カテゴリー「58.琉球弧の精神史」の948件の記事

2017/06/22

トーテムの系譜と島人の思考 6

 もう少し緻密にしてみる。「蝶」と「ザン(ジュゴン)」は、トーテムであった段階があったと思う。ジュゴンの骨製の蝶形骨器は、何より雄弁にそのことを物語る。「蝶」は死者精霊として、「ザン」は「胞衣、兄妹」の意味を担った。

 まず、「蝶」について、「霊魂」の発生とともに、「霊魂」の意味を強める。それが、「蟹」に象徴された母系社会の出現とともにトーテムから離脱するのは、これが一方向に進む時間を象徴していたからだ。そして蝶形骨器が終焉しても、シャーマンの髪飾りにはそれとして残ることになる。

 「ザン」は、母系社会の出現とともにトーテムから離脱せざるをえなくなる。「ザン」は兄妹婚の象徴でもあったからだ。

 「蟹」トーテムはある意味で、それだけ強力な存在だった。兄弟と姉妹からなる母系社会の象徴として、女性としての「貝」と男性としての「トカゲ」の系譜を継いでいる。

 刺青が発生したとき、左手の尺骨頭部に「ザン」ではなく「貝」が描かれることになったのは、「ザン」は「母」とうより、「姉妹」を象徴するものだったからだ。

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2017/06/21

『日本人は死んだらどこへ行くのか』(鎌田東二)

 著者は「この世」と「あの世」の関係をこう書いている。

(前略)「あの世」と「この世」はけっして隔絶していません。ある種の入れ子構造のようになっていて、相互作用を起こしています。二つあるけれど、二極化はしていない。あの世はこの世の中に入り込んでいて、この世もあの世も一体となって往来しているのです。

 これは難しい。言い換えれば、これをほぐすことができれば、この本を読んだということになるのだと思う。

 ヒントになるのは、「久高オデッセイ」の大重監督の言葉だ。鎌田によれば、大重は東の海の向こうにニライカナイがあると言われているが、「この島こそがニライカナイではないかと思えてくる」と語る。これを受けて鎌田は、

 いま、ここにいる久高島こそがニライカナイで、いわば死生一如である。「死」と「生」という二元論ではなく、死後の世界は久高島の中にある。そんな融合的な命の世界を、大重監督は最期に語って亡くなりました。

 (「あの世」へ行くといった-引用者)ベクトルではない。「あの世」とは、そうした「彼方」にあるものではなく、「いま、ここ」にあるものである-。

 さらに続いて、「「あの世」と「この世」とを二元論的に考えず、むしろ一元論的に考えてきた日本人の伝統的な感性」と続けているので、大重監督の言葉は鎌田にとっても橋頭保になっていると思える。

 大重の言葉は、野生の思考の他界観に照らせばふたつの層に分けて考えることができる。ニライカナイが海の彼方ではなく、久高島こそ、と言うのは、

 ・沖縄島の南部東海岸の島人にとって久高島がニラカナイであった段階
 ・久高島の島人にとって、久高島がこの世でもあればあの世でもあった段階

 というふたつの段階で捉えられるものだ。時間の層は、後者から前者へ推移する。大重の言葉はこのふたつが混交したものと見なせば理解しやすい。大重の言葉は理解しやすいが、鎌田の言い方を難しく感じるのは、ぼくが大重の言葉を野生の思考が露呈したものだとみなすのに対して、鎌田が大重の言葉を、現在的なものとして、そのまま受け取っていることに依ると思える。

 久高島にいる人を想定すれば、久高島こそがニライカナイと言う場合、いまの人の頭で「この世」は久高島だけではなく、少なくとも地球大には拡大するのだから、大きな「この世」のなかに久高島という小さな「あの世」が含まれることになる。これが「入れ子」という構造を導く端緒になっている。

 けれど、ことは単純で、単に、「この世」と「あの世」は同在している、あるいは「あの世」は身近だったと言えば済む。だから、一元論的は、伝統的な感性にとって部分的なのだ。「二つあるけれど、二極化はしていない」のではなく、一極の層と二極の層はこころの層としてふたつともあるのだ。

 冒頭に引いた言葉の前には、キリスト教では「この世」と「あの世」が隔絶した世界であることを指摘して書かれている。日本ではそうではない、というわけだ。だが、これは二極化という点では両者は同じだが、「この世」と「あの世」の非対称性が際立っていない、というべきではないだろうか。

 鎌田は「命の故郷である自然があってはじめて人間の営みがあり、人間はまた自然の中に帰っていく」、そのような世界観を発信する「聖地や霊場が求められているのではないでしょうか」と書いている。宇宙大に視野を拡大して、「グーグル存在」ともいうべきものに「アクセスできれば」、「本当の故郷が何かがわかるでしょう」、と。

 「聖地や霊場」は簡単にできるものではないだろう。むしろ、連綿とした「聖地や霊場」を媒介、手がかりにしながら、古層の関係の場を未来に向けて構想することのなかで「本当の故郷」といったものへの接近は試みることができるのではないだろうか。このぼくの言い方も分かりやすくないが、ここまで。
 

『日本人は死んだらどこへ行くのか』

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2017/06/20

トーテムの系譜と島人の思考 5

 蛇トーテムの次に来るのはトカゲ・トーテム。トカゲは、蛇に足が這えたものだ。これは人間の自己認識が、手足に向かったことを意味している。蛇は、「腸管」に類似を感じたのに対して、トカゲには「手足」に類似を感じた。前者が内蔵表出という霊力思考そのものであるのに対して、後者は体壁表出という霊魂思考が見出せる。

 問題は、「蛇」とともにあった「脱皮」がトカゲに来てほころびを見せることだ。つまり、トカゲは「死」の発見を意味していると思える。

 人間は「死」の発見により世代という概念を手にする。そしてそれとともに親子婚が忌避されるようになる。しかし「世代」という概念だけにしてしまうと、現在のぼくたちと変わらない直線状に自身を位置づけることになるが、この段階では反復する時間概念も強いから、世代概念だけでは放っておかない。

 そこで生み出されたのは「母」である。それが、貝トーテムの段階が意味するものだ。ここで親子婚はタブー化される。

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 ここで考えなければならないのは、トカゲと貝のあいだには、「蝶」と「ザン(ジュゴン)」が控えていることだ。「蝶」はこの段階でトーテムになるが、やがて一方向に進む時間を象徴してトーテムからは離脱する。「ザン」は「胞衣」であり、兄妹でもある。だから、これは兄妹婚を意味することになる。あるいは、「胞衣」を通じて親子婚も許容されるということがあったのかもしれない。

 しかし親子婚は「貝」の段階でタブー化される。

 「蟹」トーテムは、母系社会を意味している。それはあるいは外側からの要請だったかもしれない。「蟹」トーテム化のあとに、「蝶」と「ザン」がトーテムから離脱するのは、それを示唆するのかもしれない。


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2017/06/19

「万葉集に蝶はないが、鳥の歌はたくさん現われる」理由(今井彰)

 『蝶の民俗学』で今井彰は書いている。

鳥は鶏が家畜として身近な存在であったことから、次第に霊性を失っていったことに対して、蝶はその変態の故に、いっそう不思議なものとして存続し、古代人は鳥よりも強く長く霊性を意識したのではなかろうか。このように解釈しなければ、万葉集に蝶はないが、鳥の歌はたくさん現われることが理解できない。

 琉球弧を参照すると、「蝶」はかつてトーテムである段階を持った。しかし、「蝶」はトーテムから離脱して死者の化身のみの意味を残す。ぼくたちの考えでは、それは母系社会の成立とともに、である。しかも、それはトーテミズムの思考が生きているときのことだった。

 なぜ、トーテミズムは生きているのに、「蝶」はそこから離脱することになったのか。それは、「蝶」トーテムが兄妹婚の段階と同期していたからだ。それゆえ、これから生まれる未生の霊としての意味は忌避されるようになり、死者の化身の意味のみを残した。

 鳥は、ぼくたちの考えでは他界の遠隔化にかかわる。琉球弧では、「鳥」は「蛇」の変換形だ。「鳥」にはインセスト・タブーにまつわる忌避感は生じない。そして、「蝶」よりも残存しやすくなる。琉球弧のことをそのまま当てはめるわけにはいかないだろうが、当たりをつけると、それが「万葉集に蝶はないが、鳥の歌はたくさん現われる」理由になる。

 折口信夫は、「沖縄採訪記」で「蝶」は「神の使ひ」と言われているのを書き留めている。

蝶(ハベル)は神の使ひである。その他の昆虫にもいふ様だ。鴉(ガラシ)も、神のぶなぢ(女使ひ)である。

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2017/06/14

「生命の自己表出史 多層自己論」(青木正次)

 人間と自然の関係は、「食う-食われる」から、たがいに共鳴して感知されるようになると、「養う-養われる」という性の水準に移行する。生命は「界」像をなす、と青木は書いている。

食う作動は共振する場「界」を吐いて、生命じたいを包むように感知される。我らの想像しやすいイメージでは、「母胎」という界像だろう。食う作動は声を吐いて、そこに界像を含むようになり、その共鳴する生命は「うた」声をなす。

 「この段階で、生命システムは「特定の空間内に実現していく」」。

 ここでは暗示を受け取りたいのだが、食って吐くは「声」を意識化させる。石垣島の創生神話で、ヤドカリと人間の兄妹が「カブリー」と言って出現するのはこの位相を指している。(参照:「アマム(ヤドカリ)の身をやつした姿」

 「「母胎」という界像」は、琉球弧からみれば、サンゴ礁という貝を意味している。そこで、「共鳴する生命は「うた」声をなす」。形成された界像は、「声」をこだまさせ、それが歌を形成する。

 神や神がかりに頼らない青木の議論は、思わぬ角度から視野を与えている。

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2017/06/13

『民俗学の愉楽―神と人間と自然の交渉の学、谷川民俗学の真髄』

 FOR BEGINNERSと銘打っているものの、中身は民俗学の入口に導ているのではなく、この時点での谷川健一の問題意識のフロントラインを開陳していて本格的だ。ただ、入門者にこそ本格的なものを投げかけなくなるのは分かる。

 いくつか対話を試みておきたい。

 まず、「うぶ神とうぶすなの神」。うまれたばかりの子供を守るのは、「うぶ神」。

 赤ん坊が一人で寝ているとき、にこっと笑う、あるいはむにゃむにゃとしゃべっていることがある。土佐ではそのような情景を、うぶ神があやしているという。

 「うぶ神」は「一人ひとりの守護神としての役割を果たし、その子の魂の守り神である。この場合は、土地に結びついた神ではない」。

 これに対して、「うぶすなの神」は「産屋の砂を神格化したものである」、うぶすなは、「産土、生土、本居という字があてられてきたが、これは産屋の砂が人間出生の原点であることを示しているとみてよい」。

 ぼくたちの理解では、「うぶ神」も「うぶすな神」も、「胞衣」にかかわってる。赤ん坊をあやしている「うぶ神」は、もう一人の赤ん坊である胞衣が神格化されたものだ。これに対して「うぶすな神」は、海(サンゴ礁)という胞衣が「砂」を通じて神格化されたものだ。だから、象徴的な思考のなかでは両者は、似ているものとして同じと見なされている。

 「砂」は、胞衣それ自他を象徴するというよりは、胞衣から生まれし者を含意する。だから、「うぶ神」が、子供と胞衣であるのに対して、「うぶすな神」は、子供と海(サンゴ礁)の子という微妙な位相差がここにはあることになる。

 続いて「山の神」。

 山の神を女性とみる向きもある。後世ではずいぶんと人間臭くなり、嫉妬深い女性と見立てられている、しかし、時間をさかのぼれば、山の神はもともとは狼や熊だったのである。

 人間と自然との関係が性を捉えるようになると、山(森)の産出力を介して、山には女性性が与えられるようになる。谷川が言う通り、その前から狼や熊は相応の存在だった。ここで、「山の神」という表現を補っておけば、狼や熊は、山の主ともいうべき精霊的な存在だということになる。

 折口信夫を援用したマレビトについてはこうだ。琉球弧のアカマタ・クロマタ、マユンガナシや秋田のナマハゲは完全なマレビトで、「他界身」と「人界身」を持つ。不完全なマレビトは、「人間の姿」になることはない。例としては「白鳥やイルカ、ジュゴン」などがある。

 これはどう解きほぐせばいいだろうか。対象に自分の他界の姿を見るという意味では、「完全なマレビト」も「不完全なマレビト」も本質的な変わりはない。ただ、「完全なマレビト」の場合は、人間の元の要素として複雑な姿を採ることができる。たとえば、アカマタ・クロマタは少なくとも蛇と植物をまとっている。一方、「不完全なマレビト」は、ジュゴンならジュゴンは他界のひとつの姿を採るにすぎない。「完全」と「不完全」は、そういう違いではないだろうか。

 谷川は、自身を柳田や折口の「忠実な弟子」として、「古代日本人の世界観や死生観を解明しようとしてきた」として、民俗学を「タマシイの科学」と位置づけている。

さまざまな手がかりを求め、そこから後代に付与された属性をはぎとっていくと、日本という国の枠を超えた、普遍的な人間のありのままの姿が現れる。

 ぼくはとても弟子と言える筋合いではないが、ここにいう「普遍的な人間のありのままの姿」を志向するということについては、引き継げると思う者だ。

 

『民俗学の愉楽―神と人間と自然の交渉の学、谷川民俗学の真髄 (FOR BEGINNERSシリーズ)』

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2017/06/11

ザン(ジュゴン)儀礼の幻視

 幻視するザン(ジュゴン)儀礼の細部をみておく。

 ザン(儒艮)は群をなして寄るのではなく、二三匹或は数匹が、リーフの割目に沿うて時たま浅瀬まで上って来る事がある。漁夫はこれを捕獲しても家に持ち帰らず、浜で料理して食うに過ぎない。家に持帰ったら、その家の主婦が死ぬか、家族の者が海において不慮な災難に逢うものとされている。ザンが上ると時化が来るといわれ、ノロや神人に世直しの祓いをして貰う事になっている。(島袋源七「沖縄における寄り物」「民間伝承」15巻11号(通巻162号)、民間伝承の会、1951年11月)

 ザンを家に落ち返ると、「主婦が死ぬ」と「海で遭難する」。この他に、妊婦が食べるのは安産に効くとも言われる。

 ここから類推できるのは、ザンを男性だけで食べるということが、「無事な出産」と「海で遭難しない」に結びつくということだ。ぼくはここに、ザンとの交接も想定する。

 ザンを食べる。胞衣を食べるということだから、「安産」。また、サンゴ礁の精霊と同一化することにもなるから、「海で遭難しない」。

 ザンとの交接。兄妹婚と同じだから、兄妹の婚姻の先取り。

 後者にサンゴ礁の精霊との一体化を加えるべきか、分からない。交接がこの段階で一体化を意味していたか、不明だ。

 ザンとの交接は兄妹婚の禁止とともに意味をなくす。ザンとの交接が、ただの風俗のようにかすかに残存。ザンを食らうことは残存し、その意味も変形されつつ継承された。

 

 

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2017/06/10

「性と「人間」という論理の彼岸」(小馬徹)

 小馬はトーテミズムについて、書いている。

 トーテミズムという思考は、原体系としての動(植)物の全体的な相互関係をまず想定して、それに重ね合わせて人間集団の関係全体を分類し、両体系が照応しつつ統合されている全体として世界を理解しようとするものである。だから、動(植)物は人間の始祖であり、一方では同氏族員や結婚相手でもあり得ることになる。トーテミズムとはまさに、人間観にこうしたほとんど際限のない自由さを与える思考法なのである。

 ふつう、人間と動植物との結婚は、過去になればなるほどあり得たと思えるかもしれない。しかし果してそうだろうか。それがなくても、人間と自然は交感、交流しあっていた。その力が弱くなって、「結婚」という媒介は必要になってきたのではないだろうか。むしろ、人間と動植物との結婚は、交感、交流の力が弱まったことの現れなのではないか。

 そして、こうなるためには、人間と自然の関係が、「食べる-食べられる」から、「養う―養われる」ものとして、性が主題に上がってこなければならないと思える。

 トーテミズムの分節水準では、

動物と人間の結婚も論理的に可能になる。こうして日本を初め、世界各地で無数の異類婚姻譚が育まれてきた。

 小馬の言い方をならっても、トーテミズムが生まれたものであるように、異類婚姻譚も発生した段階があることを追認できる気がする。


 ところで、 「インセストとしての婚姻」で、インセスト・タブーと「時間」の関わりについて書いた出口顯は、こう注釈している。

 インセストという交換の命令により、近親者が他の集団へ配偶者として与えられてから、一方よその集団から自らの集団に配偶者が婚入するまで、当然ながら時間的隔たりがあることを考えれば、インセスト・タブーが時間の生成をもたらすものであることはたやすく理解できるだろう。

 ぼくたちはもっと根源的に、「死の発見」による衝撃と世代の発生が、親子婚の禁止に関わっていると考えているから、時間こそがインセスト・タブーに深く関与していると言うことになる。そして禁止は、時間観念を進展させていくのだ。

 

『近親性交とそのタブー―文化人類学と自然人類学のあらたな地平』

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2017/06/09

「インセストとしての婚姻」(出口顯)

 出口顯はトーテミズムについて書いている。

このトーテミズム的分類法では、人間と動物は祖先と子孫の関係や配偶者の関係、つまり「同一者」になることがある。そのため人間が動物や魚の肉を食べるのは共食い(カニバリズム)になる。

 琉球弧のジュゴンが他のトーテムと違い特異なのは、ここでいう「配偶者」のポジションにあったことだと思う。ぼくはそれを今のところ、性の導きのような儀礼のなかで行われていたと考えている。兄妹婚に入る前に、大人になりかけた少年をジュゴンと交わらせ、家に戻ったときの準備をするのだ。

 しかし後世に伝えられたのは、出産の安全のためということだ。ただ、ジュゴン儀礼があった段階では、ジュゴンとの交接と出産が結びつけられていたわけではない。性交と出産のあいだには結びつきはまだ捉えられていないからだ。むしろ、胞衣としてのジュゴンを食べることのなかに、出産の安全は先取りされていた。ジュゴンと性交するのは、兄妹婚の先取りである。

 あるいはそうではなく、海の精霊である蛇の力の獲得が目指されていたのかもしれない。その方が、後世に海で遭難しないためと伝えられた伝承とも合致するのかもしれない。

 また出口は、インセスト・タブーは「時間」に関わっているとも指摘している。

インセストとその禁止は、時間という概念やカテゴリーの成立とかかわっている。
時間は反転循環しながらもなお可逆的に推移しているのであれば、同一視される互隔世代の間の差異あるいは時間的ズレを反復循環に還元しないで、時間の流れの中に展開させてみるなら、世代の流れは、上位から下位へ一直線に下降するものではなく、祖父母(G1)と孫(G3)が隔たりながらもなお結ばれることから、螺旋的なもの、しかもG2の世代のものは別の螺旋を形成するから、二重螺旋的なものになる。

 インセストにかかわる神話を分析するには、こうした「時間に目配り」するのが必要だと続けている。

 ぼくたちも、インセスト・タブーには、時間概念が大きく関わっていると考えてきた。親子婚の禁止は最たるものだし、兄妹婚の禁止も時間概念の獲得による空間概念の拡張に関わっている。出口から受け取るイメージは、電子が原子核の周囲を回っているようなところから、電子の回転が横にずれはじめ、二重螺旋的に進み、一方向のベクトルを持つというようなことになる。

『近親性交とそのタブー―文化人類学と自然人類学のあらたな地平』

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2017/06/08

「インセストとその象徴」(内堀基光)

 「インセストとその象徴」のなかで内堀基光は書いている。

 ボルネオのケラビット族にはこんな説話がある。ひとりの孤児が野生動物と遊んでいるのをみて、村人がそれをあざ笑った。すると、雷雨が突然、村を襲い、村人と少年は石と化した。

 内堀は分析を進めて、この「嘲笑」が、性的な関係を含んで甘えを認め合う「冗談関係」であるのを突き留めている。そして、

インセストの禁止を破ることは人間と動物との境界を破壊することと類比的であり、いわば《自然》(動物)と《文科》(人間)の境界を破壊することである。

 という考えを導き出している。

 ここからいえば、琉球弧の母系社会の出現は、人間と動物とのあいだに境界を設けたことと同義になる。兄妹婚の禁止は、同時にジュゴンとの性的な関係の禁止を意味した。ここでの言い方になぞらえれば、島人が人間的な文化を持ったことになる。

 たしかに、母系社会のあり方は、文化の名に値するようには見える。ぼくは、母系社会の出現の背景に、島人の時間・空間認識の拡大を置いたが、そこには人間と動物の区別という思考を読み取ることができるということかもしれない。

 それでもその後の成り行きをみれば、それは完全には成就しなかったことが分かる。
 


『近親性交とそのタブー―文化人類学と自然人類学のあらたな地平』

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