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2018/08/25

具志川島岩立遺跡西区5B層の人骨と貝

 5B層で出土した人骨と集骨個所の貝とを対応させてみる。調査ではこの人骨は、(男性:6、女性:3、小児:1.、幼児:1)ということが分かっている。

 女性貝(1人当り)
 1.アマオブネ(1個+α)
 2.タカラガイ(完形か殻頂で、2個)
 3.マガキガイ(完形か破片)
 4.ムカシタモト、フトスジムカシタモト(完形か殻頂+α、あるいはマガキガイと同じ考え方かもしれない)
 5.チョウセンサザエ(破片20)
 6.チョウセンサザエの蓋(50個)
 7.コシダカサザエ(2個)
 8.オニノツノガイ科+ヒモカケセコバイ(2個+α)
 9.ニシキウズガイ科+オオウラウズ(2個)
 10.イヘヤタメトモマイマイ(4個)
 11.イトマキボラ科、ミツカドボラ(1個)
 12.アッキガイ科(2個)
 13.ユキノカサガイ科(2個)
 14.オオベッコウガサ(2個)
 15.タマガイ科(完形か殻頂1個)
 16.シマベッコウバイ、ヒメホラダマシ、ハイイロヨフバイ(完形か殻頂か破片1個)
 17.ヒザラガイ(破片4個)
 18.ネジガイ、タマキビ科(完形か殻頂1個)
 19.パイプウニ(破片1個)
 20.オハグロガキ(3個)
 21.リュウキュウマスオ(2個)
 22.エガイ、ソメワケグリ、イソハマグリ、リュウキュウシラトリ(どれか1個)
 23.シャコガイ(破片1個)

 男性貝
 1.イモガイ(破片含めて1個)
 2.マガキガイ(殻頂1個)
 3.チョウセンサザエ(殻頂3個)
 4.チョウセンサザエの蓋(10個)
 5.リュウキュウヘビ、アツキクスズメ、シラヒゲウニ、ミナミクロフジツボ(どれか1個)

 小児幼児女性貝
 1.アマオブネ(1個)
 2.タカラガイ(殻頂か破片1個)
 3.マガキガイ(破片1個)
 4.チョウセンサザエ(破片2個)
 5.チョウセンサザエの蓋(2個)
 6.イヘヤタメトモマイマイ(1個)
 7.ユキノカサガイ科(殻頂1個)
 8..エガイ、ソメワケグリ、イソハマグリ、リュウキュウシラトリ(どれか1個)

 小児幼児男性貝
 1.イモガイ(破片含めて1個)
 2.マガキガイ(破片1個)
 3.チョウセンサザエ(殻頂2個)
 4.チョウセンサザエの蓋(2個)

 単純なシミュレーションだが、同じ考え方で、非遺構、サザエ蓋集中、灰土のチョウセンサザエの蓋数を考えてみる。

 非遺構
 女性15個×12人+男性3個×13=219個。発掘は217個だが、採掘により削り取られた面がある。

 サザエ蓋集中
 女性1人相当、50個。発掘は37個。採掘により削り取られた面あり。

 灰土
 発掘9個。女性2個、男性1殻頂になる。しかし、少なくとも女性1人は成人であり、シラナミを持つので重要な存在だったはずだ。この場合、灰土そのものを50個相当の蓋を見なせばいいのかもしれない。

 ここで、5B層の貝塚人の人数を復元すると、
 
5b

 となる。

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2018/08/24

具志川島岩立遺跡西区人骨の位相

 まず、12層で出現するチョウセンサザエの蓋収集を見てみる。チョウセンサザエの殻は、破片で散らばっている。

Photo
(『具志川島遺跡群』)

 蓋は、焼けていない白色と褐色に焼けているもの、黒-灰色に焼けたものに分かれている。

Cs

 これは苧麻トーテム段階で、色のついたものが取れると、白い色になる貝が苧麻の化身態と捉えられたのと位相同型をなすと思える。たとえば、シレナシジミ、ソメワケグリ、イソハマグリだ。

Photo_2

 これを踏まえて人骨の出土した5B層を見たい。

5b

 この人骨と近くのチョウセンサザエの蓋は焼かれていない。

5b_2

 代わりに、集骨の両端に、焼け具合いが違って見える焼土がある。

 これは、12層のチョウセンサザエの蓋の焼けの段階化と同じことが考えられている。苧麻、ということだ。

 このうえで、近くの岩立遺跡の人骨を見てみる。

Photo_3
(片桐千亜紀、小橋川剛、島袋利恵子他「具志川島岩立遺跡出土人骨の再整理--焼けた骨の存在から見た葬法に焦点をあてて」「沖縄埋文研究紀要 」2007年)

 ここで「乾燥骨」は白い。「焼骨」は黒や黒褐色。「火葬骨」は灰白色に見える。人骨は、解剖学的位置を保たず、また乾燥、焼骨、下層骨に、性別や年代による際立った差異は見られない。

 これも西区の貝や人骨の出た5B層と同じ思考だと思える。

 トーテムが苧麻であることを示しているのだ。

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2018/08/23

具志川島岩立遺跡西区の位相

 具志川島岩立遺跡の各層について、メタモルフォーゼの位相を探ってみる。

 24層

 壁際にふたつの焼石遺構。凹状かマウントかは記述がないが、画像からは凹状に見える。貝の構成は明らかに苧麻貝だから、チョウセンサザエとしての苧麻貝を送ったように見える。

 12層

 チョウセンサザエと蓋としての苧麻人。
 イヘヤタメトモマイマイを送る。蓋を送り、蓋を迎える。

2412

 9層

 イヘヤタメトモマイマイとしての苧麻人。
 サメザラ、イモガイ等を送り、イヘヤタメトモ、リュウキュウマスオを迎える。

 7層

 チョウセンサザエと蓋としての苧麻人。
 蓋を迎える。

97

 6層

 チョウセンサザエとしての苧麻人。
 蓋を送り、蓋を迎える。

 5B層

 チョウセンサザエと蓋としての苧麻人。
 蓋を迎える。

 5A層
 チョウセンサザエとオオウラウズを迎える。

65

 これからは貝塚を形成した集団の違いでもあれば、時間推移のなかで見た、苧麻トーテムのなかでも小さなメタモルフォーゼの推移ではないだろうか。

 あの世への「送り」とあの世からの「迎え」は、壁際か否か、凹状かマウント状かで判断した。

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2018/08/22

久米島大原貝塚A地点のゴホウラ 2

 ゴホウラ貝溜まりが出ているのはⅢ層と見なせる。

1

 この貝層は、Ⅱ層と同様、ツノメガニだ。

1_2

2
(『大原:久米島大原貝塚群発掘調査報告告』)

 報告書の画像からは、このゴホウラがツノメガニの鋏を示しているのがよく分かる。

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2018/08/21

伊礼原A遺跡の貝集積

 伊礼原A遺跡においてもアンチの上貝塚と同様の思考が見られる。

Photo

 ヤドカリの尾肢は、伊礼原ではクジラの椎体で表現されている。

Ss04

 貝集中SS04の貝類は、オウギガニで腹部性が強い。報告書では「巻き貝は完形がなく」とあるので、なおさらそうなのだ。

H19

 一方、周辺の遺構外の貝類は、鋏性も持つオウギガニ貝で表現されている。アンチの上のような複雑さは見られないが、伊礼原A遺跡においても、オウギガニとしてヤドカリになると思考されたのだと思える。

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2018/08/20

大堂原貝塚Ⅲ層の位相

 大堂原貝塚Ⅲ層の遺構は、アンチの上貝塚と同位相の思考と仮定してみてみる。

Photo_2

 情報が少なく、推理が膨らまざるを得ないが、貝集積について解すると、

1

 こうなる。

Photo_3

 集合炉は、女性カニを他界へ送るもの。アンチの上貝塚では、小貝塚の上を覆った焼けたサンゴ礫に該当する。

2

 報告書の記述からすると、貝集積は時期がちがっている。

 まず、「女性カニ」が置かれ、次に、宿貝、尾肢を含んだ腹部、他界へ送る男女、男性カニ。その次に腹部と左右の鋏。最後にまた腹部。

 「溝状遺構」を腹部と見なせば、10、11の腹部は、あるいは歩脚を指すのかもしれない。溝から検出されているのは、土器とシャコガイを中心とした貝とある。

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2018/08/19

古宇利原遺跡の位相

 古宇利原遺跡は室川式土器が主体だが、貝類からは、ミナミオカガニ段階(後期)と判断できる。

2_3

1_2

 この貝類は、「環状集積遺構」から出たものだ。

Photo

 この遺構について、報告書では次のように記述されている。

遺構の取りはずしは、遺構内の北側中央部から実施した。結果、内面側の小礫が多く外側に比較的大きなものを使用するもので、礫間はいずれも密にある。最終的には第11’図にあらわした様に外周礫は列をつくることが知られた。しかし東西南北の4辺は石列のあり方に若干の違いが存在する。西側は立方形(大きさ30cm)の大形礫を立て並べているのに対し、北側は扇平小礫を6数段積み重ね並べてある。一方東側はやや雑然と積み上げたものでキリツ性はみられない。南側は先にも触れたが、あいまいである。なお遺構の下部の礫はいずれも直接、基盤の岩盤に接するものではなく、2~3cmの暗褐色土にのっている。遺構を構成する石質は、石灰岩を主体とするものであるが、なかに粘板磯、サンゴ磯砂岩(石器)等が使用されている。(『古宇利原遺跡発掘調査報告書』)

 これは、シャコガイ=サンゴ礁の破片によるカニ・トーテムの表現ではないだろうか。

 横からみると、サンゴ礁に似る。

2_4

 「大形獣の骨髄を素材とした」「棒状製品」は、オカガニの鋏。ホラ貝も同様。

Photo_2

2_5

 貝製品は、カニの脚。

Photo_3

 遺構のⅡ層上部からはジュゴンの「肩甲骨、助骨、歯?等」13点も出ている。カニの鋏、脚だ。

Photo_5

 遺跡は、「標高6mの石灰岩風化土壌の赤土上に形成されてい」る。オカガニ遺跡にはふさわしくない。古宇利島をあの世にした人々にとっての、オカガニへのメタモルフォーゼ表現が、この遺構の意味だと考えられる。


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2018/08/18

アンチの上貝塚の位相 10

 アンチの上貝塚の貝類をいくつか見てみる。

3_4

 このゴホウラはオウギガニの鋏だ。

2

 これらのタカラガイは、腹部。この場合は女性で、割られて「製品」と呼ばれているものは男性ということではないだろうか。

Photo_2

 どうすればこういう形を取り出せるのか分からないが、このオウムガイは、イロブダイの下咽頭骨と似ている。やはり、カニを見出しているということだろうか。

3_3

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2018/08/17

アンチの上貝塚の位相 9

 アンチの上貝塚の動物遺体に接近してみる。

 ヤドカリの左鋏(小貝塚1)からは、イロブダイの下咽頭骨とハリセンボンの前上顎/歯骨が出ている。

Photo_11

 これは、カニの全体を指すのかもしれない。

 アオブダイの下咽頭骨は、欠けた形で小貝塚1から出ている。

2_3

 これは鋏と考えていいだろうか。

 イロブダイの上咽頭骨は、あの世へ送られる小貝塚4,7(女性)と小貝塚6(男性)から出ている。小貝塚4,7は、メス、小貝塚6はオスのブダイだと考えられる。
 
Photo_12

 これはカニの腹部であり鋏、だろうか。

 アオブダイの歯列は、小貝塚5と7から出ている。

Photo_13

 これは鋏でよいと思う。

 宿貝にあたる小貝塚8を見てみよう。

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 シロクラベラ型の下咽頭骨は、オウギガニ全体。

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 アオブダイの上咽頭骨は、腹部かつ鋏。

 ジュゴンの肋骨破片は、小貝塚1,5,6とどれも男性性の強い貝塚で出ている。

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 上の通りだとすると、カニの脚だろうか。

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 イノシシの上腕骨は、1,3~7から広く出る。オウギガニの鋏でいいと思う。

 モンガラカワハギ科の背鰭棘は小貝塚5から。

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 鋏、あるいはオウギガニの棘だろうか。


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2018/08/16

アンチの上貝塚の位相 8

 アンチの上貝塚Ⅱ層を「わなり-えけり」関係として捉えてみる。

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 貝、貝製品、動物遺体が圧倒的に「をなり」側にある。土器が「えけり」側に4割ほど充てられているのは、兄弟の守護という位相だろうか。これに対して石器は、圧倒的に「えけり」側になる。石器は、男性の化身道具なのだ。

 女性が男性を守護するという「をなり-えけり」思考は、遺物によっても表現されている。それにしても圧倒的な霊力の差だ。

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2018/08/15

アンチの上貝塚の位相 7

 アンチの上貝塚第1期調査区では、「ゴホウラ製貝輪未製品」の出土場所が記されていないのがとても残念だが、ゴホウラは、オウギカニの腹部から鋏までを表現している。男性は女性の一部という思考も受け取れるのかもしれない。

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2

 「ホラガイ製容器」の図1,2は、2号集積の近くに置かれる。オウギガニの鋏と見なしていい。図3は、ゴホウラ集積のもの。つまり、集積のアンボンクロザメと同じ価値を持つ。

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 タカラガイ、ヤコウガイも場所が記されていない。両者とも腹部も表現できるが、ここでは鋏だと思える。

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 図3は、アンボンクロザメ製。ゴホウラ集積近くに置かれている。アンボンクロザメによる挟表現。

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 図5は、シャコガイによる鋏の表現。3,4号の集積近くに置かれている。

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 図6は、クモガイ。3,4号の集積近くに置かれる。これも、クモガイによるオウギガニの鋏表現だ。

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 ジュゴンの肋骨も出土している。近くに巻貝やシャコガイがあるのが分かる。

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 これは2号集積の近くとされるが、位置関係は分からない。2号集積は、男性カニよるヤドカリの腹部表現だった。そうだとすれば、このジュゴンはヤドカリの腹肢ではないだろうか。

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2018/08/14

アンチの上貝塚の位相 6

 アンチの上貝塚(第1期調査)Ⅱ層、つまり、「をなり区」の石器を出土場所ごとに整理する。

Photo

 ヤドカリの鋏(3,4号集積)の西奥の(ア-3、4)の石器は、シャコガイが思考されているのではないだろうか。(ア-4)は扇形としても見ることができる。

 3,4号集積の(イ-2)は、オウギガニの鋏、その北の(イ-2)もオウギガニの鋏だ。(イ-2)の図3は、シオマネキなのかもしれない。

 ゴホウラ集積の(ウ-1)は、シャコガイ(あるいはカニの腹部)とシオマネキ、オウギガニの鋏。 


 あの世に送る1号集積(ウ-4)近くの(イ-4)もオウギガニの鋏を示す。1号集積(ウ-4)も同様。

 2号集積の(ウ-5)は、オウギガニの鋏、そしてオウギガニの腹部だろうか。

 (エ-5)の敲石は、ヤドカリの尾肢を示す。

 やはり、石器もトーテムの化身態なのだ。

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2018/08/13

新城下原第二遺跡のトーテム段階 4

 新城下原第二遺跡のトーテム段階をさいど測ってみる。

Ⅵ層Ⅱ地区
Photo_5

Ⅴ層
Photo_6

川跡3層Ⅱ地区川跡2
3

 Ⅵ層はツノメガニを残しながら、シオマネキが主体になり、オウギガニ段階にも入っている。ツノメガニを示すのは、カンギク、マガキガイ。

 Ⅴ層では、ツノメガニがほぼ落ちていると考えられる。シオマネキ・オウギガニ段階。川跡3層Ⅱ地区川跡2では、オウギガニが主体になる。ツノレイシ、ガンゼキボラがオウギガニ鋏を示す。

Photo_7         
Photo_8

 Ⅴ層のイモガイ集積はオウギガニへのメタモルフォーゼを示したものだ。なぜ、ひとつふたつ離れているのか分からない。都合がいいが、川底で流れたためと考えておく。

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2018/08/12

具志堅貝塚Ⅱ層の位相

 具志堅貝塚のⅡ層は、1区と2区で貝の構成が大きく異なる。

1区
1

2区
2

 かつ、1区の出土数は2区を大幅に上回り、1区からはゴホウラ、アンボンクロザメの集積が3基検出されている。貝の構成からみれば、1区はオウギガニ段階、2区もオウギガニだが、コモンヤドカリ色を強く持つ。

 その他の状況はつかめないが、この二地点での違いは、アンチの上貝塚と同じ位相にあるのではないかと考えられる。つまり、コモンヤドカリへのメタモルフォーゼをしながら、それをカニを強く残しつつ行うという思考だ。

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2018/08/11

嘉門貝塚Bの位相

 嘉門貝塚B区からは、37基もの貝集積が検出されている。ゴホウラ85、アツソデガイ30、アンボンクロザメ159、ヒメジャコ25である。

Photo_2

 ポイントは、集積の両端に位置するように置かれたヒメジャコだ。これは、カニのなかでもここがオウギガニ段階であることを伝えている。ヒメジャコは、サンゴ岩のなかに入り、岩に潜むオウギガニの佇まいと似るオウギガニ貝なのだ。

Photo_3

 全集積について確認できないが、ヒメジャコのそばのアンボンクロザメ集積は掘り込みがない。ヒメジャコがあるからだ。

Photo_4

 遺物をみると、シオマネキも内包している。左から、シオマネキ女性、シオマネキ男性、オウギガニとなる。

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2018/08/10

アンチの上貝塚の位相 5

 修正を加えてアンチの上貝塚の思考にさいど接近する。

2_2

 小貝塚と集積には、ヤドカリの「尾肢」も漏れがない。小貝塚側の2つのピットと「敲石兼磨石集積」だ。

 ヤドカリが彷彿とするように画像を重ねてみる。

Photo

5

 小貝塚と集積では、計3対のカニ貝が集められている。ひとつは、男性性の強い集積1と女性性の強い小貝塚4~7。あとの二対は、小貝塚と集積でそれぞれ男女の対になっている(小貝塚Ⅱ層と集積Ⅱ層、小貝塚7と集積2)。

 配置からみると、このカニの対は、ヤドカリの腹部に相当している。

 そして一対をあの世へ送る。小貝塚では、焼けたサンゴ礫を被せているので痕跡が残されている。対応する集積1は、報告書にこう記されている。

 なお、土壙状の掘り込み内からは石灰岩の自然礫や土器の出土も少量あったが、いずれも微細な無文胴部資料で時期等の判定に繋がるようなものは皆無であった。

 目を見張るのは、Ⅱ層の貝だ。男性性の強い小貝塚では、1957個なのに対して、集積側では、22813個で10倍以上もある。女性性が強い。

 集積は、ヤドカリへのメタモルフォーゼを示している。その次に集められた貝たちは、コモン・ヤドカリを直接示したものではなく、オウギガニを通じてヤドカリが思考されている。しかも、鋏に強い男性性を付与しているのに対して、腹部は圧倒的な女性性である。

 しかも、男女は対をなして、離して置かれる(小貝塚5,6と小貝塚4,7、小貝塚Ⅱ層と集積Ⅱ層、小貝塚3と集積2)。ヤドカリは男女の結合を意味する。しかし、アンチの上貝塚人は、結合に距離を介在させた。風を仲立ちにして身ごもる等の兄妹始祖神話の性交の間接化を、これは思い出させる。男女の結合ではない。あくまで、をなり-えけりなのだ、とこの小貝塚と集積は語っているのではないだろうか。

 貝の構成はオウギガニなのに表現しているのはヤドカリ。オウギガニによってヤドカリを見る。その行為を完遂させたところで、オウギガニをあの世へ送る。集積1の貝は三体が殻口を下に向け、三体は横に向けられている。オウギガニへのメタモルフォーゼでは、殻口を上に向けるのとは違う。これはつまり、あの世の方位を示しているのだ。

 アンチの上貝塚は、カニからヤドカリへの葛藤と、母系を維持しようとする意志を明瞭に示した重要な貝塚だ。

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2018/08/09

平敷屋トウバルのイモガイ集積

 平敷屋トウバル遺跡のイモガイ集積について、位置を確かめてみる。

Photo
(『平敷屋トウバル遺跡』より作成)

 こうしてみると、集積1,3,5、集積2,6は、ひとまとまりに見ることができる。

 集積1,3,5
 シオマネキとしてオウギガニへのメタモルフォーゼを思考したもの。

 集積2,6
 シオマネキとしてオウギガニへのメタモルフォーゼを思考したもの。

 集積7、8
 シオマネキとしてオウギガニへのメタモルフォーゼを思考したもの。なぜ、下部でないのかは分からない。

 集積3
 R~Zとあるので、一か所に置かれていたものではない。オウギガニとしてのアンボンクロザメだと考えられる。殻長も小ぶりだ。
 

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2018/08/07

シヌグ堂遺跡の推移

 シヌグ堂遺跡は、Ⅳ層からⅠ層にかけて、海洋性の表現が高まる。オカガニからスナガニへの移行が示唆される。

Photo_4

 また、マガキガイ、蓋が増える。「陸産貝」は、オカガニの化身貝を象徴すると考えられるが、「陸産貝」の構成比と、(鋏/腹)の構成比は以下のように推移する。

 陸産貝
 Ⅳ:91%
 Ⅱ:83%
 Ⅰ:60%

 (鋏/腹)
 Ⅳ:4%
 Ⅱ:83%
 Ⅰ:179%

 陸産貝が構成比を落とすのは、スナガニへの移行と見なすことはできる。しかし同時に、(鋏/腹)において、
「鋏」の構成比も高まっている。これは、最初オカガニの化身自体と見なす視線から、鋏と腹部、つまり、をなり-えけり関係をみる視線へと変わってきたことを示すのではないだろうか。

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2018/08/06

シヌグ堂遺跡のジュゴン

 住居跡からは、ジュゴンの遺骸や「骨錐」が出土している。遺骸について、肋骨が目立つのは、「骨器の素材として持ち込まれていたからにほかならない」とされている。ジュゴンの骨は「打ちたたかれ、断片になっている骨が多い」。

 遺骸、「骨錐」は、40棟のうち28棟で検出されている。これは、をなり神であることを示しているのではないだろうか。ジュゴンは、兄弟姉妹婚を象徴していたからだ。

 「骨錐」は、ミナミオカガニの脚を示している。


Photo_3
(『シヌグ堂遺跡:第1・2・3次発掘調査報告』より作成)

1

2
(『シヌグ堂遺跡:第1・2・3次発掘調査報告』)


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2018/08/05

アンチの上貝塚の位相 4

 小貝塚1:鋏、小貝塚8:宿貝、Ⅱ層:腹部を意味しているなら、ヤドカリにおいて思考される貝が示されているはずである。

Photo_5

 鋏:マガキガイ、アンボンクロザメ、オニノツノ
 宿貝:シラナミ、ヒメジャコ、ヒレジャコ、シャゴウ
 腹部:チョウセンサザエ、サラサバテイラ

 がそれに当たることになる。

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2018/08/04

チョウセンサザエの「をなり-えけり」

 オカガニ段階の高嶺遺跡では、チョウセンサザエとその蓋が、貝類のなかで目を引く。社会が母系化したとき、をなり-えけり関係は最初、何で示されたか。その関心からいえば、この対は絶好の素材になる。

Photo
(宮城島高嶺遺跡の住居址に残されたチョウセンサザエとその蓋)

 いくつかの可能性のなかのひとつを抽出するにすぎないが、チョウセンサザエとその蓋とで、をなり-えけり関係を類推してみる。

 a: (サザエ:蓋)=(1:1) 9、10、11、16
 この場合、兄妹姉妹を示せないが、10号の(18:19)を姉と見なす。

 b:  (サザエ:蓋)=(1:2と2:1) 8、13、14、15、17
 (1:2)が女性、(2:1)2:1が男性。13号(7:3)は15号(6:3)に対して兄。8号(8:4)はその兄。

 c:  (サザエ:蓋)=(1:9と9:1) 12、19

 d:  (サザエ:蓋)=(3:4) 6
 この場合、兄弟が不在になる。ただ、bタイプ同士の兄弟姉妹婚の場合、男性(4:2)と女性(5:10)の婚姻なら、(9:12)になる。


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2018/08/03

アンチの上貝塚の位相 3

 集積の貝の意味をもう一度捉えてみる。

Photo_4

 集積3,4は、コモンヤドカリの鋏。左の方が大きいことも数で示されている。結合する「女性カニ」と「ヤドカリの腹部」は小貝塚に置かれている。

 ゴホウラ、アツソデガイ、アンボンクロザメのセットが「宿貝」へメタモルフォーゼするということは、宿貝に「をなり-えけり」関係が内包されているということだ。

 「男性カニ」が散らされているように見えるのは、「男性カニ」としてヤドカリの腹部を表現しているのではなだろうか。


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2018/08/02

アンチの上貝塚の位相 2

 アンチの上貝塚の集積と小貝塚の位置を確かめてみる。

Photo

 すると、集積と小貝塚は対応しているように見えてくる。
 位置、フィッシャーの形態、サンゴ礫の有無などから、その対応は下図のようになる。

Photo_3

 フィッシャーの形態、「細長形」と「円形」は、それぞれカニの「鋏(男性)」と「腹部(女性)」を意味する。サンゴ礫の有無は、「あの世」へ送るという所作だ。

 小貝塚は、調査でのカウントは8つだが、貝塚人にとっては6群の意味をなしている。

2

 ここで小貝塚と集積を対応させてみる。

3

 集積のある北の方は長く利用された貝塚で、2万を越える貝が置かれている。南方の小貝塚の貝の配置は、基本的には自然の地形に則っている。ということは、小貝塚を決めたのちに、北の区での集積の位置を決めていることになる。

 また、集積のある北の区では、アカジャンガーの土器も検出されているが、小貝塚では検出されていない。ということは、小貝塚は、あくまでカニが意識されていることになる。

 サンゴ礫(焼けたものもある)による小貝塚の被覆は、「あの世」への送りを意味している。小貝塚5,6は、男性カニであり、小貝塚4,7は女性カニだ。小貝塚5,6に対応する集積1の、(アンボンクロザメ4、クロフモドキ2)という構成はオウギガニの鋏を示したものだ。小貝塚4,7に対応するⅡ層の貝は、「チョウセンサザエの蓋」を筆頭にするが、これはよくカニの腹部を示している。

 では、サンゴ礫でおおわれていない貝は何を意味するのか。それは「あの世」へ送られないことを意味している。送られないとはどういうことか。

 それは、ヤドカリへメタモルフォーゼするということではないだろうか。

 集積4(クロフモドキ107、アンボンクロザメ10)と集積3(クロフモドキ66、アンボンクロザメ9)は左右で大きさのちがうコモンヤドカリの鋏だ(伊礼原D遺跡は、クロフモドキ20、アンボンクロザメ15)。そして、チョウセンサザエを筆頭にした小貝塚Ⅱ層は、ヤドカリの腹部。

 小貝塚8は、女性性が極めて強く、ゴホウラ集積に対応する。(ゴホウラ6、アツソデガイ1、アンボンクロザメ2)という組み合わせは、をなり-えけり関係をよく示すとともに、カニであることもよく示している。それが、女性性の強い小貝塚と対応しているとすると、これはヤドカリの宿貝を意味しているのではないだろうか。

 サンゴ礫に被覆されていないのはもうひとつあって、女性性の強い小貝塚3がこれに当たる。これはフィッシャーが利用されていない。対応する集積は2で、これも鍋底状の穴は掘られていない。そして(アンボンクロザメ9、クロフモドキ1)の組み合わせは男性カニを示している。 離れたふたつの貝群が示しているのは、男性カニと女性カニだ。これはつまり、ヤドカリが男性カニと女性カニの結合であることを示していると考えられる。

 すると、よく意味の分からなかった「敲石兼魔石集積遺構」の意味も見えてくる。これは、ヤドカリの尾肢だ。

 小貝塚と集積は、カニを「あの世」へ送るとともに、カニがヤドカリへとメタモルフォーゼすることを表現している。ぼくたちはメタモルフォーゼの現場を目撃しているのではないだろうか。

 

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2018/08/01

アンチの上貝塚の位相

 貝はトーテムであり人であるという視点からみると、アンチの上貝塚のイモガイ集積と小貝塚は対応しているのではないかと考えてみたくなる。

 イモガイ集積は6基あり、小貝塚は8つカウントされているから、直接には対応しない。また、イモガイ集積も数はばらばら、1基はゴホウラ主体のものだ。

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 小貝塚の貝構成をみると、シャコガイ族の構成比が高く、オウギガニ段階を示している。そこで、貝を男性貝と女性貝に腑分けしてカウントしてみると、女性貝がやや多くなる。ここに、イモガイ集積の男性と女性(アンボンクロザメ、クロフモドキ:男性、ゴホウラ、アツソデガイ:女性)を加算すると、男女比は、1.05になる(男性貝:1705、女性貝:1631)。

 小貝塚それぞれの男女比はばらつきはあるが、男性貝と女性貝とでなるという構成には変わりない。それぞれの小貝塚は、母系の集団の単位を示している。そのなかで、ある一群が別の集積の場に置かれたと考えると、ゴホウラとイモガイの集積は、この集団全体の「をなり」(と「えけり」)を代表し、イモガイの集積は男子結社を示すと想定することができる。

 小貝塚のある区域では、アカジャンガー式土器は検出されず、イモガイ集積のある区域では出ている。イモガイ集積のある区域の炭化材から得られた放射性炭素年代は、BP1677±44で、コモンヤドカリ段階の年代を示している。ちなみに、集積付近で得られた土器もアカジャンガーを含むことが多い。この集積は、コモンヤドカリ段階に入った時点で置かれた可能性もあるわけだ。

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 しかし、ゴホウラとイモガイのセットや、イモガイの大きさは、これがヤドカリではなく、オウギガニであることを示している。仮にこの集積が放射性炭素年代の時代に作られたとすれば、これはコモンヤドカリ期への移行に対する葛藤を示すのかもしれない。自分たちはカニでありヤドカリではない、という。あるいは、母系を維持したい意思の現れである。

 アンチの上貝塚は、集落には不向きであり、わざわざここに貝塚を形成したことが分かっている。それは、おそらく本部に拠点を置く集団の「あの世」が瀬底島だったことを意味している。アンチの上は「交易」の拠点と目されている貝塚だ。「交易」の概念のない段階で、貝を贈与するのに、「あの世」を介したというのが、贈与の仕方だったのではないだろうか。

 「交易」の場とみられている場が、「交易」など存在していなかったとしても、充分に読み解くことができる。この不思議な二重性に突き当たる。ここからは、島人のトーテム思考の余剰として貝の「贈与」を見ることができる。


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