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2019/12/31

蝶の人

 風の小学校のいちばん奥の教室で、彼女はみんなが来るのを待っている。理科室だったかな、実験台に座ってね。

 お披露目したくてうずうずしているんだ。なにしろ、蝶の人になったのだから。カミになったと言ってもいい。その手は間違いなく、ハジチ(Japonesian Ryukyu tribal tattoo)をしているはずだよ。

 南の果ての美事なカタブイの空を背に、生命力あふれる花や木々を彼女は見ている。見ているというより、そのなかにいるんだ。

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 「やんばるアートフェスティバル」に展示されている仲程長治の「黄金陰翳 クガニインエイ」のすごさは、簡単には言えない。

 野生の精神史でいえば、これはイザイホーを終えた久高島の女性や、顔面付き釣り手形と呼ばれる土器の出土した、茅野の御殿場遺跡「第11,12号住居跡」と「同じ」だ。もっと言えば、人があの世へ行き、またこの世に戻ってくるという時の進みを、「蝶人になる」という心身の変容で思考したこころの位相を捉えている。

 と、そんな風に、ぼくには響いた。

 

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2019/12/30

年の瀬のリュウキュウウマノスズクサ

 渡久地さんに道々を案内していただきながら、リュウキュウウマノスズクサを探す本部道中。運がよければ開花を見られるころと当てにして。

 はじめ塩川に寄る。それとおぼしき蔓草があるが、確信が持てない。 Dscn5860

 川を渡すオオハマボウの立派なこと。

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気を取り直して、アドバイスのあった嘉津宇岳へ。

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 アドバイス通り、登山広場での脇でリュウキュウウマノスズクサが見つかる。ただし、花や蕾は見当たらない。

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 樹木を覗けば貝塚でもおなじみのキセルガイ。ただ、古我地原貝塚や北原貝塚、荻堂貝塚といった植物トーテムの貝塚で重要なツヤギセルではなさそう。

 気をよくして、地元の小学生たちの一行にまぎれながら、登山道を登ってみる。

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 緑きれいなアオミオカタニシ。備瀬貝塚や浜屋原貝塚で出ている。地元の貝なんだなあと感じ入る。

 ヒカゲヘゴ、クワズイモ、ボチョウジ、見事な植物はあまたあるのに、お目当てのものには出会えない。山頂は魅力的だが、それが目的ではないからと下ることに。もういちど登山広場の脇を丁寧にたどってみて、いくつかリュウキュウウマノスズクサを見つけるが、花はつけていない。下り道も渡久地さんはゆっくり進んでくれ、脇の植物をつぶさに見ていくが、蔓草も見当たらない。なかなか出会えないという事前情報は本当なのかもしれない。

 ただ、蔓草は出会えたのだから、それでよしとしよう。

 もうひとつその地に立って見たかったのはアンチの上貝塚だ。ご多分に漏れず、ここにしても埋め戻されているわけだから、なにがあるわけでもないのだが、アンチの上は、ヤドカリ・トーテムの貝塚で全面発掘されて充分なデータが揃っている点でとても貴重なのだ。

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 瀬底大橋のたもと付近。われらがアマムにもご挨拶。報告書にある通り、北風が強い。この風と海流の強さも肌で感じたかったことのひとつだった。

 熱帯生物圏研究センターに知人を訪ねるも不在だったので、島の東南沿いを辿る道すがらだった。ここへ来ても、目は道沿いの植物に向かっている。渡久地さんが、あれはそうじゃないかなとおっしゃる。

 リュウキュウウマノスズクサ。で、ついに蕾と花に遭遇。嬉しさあまって何枚も撮った。

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 小さな花と知っていたが、本当に小さい。大きな葉に隠れているので、注意していないと気づかないだろう。それでもこのいでたち。気づいたら、もう眼を離せない小さな太陽だ。

 よく「林縁」に生えているとあるが、見つけたのは海岸沿いの道でしかも海岸側の植生のなかにあった。12月27日。開花はこれからが多く見られるのだと思う。次はこれを植物トーテムとした奄美大島で見てみたい。渡久地さん、本当にありがとうございました。

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2019/12/24

貝読ひと段落

 ここ2年は、琉球弧の考古学資料を漁り、貝読に費やしてきた。遺物の貝はトーテムと人の足跡を語るから、その解読を行ってきたということだ。

 今年はその手応えをもとに、半年余りかけて「トーテムとメタモルフォーゼ」のおしゃべりを展開することになった。少数だけれど、聞きたい人に伝えるために、これまでの目安の確度を高めるべく追い詰めたわけだが、それがいい負荷になって、手応えを強めることができた。9月には水俣のみなさんに、水俣(九州西部)の縄文中期から後期にかけてのトーテムをお伝えすることもできたのも嬉しい。

 「トーテムとメタモルフォーゼ」のおしゃべりを終えたあと、師走に入って勢いで本土のトーテムを見てみると、同じ視点を使えば読み取れるのに改めて驚いている。本土のことも手がけるつもりはないけれど、ことは琉球弧に限らない、むしろ人類的だという確信は深まった。

 来年は、先史人に視線を同化したときに見えてくるものをお披露目するところへ向かう。見えてきたチャーミングな世界を分かち合えますように。

 

 

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