カテゴリー「 7.小説、批評はどこに」の182件の記事

2017/06/12

「恋愛関係嫉妬時の情動とコミュニケーション反応-嫉妬の強さおよび性との関連-」(和田実)

 何もこういうことに冷徹な視線を向ける気はないのだが、こういう研究があることに驚いた。

 和田実は、嫉妬時のコミュニケーション反応について、四つの因子を仮説している。

 1.非難・喧嘩
 2.所有(自分のもの)の表示
 3.相手の反応確認
 4.否認・回避

 「相手の反応確認」というのは、「不安そうに振る舞う」、「傷ついたように見せる」ことで、「否認・回避」は「平気なふりをする」「嫉妬していない」と「自分の感情を否定する」ことだ。検証の結果では、この4つの仮説は支持されたと著者は言う。

 興味深かったのは、次のことだ。

相手の反応確認というのはこれまで見出されておらず、日本人特有のものかもしれない。というのは、日本文化の中で嫉妬を表明すること自体抵抗があるので、直接的な行動ではなく、間接的な行動で訴えて相手の反応を窺うのである。

 そんな日本文化があるのか知らないけれど、これはそういうより、個人が明確には区別されていない、ということではないだろうか。

 それから、こうした研究に関係をよりよく育むという視点は盛り込めないだろうか。そうしたものを読みたいと思う。

 
 

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2017/06/05

「境界紀行(三)与論島 たましいの行方をさがして」(谷川ゆに)

 風葬という言葉が好きだ。風葬が好きだと言ってもいいかもしれない。それは死者を風に晒すという原義を持つだろうけど、死者が風になると受け止めることもできる。与論では、近代化の過程で風葬を禁じられ、土葬へ移行した経緯があった。しかし、それはスムーズに行われたのではなく、島人の気持ちは抗った。埋葬は「このうえもない不人情」だと感じたのだ。

 谷川ゆには、そこをこう掬い取っている。

 棺を密閉して土中に埋めては、死者はひどく息苦しいであろうし、なんといっても一人きりで闇の中にい続けるのは寂しいであろう。しかし、風葬ならば、そんなことはない。

 ここで谷川が見ているのは、「死者をどこか生者のように扱ってきた」ということ、もっと言えば、死者は生きているということだ。

死は生に緩やかに連続しており、そこに、現代人である私たちの考えるような、はっきりとした断絶はない。

 谷川の感じ方に触発されて、風葬とは死なない葬法なのだと位置づけてみると、見えてくることがある。オーストラリアでひろく観察された樹上葬も、やはり言ってみれば風に晒す。そして彼らの多くが再生信仰を持っていた。つまり、樹上に置かれて身体が朽ちていくのは、再生するまでの過程に過ぎないと見なされたのだ。

 ぼくの考えでは、樹上葬を行なってきた種族が、定着生活に入ると樹上葬は台上葬に転換される。琉球弧の風葬も台上葬のひとつだと見なされるものだ。そして、琉球弧でもかつて再生は信仰されていた。

 樹上葬と台上葬では、地上に置かないことがポイントになる。そしてそれは一見、地上に置いているようにみえる風葬でも同じなのだ。典型的には洞穴近くに置くには違いなくても、「四個の平たい石を置き、その上に死体の棺を載せ」(山田実『与論島の生活と伝承』)る。注意深くみれば、直に地面に触れることが避けられている。

 どうやら再生を信仰した人々にとって、地面とは死を意味していたようなのだ。樹上葬にしても台上葬にしても、大事にされていたのは、死なないことだった。死者は生きているのだから、ということだ。


 さて、与論人にはなじみ深いハミゴーにも、谷川は足を運んでいる。

 ハミゴーは「神壕」とされているけれど、インジャゴー、シゴー、ヤゴーが湧水地であることを考えれば、「神泉」なのではないだろうか。とはいえ、語感は神の泉ではなく、死者(カミ)を迎える泉とでも言えばいいだろうか。

 ここは島人の死生観をたどるうえでもとてもシンボリックな場だと思うのだが、「ハミゴー遊び」の勢いに押されて、もっぱら風俗として、あるいは歌垣の舞台のような紹介のされ方に留まってきたように思う。

 けれど、谷川はここでも浅く掬い取っていない。

 ここに眠る骨となった人たちも、生前はやはり三線にのせて恋の歌を掛け合い、二人きりの洞窟で甘い接吻を交わしたのであろう。そして、亡くなって骨となって納められた後も、歌や踊りに誘われて、生者とともに遊びに参加するのだ。

 生者に加わる死者たち。あるいは死者たちの輪に加わる生者。そうなのだと思う。そういう場がハミゴーだ。ハミゴーを象徴する西向棚(イームッケーダナ)は、琉球の船を迎えた場と言われている。しかし、もっと遡れば、ムッケーダナとは、カミ(死者)を迎える棚、なのではないだろうか。

 谷川は、印象的にこう続けている。

 人はひとりでは生きられない。しかし生きている者同士がつながるためには、死者が必要である。今亡き人のおもかげを抱くことで(あるいはそれに包まれることで)人はやっと個人の輪郭を放擲することができる。

 民族誌は、ふたたび生まれる再生信仰が断念されたところでは、死者は孫のなかに入って孫の成長を助けるとか、兄弟のなかに入るとか考えた種族の存在を教える。これを「記憶」として霊魂の根拠とみなす西洋の人類学者もいる。しかし、「記憶」というのはいかにも「個人」概念の所産だ。観察された種族は、「記憶」として祖父や兄弟を語ったのではなく、まさにいる者として、生者として語っているだろうから。

 記憶、ではなく、「今亡き人のおもかげを抱く」、「あるいはそれに包まれる」ということ。それは、「個人の輪郭を放擲する」回路であるとともに、個人の手前にとどまる回路なのだと思う。

 与論島も風葬もハミゴーも、こんな風に深く触れられたことはなかったように思う。感謝。


『波 2017年 06 月号』

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2017/05/05

「境界紀行(二)日野 たましいの行方をさがして」(谷川ゆに)

 カフェで同僚と仕事の打ち合わせをしていたとき、急に電話に出ると、「いやそれ以上は知らないんです。通りがかっただけなので、本人のことも知りません」と話している。

 何のやりとりか想像がつかなくて、電話を終えたあとに尋ねてみたくなった。

 「いや、このカフェの角を曲がったところに駐車場があるじゃないですか。そこで、おじさんが倒れていたんですよ。大通りだから人はたくさんいるんだけど、みんなまわりを囲むようにして見ているだけだから、かけよったら意識があったので、その場で救急車を呼んだんです。で、ここに遅刻したくなかったので、駐車場の警備員さんに後を頼んできたんですけど、救急車を呼ぶときに電話番号を伝えたから、それでかかったきたんです」。

 いいことしたね、伝えると、彼は「たまに、そういうことに出くわしてしまうんですよ。それもあってか、今日もすぐに身体が動きました」と、こともなげに話してくれた。

 助ける行動を起こした彼と、すぐに救急に委ねられることになったおじさんは知己でもなければ役割関係があるわけでもない。たまたま通りかかったというきっかけがあるだけだ。けれど、これを偶然と言って済ますよりは、小さな縁を言ってみたくなる。とくにそんな場面に出くわすというのであれば。

 困った人がいれば、助けるべき人が助けるということの他に、助けられる人が助けていい。費用が発生すれば、払うべき人が払うということの他にも、払える人が払っていい。それでいいじゃないか。そこで、契約とか役割とか言う必要ない。そんな風に思う心持ちに、谷川ゆにの「境界紀行(二)日野」が響いてくる。

 もっとも谷川は、小さな縁どころか、もっと積極的に、「生まれ変わり」という縁を見出している。もちろん、唐突にそうしているわけではない。前世で家族だったという縁で、年齢もばらばらなのに束の間、たがいを気遣う家族のような関係を結ぶ人たちを描いた映画『トテチータ・チキチータ』(参照:「映画『トテチータ・チキチータ』-頬を撫でる霧雨」)、19世紀に実際にあった生まれ変わりをめぐるエピソード(生まれ変わりを名乗った勝五郎を、国学者の平田篤胤も追っている)を手がかりに引き寄せている。谷川は書いている。

 いま現在に生きている自分と、かつて生きていた自分ならぬ自分。「生まれ変わり」が孕んでいるこの不思議な二重性には、近代以降、私たちが身につけてきた、唯一無二の「個人」とか、揺るぎない「主体」や「自己」といった人間認識を、やんわりと手放させる力があるのではないだろうか。と同時にそのことが、私たちが他者と繋がって生きるための新たな世界像をゆっくりとひらいてくれるのではないだろうか。

 「生まれ変わり」にまで踏み込まれた縁を梃に、谷川はぼくたちがともすれば囚われる窮屈さを解放しようとしている。個人や主体を放棄するというのではない。「生まれ変わり」が、それを「やんわりと手放させる」のだ。そしてただ手放すだけではない。そのことは、新しい関係を「ゆっくりとひらいてくれる」のではないか。開いて結んで。この手つきは優しい。

 それに「生まれ変わり」を荒唐無稽と言って済ますわけにはいかない。柳田国男が日本人の思想としてずっと追ったのも「生まれ変わり」だった。また、民族誌をひも解けば、人類はたしかに「生まれ変わり」を生きた段階を持っている。それがしっかり息づいている種族であれば、同じ母系の霊の流れを汲む者として「同じ肉体」を感じたのだし、やや崩れたところでも、死者は兄弟に宿るとか、孫の成長を助けるなどと信じられていた。こう書けば分かるように、死者の記憶と言っては物足りない、死者との対話や助けを得て、いまの自分も生きているといえば、思い当たる節も出てくる。

 そのうえで、谷川の、そこに「他者と繋がって生きるための新たな世界像」の可能性を見るという視線の向け方が、ぼくには魅力的だった。

 これは新潮社が発行している「波」という雑誌に掲載されている(「波 2017年5月号」)。ぼくは池袋東武百貨店の旭屋書店で買った。


 

 

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2017/04/24

『POWERS OF TWO 二人で一人の天才』(ジョシュア・ウルフ・シェンク)

 以前、ビートルズの魅力をレノン-マッカートニーという創作クレジットに求めたことがある。ビートルズの魅力の核心は、ジョン・レノンとポール・マッカートニーというふたりの稀有な才を持ち合わせた個人にあるのではない。ふたりとも音楽の才に恵まれていたにはちがいないが、もしふたりが出会わなければ、それぞれの輝きは半減していただろう。ふたりの個人というわけではない、彼らの曲をあれだけのものにしたのは、レノン-マッカートニーという創作クレジットがもたらす場の力にあるのではないかと、そう考えた。

 それはとても不思議なことだ。だってそれは、ふたりが今後どちらが曲をつくっても作詞作曲「レノン-マッカートニー」とクレジットしようという合意に過ぎないのだから。たったそれだけの取り決めなのだ。しかし、そこには不思議としかいいようのない場の力が働く。実際、レノン-マッカートニー・ナンバーでのふたりの融合の度合いに分ければ、harmony型, collaborate型, help型, spice型, advice型とでもいうような五つの類型が見い出せる。(参照:『ビートルズ:二重の主旋律―ジョンとポールの相聞歌』

 協力の仕方には、ふたりの色合いが溶け込んで、もはや一方のみの要素を取り出すことができないharmony型から、あきらかに一方が作っていて、他方はadviceを加えたに過ぎないものまで幅は広い。にもかかわらず、ここにはレノン-マッカートニーというクレジットの力はどれにも生き生きと作用しているのだ。ある意味でそれをもっとも示すのは、cover型と言うのも変だけど、誰かが作った曲をカバーしたものを見るのがいい。カバーしたものにすら、レノン-マッカートニーという場の力はありありとしている。それはアレンジのどこかにレノン-マッカートニーの作用が働いているからだし、カバーにしても二人の声のハーモニーはどこかで入っている。たったそれだけでも、カバー曲というより、レノン-マッカートニー・ナンバーとして聴く者の耳に響いてくる。

 そして、次々に新しい曲を生み出していく推進力になったのは、曲づくりの応答にある。たとえば、ポールが「私を愛して(love me do)」といえば、ジョンは、「俺を喜ばせろ(please please me)」と応えるわけだ。それはまるで、相聞歌だ。そしていちどそう聴いてしまうと、彼らの曲はそのようにしか聴こえなくなる。この応答こそが、タフなスケジュールと環境のなかでも、絶えることなく曲を産み出す力になっていった。

 ところで、12年前はこうしたレノン-マッカートニーという創作クレジットを滅多に起きることのないものとして捉えていたが、そうではないという手応えがやってくるのが、この本『POWERS OF TWO 二人で一人の天才』だ。偉大な業績は「孤高の天才」がもたらすと思われているが、それは神話にすぎない。それは、「クリエイティブ・ペア(創造的な2人組)」が行うものだ。とまで言い切ろうとする勢いでこの本は書かれている。

 そこには何があるのか。著者は、魅力的なフレーズをいくつも書き出している。

真のクリエイティブ・ペアは、2人そろえば、どちらか1人で創造できることを超えて文化に貢献する。

クリエイティブな人間関係には典型的なストーリーがあることがわかった。創造的な関係には1本の弧を描き、2人が進む道を照らすテーマがある。

私たちは人生を変える人に出会うときがある。この瞬間から人生が変わるのではないかという可能性を感じる。地球上にいながら、自分たちだけが新しい軌道に飛び込むような感覚だ。

多くのペアは、自分たちにしかわからない「私的言語を持っている。(中略)2人だけに通じる言葉は、絶え間ないやり取りから有機的に生まれる。

偉大なペアは大きく違う2人であり、かなり似ている2人でもある。

ペアを組む2人が似ていることは(中略)、共通の関心と感覚が、未来のパートナーとの出会いを演出するからだ。

将来のペアの1人が磁石になり、もう1人を引き寄せるときもある。

クリエイティブ・ペアになる2人は、不思議なくらい似ていることが多い。そのような相手に出会うと、類似点が心に強く刻まれる。

果てしのない会話が続くことも、最初の出会いを象徴する。

クリエイティブ・ペアに発展する2人は、自ら創造に挑む。

 クリエイティブ・ペアの特徴には、「創造的な習慣の基礎」があって、著者はそれを「儀式」と呼んでいる。決まった時間に会う、決まった場所でつくるなどだ。そうして距離が縮まると、二人は自分たち以外の世界から切り離される。そして、レノン-マッカートニーのような2人(だけ)の約束が生まれる。

 こうした「ペアの創造的な活動と深い愛情は、区別できない場合も多い」。「創造的なペアは、創造的な活動を追求する」。著者が引用しているキュリー夫妻の言葉もいい。「私たちは夢を見ているように完全に没頭している」。

 レノン-マッカートニーについての言及も多い。というか、終始、主要な参照先になっている。著者によれば、ポールは、「ジョンが自分に差し出した挑戦的で大胆な素材を、ときにはさりげなく、ときには凝った技法で、ポピュラー音楽の言葉に乗せた」。一方、「退屈になりそうな歌をジョンが複雑な趣で生き返らせると、ポールには手も足も出なかった」。そして、ジョンとポールがそうであったように、ペアの関係は「役割の交代を通じて発展するときもある」。

 さらに「創造的な前進と同じくらい重要なのが感情のマネジメント」だ。あるアーティストと作家の組み合せでは、「どちらか一方の感情が悪化すると、もう1人の決断力が強まる」。意思しているわけではない。2人同時に落ち込まないように意識しているわけではない。単にできないのだ。

 著者のジョシュア・ウルフ・シェンクは、クリエイティブ・ペアの道程を六つのステージで捉えている。

 1.邂逅
 2.融合
 3.弁証
 4.距離
 5.絶頂
 6.中断

 興味深かったのは、6番目が終焉ではないことだ。著者は書いている。「ジョンとポールが明確に決別した時期を特定できない理由は、明確な決別がなかったからだ」。「クリエイティブなパートナーシップの場合、2人の関係から抜け出す決定的な方法がないからだ」。幕切れはある。しかし火花は消えていない。「たいていは周囲の状況に決定的な変化が起こり、バランスが失われるだけだ」。

 ただ、ジョンとポールの成り行きを追ったことのあるぼくには、著者の掘り下げに追加したくなることもある。ビートルズは少年の友情の物語のようなものだから、成熟した異性愛の場を持つようになれば、恋愛の準備としての友情は終わる。そうした成長の物語として見ることができる。しかし、よく考えてみると、恋愛したからといって、友情を終わらせる必要はないわけだ。

 それならなぜ、レノン-マッカートニーというクレジットは終わらざるを得なかったのか。それはやはりジョンが、ポールとのパートナーシップよりもオノ・ヨーコとのパートナーシップを選んだということだ。それはポールの立場からすれば残酷ですらあった。けれど、恋愛はしても友情は終わらなくていいということからすれば、やはりジョンとポールの友情にも終わりはなかった。だから、レノン-マッカートニーは終焉がなかったというだけではなく、再開へと開かれていたといっていい。

 それでもそれはなかった。その可能性は点滅しながらも、火花を散らすことがなかったのは、レノン-マッカートニーがどれだけ偉大だったとしても、ビートルズはジョージ・ハリスンとリンゴ・スターを加えて四人で成立するものだったからではないだろうか。ビートルズは、レノン-マッカートニーというクリエイティブ・ペアを軸にした共同体だったからだ。レノン-マッカートニーは、二人揃えば成り立つが、ビートルズは四人いなければならない。そこにはさらに複雑な要因がからむことになる。それに、いつも夢見がちに前を向いていたジョンは、そうそうに死者と化してしまった。

 また、著者が提示する六つのステージは、「邂逅」「融合」などの状況の他に、「弁証」や「時間」などの方法にかかわるものが混ざっていて混乱しないでもない。そこで、別のものを対置したくなる。

 1.火花
 2.融合
 3.方法化
 4.継続
 5.受容

 説明は要らないだろう。5の「受容」については、「中断」にせよ再スタートにせよ、それまでとは異なるものを受容することを指している。生き証人であるポール・マッカートニーの足跡をみれば、彼のなかでレノン-マッカートニーは終わっていないが、そこでは、ビートルズの解散、つぎにジョンの死という深刻な受容を経なければならなかった。そしてここ数年のことで言えば、これまであくまでパートナーとして向こう側に置いてきたジョンについて、「ジョンになる」という受容をし始めているというのがぼくの見立てだ。

 12年前、ただただ仰ぎ見るように羨ましく憧れたレノン-マッカートニー・クレジットは、この本を通じて、誰にでも開かれた、起こり得る関係として見えてくる。そしてもし自分にそのチャンスが訪れたなら、それにはきっと乗らずにはいられない。
 

『POWERS OF TWO 二人で一人の天才』

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2016/12/01

『シャイニング・ガール 凛と輪廻と幻獣龍』(吉行ギズモ)

 先日、知人に「わたしは現実的な人間だから、『君の名は』とか観ても、こんなのあるわけないと思っちゃうんですよ」と言われ、あるわけなくもないということを説明するのは難しいかなと思った。でも、「ひとりで妄想するのは好きなんですけどね。それはあくまで妄想だから」と、続けるのを聞いて、意外に接点はあるぞと思い返した。

 時間は直線的に一方向に進むという考え方と、反復するという感じ方がある。一方向に進むととらえれば、自分は生誕から今まで生きてきて、死に向かっていることになる。そして生んでくれた母や自分の子供は別の時間軸の過去と未来をたどっている。でも反復と捉えれば、亡くなった、たとえば祖母のいくぶんかはぼくのなかで生きているし、また、これから生まれる誰かの生を生きていることにもなる。

 時間が一方向に進むというとき、覚醒が重視され、睡眠はその断絶あるいは休止として軽視されている。せいぜい、無意識の発露として分析の対象になるくらいだ。でも、反復する時のなかでは、夢はもうひとつの現実としてリアルだ。

 夢のなかでは、覚醒している現実のなかでは荒唐無稽な出来事も平気で進行していく。まるで物語みたいに。しかし、それもリアルとみなせば、現実と夢は相互に浸透しあって、物語と現実はメビウスの帯のように、いつの間にか入れ替わったりする。

 いまは一方向に流れる時間のとらえ方が圧倒的に強いから実感が湧きにくいが、反復する時に権利を与えれば、それが支配的だった文字なき時代の思考のなかへ入ってくことができる。そこでは、反復を繰り返して、自分をさかのぼれば、祖先崇拝でいう「先祖」にたどり着くのではなく、人間を成り立たせていると考えられた精霊に行き着く。

 だから、この作品のタイトルの「輪廻」も「幻獣龍」も、反復する時間のなかではリアルなのだ。ふつうファンタジーと呼ばれている作品は、ふだん感じられなくなっている反復する時間の流れのなかにいることを生き生きと感じさせてくれるジャンルだということなのかもしれない。

 それは、非現実的でありながら、どこか思い当たる節がある、リアルだという感触としてやってきて、そしてほんのちょっと現実を見る目が優しくなったり、別の見方を促されたりするようになる。この作品もそうだ。でも、この作品は徹頭徹尾フィクションとして描かれているのではなく、あくまで日常の延長にファンタジーが接続されているところが、返って反復する時間を生きることをよく伝えているのではないかと思えた。言い換えれば、著者はファンタジーはただの空想世界ではないと言っているのだと思う。

 これで件の人を納得してもらう自信はないけれど、時間を反復と感じることがあるのは誰でもそうなのだから、そのことだよと言えば、この作品の入り口まで連れていくことはできるかもしれない。

 この作品はシナリオとして書かれている。ぼくは「脚本」というものを見たことがなかったので興味深かったし、スラスラ読めるのも心地よかった。中身の魅力は、「シャイニング・ガール: 凛と輪廻と幻獣龍」過去と未来を行き来する巫女」で紹介されている。


『シャイニング・ガール 凛と輪廻と幻獣龍』








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2016/11/21

『消えゆく沖縄 移住生活20年の光と影』(仲村清司)

 本を取り寄せたら帯に「遺言」とあって驚いた。冒頭も生い立ちから始められている。ぼくより少し年長の著者なので、仲村さん、そんなに老け込む年じゃないよと気になって読み進めると、仙人にして野人ともいうべき心からの友人が沖縄を去り、他界したエピソードが語られ、こちらも胸が締めつけられてくる。その喪失感は耐え難いものがあるだろう。

 変貌した那覇によるべなさを覚え、沖縄の民意が通らぬことに失望し、そこに聖域も失われていく喪失感も加わる。エピローグを書く段で「土人」発言に遭遇して、沖縄と本土の関係が「いちばん怖れていた段階に入った」ことに危惧し、「出口が見えないまま」の場所に佇んで、本書は終わる。

 なんというか、読むほうが本の紹介をしたり、批評をするというのではなく、仲村さん大丈夫ですか?と声をかけたくなる内容だ。

 島人のよい資質でもあるのだが、沖縄島の「重さ」を身体化させてしまっている。いちど、自分と島を切り離してみたらどうでしょう。島を去るということではなく、自分と島を考えの上で切り離すということ。きっと、生まれ育った大阪では、こうまで住んでいる場所を身体と同じもののように見なさなかったろうから、それはできることなのではないでしょうか。

 英国がEUを離脱し、トランプが大統領になり、世界の潮目は明らかに変わったようにみえる。それは国民国家の再建へと向かうのかもしれないが、困ったことに偏狭なナショナリズムも併走している。そのなかで差別の固定化が生まれやすいとするなら、現政権への沖縄への冷淡さも「土人」発言が生まれる土壌もその現れに見えてくる。

 島人には、基地問題という以外にも、ふたたび生きにくい時代がやってきているのかもしれない。ここで島人もまた、偏狭なナショナリズムに陥らないようにすることが重要なのでしょう。

 思うに、奄美を含めて琉球弧に必要なのは、自分たちの手で行う「近代化」ではないだろうか。島人は、琉球処分として、鹿児島県大隅郡として日本に組み入れられて以降、極端な日本化、本土化を進めてきた。その反省の眼差しはあって、最近では若い世代はむしろ島(シマ)に誇りを持つようになってきているし、挫折や両親の面倒というのとは違う、意欲的な帰島組も生み出すようになっている。

 けれど、日本化、本土化のトレンドは止んでいないのが、仲村さんが心を痛める那覇の変貌に象徴されているとしたら、そして、基地に対する沖縄の正当なメッセージが伝わらず、またここが重要だと思うのだが、仲村さんが書いている通り、沖縄が基地経済の依存度を小さくしているなら、「基地はいらない」というメッセージを「振興策はいらない」というメッセージに変えたらどうでしょう。これは、沖縄に対して言うというより、仲村さんの主張の幅への提案として書くのですが、そこまで言えたら、少し重荷が取れないでしょうか。

 「振興策はいらない」が極端なら、奄美並みという言い方だってある。奄美はなんとかなってますよと言いたいわけではなく、わが与論を見ても、板子一枚はがせば恐ろしいありさまであるに違いないのだが、どうもぼくたち島人は、日本化、本土化の過程で、捨てなくていいものまで同化してしまいがちが傾向があるのは間違いないのだから、現在もっとも「同化」の太いパイプになっている振興策について、削減を主張の視野に入れるのは必要なのかもしれない。

 それを言いたいのも、「反復帰論」を越えた「未来構想」という仲村さんの言及があったからで、ぼくもそこで考えたいと思っているからだ。 

 なんだか、独り言なのか、仲村さんへのメッセージなのか、分からない文章になってしまったが、書物がというより、ご本人が気がかりになる内容だったので、このままにしておく。


『消えゆく沖縄 移住生活20年の光と影』
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2016/10/19

『沖縄の不都合な真実』(大久保潤、篠原章)

 本来向き合うべきことに幾重にも別の要素がかぶさってわけがわからなくなる事象のひとつに沖縄の基地問題もある。著者たちはそれを内部に立ち入ってすっきりした像として提示している。せんじ詰めれば、「沖縄が金を要求し、政府が応じることで基地の縮小が実現できなくなってしまう」ということだ。

 そこにはお馴染みの利権がある。政府省庁と絡み合った県内企業と同士の利権をめぐるつばぜり合いもあれば、工事を県内に収めるためのつばぜり合いもある。そしてひとたび流れができてしまえば、

沖縄の中には「お金をもらったのだから基地反対を言うのは少し控えよう」という遠慮が生まれ、政府側には「お金をあげたのだから基地縮小の努力はしなくてもいいだろう」という怠慢が生まれます。

 ということになる。「おねだり」と「ばらまき」。「基地を誘致すれば税金で建設費用が落ち、反対すれば振興策が税金で落ち」るという「税金還流装置」。こうなれば、膠着して事態が進まなければ進まなくなるほど、「税金還流装置」も恒常化してしまう。そして、

沖縄の企業や行政は振興策依存で自立心が奪われ、沖縄社会は自然破壊や地域の分断といった副作用に苦しむのです。

 米国の政策もぬかりない。「米国の沖縄政策」は、「被差別意識が「反日」に向かうように県民の「沖縄ナショナリズム」を上手に利用し、海兵隊基地が具体的に日本の安全保障にどう役立っているのか(あるいはいないのか)という本質的な議論を封じ、被害者意識が米国批判に向かわないように基地負担平等論として内政問題化させる」。

 こうした入り組む要素を取り除くと、基地問題は沖縄の抱える問題を「象徴」はしていても、問題の「根っ子」ではない。

 沖縄県最大の経済的な課題は「貧困」。

 1.所得の公務員偏在
 2.所得上の著しい公民格差
 3.政治的な影響力のある公務員が経済的イニシアティブも握っている
 4.結果として「民」優位ではなく、琉球王朝以来の「公」優位の経済社会の温存

 この整理は、与論の状況を拡大構造化すれば類推できて、とても腑に落ちてくる。そこで著者たちは、「琉球王国時代から階級社会を守ってきた沖縄が内部分裂した時、初めて民主化の希望が芽生えるでしょう」と書いている。

 もうひとつすっきりするのは、「大事なのは被害者沖縄に寄り添うことではなく、沖縄の基地を減らし、見返りの振興策と減税措置をなくすこと」と書かれていたことだ。

 沖縄にある米軍基地には借地料が発生している。「一方、本土のほとんどの基地は国有地」。言い換えれば、「仮に沖縄から本土への基地移設が実現すれば、それだけで借地料は大幅に減」る。「その分、医療や福祉、教育のために税金を使え」る。「沖縄の騒音や事故や事件が激減し、国民全員の利益」になる。

 人は良心では動かない、のではなく、動けないとしたら、良心に訴えるより、経済的な動機はよほど力になる。そこで、

 本土:77%、沖縄:23%(米軍基地)
 本土:74%、沖縄:26%(内、米軍専用基地)
 本土:99%、沖縄: 1%(自衛隊専用基地)
 本土:83%、沖縄:17%(軍事基地全体)

 普天間移設や在沖海兵隊の撤退から試算される本土比5%が、まずは「日本全体の目標にすべきではない」か、という言明も力を持ってくる。

 これはクールでフェアな視点だけれど、ドライではない。

 「沖縄への贖罪意識からの解放と自己満足が本当の目的ではないのか。沖縄の周辺にはそういう人たちが多すぎます。
 余計なお世話はせず、沖縄の人たちに任せる。どうしても関わりたい時、支援したい時は、沖縄観光に行くか沖縄産のものを買い、きちんと対価としてお金を落とす。これで十分ではないでしょうか。

 こういうのを優しいというのではないだろうか。沖縄は倫理や良心の過剰な仮託先となって言説バブルを起こしていて、追おうとすればリブートをかけたくなってくるので、熱さましになる投げかけだと思う。

 「やんばる海水揚水発電所」のような自然エネルギーの産業などによる辺野古の「存続の可能性を探っていくことが、結果として基地を減らすことにつながるのではない」かという視点も結局のところ、そういうことだと思う。

 ぼくにとっては、与論に対して、琉球弧に対して向き合い方を示唆してくれる一冊だった。


『沖縄の不都合な真実』


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2016/09/16

『沖縄戦後民衆史』(森宣雄)

 書名からすると古そうに見えるかもしれないが、これは今年発刊された新しい本だ。そして今までに読んだことのない読後感を残すとともに、こういうものが読みたかったという手応えも与えてくれる。それは「沖縄の民衆」を主人公に据えることからもたらされている。すると、どんな民衆像を手にすることになるだろう。

 たとえば、森は沖縄の日本復帰をこう説明している。

日本が沖縄の「祖国」だというのは、日本政府が(沖縄住民の主権性)を米統治下に潜在化させ住民を無権利状態でゆだねる資格をもつことを、「祖国」の父祖性・家父長権において正当化するためにつくられた政治的神話であった。

 「神話」というのは、もちろん国家側のものだ。沖縄住民の無権利状態で米国に委ね、日本政府が主権を潜在化させるというのは米国の意図にも依っている。

この残余主権は将来の沖縄返還を準備するねらいで確認されたのではない。もし沖縄の主権を住民にたいして認めれば「住民は国連をバックに米国を追い出す権利を主張する」などの混乱が起こるのをダレスは予想し、人民自決の論理にもとづく沖縄の日本復帰、独立、他国との合邦、そして連合国や国連の沖縄統治への介入といった事態を封じ込める目的で、潜在主権というトリックは考案された。

 米国は国連への訴えかけで沖縄の人民自決が顕在化するのを恐れ、沖縄住民を無権利に置くとともに、潜在的な主権を日本政府に置く。日本政府は、その潜在主権によって「祖国」という政治的神話を持った。

 これに沖縄住民はどう対したのか。

米占領支配から自力で自治権を獲得し、設定された擬制にしたがって「祖国復帰」をはたし、日本の肢体内に入った。そのあと第二段階として、国内の民主制度と社会運動によって家父長的支配を無効化し、米軍の長期駐留の呪縛も解く、武装解除と自立の道を進めている。

 これは「祖国」に覚めた場所から、戦後を掬いとるように糸を張った理解だと思える。「擬制にしたがって「祖国復帰」をはたし」と言えるのも、ここで「反復帰論」などの資産を手がかりにしたものだ。

 ただ、民衆の情念は、奄美にしてもそうだったように、近代以降の「日本人になる」ことが圧倒的に強かったと思える。復帰後13年の時点で、「沖縄の心」とはと聞かれた県知事が、「それは大和人(ヤマトンチュー)になりたくて、なりきれない心だろう」と答えたところにもよく現われている。

 覚めた目でみれば、そもそも沖縄(琉球)人は大和人になれるわけではないし、なる必要もない。しかしこの「大和人」には「日本人」という含みも持っている。「日本人」になるということが、「日本国民」のことだとしたら、すでになっているのだから、「なる」という運動をする必要はない。けれど、「日本人」が国籍というだけでなく、民族性を含むものとして捉えたら、「日本人」になるということは、「沖縄(琉球)人」を否定することと同義だった。復帰後13年も経って知事が、「大和人(ヤマトンチュー)になりたくて、なりきれない」と言明するのは、「大和人」や「日本人」を、「沖縄(琉球)人」を否定して実現すべきものとして捉えられていることを示している。

 これは沖縄、奄美の人以外にはわかりにくい感じ方なのではないだろうか。

 森は古くからの格言、「物呉ゆすど我御主」(物やゆたかさをもたらす者こそ主人・国王だ)について書いている。

 「それは奴隷のことばだと、思われるかもしれない」。しかし、そこには、「ときの権勢は日没と日の出のように盛衰をくり返し、そのなかで社会も刷新され、生命力をえて循環的に歴史が進んでいくという見方」があり、それは「琉球の原始古代からの政治思想、歴史観である」。

 これをぼくの言い方でいえば、力の源泉が自然(珊瑚礁)にあり、自分たちのなかにあるのではないという思考が色濃く投影されている。そしてそのうえでその自然と一体化するのだ。

 それはこういうところにも顔を出しているのだろう。

 〈沖縄〉は米軍「異民族支配」には対峙したが日本の国権に対抗する主権的主体には発展しなかった。

 それはなぜか。そう問うて、森は「沖縄の主権的主体化、それはないのかもしれない」。「沖縄の民族意識と団結は防衛的なものであり、「力を組織して」主権を構成する道には進みにくい」と書くが、ここにも力の源泉が人間のなかにあるのではないという思考が現われている。そして他なる力の源泉に自分たちを溶けいらせるように合体しようとする。

 森は続けて、「国家を相対化する民衆史観、異文化・普遍性への越境などの精神文化は、権力(たとえ自生的なものでも)の集中をはばむ。組織化をこばむ野生性の精神だ」と書いている。

 力の源泉を自分たちのなかに持たないということに強い意味を見い出そうとすれば、「国家を相対化する」ことになるだろうし、「組織化をこばむ」ことにもなる。しかし、それは内側から強く主張されることはない。そういう理念のもとに取り出された思考ではないし、それが野生ということの意味だからだ。

 この本の話題に戻ろう。森は、沖縄の文化の固有性と普遍性を挙げている。
 
沖縄の固有性

 民族的同胞意識
 国家史を相対化する民衆史観固有の民俗文化の復興
 女性の(精神的優位性の)復権
 団結・自衛の伝統

普遍性

 人の情けを重んじる価値観
 自然を大事にする価値観
 いのちを大事にする価値観
 異文化・普遍性への越境
 超党派的な連帯への献身

 これらがどんな風に編まれているか。

同胞意識と団結・自衛の伝統が結合した、沖縄の民族的団結・主体化のエネルギー、つぎに異文化や普遍性に越境し超越的な連帯にひらかれようとする渇望、さいごに国家や権力の変遷を突き放してとらえる歴史(社会)観。この三つの潮流がせめぎ合い何らかの調和をとげるなかで、歴史を動かすダイナミズムがうみだされてきたようにみえる。そのほかの、人の情け、自然の偉大さ、いのちを重んじる価値観、民俗文化、女性の精神的優位性は、三つの潮流のいずれにも根源的な生命力をおくる基盤的な精神文化といえるだろう。

 これらの指標が民衆史を解きほぐすうえで親切なガイドを果たしている。

二〇世紀の戦争遺産から手をはなさない日米同盟に軍縮と理性的行動をもとめるパートナーをアジアにもとめていくには、なにが必要だろう。なによりも大きな交渉力、ソフト・パワーの土台となるのは(あらかじめ沖縄にたいする支配権の名乗りあいを防いでおくためにも)歴史と文化に即した自己像を明確に打ち出すことではないか。

 この自己像が切実だ。それが必要だという想いでぼくも『珊瑚礁の思考』を書いた。

 森の挙げる固有性と普遍性が「歴史を動かすダイナミズム」としてどこまで行けるのかということと、琉球独立論が「主権を構成する」ところまで行けるのかということが、併走して問われるところに現在は至っている。

 

『沖縄戦後民衆史―ガマから辺野古まで』

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2015/11/06

『物欲なき世界』(菅付雅信)

 以前は、島に帰ると、美味しいコーヒーとお酒を飲みたいという他は、潮が引くように欲求が後退していき、自分が欲望に吊り下げられているのを実感していた。けれど最近では、島に帰っても、相変わらず美味しいコーヒーとお酒は飲みたくなるのだが、欲求の引き潮は感じなくなった。それは、自分のライフサイクルがそういう段階に入ったことを示すのか、物欲が減っているかは分からない。もともと物欲が強いほうではないから、減るにしても大したものではないのだけれど。

 また、母の見舞いを繰り返すうち、思うところあって、一日ほぼ一食、しかも野菜中心にして一年近く経つ。これも、自分のライフサイクルなのか、時代を身体が感じ取っているのかは分からない。けれど、なぜあれだけ三度三度、生真面目に食べていたのか。しかも、ご飯を必須のように思っていたのか、不思議に思えてくる。そのくらいには自身の変化があるのも確かだ。

 菅付(すがつけ)雅信の『物欲なき世界』は、この「物欲」の減少が時代精神なのかどうかを(著者はそう結論づけようとしているが)、追った本だ。

 消費が万人のものになると、消費は意味を持たなくなる。ほしいものは自分たちで作るというムーブメントが定着する。ほしいものは、自ら関わる、作る、交換する、そういう主体的、参加的消費/生産が奨励される。新しい、見た目がいい、機能が多い、高級といった価値観よりも、関わっている人の顔が見える、信用/信頼できる、長く使える、公益的といった価値に重きが置かれるようになる。

低成長下、さらには定常型社会に向かう中で、シェアやレンタルが当たり前の「物欲なき世界」に突入し、買い物リストを埋めることに積極的な意味を持たなくなると、幸福のあり方が変わらざるを得ない。

 著者は後半で、「幸福」や「資本主義の限界」といった難しいテーマにも挑んでいる。しかし、本書の魅力は、「物欲なき世界」は、時代精神かどうかを取材を通じて探究している個所にあると思う。その事例の数々には、得るところが多かった。

 「物欲」の減退は、低成長に適応した結果だという側面がある。この適応は不思議ではない。人類は、モノに対する欲望に吊り下げられることなく生きてきた時間の方が圧倒的に長いのだから。一方で、靴は一足よりは二足のほうがいい。社会的な場面とカジュアルな場面で使い分けられるくらいはあったほうがいい。でも五十足も百足も要らない。この場合は、欲望の臨界点に当たる。現在の社会は、どちらにも見えるから、その先行きを判断するのは難しくもある。だから、そこをもっと追求してくれたらという願望は残った。たとえば、ミニマリストに取材し、彼らの欲望のありかを探ってゆくこと、などだ。実際に、「物欲なき世界」にいると思しき人々の欲求のあり方を知りたかった。

 ただ、プレニテュード(Plenitude(Plenum + attitude))の概念は分かる気がした。プレニテュード=豊かさの定義。

 1.新たな時間の配分
 2.自給(自分のために何かを作ったり、育てたり、行ったりすること)。自分の時間を取り戻すことは、自給を可能にし、買わなければならないものが少ないほど稼ぐ必要も少なくて済む。
 3.消費に対して、環境を意識したアプローチをすること。

 「時間は物質的なモノをしのぐ」、ということだ。これなどは、ミニマリストが言及する充足感でもある。


 本書の文脈とは外れるが、3Dプリンターは「現在のミシン」で、3Dプリンターで作っているものはハンドメイドなのだ、というチャド・ディッカーソンの言葉が刺戟的だった。

 
『物欲なき世界』

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2015/10/02

『学術書を書く』

 学術書を書くわけではないけれど、察するに読まれないという危機感に立って書かれたものだろうと思い、そこをどう克服しようとしているのかに関心があって、『学術書を書く』を手に取った。学術書ライティングのマーケティング化という印象だ。

 ここにある危機感は、かつては、「Publish or Perish(出版(発表)か、死か)」というフレーズが、研究成果を発表しない研究者への批判として使われてきたが、読まれなくなることで、「Publish and Perish(出版しても救われない)」時代になったということだ。だから、マーケティング化と言っても、今の本によく感じるような誇大広告化を目指したものではない。もっと実直なものだ。

 そもそも学術書は、読まれにくく書かれていると思ってきたが、それは偏見だったようだ。少なくとも70年代までは、本は越境性が意識されていたから、「何のために」「誰に向けて」書くかが強く意識されていた。「教養」も死語ではなかった。しかし、オンライン化の時代には、

読者を基底する物質的要因が消失してしまったために、読者を問題にするという強い意識が働きにくくなってしまった。極端にいえば、学術的な内容を発信する側が、それを受容する人々を意識しないですむようになってきているのではないでしょうか。

 と、最近のトレンドだと位置づけられている。

 そこで、著者が考える本にふさわしい学術書は、

 総じていえば、狭義の専門書であれば、「パラダイム志向的(越境性が意識されている-引用者注)」、また概説書でいえばある程度大部で体系的なもの、入門書でいえば「歯ごたえのある」、現場の困難が伝わるような挑戦的な内容のものが、今日、本にするに相応しいと筆者は考えているのです。

 以下、自分の関心にひっかかったことを引いていく。

 なぜ○○を研究するのか、○○について論じるのか、という序章(序文)を、本書では「宣言的序文」と呼ぶ。「著者の思いを、想定した読者の関心のありように応じて丁寧に示すことは、読まれる学術書にとって最も重要な要素です」。これは、昔から「書き出し10行、10頁」と言われてきた。

 「思い切った議論を提示するという姿勢」。

本全体の議論の行き先を思い切った高みに置いてしまう大胆さ、これまでの研究史や通説を乗り越える(乗り越えうる)、あるいは不明であった点を説明する(説明しうる)といった、文字通り「パラダイム志向的」な議論は成功する本に共通しているといってよいでしょう。

 「気弱な記述」を避ける。

 可読性を下げる要因となるのが、「~と思われる」「~と推測される」「~と考えられる」といった表現の多用。文章のリズムと相まって読者には気になる。読者は、「著者の思いきった議論を待っている」。できるだけ、「だ」「である」と言い切るか、せいぜい、「~といえる」「~といえよう」、時に、「~といえるのではないか」という問いの形式。

あえていえば、「二回り外、三回り外」の学問領域になにがしかのインパクトを持っていると自ら信じることの宣言です。あえていえば、そうした宣言ができない研究は、本にする必要はありません。

 本のタイトルや見出しを決めることは、「まず旗を立てること」。

 成功するタイトルに共通するのは、手に取る者に「何これ?」と思わせる魅力」。

本の内容を「説明している」のではない、「ここが面白い」「一言でいえばこれだ」と宣言しつつも、読んでみないと分からない、と読者の疑問や興味を誘っているところが、ポイントでしょうか。

 「索引」は、読者に本全体のメッセージを示すツールにもなり得る。「読者が索引を眺めたとき、その本の扱うテーマと議論の概略がイメージできるような、また実際に索引を引いたとき、読者に、意味のない索引指示であると感じさせないような工夫」。「定義や概念についての解説がまとまって述べられている部分に限って頁数を掲載」。


 学術界はどう克服しようとしているのかという問題意識で読み始めたが、次第に書き手としての関心事に移っていってしまった。また、筆者たちは、wordで入稿すれば、瞬時に上がると思うのは大間違い、というWeb業界にも通じる誤解を解くことも忘れていない。

 


鈴木哲也、高瀬桃子『学術書を書く』

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