>2009-12-19T16:49:00+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://manyu.cocolog-nifty.com/yunnu/2009/12/400-6ae8.html">
<title>「東アジアの中の琉球 ―島津氏の琉球侵略400年を考える―」</title>
<link>http://manyu.cocolog-nifty.com/yunnu/2009/12/400-6ae8.html</link>
<description>　再紹介だが、１９日土曜は、沖縄国際大学で４００年関連イベントが開かれる。 　第...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　&lt;a href=&quot;http://manyu.cocolog-nifty.com/yunnu/2009/12/post.html&quot;&gt;再紹介&lt;/a&gt;だが、１９日土曜は、沖縄国際大学で４００年関連イベントが開かれる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　&lt;a href=&quot;http://irc.okiu.ac.jp/detail.jsp?id=15049&amp;type=TopicsTopPage&amp;funcid=2&quot;&gt;第31回　南島文化市民講座&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　「島津氏の琉球侵略400年」と、「侵略」を明記した名称である点が新鮮だ。駆けつけたいが果たせない。どなたかレポートを書いてくれるのを期待しよう（虫がいい）。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;講座タイトル　「東アジアの中の琉球－島津氏の琉球侵略４００年を考える－」

&lt;p&gt;研究発表(ＰＭ１：１０－２：５０)&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;１．夫馬　進(京都大学教授)&lt;br /&gt;
１６０９年、日本の琉球併合と中国・朝鮮の対応&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;２．豊見山和行(琉球大学教授・南島文化特別研究員)&lt;br /&gt;
江戸幕府の外交秩序と琉球ー「御礼」と保護ー&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;３．弓削政己(奄美史研究者・南島文化特別研究員)&lt;br /&gt;
道之島の成立と幕末の奄美諸島ー琉球開国要求と奄美諸島内部の施策の変化&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;４．西里喜行(沖縄大学教授・南島文化特別研究員)&lt;br /&gt;
中琉関係史における「萬暦の倭乱」とその周辺ー「併合」と「両属」の間ー&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;全体討論(ＰＭ３：１０－４：５０)&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;進行　田名真之(沖縄国際大学教授)&lt;/blockquote&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>42.４００年</dc:subject>

<dc:creator>眞仁勇</dc:creator>
<dc:date>2009-12-18T17:44:00+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://manyu.cocolog-nifty.com/yunnu/2009/12/post-539f.html">
<title>間をつなぐ言葉</title>
<link>http://manyu.cocolog-nifty.com/yunnu/2009/12/post-539f.html</link>
<description>　MT FORTUNEさんとツイッターで話していてふと、思った。 　いまの奄美は...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　MT FORTUNEさんとツイッターで話していてふと、思った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　いまの奄美は、大声で叫ぶことと沈黙とが共存している。両者は距離が大きいように見えるけれど、でも、同じなのだと思う。どちらも、叫びか沈黙によってしか語ることができないという点では。ぼくたちには両者をつなぐ言葉が必要なのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ところで、沖縄・鹿児島両県の知事による奄美大島での交流宣言とは、その大きくあいた間を通り過ぎることで実現させてしまったのではないか。そうなら、ぼくたちが避けなければいけないのは、この間隙を素知らぬ顔で、もう問題はない、いまさらと涼しげな顔で通り過ぎていかれて、なし崩しにされてしまうことではないのか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　泣く子と黙る子、そこのけそこのけ、なし崩しが通る。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　今週末の&lt;a href=&quot;http://manyu.cocolog-nifty.com/yunnu/2009/12/post-2869.html&quot;&gt;「見えかくれする薩摩侵攻以前と 以後の奄美諸島」&lt;/a&gt;が、それにならないことを願う。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>42.４００年</dc:subject>

<dc:creator>眞仁勇</dc:creator>
<dc:date>2009-12-17T21:57:57+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://manyu.cocolog-nifty.com/yunnu/2009/12/post-0354.html">
<title>「日本にとって沖縄とは何か － 沖縄史の三つの転換期を再考する」</title>
<link>http://manyu.cocolog-nifty.com/yunnu/2009/12/post-0354.html</link>
<description>　４００年イベントはまだ尽きてない。しかも東京開催。 　「日本にとって沖縄とは何...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　４００年イベントはまだ尽きてない。しかも東京開催。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　&lt;a href=&quot;http://www.iaros.org/home/news.html#hoseioki130event&quot;&gt;「日本にとって沖縄とは何か － 沖縄史の三つの転換期を再考する ―薩摩琉球入り・侵攻４００年、琉球処分１３０年、沖縄復帰―」&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ウィルヘルム・ヨハネスさんに教えてもらった。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;法政大学沖縄文化研究所・国際日本学研究所　
国際シンポジウム
日本にとって沖縄とは何か
沖縄史の三つの転換期を再考する
薩摩琉球入り・侵攻４００年、琉球処分１３０年、沖縄復帰

&lt;p&gt;場所　法政大学ボアソナードタワー２５階B会議室　&lt;br /&gt;
日時　２００９年１２月１９日（土）　１３：００～１８：１５　　　　　　&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;13:00─13:40　紙屋敦之（早稲田大学文学学術院教授）&lt;br /&gt;
　　　　　　　「薩摩の琉球侵攻―東アジアの中の琉球―」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;13:40─14:20　真栄平房昭（神戸女学院大学文学部総合文化学科教授）&lt;br /&gt;
　　　　　　　「女性史から見た薩摩の琉球侵略─その歴史と伝承─」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;14:20─15:10　Rosa Caroli　ローザ・カーロリ（ベネチア大学日本学科教授）&lt;br /&gt;
　　　　　　　「沖縄県設置における尚泰氏の役割をめぐって」　&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;15:30─16:10　牧野浩隆（沖縄県立博物館・美術館館長）&lt;br /&gt;
　　　　　　　「日本の安全保障と沖縄経済」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;16:10─16:50　 Josef Kreinerヨーゼフ・クライナー（法政大学国際日本学研究所特任教授）&lt;br /&gt;
　　　　　　　「琉球・沖縄史学や文化人類学から沖縄のアイデンティティを考える」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;16:50─17:30　我部政明（琉球大学法文学部教授）&lt;br /&gt;
　　　　　　　「戦後沖縄における自個像」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;17:30─18:15　総括討論&lt;/blockquote&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ほんのちょっと、ほんのちょっとだけ欲を言うと、奄美はまた陰扱いかなというさびしさが過ぎる。お、またいじけやすさ発揮か（苦笑）。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>42.４００年</dc:subject>

<dc:creator>眞仁勇</dc:creator>
<dc:date>2009-12-17T17:24:29+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://manyu.cocolog-nifty.com/yunnu/2009/12/post-d6b4.html">
<title>奄美テレビのインタビュー取材を受けました</title>
<link>http://manyu.cocolog-nifty.com/yunnu/2009/12/post-d6b4.html</link>
<description>　昨日、奄美テレビのインタビュー取材を受けました。一連の４００年イベントをどう感...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　昨日、奄美テレビのインタビュー取材を受けました。一連の４００年イベントをどう感じたか、と。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　急な話と短い時間だったこともあり、意図をよく汲んでないわ、あとで気づくに番組名も放送時間もおぼつかない。何やってるんだろう、おれ状態です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ご覧になる方いらしたら、笑ってやってください（苦笑）。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>42.４００年</dc:subject>

<dc:creator>眞仁勇</dc:creator>
<dc:date>2009-12-17T11:44:46+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://manyu.cocolog-nifty.com/yunnu/2009/12/post-947f.html">
<title>「旅する文体」（「唐獅子」１2）</title>
<link>http://manyu.cocolog-nifty.com/yunnu/2009/12/post-947f.html</link>
<description>　28日の土曜日、浅草の神谷バーで開かれた、酒井卯作さんの『南島旅行見聞記』 （...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　28日の土曜日、浅草の神谷バーで開かれた、酒井卯作さんの&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/4864050031?ie=UTF8&amp;tag=aeeaaaaaaa070-22&amp;linkCode=as2&amp;camp=247&amp;creative=7399&amp;creativeASIN=4864050031&quot;&gt;『南島旅行見聞記』&lt;/a&gt;&lt;img src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=aeeaaaaaaa070-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4864050031&quot; width=&quot;1&quot; height=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; alt=&quot;&quot; style=&quot;border:none !important; margin:0px !important;&quot; /&gt;（森話社）の出版記念祝賀会にお邪魔した。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/4864050031?ie=UTF8&amp;tag=aeeaaaaaaa070-22&amp;linkCode=as2&amp;camp=247&amp;creative=7399&amp;creativeASIN=4864050031&quot;&gt;『南島旅行見聞記』&lt;/a&gt;&lt;img src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=aeeaaaaaaa070-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4864050031&quot; width=&quot;1&quot; height=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; alt=&quot;&quot; style=&quot;border:none !important; margin:0px !important;&quot; /&gt;は、柳田國男が沖縄、奄美を旅したときにつけていた手帳のメモに丁寧な注釈を施して本にしたものだ。このメモは後に、あの『海南小記』として姿を現す。つまり、『海南小記』の素には、柳田のどんな見聞が控えているのか、それを知ることができるのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　柳田は加計呂麻島で、「出逢う島の人の物腰や心持にも、まだいろいろの似通いがあるように思われた」。距離と時間と、「もうこれ以上の隔絶は想像もできぬほどであるが、やはり目に見えぬ力があって、かつて繋がっていたものが今も皆続いている」と、『海南小記』に書く。柳田はこれを三百年の時点で言うのだが、四百年の時点でも同様に感じ、奄美と沖縄のつながりを注視するぼくにとって、この一節は特に心に残っている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　柳田は何を見て「似通い」を感じたのだろう。そんな関心から&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/4864050031?ie=UTF8&amp;tag=aeeaaaaaaa070-22&amp;linkCode=as2&amp;camp=247&amp;creative=7399&amp;creativeASIN=4864050031&quot;&gt;『南島旅行見聞記』&lt;/a&gt;&lt;img src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=aeeaaaaaaa070-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4864050031&quot; width=&quot;1&quot; height=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; alt=&quot;&quot; style=&quot;border:none !important; margin:0px !important;&quot; /&gt;を覗くと、たとえば「カケロマ島呑浦のおくにて、路傍の川に薯を洗ひしおりの風体全く昔のまゝ、沖縄人と同じきもの」というメモがあり、「似通い」の一つはこれだったろうかと想いを馳せた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/4864050031?ie=UTF8&amp;tag=aeeaaaaaaa070-22&amp;linkCode=as2&amp;camp=247&amp;creative=7399&amp;creativeASIN=4864050031&quot;&gt;『南島旅行見聞記』&lt;/a&gt;&lt;img src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=aeeaaaaaaa070-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4864050031&quot; width=&quot;1&quot; height=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; alt=&quot;&quot; style=&quot;border:none !important; margin:0px !important;&quot; /&gt;には、柳田門下の酒井卯作さんのエッセイが添えられている。そのタイトルは「旅する貴族」。官を辞した柳田というイメージは持っていたが、貴族のそれは無かった。しかし酒井さんは、格式の要る袴に白足袋という旅姿の向こうに貴族のイメージがあるのを教えている。酒井さんの「旅する貴族」は、官を辞した本当の理由に迫るところから、身近に肉声を聞いた人ならではの寄り添い方で柳田の素顔を浮かび上がらせる。ときに読者に問いかけ、道草をしながら、琉球に魅入られる過程に肉薄していくこのエッセイは、「旅する文体」だ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　神谷バーでの酒井さんはしきりにこんな本のためにと恐縮してらっしゃったが、八十を過ぎてなおかくしゃくたる姿に、歩いて考えてきた民俗学者の芯を見るようだった。&lt;br&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　このところ四百年にまつわるイベントに神経を尖らせることが多く、勢い目の前に視野を奪われる。しかし奄美と沖縄の境界のない酒井さんの話は、こうありたい理想を見るようで安らぐ。多くの人が本を手にとってくれますように。（マーケター）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>46.「奄美と沖縄をつなぐ」（唐獅子）</dc:subject>

<dc:creator>眞仁勇</dc:creator>
<dc:date>2009-12-16T16:56:00+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://manyu.cocolog-nifty.com/yunnu/2009/12/post-4b20.html">
<title>「与論町全域に光ファイバー」</title>
<link>http://manyu.cocolog-nifty.com/yunnu/2009/12/post-4b20.html</link>
<description>　奄美では、名瀬、和泊についで、だという。光ファイバー。 　高速大容量通信を実現...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　奄美では、名瀬、和泊についで、だという。光ファイバー。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;　高速大容量通信を実現する光ファイバーが1日、与論町全域で開通した。同町の琴平神社とNTT西日本鹿児島支店（鹿児島市）をインタ「ネット中継した記念式典を開催。関係者約100人が出席し、情報通信インフラを活用した産業振興や企業誘致に期待した。（「南海日日新聞」12月2日）&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　「産業振興や企業誘致」というより、その前に、コミュニケーション振興を図るといいと思う。コミュニケーションが交流を生み、交流が来島を生むという流れ。特に与論のようにちっちゃな島は、コミュニケーションを巨大にするといい。会って人見知りをクリアしたら親しくなる力は圧倒的なのだから。コミュニケーション・アイランドへ、だ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject> 6.地域ブランドをつくる</dc:subject>

<dc:creator>眞仁勇</dc:creator>
<dc:date>2009-12-15T17:06:00+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://manyu.cocolog-nifty.com/yunnu/2009/12/post-298b.html">
<title>差異の異議申し立てあるいは思考譲渡</title>
<link>http://manyu.cocolog-nifty.com/yunnu/2009/12/post-298b.html</link>
<description>　「系図差し出しは島役人の身分保全のため」という弓削政己の報告の衝撃が去らない。...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　&lt;a href=&quot;http://manyu.cocolog-nifty.com/yunnu/2009/12/post-a141.html&quot;&gt;「系図差し出しは島役人の身分保全のため」&lt;/a&gt;という弓削政己の報告の衝撃が去らない。奄美はいままでいったい何をやってきたのだろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ぼくの場所からはこの報告の詳細を知ることはできない。知る前に何ごとも断定的に言うことはできないだろう。しかし、弓削の史実に対する常の誠実さからこれを現段階で、妥当なものとするなら、ぼくたちはこれをどう受け止めることができるだろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　「奄美は琉球ではない」という規定が露わになった1623年の「大島置目の条々」で、島人は身分差なく百姓という視線は内包されていた。しかし、1728年の「大島御規模帳」では、それは「御蔵入りに成り候ては、皆百姓にて候」と明確に強調されることになる。そこで再度、強調されるものの、その前の１６９５年には、「皆百姓」であることに対する異議申し立てがあったことになる。これは、「奄美は琉球ではない。大和でもない」という二重の疎外が、奄美全体を同一化して見なすことに対する、琉球侵略以前の差異を根拠にした異議申し立てであっただろう。その意味では、政治的に琉球であったときの差異を、薩摩内において復活させる意味を持つものだった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　しかし、琉球から薩摩へ、上層を統べる者は誰であれ構わないというなりふり構わぬ挙措のなかに、思考は収奪されたのではなく、譲渡したものだという実像が浮かび上がってこないだろうか。これがその後、島役人だけが富裕になり膨張する背景に当たるものだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　これは、島役人の末裔が、個人の煩悶を歴史と解するような特権的な思考形態に陥ったり、鹿児島の教科書に黒糖収奪について、ともに明治維新を築いたという記述を求める能天気さとなって現れるように、現在も去らない生々しさを持っている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　これらは直観的な記述に過ぎないが、なにごとか言わずには済まなかった。奄美は自らをえぐりださなければならない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>42.４００年</dc:subject>

<dc:creator>眞仁勇</dc:creator>
<dc:date>2009-12-14T21:04:25+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://manyu.cocolog-nifty.com/yunnu/2009/12/post-f80e.html">
<title>奄美を題材にした授業</title>
<link>http://manyu.cocolog-nifty.com/yunnu/2009/12/post-f80e.html</link>
<description>　「奄美と沖縄をつなぐ」イベントに来ていただいた方からお便りをいただいた。中学校...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　「奄美と沖縄をつなぐ」イベントに来ていただいた方からお便りをいただいた。中学校の先生なのだが、驚くことに授業で奄美の自然環境を題材にしているという。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　黒砂糖を配る、サトウキビを配る。サトウキビとイネを比較させて両者の違いを気づかせる。マングースやイタチが入ったことで生態系はどうなったか、教える。そして、ここから１６０９年のことにはいる。１６０９年に奄美で何が起こったか。奄美は、大型船の建造を禁じられ、貨幣の流通を禁じられ、黒糖の生産を強いられる。それはどういうことなのか、想像してもらう。そして最後、生徒たちにこう問いかけるのだという。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;「あなたが映画のディレクターだとしたならば、この奄美と薩摩に関わる当時のようすを映画化するときに「奄美からの視点」と「薩摩からの視点」のどちらの立場に立ちますか？」&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　この過程で、奄美の被害だけに触れているのではない。薩摩の農民も、重税については同等であったことも伝えているのだが、この落とし所、どちらが正しいか、ではなく、どちらの立場で映画を撮りたいですかという問いかけは、単純な倫理への短絡に緩衝帯を設けるものだと思う。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ぼくはこの授業形式に驚いた。そして、ぼくがもし中学校の教師だったら、こんな授業が組めるだろうか、と自問して、できないかもしれないと思った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　語るに値しない。そう思い続けてきた思いこみがあって、とても授業の遡上に乗せるという発想ができそうにない。あるいは、自分がやると想定したとき、鹿児島で行うことを無意識に思い浮かべてしまうからかもしれない。彼の地でやったなら、父兄の前に、学校側から反発や圧力を受けるに違いない。もしかしたら生徒にも反撥に似た反応があるかもしれない。いやぼくは、こうした反発が想定されるからできないというのではない。そんななかで冷静にこの内容の授業を行うのは難しいと感じるのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　でもよく考えると、これらのことは思いこみであって、率直に行えばいいだけのことではないのか。この方からのお便りは、何かをする前に、諦めている自分を気づかされる想いだった。この一年、４００年関連イベントに目を凝らし、何度もなんども同じテーマをめぐって考えてきた。ふつうにみれば、なぜここまでこだわるのか不思議にも見えるだろう。自分でもおかしいのではないかと内省する瞬間もあるなか、こうしたお便りをいただけるのは望外の嬉しさだった。ちなみにこの方は奄美の出身ではない。奄美外の人に伝える努力をすること。伝わることはあるということ。そういう励ましを受け取る。そういう意味では、４００年をめぐる出来事のなかでは今年もっとも嬉しいニュースだった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>★奄美と沖縄をつなぐ（イベント）</dc:subject>

<dc:creator>眞仁勇</dc:creator>
<dc:date>2009-12-14T17:03:00+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://manyu.cocolog-nifty.com/yunnu/2009/12/post-0c05.html">
<title>「奄美ビール」</title>
<link>http://manyu.cocolog-nifty.com/yunnu/2009/12/post-0c05.html</link>
<description>　土曜は、「奄美の家」で弟とささやかに忘年会をしたのだけれど、棚を見て、ふと頼ん...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　土曜は、「奄美の家」で弟とささやかに忘年会をしたのだけれど、棚を見て、ふと頼んだのが、奄美ビール。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　で、これが美味だった。うまかった。&lt;br /&gt;
　圓山さんには、奄美の水を使っているとか、聞きました。奄美が潤うようになっているといいなと思った次第。そうでありますように。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
&lt;a href=&quot;http://manyu.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2009/12/14/amamibeer.jpg&quot; onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=225,height=300,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;Amamibeer&quot; title=&quot;Amamibeer&quot; src=&quot;http://manyu.cocolog-nifty.com/yunnu/images/2009/12/14/amamibeer.jpg&quot; width=&quot;300&quot; height=&quot;400&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: left; margin: 0px 5px 5px 0px;&quot; /&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject> 6.地域ブランドをつくる</dc:subject>

<dc:creator>眞仁勇</dc:creator>
<dc:date>2009-12-14T15:18:25+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://manyu.cocolog-nifty.com/yunnu/2009/12/post-a141.html">
<title>系図差し出しは島役人の身分保全のため</title>
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<description>　「第42回　琉球大学史学会大会」の琉球新報、記事（１２月１３日）。弓削政己の報...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　&lt;a href=&quot;http://manyu.cocolog-nifty.com/yunnu/2009/12/post-1.html&quot;&gt;「第42回　琉球大学史学会大会」&lt;/a&gt;の琉球新報、記事（１２月１３日）。弓削政己の報告は衝撃的だ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　&lt;a href=&quot;http://mainichi.jp/area/okinawa/news/20091213rky00m040002000c.html&quot;&gt;琉大史学会シンポジウム：「薩摩の影響、相撲にも」　各分野から活発意見&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;弓削氏は歴史学の観点から、奄美の役人「与人（よひと）」が薩摩に系図を提出している１６９５年の「差上（さしあげ）」に触れ「与人を百姓と受け止めるような何らかの出来事があり、それを阻止するために薩摩へ提出したものだ」として、系図差し出しは彼らによる身分保全のためだったと指摘した。&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　１６９５年の系図提出は、これまで薩摩による強制と言われてきたものだ。ぼくもこれを薩摩の思考収奪の例として挙げてきた。ところがどうだ。系図提出は、島役人の保身のためだというのだ。これでは、進んで思考を収奪させたようなものだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　切に詳細を知りたい。もし弓削の言うとおりだとしたら、いままでなぜそういう理解にたどり着けなかったのか。いったい奄美は何をやってきたのか。深刻な問題が横たわっていると思う。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>42.４００年</dc:subject>

<dc:creator>眞仁勇</dc:creator>
<dc:date>2009-12-14T08:50:56+09:00</dc:date>
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