カテゴリー「 6.地域ブランドをつくる」の234件の記事

2009/12/15

「与論町全域に光ファイバー」

 奄美では、名瀬、和泊についで、だという。光ファイバー。

 高速大容量通信を実現する光ファイバーが1日、与論町全域で開通した。同町の琴平神社とNTT西日本鹿児島支店(鹿児島市)をインタ「ネット中継した記念式典を開催。関係者約100人が出席し、情報通信インフラを活用した産業振興や企業誘致に期待した。(「南海日日新聞」12月2日)

 「産業振興や企業誘致」というより、その前に、コミュニケーション振興を図るといいと思う。コミュニケーションが交流を生み、交流が来島を生むという流れ。特に与論のようにちっちゃな島は、コミュニケーションを巨大にするといい。会って人見知りをクリアしたら親しくなる力は圧倒的なのだから。コミュニケーション・アイランドへ、だ。


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2009/12/14

「奄美ビール」

 土曜は、「奄美の家」で弟とささやかに忘年会をしたのだけれど、棚を見て、ふと頼んだのが、奄美ビール。

 で、これが美味だった。うまかった。
 圓山さんには、奄美の水を使っているとか、聞きました。奄美が潤うようになっているといいなと思った次第。そうでありますように。


Amamibeer

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2009/12/12

「奄美の農 次世代へ」

 awaさんが言っていたのはこれだったのか、と気づいた。

 農業・農村の在り方について提案活動を展開している住民参加型のキャンペーン組織KAMあまみ(かごしま・アグリ・ミュージアム)21主催のシンポジウムは2日、「次代につなぐ奄美の農-さとうきび伝来400周年を迎えて」をテーマに与論町であった。基調講演で原口泉鹿児島大教授は奄美における黒糖製造技術の革新の歴史などに触れて「現在に生きるわれわれも先人以上の努力を積み重ねていかなければならない」と提言。農家らによるパネルディスカッションでは環境に配慮した農業展開の実践例の紹介や、営々と島で作り続けられてきたキピ作の重要性を指摘する意見が出された。(「南海日日新聞」12月3日)

 原口泉が与論島で講演。しかも、こともあろうに題目は、「奄美のアイデンティティ」に触れるものだった。

 原口教授の演題は「さとうきびの歴史が伝える奄美のアイデンティティー」。講演では、薩摩藩時代の圧政に触れつつ当時の島民独自の黒糖製造技術改良の歩みを紹介。白糖製造の歴史にも触れて、キビ関連の産業遺産が自然とともに奄美をアピールする素材になりうるとの考えを提示した。

 与論に来たと聞いた時、艀に揺られて港に来る時代だったらぼくならそのまま本船に帰して上陸させない、などと物騒なことを想像したが、よりによって、原口泉に「奄美のアイデンティティ」というテーマを渡してしまうとは。それを言う資格からも動機からももっとも遠い人間に、奄美の島人自身が考えるべきテーマを話をさせるなど、ぼくには考えられない。例によって、能天気な高音でしゃべりまくったのだろうか。

 ぼくはこうやって柄悪く言うが、与論の人は、おだやかで鷹揚だからその場を静かに見守っただろう。しかし、その中味は、まっとうさをまといながら奄美のアイデンティティから程遠いものであることはバレバレであることを当人は知るべきだと思う。

 KAMあまみ21は1998年の発足以来、群島内を巡回してシンポジウムを開催している。与論シンポジウムには島民ら350人が来場、第9回あまみフォト農美展の表彰式もあった。パネルディスカッションには農水省農村振興局の齋藤晴美次長がコメンテーターとして参加した。

 350人の与論の人はどう感じただろう。奄美の自立は課題が多い。


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「九重部屋入門予定の与論出身・基君 故郷の奉納相撲で勇姿」

 与論島から九重部屋入り予定。なんか信じられないぞ。

大相撲入りを前に故郷の土俵で勇姿-。来年4月、九重部屋に入門する与論町出身の基王代仁(もとい・みおひと)君(18)=沖縄・中部農林高校3年=が、幼いころから親しんだ同町の奉納相撲大会に出場した。島民は、与論から約10年ぶり4人目の力士となる基君に熱い声援を送った。

 基くんは沖縄の高校に通ってそこで笠利出身の顧問にスカウトされる。奄美、沖縄物語だ。

 九重部屋入門予定の与論出身・基君 故郷の奉納相撲で勇姿

 途中でめげずにがんばってね。そにしても基さん、すごい名前を付けたもんだ。


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2009/11/12

惜しいなあ

 黒糖焼酎のロゴが決まったという。

 奄美黒糖焼酎のロゴマーク決まる

奄美群島の地図を中心に据え、太陽や海を周囲にデザインした。「南国のイメージをシンプルに表した」としている。

 これは、奄美大島酒造協同組合が募集したものだというが、惜しいなあ。これは奄美黒糖焼酎のロゴではなく、奄美大島黒糖焼酎のロゴだ。他島は大島の添え物ではないのだから、もちょっと、島はそれぞれが主役の理念が表現されたデザインだといいと思う。


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2009/11/11

「第19回 ヨロンマラソン2009」

 少し前から、ヨロンマラソンの申し込み受付が始まっていますね。

 「第19回 ヨロンマラソン2009」

 申込期間は、1月22日までだ。

 もうすっかり与論の風物詩。
 ありがたい紹介記事も。
 「今日からヨロンマラソン2010の申込開始!」

フルマラソンとハーフマラソンとリレーマラソン(フル)があり、フルは制限時間7時間。そしてハーフに関してはなんと5時間という制限時間の長さ。21.0975km全部歩いても完走できるぐらいの制限時間です。しかもヨロンマラソンは制限時間を超えても温かくゴールを迎えてくれて、しかもその制限時間を過ぎたくらいの時間にはゴール地点近くで完走パーティを開催しているので、逆に目立ちます(笑)。完走したみんながそのゴールの瞬間のアナウンスを聴いています。

そういう意味でも初マラソンにはとてもおすすめの大会なんですよね。本土の大会みたいに堅苦しくなくて、特にハーフ参加の人はピクニック感覚で来ている人も多いですからね。途中、沿道からの差し入れなどをたしなみながら^^;


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2009/11/09

東京与論会、初参加

 昨日の8日、東京与論会に行ってきた。本とチケットを販売したかったのだ。不義理と現金なことに初参加で、勝手がわからかなかったが、事務局の方々に親切にしていただいて、席を設けてもらった。

 12時半の開会と同時に電話が来て、あまみFMの米澤さんのインタビューを受ける。こちらは携帯にしゃべってるだけなのに、その向こうには奄美大島のリスナーとつながっているというのは不思議な感覚だった。うまく声が届いていますように。米澤さん、どうもありがとうございました。

 与論会では、やはり与論献奉の急襲(苦笑)を受けたが、演目に琉球系のものが多いのに驚いた。御前風に始まり、琉舞や空手、エイサーなどが続き、カチャーシーで終わる。与論ものは、与論小唄と道イキントーだったかな。与論小唄で手拍子が始まり、カチャーシーではみんな踊ってた。でもいちばん驚いたのは、結構みんな飲んでいるのに、終了後、協力しあって会場を片付けてあっという間にきれいにしたことだった。一体感ありました、はい。もっとも、その後、場所を変えて飲みなおすので、早く次の会場に行きたかったということかもしれない(笑)。

 携帯でお粗末だが画像です。それにしても子どもたちの表情のなんと生き生きしていることか。これは和田州生さんが1964年から1966年にかけて与論を撮ったものだという。与論に水道が敷かれたころだ。



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2009/11/06

コミュニティサイクルと松丸本舗

 水曜の昼、コミュニティサイクルを使ってみた。マリオン横のトラベルゲートで申し込んで、その足で電気ビル横に駐輪してある自転車に乗る。昼ごろは暖かくて、自転車を走らせるにはいい天気。左手に皇居、右手に東京駅を眺めながらビル街を突っ切るのは気持ちよかった。

 丸の内のビルの前でいったん停止、駐輪場にオートロックで止める。ところが、施錠されてないと思い、自転車を抜いたところ赤ランプがついて施錠できなくなってしまった。で、パンフレットをみて電話して問い合わせると、赤ランプのついている駐輪スペースをモニタリングしてくれて、隣に止めてくれればいいとアドバイスを受けて、そうした。「いま10番に止めていただけましたね?」と、これもモニタリングされている。

 コミュニティサイクルは、初期登録料で1000円必要だが、あとは30分以上につき100円と、小さく続く。専用の駐輪場を使わなくてはいけないので、今回も目的地までは行けず、途中の駐輪場に止めて歩いたのだった。あ、もしかして、チェーン式の鍵を持ち歩けば、目的地まで行って留めておくこともできるかもしれない。それがルール違反かどうかは確認してないけれど。

 ときに、向かった先は、丸の内オアゾは丸善の「松丸本舗」。松岡正剛が丸善にプロデュースした書店内書店である。久ぶりにこだわりの書棚を見た。本ではなく、書棚をでばらせて書棚にものを言わせ、そこにPOPも書いてあったりした。棚のあいだの通路は曲線を描く。真ん中の行きどまりのところは、エロスの棚で、本を見て歩くのが、子宮を目指したり離れたりしているようでもあれば、路地を行ったり切ったりしているようでもあり、また城の内部を行き交うようでもあった。要するに、きっとそう広くはないスペースだろうけど、飽きずまた見終わることがなかった。上の棚には手が届かない。そこは脚立?を使って手にとってみたりした。本は必ずしも背表紙を見せて立っているわけではない。並ぶ本たちの前に、横に積まれていたりする。また新刊だけがあるのでもない。古書もある。個人の書棚と書店と図書館がミックスされたような空間だった。琉球弧の書籍を一堂に会したらどんな棚編集ができるだろう。想像は膨らんだ。また行ってみたい。

 帰りは、ふたたびコミュニティサイクルを使って有楽町に戻った。快適だった。考えてみれば、コミュニティサイクル「松丸本舗」も実験的な試みだ。成功するといいと思う。


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2009/11/05

「奄美農産物、那覇経由で本土出荷」

 奄美の農産物の本土出荷を鹿児島経由から那覇経由へ変更検討、とのこと。

 「奄美農産物、那覇経由で本土出荷」

 奄美から本土向けの農産物輸送は従来、鹿児島市まで約1日半をかけて船で運び、そこでトラックに積み替え、東京などの市場へ向かっている。遠方の地方都市で競りに掛かるまでに4、5日を要しているため、同組合は「花は鮮度が重要だ。深夜にも輸送できる那覇空港の利用は出荷時間を大幅に短縮でき、魅力的だ」と説明。試験で効率的な輸送ルートなどを検討した上で、那覇空港からの周年出荷を目指している。

 これはいいですね。


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2009/10/21

黄色の光が見えたら、奄美の家

 「奄美の家日記」で紹介されていますが、いままでふと、通り過ぎてしまいがちだった、「奄美の家」に看板ができました。夜、大きな通りのほうから見ると、こんな感じ。

 通りからみて、暗がりのなかお月さんのように黄色く光ってるのが見えたら、そこが「奄美の家」です。近づくにつれ、お茶目なデザインが分かってきて和みますよ。


Kanban

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