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2020/10/03

ハジチの本が出るにあたって

『珊瑚礁の思考』を構想しているとき、ある伝承や習俗の理解が別の伝承や習俗の理解と脈絡をつけてつながるということが起き始めた。もうひとつ別の理解点が加われば面をなして、理解点が増えると面は次第に大きくなってゆく。もちろん、点の理解に間違いあれば、面は消えて線に戻るが、また次の点ができて新しい理解面も生まれる。こうしたことが次々と起きる感覚があった。それは今も続いているが、そうすると、あることにどのように気づいたかが分からなくなることがしばしばになっている。この本では、ハジチを蝶に結びつけて解釈しているが、それはどのような経緯だったのか。思い出してみたい。

 ハジチが霊魂に関係していることに初めて納得したのは、吉本隆明の「ファッション論」だった(『ハイ・イメージ論Ⅰ』1989)。そこで吉本は民族誌の霊魂概念を辿りながら、入墨や身体の畸型化は人間の裸身が「霊魂の衣裳」と見なされたときに成立すると考えていて、ぼくはこれをハジチに引き寄せて理解した。ハジチは「霊魂のファッション」なのだ。

 『珊瑚礁の思考』では、「あの世」と「霊魂」の先後を考えることになった。それは吉本が『共同幻想論』でも明示していないことに思えていた。確定的には言いづらかったが、他界は霊魂に先んずるという理解を採った。「この世」と「あの世」の空間分割が先にあり、両者を行き来するものとして「霊魂」が思考されると考えるのが自然に思えたからだった。

 もうひとつ、霊魂観の系譜を辿ると、「霊魂」にはふたつの系列があった。ひとつは身体的なもので語彙として「呼気」や「体温などの熱」に代表される。もうひとつは影像的なもので頻繁に出てくるのは「影」や「水に映った影像」だ。棚瀬襄爾の『他界観念の原始形態』に集められた民族誌例でもそれは確認できる。ぼくは生命を原形があってその変形として捉える霊力思考と知覚を通じて仕組みをつくる霊魂思考に関連づけ、霊力思考から感覚された「呼気」に対して、それとは別の霊魂思考が「影」などの映像的なものを通じて「霊魂」が思考されたとき、「呼気」ももうひとつの霊魂とみなされるようなったと捉えた。そこから、霊魂は種族の進みゆきによってひとつに統合される場合もあれば、数を増やすこともある。トロブリアンドのバロアはひとつとして語られるものであり、霊力の高い人はたくさんの霊魂を持つということは琉球弧でも言われる。また、マルセル・モースがマオリ族について述べた贈与の霊であるハウも霊魂観から接近できるのは分かった。「影」などの霊魂の発生と同時に「ふたつの霊魂」がセットされる。デュルケムが言う「霊魂とは、一般に、各個人の内に化身したトーテム原理そのもの」(『宗教生活の原初形態』)ということの内実も、ここから解きほぐすことができると思えた。

 『珊瑚礁の思考』はここまでの理解になっている。

 琉球弧のハジチで最も重視されたのは左手首の尺骨頭部の紋様だ。そこは、島々で「アマン(ム)」と呼ばれる。アマンはヤドカリのことで、琉球弧ではトーテムの伝承を残す生き物だ。右手は不明だが、ハジチが「霊魂」の発生に根拠を持ち、霊魂は初期に「ふたつの霊魂」としてセットされる。それなら、ハジチの左右の尺骨頭部は見事に「ふたつの霊魂」の発生を示しているのではないか。「呼気」というプレ霊魂は、トーテム由来と見なせるから、それなら右手が霊魂としての霊魂ということになる。左手首の紋様はトーテムであり、右手首の紋様は霊魂だ。

 ところでうかつだったけれど、『与論町誌』を見ると、1969年に行われたハジチの調査事例のなかで、左手の尺骨頭部は「アマン」で右手は「パピル」と聞き取りされているのを知り、とても驚いた。与論語のパピルは、琉球弧ではハベル、ハベラ、ハーベールーなどと呼ばれる蝶・蛾のことだ。パピルは島々で霊魂や死者の化身として語られている。やはり、霊魂はパピルであり、ハジチの右手首の紋様も蝶・蛾であるという見通しが立つ。

 そしてここ数年は考古学調査報告書を読み漁ることになった。貝塚や遺跡がトーテムを表すのに気づいたからだ。「遺構」や「製品」と呼ばれるものはトーテムやそれに近しいものを示している。それなら、ここに「霊魂」発生の痕跡を見つけることができるのではないか。そしてそうその通り、植物トーテムとサンゴ礁トーテムの段階で、トーテムだけではなく、蝶や蛹や幼虫が描かれ、作られているのが分かった。誰でも分かるサンプルでいえば、「蝶形骨器」がある。ここでは、どうやら「あの世」は「霊魂」に先立つと仮説できることも確かめられた。 

 ハジチと蝶のつながりは、思い出せばこういう順番を辿って考えていったことになる。このことは、小冊子では触れることができないので、備忘を含めて記しておく。

 

『ハジチ 蝶人へのメタモルフォーゼ―Japonesian Ryukyu Tribal Tattoo』

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