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2020/10/31

『モノも石も死者も生きている世界の民から人類学者が教わったこと』

 人間が、人間のみの世界の内側に閉じこもって、かなたにある人間の知性と能力をはるかに超えた外部の世界と出会っておくことがないのなら、私たちは私たちの行く末を、このまま永遠に見失ったままなのではないだろうか。逆に、こちら側からあちら側に抜けるための連絡通路を開いておけば、私たちはこちらとあちらを往還しながら、アニミズムが自然と立ち上がってくるだろう。

 ぼくもハジチの紋様を解読しながら、このことをつくづく感じた。ハジチを始めた人々は、人を人のみでは考えていない。人の向こうにトーテムである植物を、そこから生まれる蝶を、そしてトーテムからの化身態としては分身である貝とを同時に見ている。人はむしろ、それらの自然から照らされて像を結んでいる。

 文学、思想、アニメ、トレンド等のさまざまな角度からアニミズムが論じられた本書のなかで、トーテミズムとの接点はいたるところにあるが、「往って還ってくる」生死の運動もそうだ。もっともトーテミズムからいえば、これは、「還って、現れる」、もっと正確には「還って、予兆(予祝)され、現れる」ということになる。「この世」側ではなく、「トーテム(あの世)」側に主体は置かれるからだ。

 この運動を見るのには本書でも引用されている「メビウスの帯」がふさわしく、かつ、アニミズムからトーテミズムへの通路もつくりやすい。

 一回転半ねじってメビウスの帯をつくり、それを帯びの真ん中から切り抜くと、「三つ葉結び目」ができあがる。ところで、貝塚・遺跡の構造を見続けていると、「あの世に還る」「予祝する」「この世に現れる」という三つの運動が絶えず行われているのが見えてくる。この「還る」「予祝する」「現れる」という運動をひとつながりにイメージすると、立ち上がるのは「三つ葉結び目」なのだ。

 生と死以前に、トーテムと人との関係は、この「三つ葉結び目」のなかを絶えず歩む運動のなかで溶けあい確認されている。それはやがて、生と死を結ぶものとも考えられるようになる。このつながりあいの終わりは、「還る」「予祝する」「現れる」の場が分離によって表現されることになる。

 人間を人間のみの世界で考えない他との接点を持つということは、アニミズムへの回路を拓く。それは同時にトーテミズムの世界への通路でもある。

 

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2020/10/21

「ハジチは蝶の印」パネル展

 『ハジチ 蝶人へのメタモルフォーゼ』(喜山荘一)の発売を記念して、ハジチと紋様の由来となる蝶や植物、貝をビジュアルで表現したパネル展を開催しています。

 

会場:ジュンク堂書店 池袋本店4F

期日:20201020日~1130

 

 お近くの方はぜひ足をお運びください。

 山城博明(波平勇夫)さんの『琉球の記憶 針突[ハジチ]』写真展とも隣り合っているので、写真と解読をいっしょに楽しめます。蝶や植物、サンゴ礁の写真は仲程長治さんに依るもの。しびれます。

 

Panel 

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2020/10/16

"HAJICHI" Metamorphosis into butterfly-person

1. What does the tattoo pattern mean?

 Whether you have tattoos or not, you've probably been fascinated by the beautiful designs of "tribal tattoos". And even if you didn't care about the meaning of the pattern, you've probably wondered what it means.

2. Revealing the pattern of the Ryukyu islands' tribal tattoo,  “Hajichi”

 This book unravels the meaning of the Hajichi pattern, one of the tribal tattoos. At least until the end of the 20th century, there were women with tattoos on the islands of the Ryukyu. The patterns vary so much that it is said that you can identify an island by looking at the Hajichi.This book reveals the significance of almost all of the recorded patterns.

3. Why it can be revealed.

 I am from Yoron Island in the Ryukyu Archipelago and have been exploring the prehistoric spiritual history of these islands. The results of this research are included in “Coral reef wild thinking” (『珊瑚礁の思考』2015, Fujiwara Shoten). The Ryukyu Islands are rich in myths, rituals, and customs, and have remained a fascinating fieldwork site for folklore and anthropology.( Levi Strauss also makes a small reference at the beginning of "Wild Thinking") Just as it was the Ainu in the north and the Ryukyu Islands in the south that left behind tribal tattoos in the Japanese archipelago, the Ryukyu Islands leave clues to explore the minds and thoughts of prehistoric times.

 In this exploration, I noticed that totems, spoken of in myth and folklore or preserved as the names of patterns, were represented in shell mounds and ruins. I have confirmed this in the Ryukyu Islands.

 I must emphasize that this is very different from what we have been taught, but a shell mound is not a dump site(or kitchen midden). Rather, shell mounds and ruins were sanctuaries to connect with totems.

4. Metamorphosis into butterfly-person

 If we can decipher the shell mounds, we can find the totems. Totems have changed over time, as they have been updated by prehistoric human's changing views of life. Thus, from the deciphering of the shell mounds, we can create a totemic timeline. Surprisingly, it corresponds exactly to the pottery timeline.

 In this totem timeline, the Hajichi was born when the "Spirit soul" concept arose late in the plant totem stage.At the plant totem stage, the human body is thought to have metamorphosed from a particular plant . Therefore, the human body is a plant body. And just as butterflies are born from plants, butterflies were carved into the bodies of plants. That is the "Hajjichi". The spirit was thought through the medium of a butterfly!(you may recall " psyche").

 If you read this book, you will understand the meaning of the patterns of the Hajichi.

 You will see not only the meaning of the pattern, but also the world that was with Hajichi. That is to say, we get a glimpse into the minds and thoughts of the prehistoric people at that stage in their lives.

5. Some examples

 Let me give you an example. The pattern marked on the ulnar stapes on the right hand is a peculiar design that is often similar in the islands, but this represents a butterfly (called a "five-star" on the Okinawa island).

 The pattern on the wrist at Tokunoshima island is also easy to recognize. This represents their spirit butterfly, “Ishigake-cho(Cyrestis thyodamas)”.

 If we shift our view outside of Hajichi, the artifacts unearthed from shell mounds and ruins at this stage are eloquent. The artifacts that have been called "butterfly-shaped bone object" represent butterflies. This is from the Murokawa shell mound, and the spirit butterfly is thought to be a “Namiageha”(Papilio xuthus).

6. Entrance to the world of the prehistoric mind

 This book is focused on the Hajichi, so you can certainly get to the meaning of the pattern. However, the number of pages is limited, so the details of the decipherment have to be given away separately. I will eventually develop this as a "totem-metamorphosis hypothesis".But you can stand on the threshold of the world of the prehistoric minds that were thinking in totems and metamorphoses.

7.It's in Japanese but full of illustrations

 It will disappoint you, but this book is written in Japanese. As you can see from the poor English in this "introduction", I am much better at writing in Japanese.

 But in this book of about 100 pages, the right page is the text, but the left page consists of illustrations of “Hajichi” hands, plants, butterflies, larvae, pupae, shells and archeological relics. So, at least the plants and butterflies that the pattern represents can be understood without having to read the text.

 I would be very happy if you could find out the origin of the Hajichi design along with these illustrations! And I would be even happier if you got to know the Ryukyu Islands as more than just a beautiful coral reef resort.

 

 

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2020/10/03

ハジチの本が出るにあたって

『珊瑚礁の思考』を構想しているとき、ある伝承や習俗の理解が別の伝承や習俗の理解と脈絡をつけてつながるということが起き始めた。もうひとつ別の理解点が加われば面をなして、理解点が増えると面は次第に大きくなってゆく。もちろん、点の理解に間違いあれば、面は消えて線に戻るが、また次の点ができて新しい理解面も生まれる。こうしたことが次々と起きる感覚があった。それは今も続いているが、そうすると、あることにどのように気づいたかが分からなくなることがしばしばになっている。この本では、ハジチを蝶に結びつけて解釈しているが、それはどのような経緯だったのか。思い出してみたい。

 ハジチが霊魂に関係していることに初めて納得したのは、吉本隆明の「ファッション論」だった(『ハイ・イメージ論Ⅰ』1989)。そこで吉本は民族誌の霊魂概念を辿りながら、入墨や身体の畸型化は人間の裸身が「霊魂の衣裳」と見なされたときに成立すると考えていて、ぼくはこれをハジチに引き寄せて理解した。ハジチは「霊魂のファッション」なのだ。

 『珊瑚礁の思考』では、「あの世」と「霊魂」の先後を考えることになった。それは吉本が『共同幻想論』でも明示していないことに思えていた。確定的には言いづらかったが、他界は霊魂に先んずるという理解を採った。「この世」と「あの世」の空間分割が先にあり、両者を行き来するものとして「霊魂」が思考されると考えるのが自然に思えたからだった。

 もうひとつ、霊魂観の系譜を辿ると、「霊魂」にはふたつの系列があった。ひとつは身体的なもので語彙として「呼気」や「体温などの熱」に代表される。もうひとつは影像的なもので頻繁に出てくるのは「影」や「水に映った影像」だ。棚瀬襄爾の『他界観念の原始形態』に集められた民族誌例でもそれは確認できる。ぼくは生命を原形があってその変形として捉える霊力思考と知覚を通じて仕組みをつくる霊魂思考に関連づけ、霊力思考から感覚された「呼気」に対して、それとは別の霊魂思考が「影」などの映像的なものを通じて「霊魂」が思考されたとき、「呼気」ももうひとつの霊魂とみなされるようなったと捉えた。そこから、霊魂は種族の進みゆきによってひとつに統合される場合もあれば、数を増やすこともある。トロブリアンドのバロアはひとつとして語られるものであり、霊力の高い人はたくさんの霊魂を持つということは琉球弧でも言われる。また、マルセル・モースがマオリ族について述べた贈与の霊であるハウも霊魂観から接近できるのは分かった。「影」などの霊魂の発生と同時に「ふたつの霊魂」がセットされる。デュルケムが言う「霊魂とは、一般に、各個人の内に化身したトーテム原理そのもの」(『宗教生活の原初形態』)ということの内実も、ここから解きほぐすことができると思えた。

 『珊瑚礁の思考』はここまでの理解になっている。

 琉球弧のハジチで最も重視されたのは左手首の尺骨頭部の紋様だ。そこは、島々で「アマン(ム)」と呼ばれる。アマンはヤドカリのことで、琉球弧ではトーテムの伝承を残す生き物だ。右手は不明だが、ハジチが「霊魂」の発生に根拠を持ち、霊魂は初期に「ふたつの霊魂」としてセットされる。それなら、ハジチの左右の尺骨頭部は見事に「ふたつの霊魂」の発生を示しているのではないか。「呼気」というプレ霊魂は、トーテム由来と見なせるから、それなら右手が霊魂としての霊魂ということになる。左手首の紋様はトーテムであり、右手首の紋様は霊魂だ。

 ところでうかつだったけれど、『与論町誌』を見ると、1969年に行われたハジチの調査事例のなかで、左手の尺骨頭部は「アマン」で右手は「パピル」と聞き取りされているのを知り、とても驚いた。与論語のパピルは、琉球弧ではハベル、ハベラ、ハーベールーなどと呼ばれる蝶・蛾のことだ。パピルは島々で霊魂や死者の化身として語られている。やはり、霊魂はパピルであり、ハジチの右手首の紋様も蝶・蛾であるという見通しが立つ。

 そしてここ数年は考古学調査報告書を読み漁ることになった。貝塚や遺跡がトーテムを表すのに気づいたからだ。「遺構」や「製品」と呼ばれるものはトーテムやそれに近しいものを示している。それなら、ここに「霊魂」発生の痕跡を見つけることができるのではないか。そしてそうその通り、植物トーテムとサンゴ礁トーテムの段階で、トーテムだけではなく、蝶や蛹や幼虫が描かれ、作られているのが分かった。誰でも分かるサンプルでいえば、「蝶形骨器」がある。ここでは、どうやら「あの世」は「霊魂」に先立つと仮説できることも確かめられた。 

 ハジチと蝶のつながりは、思い出せばこういう順番を辿って考えていったことになる。このことは、小冊子では触れることができないので、備忘を含めて記しておく。

 

『ハジチ 蝶人へのメタモルフォーゼ―Japonesian Ryukyu Tribal Tattoo』

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