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2018/09/19

宮古島アラフ遺跡の遺構2

 Ⅳc層にはいくつかの集石が見られる。

C

 このうち、円礫のみで構成される23号集石は、「スデルわたしたち」というメタモルフォーゼの場と考えられる。

 この23号集石の近くには、4点の貝斧と1点の枝サンゴが寄せられていた。

23
(「沖縄考古学ニュース - 沖縄県立博物館・美術館」2009)

 考古学者は、これを「貝斧埋納遺構」と呼んでいる。この貝斧と枝サンゴはどう理解できるだろうか。これは、あの世へ「送る」場なのか、それとももうひとつのメタンルフォーゼの場なのか。

 この貝斧と枝サンゴは、籠のようなものに入れられて砂に埋められたと推定されている。
 
Photo_2
(江上幹幸「宮古島アラフ遺跡のシャコガイ製貝斧と利器」)

 集石と貝斧のあいだには55cmほどの高低差があり、貝斧が低い位置にある。籠状のものに入れられたとすれば、凹みのなかにあり、その意味では、「あの世へ帰るわたしたち」を表現していても不思議ではない。しかし、石灰岩や貝でそれを表現している6号集石に対して、貝斧と枝サンゴは形態が特別だ。

 低い位置に置く。それは植物で編まれた繊維状の容器のなかに揃えられる。揃えられた貝斧と枝サンゴは、こうしてみれば、苧麻からサンゴ礁への移行のメタモルフォーゼを示しているのかもしれない。

 スデルわたちたちを表現している23号集石の10cm程度の掘り込みと貝斧容器の「最低8cm」(『アラフ遺跡調査研究Ⅱ』)の深さは近似する。

 この貝斧と枝サンゴは、苧麻からサンゴ礁へのメタモルフォーゼを表現し、それを埋め、そのあと、23号集石を構成してサンゴ礁トーテムとしてのメタモルフォーゼを改めて表現したと見なすこともできる。層の下部以外に途中でもメタモルフォーゼ表現が見られる例に、平敷屋トウバル遺跡がある。

 遺構と新城海岸のサンゴ礁の対応にいえば、貝斧の遺構は、陸に近い方の位相を持つ。それは、苧麻からサンゴ礁への視線の移行を示すものとも考えられる。

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