カテゴリー「58.琉球弧の精神史」の906件の記事

2017/04/30

「メタフィジーク・メタモルフォーゼ・メタファー」(山田貞三)

 著者が提示しているものを強引に図解すると下記のようになるだろうか。

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 ゲーテはメタフィジーク(形而上学)にメタモルフォーゼを対置している。言葉を豊かにふくらませて多様化するのである。ゲーテはメタモルフォーゼを植物から汲み取っているが、対象にそれだけにとどまらなかった。ゲーテにとっては、「植物の形態のみならず、動物や人間、鉱物にいたるまで森羅万象がメタモルフォーゼを遂げる存在として理解されていた」。

 ただし、際限ない戯れはカオスへと通じる「危険な賜物」とも捉えられていた。

 一方、カントにあっては、象徴あるいはメタファーの位置づけは低く、「概念を表現する言葉の貧困」に他ならなかった。象徴的にしか表現できないのは悟性概念を少ししか持ち合わせていないからだ、と。

 しかしそれで収まるわけではなく、理念世界へ超越しようとするその瞬間はメタファーでしか「橋を架ける」ことができないのも確かだった。

 こうして著者は、メタファーなりメタモルフォーゼを構成するアナロジーが、「両者ではまったく異なった意味において理解されている」ことを指摘している。

 面白いコントラストだと思う。キリスト教神学にとって、「変身とは、神の創造した秩序を破壊する異端者の犯罪にほかならない」という指摘には驚かされもした。カフカの『変身』は勇気ある行動だったのだろうか。

 メタファーはメタモルフォーゼに由来しているという視線には、ぼくたちの知らない抵抗の壁が控えているのかもしれない。

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2017/04/29

サンゴ礁期の対幻想

 試論の域を出ないが、吉本隆明の「対幻想論」での議論を、琉球弧に引き寄せて読み換えてみる。

 男・女神が想定されるようになると〈性〉的な幻想に、はじめて〈時間〉性が導入された。
 〈対〉幻想のなかに時間の生成する流れを意識したとき、そういう意識のもとにある〈対幻想〉は、なによりも子を産む女性に所属した〈時間〉に根源を支えられていると知ったのである。
 〈時間〉の観念は自然では、穀物が育ち、実り、枯死し、種を播かれて芽生える四季としてかんがえられた。人間では子を産む女性に根源がもとめられ、穀母神的な観念が育ったのである。
 この時期には自然時間の観念を媒介にして、部族の共同幻想と〈対〉幻想とは同一視された。
 このように穀物の栽培と収穫の時間性と、女性が子を妊娠し、分娩し、男性の分担も加えて育て、成人させるという時間性が違うのを意識したとき、人間は部族の共同幻想と男女の〈対幻想〉との違いを意識し、またこの差異を獲得していったのである。もうこういう段階では〈対〉幻想の時間性は子を産む女性に根源があるとみなされず、男・女の〈対幻想〉そのものの上に分布するとかんがえられていった。つまり〈性〉そのものが時間性の根源になった。
 自然の産出力に、女性の産む力が重ねられるようになると、対幻想にはじめて空間性が導入された。サンゴ礁の自然では、何もないところから、貝や魚が産み出される。その空間性は、人間では子を産む女性に根源が求められ、大地母神的な観念が育ったのである。この時期には、胞衣(子宮)空間の観念を媒介にして、種族の共同幻想は対幻想と同一視された。

 時間性の方からいえば、サンゴ礁から日ごと生まれ死に移行する太陽や月の反復と、人間の生死と再生とが重ね合わされた。

 しかし、女性はサンゴ礁のように、常に子を産んでいるわけではなく、サンゴ礁の持つ時間性とは矛盾している。この矛盾を初期のシャーマンは同致する役割を担った。

 人間は〈対〉幻想に固有な時間性を自覚するようになって、はじめて〈世代〉という概念を手に入れた。〈親〉と〈子〉の相姦がタブー化されたのはそれからである。

 人間は〈対〉幻想に固有な時間性、つまり死を自覚するようになって、はじめて〈世代〉という概念を手に入れた。〈親〉と〈子〉の相姦がタブー化されたのはそれからである。


『改訂新版 共同幻想論』

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2017/04/28

『日本人の女神信仰』(吉田敦彦)

 吉田敦彦の女神像は、徹頭徹尾、人間的だ。吉田は、クロマニョン人が残した壁画やその所在の洞窟について触れて、こう書いている。

 このことからこのような岩壁画の描かれた地下の聖所が、クロマニョン人たちによって、彼らの暮らしに必要なこれらの動物を、無数に妊娠しては生み出してくれる、有り難い母神の子宮と見なされていたことが、明らかだと思える。またそこに行き着くために通らねばならぬ、迷路のような長い地下の通路はまさしく、その母神の産道に見立てられていたにちがいないと想像できる。

 クロマニョン人はとても発達した思考を持っていたと思える。ただ、彼らのことを脇に置けば、初源は人間は自然のなかから立ち上がるもので、人間が自然を立ち上げるのではない。クロマニョン人が、吉田のいう「見立て」を行なっていたとしたら、すでに人間を介して自然を解釈する眼を彼らが持っていたことになる。

 思うに、自然の産出力に、女性の産む力を重ねたときに生まれるのが大地母神あるいは女神の像だ。この女神の持つ位相は、狩猟・採集の段階から農耕にいたるまでさまざまでありうるが、少なくともその初期においては、自然の産出力のあり方を通じて、女性の産む力を見出したことになるはずである。

 だから、吉田の女神像は、その後、人間が自身と自然を区別し、人間身体の方から自然を解釈する段階に入って以降のものだと考えられる。

 吉田は、女神の後継の姿として、「山姥」を挙げているが、その通りそれは女神の零落した表象だと思える。

 この「山姥」あるいは「祖母」の持つ位相は、対幻想を共同幻想に同致できるような人物を、血縁から疎外したとき家族が発生したという吉本隆明の言葉を思い出させる。

 「山姥」が引き継いだ女神の位相は、初期のシャーマンが象徴した女神像なのではないだろうか。

 

『日本人の女神信仰』

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2017/04/27

「柄鏡形住居に見る女神の子宮と産道の表現」(吉田敦彦)

 吉田敦彦がこれを書いたのは1993年だから、考古学上の知見も更新されていると思うが、更新すべきことは追ってするとして、「柄鏡形住居に見る女神の子宮と産道の表現」から、分かることを書いておく。

 八ヶ岳山麓の住居址の「炉」は、縄文中期初頭には住居中央にあるが、中期後半には、住居の奥に移り、さらにその奥には組石の施設が組まれ定着する。その同じころに住居入口には「埋甕」が出現し、そこに石棒が伴う傾向がみられる。

 この敷石住居は、柄鏡形住居の起源に当たるものと考えられている。柄鏡形住居は、集落内からひとつだけ見つかり、かつ住居とするには狭隘である。

 図解してみる。

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 さまざまな連想が過ぎるが、ここで注目したいのは、「炉」の位置の変遷と住居入口での「埋甕」の出現である。「炉」が奥まっていくのも、入口付近に「埋甕」が置かれるのも、「あの世」の発生に対応しているのではないだろうか。死者との共存の段階から、移行の段階へと移り、集落の近くに「あの世」が発生する。

 この他界の発生に、住居が対応したのが、炉の位置の変更と埋甕の出現である。敷石住居の集落周辺を見れば、他界に該当する山や森があるはずだと思える。そうだとすれば、いわゆる環状集落は、死者との共存の段階に発生したと言えるのかもしれない。

 吉田は「埋甕」の用途について書いている。

 埋甕の用途については、周知のように、分娩の後に後産として排出される胞衣を埋納するための施設だったとする見方が、有力な専門家のあいだで、しばしば提唱されてきている。だがその説に従った場合には、卑見によれば、埋甕がこれまで見てきたようにしばしば、陽根を表わした石棒を伴って発見されることの理由は、説明をすることがきわめて困難になるのではないかと思われる。

 この理解は、石棒を陽根の意味に限定しすぎているのではないだろうか。埋甕も石棒も精霊に戻してみれば、胞衣に対して両者が思考されたとして不思議ではない。


 参照:『縄文社会と弥生社会』


『日本人の女神信仰』


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2017/04/26

『女神のこころ』(「創造」ハリー・オースティン イーグルハート)

 宗教的なところやイデオロギーなところに躓かなければ女神のカタログのように読むことができる。

 ここから、琉球弧の名もなきサンゴ礁の女神に似た面影を探してみる。

 北アメリカのスパイロー遺跡から発掘された鎧の喉あてにはクモが描かれている。チェロキー族やカイオワ族の伝説では、「年老いたクモ女が太陽の国から光を運んできた」。クモは聖地の守護者である。

 つまり、クモはあの世とこの世を行き来する者だ。目を見張るのは、このクモが「貝殻」に描かれていることだ。クモは女だとされ、「太陽を創り」ともされているけれど、もともと太陽を生んでいるのは貝なのではないだろうか。

 太陽を生むヌートは、「古代アフリカの宇宙の女神」とされている。

 太陽は毎朝ヌートから生まれ、その子宮から光を放ちます。そして毎夕ヌートに吞み込まれ、夜空という彼女の体内を旅するのです。彼女がいてこそ、星は光を放てます。

 ただ、雨も彼女の「母乳」であり、ヌートの体は「水、滴、ヘビ、多産」など、普遍的な象徴で覆われる、そのところは、貝とは位相を異にする。ヌートはもともと蛇だろうか。

 琉球弧の視野からは、「器」といえば「貝」なのだけれど、「乳房」もそれにあたっている。しかし、産む、育むという順序からいえば、子宮(貝)、そして「乳房」なのではないだろうか。

 もうひとつ立ち止まらせるのは、約6000年前のアフリカの「鳥頭のヘビの女神」だ。この女神は「地のヘビと天の鳥を統合している」。鳥は巣作りの習性から女神と結びつけられる。

 琉球弧は、鳥は蛇の零落とともに出現する。この「鳥頭のヘビの女神」は、天と地の分離の際の融合の形か、分離以前に、地の蛇と空の鳥が融合する形かのどちからかだと推察させる。


 

『女神のこころ』

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2017/04/25

「女性の霊性に関する考察 女神たちのイメージから」(藤澤佳澄.)

 著者のモチーフからは離れてしまうのだが、地母神のイメ―ジを掴んでおきたい。

 「大母神」「地母神」は旧石器時代から始まっている。狩猟・採集中心の社会では、その後継者として「動物の女主人」「山の(女)神」が崇拝される。

 たとえば、アルテミスは「野生の獣を中心としてあらゆる生命の死と誕生、成長を司る、古い地母神の性格を持つ女神であった」。

 アルテミスは人間の住む都市にはやってこない。「人間の方が女神に会うために自然の中に出かけていく」。その神話的表現は「産婆」。

 へステアは「炉もしくは竈の女神」であり、「永遠の処女神」と目されていた。

 藤澤は書いている。

 地母神が司るのが「死と再生」という変容の過程であるとするなら、処女神が司るのは「異界に繋ぐ」という「状態の魔力」ではないか。このように、考えると、処女神の霊性というものについて一つの仮説を成立させられる。異界に道を開くことで非現実的な力を現実において身につけさせてくれる、それが処女神の霊性であるという仮説である。

 この場合、「異界に繋ぐ」というのは、共同幻想と対の関係にある位相と捉えればいいのだと思う。

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2017/04/23

『言霊と他界』(川村湊)

 川村湊の『言霊と他界』をガイドに「言霊」をめぐる議論を一瞥する。

 「言霊信仰」はふつう、このように捉えられている。

 言霊の信仰とは、我々が発する言語には精霊があって、その霊の力によってその表現の如くに事が実現すると信ずることである。「雨降る」といへば、これを言ふことによって「雨降る」といふ事実が実現すると考へる。不吉な言を発すれば、そこに不吉な事が現はれるのである。(時枝誠記『国語学史』)

 しかし考え方はそれぞれのようで、平田篤胤に源流を持つ「音義言霊派」もあれば、「言語によって表現されない思いの部分こそが、言霊によって語らずして通じなければならない」という富士谷御杖の考えもある。

 音議論でいえば、「是人の声の霊なり、夫人は各七十五声毎に義理備る。其義を号けて言霊といふ」(中村孝一道)のが、「模範回答」と紹介されている。

 折口信夫は、言語に付着する「たましい」こそ「ことだま(言霊)」に他ならないと考えた。しかし単語ではない。

どんな語の断片にも言語精霊が潜んでいたのではない。完全な言語の一続きでなければならなかった。その外には嘗て一続きの形であった言語の断片化して残ったもの、即ちいまは断片化してゐるが本来の意味をその使用法によつて感ずることのできる詞、これ以外には、言霊が内在すると見たとはいへぬ。それは咒文に潜んでいる霊魂で、単語にあるものではなかったのである。(『国史大辞典』)

 ぼくたちがサンゴ礁の神話的世界で目撃しているのは、メタモルフォースする動植物は、その呼称もメタモルフォ―スしているということだ。しかも、一音いちおん変態している。それは、折口説よりは音義説に近く、単語そのものに精霊が宿る。あるいは、単語そのものを精霊と見なしていたことを意味するのではないだろうか。

 ところで川村湊は、渡来した「文字」が聖なるものとして優位であった状況下で「言霊信仰」は生まれたと見なしている。それが「言霊」を考えるうえで「手離すことのできない条件である」、と。しかし、サンゴ礁の神話世界は、そうではないことを示している。
 

『言霊と他界』

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2017/04/22

サンゴ礁の神話モデル

 貝と胞衣について、ぼくたちには何に感銘を受けていると言えばいいだろう。

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 島人が、サンゴ礁を「貝」と見なしたとき、シャコ貝と同じものをそこに見たはずだ。しかし、「サンゴ礁は貝」と言えば、ぼくたちにはそれはメタファーに聞こえる。また、礁池は胞衣、しかも動植物がメタモルフォースを行う不思議な胞衣空間と見なした。それもぼくたちにはメタファーに聞こえる。

 こうしたメタファーに見える関係を、島人はメタモルフォースによって神話的な世界をつくっている。それが感銘の由来のひとつの理由になる。

 もうひとつ感銘を受けることがあるとすれば、このサンゴ礁の思考は、ひょっとしたら、現在の科学的思考が捉えるサンゴ礁理解よりも深いのではないかと思わせることもあるだろう。

 さらに言えば、このサンゴ礁空間は、ひとつの自然モデルとして、他の、たとえば都市空間などの構想に生かせるのではないかと思えること。それも、感銘をもたらす一端になっている。

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2017/04/21

メタモルフォースした言葉の相互関係

 貝(gira)のメタモルフォースから生み出された言葉相互の関係を見てみる。

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 貝(gira)に対して、太陽(tida)、胞衣(iya)、ジュゴン(zan)は隠喩的関係にある。また、貝(gira)に対して、岩場(pida)、干瀬(pisi)、そして、砂州(yuna)、礁池(ino:)から澪(nu:)にかけては、貝の部分をなすので換喩的関係だと言える。

 同じように、胞衣空間(yuna)も貝(gira)の一部であり、貝(gira)に対して換喩的関係にある。

 名前は、同じ言葉をメタモルフォースさせながら、相互の関係は、隠喩的にと換喩的にと無意識に分けて考えられたのだと思える。


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2017/04/20

メタモルフォースを軸にした生命の循環

 メタモルフォースを軸にした生命の循環の図を更新しておく。

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 いくらか落ち着きがよくなっただろうか。生命は「あの世」からもたらされ、「あの世」へ返っていく。

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