カテゴリー「58.琉球弧の精神史」の1311件の記事

2018/08/20

大堂原貝塚Ⅲ層の位相

 大堂原貝塚Ⅲ層の遺構は、アンチの上貝塚と同位相の思考と仮定してみてみる。

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 情報が少なく、推理が膨らまざるを得ないが、貝集積について解すると、

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 こうなる。

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 集合炉は、女性カニを他界へ送るもの。アンチの上貝塚では、小貝塚の上を覆った焼けたサンゴ礫に該当する。

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 報告書の記述からすると、貝集積は時期がちがっている。

 まず、「女性カニ」が置かれ、次に、宿貝、尾肢を含んだ腹部、他界へ送る男女、男性カニ。その次に腹部と左右の鋏。最後にまた腹部。

 「溝状遺構」を腹部と見なせば、10、11の腹部は、あるいは歩脚を指すのかもしれない。溝から検出されているのは、土器とシャコガイを中心とした貝とある。

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2018/08/19

古宇利原遺跡の位相

 古宇利原遺跡は室川式土器が主体だが、貝類からは、ミナミオカガニ段階(後期)と判断できる。

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 この貝類は、「環状集積遺構」から出たものだ。

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 この遺構について、報告書では次のように記述されている。

遺構の取りはずしは、遺構内の北側中央部から実施した。結果、内面側の小礫が多く外側に比較的大きなものを使用するもので、礫間はいずれも密にある。最終的には第11’図にあらわした様に外周礫は列をつくることが知られた。しかし東西南北の4辺は石列のあり方に若干の違いが存在する。西側は立方形(大きさ30cm)の大形礫を立て並べているのに対し、北側は扇平小礫を6数段積み重ね並べてある。一方東側はやや雑然と積み上げたものでキリツ性はみられない。南側は先にも触れたが、あいまいである。なお遺構の下部の礫はいずれも直接、基盤の岩盤に接するものではなく、2~3cmの暗褐色土にのっている。遺構を構成する石質は、石灰岩を主体とするものであるが、なかに粘板磯、サンゴ磯砂岩(石器)等が使用されている。(『古宇利原遺跡発掘調査報告書』)

 これは、シャコガイ=サンゴ礁の破片によるカニ・トーテムの表現ではないだろうか。

 横からみると、サンゴ礁に似る。

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 「大形獣の骨髄を素材とした」「棒状製品」は、オカガニの鋏。ホラ貝も同様。

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 貝製品は、カニの脚。

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 遺構のⅡ層上部からはジュゴンの「肩甲骨、助骨、歯?等」13点も出ている。カニの鋏、脚だ。

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 遺跡は、「標高6mの石灰岩風化土壌の赤土上に形成されてい」る。オカガニ遺跡にはふさわしくない。古宇利島をあの世にした人々にとっての、オカガニへのメタモルフォーゼ表現が、この遺構の意味だと考えられる。


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2018/08/18

アンチの上貝塚の位相 10

 アンチの上貝塚の貝類をいくつか見てみる。

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 このゴホウラはオウギガニの鋏だ。

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 これらのタカラガイは、腹部。この場合は女性で、割られて「製品」と呼ばれているものは男性ということではないだろうか。

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 どうすればこういう形を取り出せるのか分からないが、このオウムガイは、イロブダイの下咽頭骨と似ている。やはり、カニを見出しているということだろうか。

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2018/08/17

アンチの上貝塚の位相 9

 アンチの上貝塚の動物遺体に接近してみる。

 ヤドカリの左鋏(小貝塚1)からは、イロブダイの下咽頭骨とハリセンボンの前上顎/歯骨が出ている。

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 これは、カニの全体を指すのかもしれない。

 アオブダイの下咽頭骨は、欠けた形で小貝塚1から出ている。

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 これは鋏と考えていいだろうか。

 イロブダイの上咽頭骨は、あの世へ送られる小貝塚4,7(女性)と小貝塚6(男性)から出ている。小貝塚4,7は、メス、小貝塚6はオスのブダイだと考えられる。
 
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 これはカニの腹部であり鋏、だろうか。

 アオブダイの歯列は、小貝塚5と7から出ている。

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 これは鋏でよいと思う。

 宿貝にあたる小貝塚8を見てみよう。

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 シロクラベラ型の下咽頭骨は、オウギガニ全体。

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 アオブダイの上咽頭骨は、腹部かつ鋏。

 ジュゴンの肋骨破片は、小貝塚1,5,6とどれも男性性の強い貝塚で出ている。

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 上の通りだとすると、カニの脚だろうか。

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 イノシシの上腕骨は、1,3~7から広く出る。オウギガニの鋏でいいと思う。

 モンガラカワハギ科の背鰭棘は小貝塚5から。

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 鋏、あるいはオウギガニの棘だろうか。


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2018/08/16

アンチの上貝塚の位相 8

 アンチの上貝塚Ⅱ層を「わなり-えけり」関係として捉えてみる。

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 貝、貝製品、動物遺体が圧倒的に「をなり」側にある。土器が「えけり」側に4割ほど充てられているのは、兄弟の守護という位相だろうか。これに対して石器は、圧倒的に「えけり」側になる。石器は、男性の化身道具なのだ。

 女性が男性を守護するという「をなり-えけり」思考は、遺物によっても表現されている。それにしても圧倒的な霊力の差だ。

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2018/08/15

アンチの上貝塚の位相 7

 アンチの上貝塚第1期調査区では、「ゴホウラ製貝輪未製品」の出土場所が記されていないのがとても残念だが、ゴホウラは、オウギカニの腹部から鋏までを表現している。男性は女性の一部という思考も受け取れるのかもしれない。

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 「ホラガイ製容器」の図1,2は、2号集積の近くに置かれる。オウギガニの鋏と見なしていい。図3は、ゴホウラ集積のもの。つまり、集積のアンボンクロザメと同じ価値を持つ。

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 タカラガイ、ヤコウガイも場所が記されていない。両者とも腹部も表現できるが、ここでは鋏だと思える。

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 図3は、アンボンクロザメ製。ゴホウラ集積近くに置かれている。アンボンクロザメによる挟表現。

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 図5は、シャコガイによる鋏の表現。3,4号の集積近くに置かれている。

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 図6は、クモガイ。3,4号の集積近くに置かれる。これも、クモガイによるオウギガニの鋏表現だ。

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 ジュゴンの肋骨も出土している。近くに巻貝やシャコガイがあるのが分かる。

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 これは2号集積の近くとされるが、位置関係は分からない。2号集積は、男性カニよるヤドカリの腹部表現だった。そうだとすれば、このジュゴンはヤドカリの腹肢ではないだろうか。

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2018/08/14

アンチの上貝塚の位相 6

 アンチの上貝塚(第1期調査)Ⅱ層、つまり、「をなり区」の石器を出土場所ごとに整理する。

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 ヤドカリの鋏(3,4号集積)の西奥の(ア-3、4)の石器は、シャコガイが思考されているのではないだろうか。(ア-4)は扇形としても見ることができる。

 3,4号集積の(イ-2)は、オウギガニの鋏、その北の(イ-2)もオウギガニの鋏だ。(イ-2)の図3は、シオマネキなのかもしれない。

 ゴホウラ集積の(ウ-1)は、シャコガイ(あるいはカニの腹部)とシオマネキ、オウギガニの鋏。 


 あの世に送る1号集積(ウ-4)近くの(イ-4)もオウギガニの鋏を示す。1号集積(ウ-4)も同様。

 2号集積の(ウ-5)は、オウギガニの鋏、そしてオウギガニの腹部だろうか。

 (エ-5)の敲石は、ヤドカリの尾肢を示す。

 やはり、石器もトーテムの化身態なのだ。

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2018/08/13

新城下原第二遺跡のトーテム段階 4

 新城下原第二遺跡のトーテム段階をさいど測ってみる。

Ⅵ層Ⅱ地区
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Ⅴ層
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川跡3層Ⅱ地区川跡2
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 Ⅵ層はツノメガニを残しながら、シオマネキが主体になり、オウギガニ段階にも入っている。ツノメガニを示すのは、カンギク、マガキガイ。

 Ⅴ層では、ツノメガニがほぼ落ちていると考えられる。シオマネキ・オウギガニ段階。川跡3層Ⅱ地区川跡2では、オウギガニが主体になる。ツノレイシ、ガンゼキボラがオウギガニ鋏を示す。

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 Ⅴ層のイモガイ集積はオウギガニへのメタモルフォーゼを示したものだ。なぜ、ひとつふたつ離れているのか分からない。都合がいいが、川底で流れたためと考えておく。

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2018/08/12

具志堅貝塚Ⅱ層の位相

 具志堅貝塚のⅡ層は、1区と2区で貝の構成が大きく異なる。

1区
1

2区
2

 かつ、1区の出土数は2区を大幅に上回り、1区からはゴホウラ、アンボンクロザメの集積が3基検出されている。貝の構成からみれば、1区はオウギガニ段階、2区もオウギガニだが、コモンヤドカリ色を強く持つ。

 その他の状況はつかめないが、この二地点での違いは、アンチの上貝塚と同じ位相にあるのではないかと考えられる。つまり、コモンヤドカリへのメタモルフォーゼをしながら、それをカニを強く残しつつ行うという思考だ。

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2018/08/11

嘉門貝塚Bの位相

 嘉門貝塚B区からは、37基もの貝集積が検出されている。ゴホウラ85、アツソデガイ30、アンボンクロザメ159、ヒメジャコ25である。

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 ポイントは、集積の両端に位置するように置かれたヒメジャコだ。これは、カニのなかでもここがオウギガニ段階であることを伝えている。ヒメジャコは、サンゴ岩のなかに入り、岩に潜むオウギガニの佇まいと似るオウギガニ貝なのだ。

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 全集積について確認できないが、ヒメジャコのそばのアンボンクロザメ集積は掘り込みがない。ヒメジャコがあるからだ。

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 遺物をみると、シオマネキも内包している。左から、シオマネキ女性、シオマネキ男性、オウギガニとなる。

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