カテゴリー「58.琉球弧の精神史」の1198件の記事

2018/04/20

カニトーテム段階の貝類推移

 充分な視力を得たとは言えないが、カニ・トーテムの段階を貝類の推移で辿ってみる。オカガニ段階は、前5期から後1期への推移が見られるシヌグ堂、スナガニ段階は、浜屋原式への移行が見られるものの、阿波連浦下層式の様相がみられる新城下原遺跡のⅤ層、シオマネキ段階は、同じく新城下原遺跡の川跡、オウギガニ段階は、平安山原遺跡のⅢ群上層から採ることにする。

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 マガキガイのようなビッグ・ネームは置くとして、その段階のカニ貝らしさを見せてくれるものをピックアップしたい。

 オカガニ段階は、オキナワヤマタニシだ。実は、シヌグ堂の報告書には、「陸産貝」とだけ記されているので、オキナワヤマタニシだけではないだろうが、これに象徴させてみる。

 浜辺では、イソハマグリ、アラスジケマン、シレナシジミという豪華な顔ぶれがどれも見られる。これが前5期の流れを汲んでいるのかどか分からない。鋏は、コゲニナ、オハグロガイが担うことになる。

 スナガニ段階を象徴しているのは、タママキガイ、スダレハマグリ、イソハマグリなどのハマグリたちだと見なせる。鋏は、イボウミニナ、ヒメオリイレムシロを挙げることができる。

 シオマネキ段階は、なんといってもアラスジケマンだ。鋏は、ヒラマキイモガイ、クロミナシ、トクサバイなどが挙げられる。干潟の貝を重視すれば、イボウミニナだ。

 オウギガニ段階では、アラスジケマンとイソハマグリは等価になるように見える。鋏は、イトマキボラ、オオミノムシ、ツノレイシが挙げられるが、干瀬にいることを重視すれば、ツノレイシが象徴的かもしれない。

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 この推移をもっともよく示すのは、貝類の棲息域の推移だ。オカガニでは、陸域(Ⅴ)が圧倒し、スナガニでは、サンゴ礁や内湾・転石(Ⅱ)域が増える。そして、シオマネキでは干潟-マングローブ(Ⅲ)に移り、オウギガニでは、干瀬、礁斜面が増える(3,4)。

 確かめなければならないのは、シラナミが徐々にあがっていくことだ。これは、シオマネキになってアラスジケマンが着目されるのと同期したものなのか、サンゴ礁=胞衣の思考の醸成によるものなのか、判断がつかない。

 同様にカニ・シルエットを持つクモガイ、スイジガイも、シオマネキ以降に増えることだ。これは、採取数の問題なのか、次第に見出されたということなのか、よく分からない。

 雑な目安にしかならないが、指標として挙げてみると、

1.オカガニ
 ・オキナワヤマタニシ
 ・イソハマグリ、アラスジケマン、シレナシジミ
 ・コゲニナ、オハグロガイ

2.スナガニ
 ・タママキガイ、スダレハマグリ
 ・ヒメオリイレムシロ

3.シオマネキ
 ・アラスジケマン
 ・イボウミニナ

4.オウギガニ
 ・アラスジケマン、イソハマグリ
 ・ツノレイシ

 ということになる。

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2018/04/19

オウギガニ(大当原期)段階の貝比較

 オウギガニ段階(大当原期)にある貝類を比較してみる。平安山原遺跡のⅢ群上層のみは、ぼくの判断になる。

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 同じ段階にあると言っても、5地点に共通するのは、シラナミ、マガキガイ、イソハマグリ、ヒメジャコ、クモガイ、リュウキュウサルボウ、リュウキュウマスオ、オキナワヤマタニシ、ニシキアマオブネの9つのみだ。

 なかでも、いわゆるオウギガニらしい貝を当てられない。どれも名だたる貝たちばかりだ。9つの貝のなかで、地点内ではもっとも構成比の低いものが、9つのなかではもっとも高いのはヒメジャコで、これは名だたるなかではオウギガニらしさ(小さくて岩のなかに収まっている)を見せている。

 4地点で共通している貝は、サラサバテイラ、シャゴウ、オニノツノガイ、エガイ、コオニコブシ、カンギク、ギンタカハマ、バンダナマイマイ、ハナマルユキ、ハナビラダカラ、アマオブネの11になり、一気に増えるわけではない。しかし、オウギガニらしさは出てくるように見える。

 サラサバテイラ、ギンタカハマは、鋏に似ている。コオニコブシ、カンギクは、小さくて尖りがあり、カニとの類似を見せる。ハナマルユキ、ハナビラダカラは、背面の柄や殻口の形が似ている。

 共通する地点が3つ以下の貝類で特徴的だと思えるのは、宇堅に多いヒザラガイで、これはオウギガニの腹節を捉えていると思える。しかし、それは、シオマネキ段階にもさかのぼれるものかもしれない。宇堅のアコヤガイ、ナガラ原東のミドリアオリは、オウギガニの扇形が捉えられていると思える。

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 同じ段階にあると見なされながら、これだけ共通性が低いのは、ひとつには環境による規制が大きいためだと考えられる。そしてそれとは別に、同じ段階とは言っても位相がだいぶ異なる、ということではないだろうか。

 宇堅は、アラスジケマンが約8割と圧倒しており、干潟の構成比が高い。ヒザラガイやアコヤガイなど、オウギガニらしさの兆候もあるが、これはシオマネキ段階にあると見なした方がいい。

 安田は、山がちな環境とはいえ、2割を占めるオキナワヤマタニシを考えると、すでにヤドカリ段階への移行が進んでいるのではないだろうか。

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 そこで、宇堅、安田を除き3地点で改めて比較すると、3地点で共通する貝類はぐんと増える。すると、ヤナギシボリイモ、クロチョウガイ、イトマキボラ、ホシダカラ、ツノレイシなど、オウギガニらしさとして言うことができる貝も増えるようだ。

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2018/04/18

平安山原B・C遺跡の位相 3

 実は、貝類からカニトーテムからヤドカリトーテムへの移行と見なした層は、報告書の判断と異なっている。Ⅱ群をヤドカリ段階と見なすのは同じだが、Ⅲ群下層は報告書ではカニ(大当原)、貝類からはヤドカリ(アカジャンガー)、Ⅲ群上層は報告書ではヤドカリ(アカジャンガー)、貝類からはカニ(大当原)で、反対になっている。

 地層は下から上へとなるのだから、報告書の方が自然だとは言える。

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(『平安山原B・C遺跡』から作成)

 この遺跡は、貝塚時代後期から戦前まで断続的に生活の場とされていて、ために「人為的な攪乱を受けて」いて、砂地ということもあり、「上層の遺物が下層に紛れ込んだ可能性が高」いと指摘されている。

 土器片の構成からいえば、Ⅱ群下層にアカジャンガー(ヤドカリ)の土器が紛れ込んだという理解になる。

 しかし、貝類によれば、Ⅲ群下層は、Ⅱ群ほど明瞭ではないが、ヤドカリトーテムへの移行を示していた。これをどう理解すればよいか。

 ここで、「人為的な攪乱」の要素を重視すると考えられなくなるので、脇へ置いてみる。報告書でも貝類からもヤドカリ段階と見なされるⅡ群でも、優勢なのは、カニトーテム(大当原)の土器だ。これは、トーテムを表現する土器形態を得るまでは時間がかかることを意味しているのではないだろうか。そうだとすれば、Ⅲ群下層でヤドカリトーテムの土器は少ないけれど、貝類はヤドカリトーテムへの移行を示していると捉えるのは矛盾していない。

 しかしそうすると矛盾するのは上層の方で、カニトーテム段階と見なしたのに、ヤドカリトーテム段階の土器は、下層よりも多い。

 これは、下層の集団と上層の集団は異なっていたことを意味するのではないだろうか。つまり、下層ではヤドカリトーテムの集団が生活していた。しかし上層では、カニトーテムの集団に変わったと見なすのだ。

 トーテムとしてのヤドカリの意味は、性交と妊娠の因果の受容だから、カニとヤドカリの共存の段階はあっても不思議ではない。

 黒住耐二は、この遺跡では干瀬の貝が少なく、クチも少数だと指摘している。しかし、礁斜面のゴホウラが集積されるだけでなく、アツソデガイ、大形ナルトボラ類、マンボウガイ等の死殻も得られていることから、「人々の側の交流の程度」が大きかったと想定しているが(「平安山原B遺跡と同C遺跡の貝類遺体および本地域の遺跡出土貝類まとめ」)、これが下のヤドカリ、上のカニの背景なのではないだろうか。

 試みに貝製品の出土状況を見てみる。

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 Ⅲ群の下層と上層について、製品の構成比の差をみると、螺蓋製利器と貝匙、自然貝について、ヤコウガイが高まっている。ヤコウガイは、ヤドカリ貝だから、下層がヤドカリトーテムの段階にあることを傍証しているように見える。有孔製品で減少が著しい二枚貝は、「放射肋族」なのではないだろうか。
(『平安山原B・C遺跡』から作成)

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2018/04/17

平安山原B・C遺跡の位相 2

 より詳細にみるために、貝を科ではなく、似たものでまとめてその推移を辿ってみる。

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 ここで、族としてまとめているのは、見た目の類似によるが、まだ細分したり厳密にしたりする余地を残している。

 もっとも上昇している砂族は、砂場に限らず岩場にもいる二枚貝を含めている。このなかで上昇著しいのがイソハマグリだ。目立たないが、小さく伸びているのは、ナミノコマスオとリュウキュウナミノコ。

 下降しているのは、岩場の二枚貝でカワラガイ、ホソスジイナミ、ヌノメガイ、リュウキュウサルボウだ。どれも放射肋が目立つ。ただ、ヌノメガイは成長肋が目に入るので、他とは違う理由があるのかもしれない。

 放射肋が目立つものでまとめているのが、アラスジ族で、アラスジケマン、カワラガイ、ホソスジイナミ、リュウキュウサルボウ、リュウキュウマスオになる。

 放射肋の目立ちが捉えられているのは、シャコガイとの類似によるものだ。ということは、これらの貝は、放射肋と成長肋の目立ち方で分けるのがよいと思る。ただ、ヌノメガイの場合のように、成長肋が目立っても減少しているものがあるのは、殻表面が滑らかであるかどうかに依っているのかもしれない。それは、ヤドカリの腹部が柔らかであることに対応している。

 放射肋族
 成長肋族
 スベスベ成長肋族

 オウギガニの段階では、ヒメジャコが優占することが多いので、ヒメジャコ族としているが、シャコガイのことだ。シラナミ、ヒメジャコ、シャゴウ、ヒレジャコのどれも減少している。これはそのまま放射肋が目立つ貝の減少と呼応している。これは、カニの腹部では腹節が目立つのに対して、ヤドカリの腹部がスベスベしているのに対応している。ただし、ヤドカリも貝族なので、関心が消失するわけではない。このなかでは、ヒレジャコの減少幅は小さい。

 この遺跡では、マングローブの主であるシレナシジミが登場しないが、シレナシジミは成長肋が目立つが、スベスベはしていないので、成長肋族に入るとみなしておく。

 蓋族としたのは、貝の蓋が石灰質などでできて硬質で、貝そのものと見なされたものを指している。チョウセンサザエの蓋は微増、ヤコウガイの蓋は微減、カンギクの蓋は増加している。これらの傾向は、蓋そのものへの関心は持続し、ヤドカリとの関連が捉えられたものが増加していると考えられる。

 丸族としたのは、アマオブネやマイマイなど、小さくて丸っこいものを入れている。オキナワヤマタニシ、バンダナマイマイ、カンギク、ニシキアマオブネ、カツレンマイマイ、アマオブネで、カツレンマイマイ以外はどれも増加している。ヤドカリの宿貝になることが増加の背景にあると考えられる。

 巻貝は、カニの鋏と見なされるので、大きく鋏族とした。「▽鋏族」としたのは、円錐の形をして、殻口が錐の方にあるものだ。

 微増の傾向を持つのは、アンボンクロザメ、ナンヨウクロミナシ、サラサミナシ、ゴマフイモだ。どれも長めの貝であり、オウギガニよりヤドカリの方が、鋏が長いとみなされたことに依る。カバミナシは長めだが微減している。赤みを帯びた黄色がヤドカリと似ていないとみなされたのかもしれない。

 それはマガキガイがもっともよく示している。カバミナシだけではなく、イボカバイモやヤナギシボリイモも、長い鋏なのに減少している。もともと、ヤドカリも鋏だけ取ってみれば長いとは言えない。マガキガイはなぜ横ばいになるものの、減少するのだろう。

 それは、ヤドカリが宿貝から顔を出している部分が男性と見なされたことに依るのではないだろうか。そこで、赤系の色であるマガキガイは減少し、それが希薄なアンボンクロザメが微増する理由になっている。それとともに毒を持つことも男性性の強い要素だった。

 マダライモ、ジュズカケサヤガタイモ、イタチイモ、イボシマイモなどは、短い鋏で、オウギガニがトーテムとして去るのに合わせて採られなくなっている。

 「▽鋏族」については、色と長さで選択されていると言えそうだ。

 タカラガイは、「〇鋏族」とした。ホシダカラは微減で、ヤクシマダカラ、ハナマルユキ、ハナビラダカラは微増している。微増微減の範囲だが、ホシダカラよりは、ヤクシマダカラ、ハナマルユキの方が、表面の褐色が強く、ヤドカリに似ているとはいえる。ハナビラダカラが増えるのは、平滑で光沢のある背面とヤドカリ腹部との類似に依るのではないだろうか。

 円錐的で、円の方に殻口のあるのが、「△鋏族」。おおむね微減で、これは鋏の形の類似がカニのときより重視されなくなったのを示しているのかもしれない。サラサバテイラは減少するが、ニシキウズとギンタカハマは微増している。

 円錐を二つ重ねたような形のものが「△▽鋏族」。個々には微増微減だが、全体としては減少する。これは、クモガイ、スイジガイの減少によるところが大きい(特にクモガイ)。これは、形がカニそのものに似ていることに依ると思える。だが、その他もおおむね殻に尖りを持っていて、それはカニにしてもヤドカリにしても脚を持つことに呼応している。

 これは、尖りのみでまとめた「棘族」についても同様のことが言える。

 「陸族」は、マイマイなどで、オキナワヤマタニシ、バンダナマイマイ、カツレンマイマイ、シュリマイマイは、カツレンマイマイを除いて微増する。これは、ヤドカリが陸にも棲むことに依っている。

 「岩族」は、岩に張り付いて岩そのものに化しているように見えるものや、岩そのものに見えるものを入れている。しかし、微減しているメンガイは、むしろ放射肋族に入れるのがいいようだ。クロチョウガイもそれは同じかもしれない。

 まだ精緻さが足りないが、ヤドカリの場合、腹部(貝)がスベスベしていることが重視される。鋏は男性性を強めているとは言えそうだ。

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 これらを貝の棲息地の推移として見てみると、干潟-マングローブ域の減少が目立つ。これはあるいは、キバオウギガニなど、干潟に棲むオウギガニもトーテムだったことを示唆するのかもしれない。

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2018/04/16

平安山原B・C遺跡の位相 1

 読谷の平安山原B・C遺跡から出土した貝類から、トーテム段階の位相を測ってみたい。

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(黒住耐二「平安山原B遺跡と同C遺跡の貝類遺体および本地域の遺跡出土貝類まとめ」から作成)

 Bの①~③とCのⅡ群、Ⅲ群の上下層を、段階がスムーズになるように配置してみた。ここで重視しているのは、イソハマグリの推移になる。ただ、イソハマグリがダントツになるので、途中でカットして他の貝類の推移も分かるようにしてみる。

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 このグラフでいけば、Ⅲ群下層からヤドカリ・トーテムの段階に入っていることになる。その指標になるのが、イソハマグリだ。

 それまで、優占するも、下降し、横ばいになるのが、マガキガイ。下降が著しいのは、シラナミとアラスジケマンで、アラスジケマンの方が先に下降を始めている。アラスジケマンと似た下降を示すのはクモガイ。そしてその後に続くのが、サラサバテイラだ。ただし、マガキガイと同様、下降後に横ばいで推移している。

 上昇 イソハマグリ
 下降 シラナミ、アラスジケマン、クモガイ
 下降後横ばい マガキガイ、サラサバテイラ

 この推移は、イソハマグリがヤドカリトーテムを象徴し、シラナミやアラスジケマン、クモガイがカニトーテムを象徴していることを示している。マガキガイやサラサバテイラもカニトーテムを示すが、一定程度、ヤドカリにも見出されている。

 

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2018/04/15

安良川遺跡のオカヤドカリピット 2

 8世紀の安良川遺跡から出土したヤコウガイは極端に小さい。木下尚子は、笠利半島東海岸で200年以上継続したとみられる大型ヤコウガイの選択的捕獲が、「ヤコウガイに執着する生業の偏り」を生み、「ヤコウガイを小型化」させたのではないかと書いている(「ヤコウガイ交易の可能性」)。

 一方、安良川遺跡からは、ウニ土坑、ヤドカリ・ピットも発見されている。これは、ヤドカリがトーテムであったことを示すだけではなく、その主がムラサキオカヤドカリであることを示している。

 出土状態が重なってヤドカリが詰まった状態で出土していることからバスケット状の龍に入れられていたと思われるが不明である。また,食用していたのかどうかも不明である。まとまって殻に入った状態から判断して、湯がかれた物と思われる。近くには夜光貝の入った掘り込みも確認されている。(「安良川遺跡」)

 この状況は示唆的だ。湯がかれたかもしれずバスケットに入れられたムラサキオカヤドカリは、トーテムをあの世へ送ることを意味している。それは、小型化しているヤコウガイの増殖を願うものだと考えられる。ヤコウガイとは、ムラサキオカヤドカリの化身貝なのだ。

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2018/04/14

阿波連浦貝塚の貝類

 阿波連浦下層式、つまりスナガニ・トーテム段階の貝類が知れると期待したが、出土数が少なく残念だった。

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 阿波連浦下層式土器が出土した肋層は、オオベッコウガサ、イボアナゴ、シラナミのみ。いわゆるスナガニらしさは確かめられない。しかし、オオベッコウガサ、イボアナゴの岩化する貝のスナガニ段階の貝の例としては備忘しておける。

 Ⅳ層は、浜屋原式土器、つまりシオマネキ段階の貝類だ。シオマネキ段階でのアマオブネには何を見ただろうか。オウギガニ段階のように、爪の形に迫っているとは思えない。腹部と蓋、だろうか。爪(鋏)らしさは、クロフモドキに現れている。

 アラスジケマン系の二枚貝は、リュウキュウマスオになる。

 しかし、キバアマガイにしてもホソスジウズラタマキビにしてもシオマネキよりはオウギガニ段階にふさわしい。もしかしたら、この貝塚はすでに移行が進んでいるのかもしれない。


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2018/04/13

国頭安田遺跡のオウギガニ・トーテム段階の貝類

 国頭の安田は、与論にも近いとあって関心をそそられる。貝類がもっとも出土した4層でも254体だから多くはないが、コンパクトに特徴を示している。これは、オウギガニ・トーテム(大当原式)段階のものだ。

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(『国頭村文化財調査報告書第4集 村内遺跡詳細分布調査報告書』より作成)

 結局のところ、カニの爪と腹部に関心は集まっている。安田の場合、なかでもオキナワヤマタニシを筆頭に小さな巻貝に象徴されている。これらは、殻の形がオウギガニの爪(鋏)に似ているとともに、硬い蓋がカニの腹部を表す。小さな巻貝でのカニ表現は約7割を占める。

 これは同時にカニ・トーテム段階の島人が、自分たちをどう認識していかたを示唆するものだ。つまり、人は手で作り産む存在であると見なされたのだと思う。

 また、オウギガニという干瀬蟹の段階では、陸産の貝類も矛盾とは捉えられていない。それは国頭という立地もあるが、干瀬が陸でもあるという側面が積極的に捉えられているためだと考えられる。

 キクザル科のように突起のある貝は、構成比は低いが、カニを示している。カニが貝に化身した場合、貝に手足が生える。それが突起の意味だ。

 オオベッコウガサのように岩化するが、棘よりは円形や扇形が意識される場合、カニの腹部との類似が重要だった。ヒザラガイは、オウギガニの腹節そのものだとみなされたのではないだろうか。

 特異な、あるいは特別な位相を持つのは、ハナビラダカラで、これは爪(鋏)との類似が捉えられている。それは貝製品を見れば明瞭である。これは、オウギガニの爪(鋏)だ。

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(『国頭村文化財調査報告書第4集 村内遺跡詳細分布調査報告書』)

 ここでは、大型の貝類も爪あるいは腹部だとみなした。マガキガイは、シオマネキトーテムにこそふさわしいが、オウギガニの場合、幼体が採られたのではないだろうか。報告書では、「第4層でマガキガイ殻長がやや小さい印象があるが、他種はこの時期にほぼ一般的なサイズであった。ただし、計測個体が少ないため遺跡全体のサイズを反映していない可能性が高い」とあるが、この小ささは偶然ではないと思える。

 ヒメジャコを筆頭にしたシャコガイも爪であり腹部であるとみなされたのではないだろうか。

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 この粗雑なつくりに見える貝製品も正面からみれば腹部であり、横からみれば爪(鋏)である。

 貝製の小玉も撮る角度をもうひとつ増やしたい。

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 図解の方をみれば、これも爪(鋏)であり、腹部なのではないだろうか。


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2018/04/12

新城下原第二遺跡のトーテム段階 2

 Ⅴ層と川跡について、こんどは貝の増減にフォーカスしてみる。それは、阿波連浦下層式の段階から浜屋原式段階への変化を示唆するはずである。

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(上表:増えた貝、下表:減った貝 『新城下原第二遺跡』から作成)

 増えた貝の系譜の代表的なものは、アラスジケマンやヒメジャコなどのシャコガイだ。シオマネキの腹部は、放射肋のような隆起が発達しているわけではない。だから、これは単純なカニとの類似とは別の思考が被さっていると思える。それは、シャコガイがもともとはトカゲ貝であり、カニ・トーテム段階のシャコガイが、トカゲと貝の融合としてのカニを意味することに依ると思える。

 また、ここで蓋も重視されている。蓋はサンゴであり貝なのだ。それは前5期の思考を受け継ぐものだが、これはシャコガイの浮上と同期しているのには意味があるように見える。胞衣という貝(サンゴ礁)の産物としての貝という意味だ。別に言えば、シオマネキ段階は、貝と腹部との類似に意味が付加されていく過程だともいえる。

 鋏は、シオマネキの長いそれに合わせて、やはり長い貝が重視されている。

 オキニシとガンゼキボラは、新しい傾向と言えるだろうか。この尖りや棘を持つ貝殻は、カニ類の脚部分であり、いわばカニ自身の貝への化身が思考されているものだと思える。そういう見立てを島人はここで行っている。

 上記のことは減った貝にも顕著に現れていて、腹節そのものとの類似の見られる貝が主にあがっている。言い換えればこれは、阿波連浦下層式の段階のスナガニ・トーテムでは、腹節との類似がもっとも重視されていたことを示唆する。新城下原第二遺跡の場合、スナガニ・トーテムを象徴していたのは、タママキガイだった。

 鋏は、増加しているものもあれば、減ったものもある。これは、ハナビラダカラやヒメオリイレムシロに象徴的なように、スナガニの丸っこい鋏と形が似た貝が減っているのだ。

 しかし、両者のちがいをもっとも示すのは貝の棲息地だ。Ⅴ層では、10%に満たないマングローブ・干潟の貝が、川跡では40%以上を占めるようになる。これも、シオマネキ・トーテムを強く示唆している。

 


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2018/04/10

新城下原第二遺跡のトーテム段階 1

 新城下原第二遺跡のⅤ層には、川跡の層が乗っている。浜屋原式土器は、Ⅴ層で66%、川跡で61%を占め、Ⅴ層の方が高いが、どちらも浜屋原式土器の段階にあると想定して貝類を見てみる。

Ⅴ層
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(『新城下原第二遺跡』)

川跡層
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 浜屋原式土器が象徴するのは、シオマネキ・トーテムだ。Ⅴ層でいえば、それはタママキガイに示されている。これは、カニの腹節との類似が捉えられたものだと言える。それは、スダレハマグリやイソハマグリにも言える。

 3位のリュウキュウザルも同様だが、放射肋の目立つ貝の選択は、シャコ貝トーテムの類似を捉えたものだ。それはカワラガイ、アラスジケマンにも言える。

 イボウミニナ、カワニナのような長い円錐状の貝は、シオマネキの長い鋏との類似が捉えられている。

 ホウシュノタマ、クマノコは、美しい。シオマネキ・トーテムの段階では、シオマネキがそうであるように、色は重視されたと思える。しかし、このふたつはそれだけではなく、硬い蓋が重視された。それはそのまま貝を示すと考えられたのだと思える。

 こうしてみれば、約6割は腹節との類似が重視されている。

 川跡の層では、Ⅴ層で3割を占めたタママキガイに代わり、約4割をアラスジケマンが占める。これは発達した放射肋にシャコ貝との類似を見たもので、同じことはホソスジイナミにも言える。

 ついで多いのはチョウセンサザエの蓋だ。これは、Ⅴ層のホウシュノタマクマノコ、川跡では、オキナワヤマタニシ、カンギクも同様で、蓋そのものが貝あるいはカニの腹部と見なされている。

 ヒメジャコは、サンゴにはまり込み岩化するありかたがカニであり、色の美しさはシオマネキ(特にルリマダラシオマネキ)との類似が捉えられている。

 腹節との類似は、イソハマグリ、シレナシジミ、オイノカガミ等によって捉えられた。ただ、、シレナシジミは、干潟・マングローブにおけるシャコ貝のように主として考えられていると思える。

 鋏は、マガキガイ、ヒラマキイモ等に示される。

 川跡では、シャコ貝トーテムとの類似がもっとも重視されている。それは1割強が蓋の重視で選ばれていることにも示されている。外套膜の美しさは、ヒメジャコ、シラナミを選ばせているが、シオマネキ・トーテムが一方で示唆するのは、もともとのトーテムであるシャコ貝の存在だ。これは、前5期においてサンゴ礁がトーテムとみなされ、シャコ貝が胞衣の産物と見なされていることを同時に示すものかもしれない。

 Ⅴ層と川跡の層を比べると、川跡の方がよりシオマネキを示唆していると言える。それは、12位のマガキガイが示すシオマネキのシャープな鋏だ。

 もうひとつある。川跡の底面からはアンボンクロザメ等のイモガイの集積が見つかっている。
 
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 これは報告書では、「意図的に川底に集積したものと考えるのが妥当」とされている。貝交易との関連ばかりが指摘されるが、これがそもそも示しているのは、シオマネキ・トーテムの段階だ。それが、鋭角な円錐であるイモガイを集めた根本的な理由になる。


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