カテゴリー「 3.与論の地名」の20件の記事

2009/04/20

与論(ゆんぬ)の地名語源についての注

「日本の島へ行こう 与論島(よろんじま)」というページがあって、そこで、このブログ経由で知ったこととして、与論(ゆんぬ)の地名語源を「砂」と解説してあった。

嬉しいのだけれど、(ゆんぬ=砂)として解説されているので、これが仮説であること、しかも、ぼく以外の人からは聞いたことのない(苦笑)ひとり仮説であることを書いておきたい。そんな可能性は小さいにしても、この説が無媒介に一人歩きするのも本意ではない。

ぼくの知る範囲では、これまで与論(ゆんぬ)の地名語源の仮説として出されているのは、(ゆんぬ=寄り物)という説だ。ぼくは公表されたものとしてはこれ以外知らない。この(ゆんぬ=寄り物)説は、モノが島に漂着する様を指して、そう呼んでいる。

ぼくは地名のつけ方の原則からしてそれはないだろうと考え、自分の島言葉の身体記憶に耳を澄ますように考えたのが、(ゆんぬ=砂)という説だ。これは島の地勢を実によく表現してもいる。

ぼくはいまのところ、これがいちばん合っているのではないかと考えているが、個人の仮説に過ぎない。学者の説が正しいわけでも、学者でなければ正しくないわけでもないけれど、ぼくは地名学者ではなく、単純な原則と与論言葉を知っている身体感覚からアプローチしているに過ぎないといえば言えるので、そのことを書き添えておきたい。

いつかもっと確信を持って言えるようになりたいものだ。(^^)

 ※ユンヌ 「ユリヌ・漂着」説
  ユンヌ 「ユナ・砂」説

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2009/01/26

与那国=与論

 小倉進平は、1477年、済州島民が与那国島に漂着したが、与那国の島人から聞いた島名に彼らがハングルで当てた字を見ると、「ユンイ」と読め、「ユン」は「与那・ユナグニ等におけるユノまたはユナに宛てたものと思われ」、「イ」は、「特別の意味無く添えられたものと見て差支えないと思はれます」としている。(村上七郎『琉球語の秘密』

 もちろん、ぼくがここで注目するのは、石垣島などからユノーンと他称される与那国島について、島人の発音をユンイと聞きとっていることだ。与那国島のドゥナンのd音はy音と等価なので、ドゥナンはユナンである。

 すると、ユナン、ユノーン、ユンイは、取りうる表音の変化の範囲内にあることになる。


 ここで、「ユナ(juna)」がこれらの地名の本源であると仮定する。
 するとまず、ユナン、ユノーンへの変化を想定することができる。

 juna > junan > junon

 後段の変化は、「a」について、ア行同一行内の転訛(a > o)である。また、同じく、ユナは、ユンイとも呼ばれた。

 juna > juni > junni

 この変化は、「i」について、ア行同一行内の転訛(a > i)である。そしてこう書くと、ユナがユニと呼ばれることと、ユンイと呼ばれる(聞こえる)こととは同じだと見なせる。同様にユンイとユンニは区別がつかない。

 また、最後の「i」について、ア行同一行内の転訛(i > u)を想定すれば、

 juna > juni > junni > junnu

 として、「ユンヌ」になる。
 ここまでくれば、徳之島のヨンニ浜、与那国島のダンヌ浜への転訛も想定しやすい。

  juna > juni > junni > jonni
               > junnu > jannu - dannu

◇◆◇

 整理してみる。

 juna(ユナ・砂) > junan > junon (ユノーン・与那国島の他称)
  ∨          |
 juni(ユニ・砂)   dunan(ドゥナン・与那国島の自称)
  ∨
 junni(ユンイ・15世紀、朝鮮人記録の与那国音) > jonni(ヨンニ・徳之島の浜名)
  ∨
 junnu(ユンヌ・与論島の自称)
  ∨
 jannu
  |
 dannu(ダンヌ・与那国島の浜名)

 juna(ユナ・砂)を本源に置くと、ドゥナンへもユンヌへも行くことができる。また、与論はユンヌと呼ばれる前、ユニやユンニと呼ばれた時期のあったことが想定できる。この間、国頭の与那(ユナ)と区別する意識も働いただろう。

 こうしてみると、与那国島と与論島は、与那、与根(ユニ)、与那覇と意味を同じくした、気づかれていない「砂浜」系の地名なのではないだろうか。



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2007/09/19

立長の由来

ダ行がラ行になる、またはタ行の濁音とラ行の濁音が等価であるという
仮定は、「立長(りっちょう)」の地名の語源にも手がかりを与える。

それというのも、「第6回 琉球語と地名研究の可能性」によれば、
「立長」は、「瀬利覚」と表記されていたことがあるという。

 第6回 琉球語と地名研究の可能性

「瀬利覚」は、「せりかく」と読めるが、
沖永良部島の知名町にある瀬利覚は、「ジッキョ」と呼ばれ、
沖縄の浦添市にある勢理客は「ジチャク(ジッチャク)」と呼ばれている。

つまり、「立長」も、「ジッキョ」あるいは「ジッチャク」と
呼ばれていた可能性があるわけだ。

沖永良部や沖縄の「ジッキョ・ジッチャク」は、
「瀬利覚・勢理客」の表記のままだったので、
「ジッキョ・ジッチャク」の表音が残り、語源探索しやすかったが、
「立長」は、「瀬利覚」から「立長」への表記の変化が伴ったので、
それが語源探索の障害になってきたと思える。

一度は「瀬利覚」と表記された土地が「立長」となるのは
一見、不可思議だけれど、
「瀬利覚」が、「ジッキョ」あるいは「ジッチャク」と発音されていたとしたら、
その声音に則って「立長」と表記される可能性を検討できそうだ。

ここで、「ジッキョ・ジッチャク」の「ジ」には、
古形があると仮定してみるのである。

「ジ」は五母音の「ジ」とみなして、三母音に対応させると、
「ジ」は「ディ」の音をとりうる。

すると、「ジッキョ・ジッチャク」の古形として、
「ディッキョ・ディッチャク」という表音が得られる。

さて、ここで昨日の冒頭の仮説、
ダ行がラ行になる、タ行の濁音とラ行の濁音が等価である、を参照すると、
「ディッキョ・ディッチャク」は、「リッキョ・リッチャク」と表音されて、
こうなると、「リッチョウ」への変化は容易く見て取れることになるのだ。

ここにも、ダ行とラ行のつながりを見ることができる。

 ※「デューティ <d → r ?>」


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2007/07/17

ユンヌの語源 註

ユンヌの地名は、「砂の島」であると仮説している。
このとき、ユンヌの「ヌ」は、格助詞「の」と解していた。
砂「の」島、というように。

ただ、これでは、与那国島の「ドゥナン」の説明にはならない気がする。
そこで、「ヌ」は、格助詞「の」ではなく、
アイヌ語の「~を持つ」の意味に解してみる。

「砂を持つ」、ユンヌ、である。

これはもともとは、ユナ(砂)ヌ(持つ)に分解される。

この、ユナ・ヌが、ユンヌやドゥナンになる様を挙げる。

1)   
yuna・nu

yunan (uの脱落)

1-1) 
yunan

dunan (y=d) ドゥナン

1-2) 
yunan

yunon(a→o、訛りによる変化) ユノーン

2)
yuna・nu

yunnu (aの脱落) ユンヌ

2-1)
yunnu

dunnu(y=d)

dannu(u→a、訛りによる変化) ダンヌ

ユナヌから、母音uが脱落(1)して、
ドゥナン(1-1)やユノーン(1-2)のバリエーションが生まれ、
ユナヌから、母音aが脱落(2)して、
ユンヌ(2)やダンヌ(2-1)のバリエーションが生まれた。

※ドゥナン(与那国島の自称)
 ユノーン(与那国島の石垣島などからの他称)
 ユンヌ(与論島の自称)
 ダンヌ(与那国島にある浜の名)

ここで、語中の母音uやaが脱落する合理的な理由を知らない。

強いて言うと、ユナヌという語を言いやすくするため、
「ナ」を「N」にするか、「ヌ」を「N」にするかした
という説明が考えられる。


仮説:ユナヌが、与那国島であり与論島になった。



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2007/04/05

「珊瑚礁の島」説

牧野哲郎さんが『南島の地名』に寄稿している、
「『おもろそうし』にみる沖縄奄美の共通地名」には、
気になる地名がいっぱい載っています。

なかでも、これ。見逃せません。

沖縄の読谷村にある、「読谷山」。
ユンタンザ、について、
牧野さんは、同系としてなんと、
ユンヌを挙げています。

 ユンヌ
 与ン原(下平川)
 ユン兼久(亀徳)
 ユンメ(浦原)
 ユン川(阿室)
 ユン田(与路)

「読谷山」の同系としてこれだけの地名を挙げて、
その意味はというと、

ユ(珊瑚礁)ン(の)タン(低地)

としています。

これはぼくは知らなかった。
「ユ」に珊瑚礁の意味があるとなると、
とても興味深いことになります。

ユンヌの地名を探ると、
この「N」音の由来が鍵になってくるので、
格助詞にあたるとするのもありえる理解です。
ユン川、ユン田などの地名との類縁も面白い。

与論は珊瑚礁の島ということになるので、
それはそう、ぴったりです。


ただ、ぼくはといえば、今の所、「砂の島」説のほうに惹かれます。

「ユ」が「珊瑚礁」を意味するのか、
これからも気をつけて探してみようと思います。

もしご存知の方いたら教えてください。




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2007/04/04

徳之島に、ヨンニ!

おとついの続きですが、
国会図書館は、オンライン化が進んで、
使いやすくなっていました。

以前は、インデックスで本を探して、
用紙に書籍情報を記入して、
本を出してもらっていましたが、
パソコン端末で検索して、
本を選べば、もう申し込みは完了でした。

複写請求もそう。
利用者カードを端末に置くと、
現在、借りている書籍が一覧で出るので、
そこから選べば、
複写請求書を印刷して出してくれます。

頁を記入してしおりをはさんで、
すぐに複写依頼を出せました。

一度に借りられる数が三冊までなのが、
たしか以前と同じなので、
関連資料をバンと広げて
調べものをすることができないのが、
ちょっと不便でしたが、
それでも前に較べれば、
スピーディに調べものができました。

 ○ ○ ○

またしても前置き長くなりましたが、
『南島の地名』を借りたのです。

そこに、牧野哲郎さんの論文、
「再び沖縄←→奄美の共通地名を求めて」
があります。

それを眺めていたら、
今帰仁村の「与那嶺」と共通だろうと
牧野さんが考えた奄美の地名に、
なんと、「ヨンニ」というのが出てくるんです。

ヨンニ。

ユンヌと似てるじゃないですか。
というより、これはもう、
「ユンヌ」と同じだと見なしていいでしょう。

ヨンニはどこの地名かといえば、
阿権、とあります。

で、阿権はどこ?と見ると、徳之島、でした。

ヨンニは、浜辺なのかそうでないのか、
分かりませんが、ユナ系だから浜辺だと思うのです。

嬉しい発見。

徳之島のなかに、
与論(ユンヌ)と同じ地名があるということですから。
徳之島の中の与論、です。

与那国島のダンヌ浜に続いて、
ユンヌつながりの地名が増えました。

 ◆ ヨンニ 徳之島にある地名
 ◆ ユンヌ 与論島の地名
 ◆ ダンヌ 与那国島にある地名

ダンヌ-ユンヌ-ヨンニ、という連鎖。

与論を仲立ちして奄美と琉球がつながるのが
なんだか、嬉しいです。

※関連記事 「ドゥナンとユンヌ」



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2007/04/02

ウドゥヌスー=布団の洲?

久しぶりに国会図書館に行きました。
横に国会議事堂を見ながら、
入り口に向かうなだらかな下り坂は
いまが盛りの桜並木。

雲の白に花の淡紅が映えて、きれいでした。


国会図書館の目的は、
与論島・琉球弧の地名に関する資料を漁ること。

 ○ ○ ○

で、そこではじめて、菊千代さん、高橋俊三さんの
『与論方言辞典』にお目にかかることができました。
与論だと、きっと図書館に行けばあるんでしょうね。

Photo_67










前置き長くなりました。

どうしても語源を知りたい地名はいっぱいあるのですが、
ウドゥヌスーもそのひとつです。
茶花のホテルの前にある、あの大きな浜です。
よく、「ウドノス」と表記したりしてますね。

あそこ、ぼくにとっては近所であるにもかかわらず、
なんでウドゥヌスーというのか、
さっぱり分からないのです。

『与論方言辞典』には、「スー」が載っていました。

 スー su:[名]洲。1.窪地。盆地。低地の湿地帯。
           2.内海の中央部。

2は知っていましたが、1の意味もあるんですね。

これはありがたい。

「ヌ」は格助詞の「の」だとすると、
「ウドゥ」は何だろう。

布団のこと、ウドゥって言いますね。

もしや、ウドゥヌスーとは、布団の洲?
そういえば、観光華やかなりし頃、
ウドゥヌスーには、
旅人がいっぱい寝そべっていたような・・・。

まさか? でもひょっとして・・?

 ウドゥヌスーは、布団のように大きな洲。

これはまぁ笑ってやってください。(^^)


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2007/03/27

砂の島、与論島。

与論言葉で与論島を指す、
ユンヌの語源について、
「砂の島」と仮説します。

もっと正確にいえば、ユンヌシマ=砂の島、です。

砂を意味する「ユナ」と、「の」と同じ意味の格助詞「ヌ」、
そして「シマ」がつながると、「ユナ・ヌ・シマ」になります。

ユナ(砂)ヌ(の)シマ(島)。

ここで、ユナヌの、ナがN音に縮退して、ユンヌシマ。
シマはわざわざ言わないことが多く、
省略されて、ユンヌ。

ということで、ユナヌシマから
ユンヌが生まれたと考えてみました。

ユンヌは砂の島。
与論島は「砂の島」と解します。

 ○ ○ ○

これは、15世紀に、与那国島を「ユンイシマ」と記述した
記録があることから連想しました。

そういえば、1996年の「与論の歴史の拓け方」という講演で、
外間守善はこう言っています。

 ユンヌのヌの部分はユンヌ島といってるわけですから、
 ここの人達もまたは、やっぱりユンとシマを結ぶ格助詞
 といわれるものであろうことは、昔パナシのなかに
 ユンヌ島といってユンヌとは言っていませんよ。
 ユンヌとだけ言うのであるとするならば、ユンヌという
 言葉でもってこの島を表す言語だといえるでしょうが、
 そうは言ってない。

この発言の流れを汲む仮説にもなるでしょうか。


いろいろ考えめぐらせますが、
こんどの仮説の正否はともかく、
与論は、「砂」との関連で地名を捉えると、
いちばん落ち着きがいいような気がします。

砂の島、与論島。

「砂の島」を語源において、
与論島コンセプトを膨らませると楽しそうです。


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2007/01/19

漂流木としてのユンヌ

先日、与論の自称、ユンヌの語源について、
ユナヌ、ユルヌ、ユウヌの3つを挙げてひと段落したつもりだったのに、
また気になる言葉が出てきてしまいました。

困ります。(^^;)

アイヌ語で、漂流木、漂流する木を
ヤンニ(yanni)というそうです。

 yan-ni 漂流する・木

ヤンニのうち、「ヤ」と「ニ」について、
同一行の転訛をたどっていけば、
ヤンニは、ユンヌになってもおかしくないはずです。

「漂流木の寄る地」としてのユンヌ、です。

ヤンニ説だと、ユナヌ、ユルヌ、ユウヌのように、
「ン」になる理由を考えなくて済むところがメリットです。

関連すれば、与那国島には、
西側にダンヌという浜があります。

d音とy音が等価であることを踏まえると、
ダンヌは、ヤンヌなので、
ユンヌと同一なのではないかと思ってきましたが、
この西の浜も、
漂流木の寄る地という由来で不思議ではない位置にあります。

与論島も当然、漂流物は多い。
ぼくも台風あけにウドゥヌスーの浜辺で
漂流の果ての大木を見たことがあります。

漂流木としてのユンヌも否定できない可能性として、
語源の仮説に挙げておきます。

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2007/01/15

ユナヌ vs ユリヌ vs ユウヌ

与論島の自称であるユンヌの語源について、
ユナヌ、ユリヌ、ユウヌの三つを仮説します。

■ユナヌ

ユナヌは、ユナ・ヌに分解して考えます。

ユナは、「砂浜」。
与那、与那覇、与根と同系列と見なします。

また「ユナ」は、もともとアイヌ語のウナ(灰)から
転じたものとされています。

「ヌ」も、アイヌ語に語源に求めて、
「~を持つ」の意味を解します。

つまり、ユナヌは、「砂浜を持つ地」となります。

ユナヌは、音韻の変化を経て、ユンヌへ転化したと考えます。

■ユリヌ

ユリヌは、ユリ・ヌに分解して考えます。

ユリは、本土にある土地のユラ系と同様で、
「水の動揺で平らにされた岸の平地」(柳田国男)のことです。

「ヌ」は、ユナヌと同様に解すれば、

ユリヌは、
「水の動揺で平らにされた岸の平地を持つ地」となります。

■ユウヌ

ユウヌも、ユウ・ヌに分解して考えます。

ユウは、本土にあるユイと同様で、
共同で漁を行う「ゆいが浜形態」(谷川健一)のことです。

「ヌ」は、これもユナヌと同様に解すれば、

ユウヌは、
「共同の漁を行う場(礁湖)を持つ地」となります。

 ♪ ♪ ♪

ユナヌ説の場合、
「砂浜」との関連がつけられる安定感があります。

ただし、ユナヌは直接ヨロンにつながる言葉ではないので、
ユナヌ説の場合、ヨロンは、ユンヌとは別に、
ユンヌの五感とのゆるいつながりを保ちながら、
別の言葉をかぶせたものと解します。

これは現在の地名の変遷の例を考えれば
不思議なことではありません。

ユリヌ説の場合、
語源は与論島自体より、百合が浜の語源の方がふさわしく
みえるのにひっかかりが残ります。

ただ、ユリヌ説の場合は、ユンヌとヨロンを
同一の語源からの派生形態として
捉えられる可能性があります。

ユンヌは、「リ」がn音に縮退したもので、
ヨロンは、「ヌ」がn音に縮退して生まれたと想定できるからです。

ユウヌ説の場合、
与論島の初期居住者にとって礁湖での漁が
重要な意味を持ったことを言い当てられる魅力があります。

他にも、近世中国の書物に与論島のことが、
「夜奴(ユウヌ)」の名で登場することに
関連がつけやすくなります。

ただ、労働形態を地名に当てるのが、
地名の由来としては古形にならないのが弱点です。

この場合、ユンヌはユウヌの「ウ」が、
n音に縮退したと見なします。

 ♪ ♪ ♪

三つの仮説は、どれも欠かしたくないと思うほど、
三者三様に魅力的ですが、
この中から強いてあげるとしたら、ぼくの考えは、
「砂浜」に由来を持つ「ユナヌ」に説得力を感じています。

地名の由来として、最も自然な無理のない印象を受けるからです。

もっと根拠を深めなければならない素人考えですが、
現時点で、与論島の語源として提出する仮説です。

「ユンヌ」の語源は、「砂浜を持つ地」と考えます。

※(この記事は、「『ゆんぬ』語源考2」の考察
を少し進めたものです)

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