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2018/05/29

具志川島遺跡・崖葬墓の貝類

 具志川島遺跡西区の5B層は、崖葬墓になっていた。考古学者は、数少ないデータから、この墓の時期を推定している。

 本崖葬墓の時期を共伴土器等から直接特定するのは困難であるため、少ないデータから考察するしかない。確認された土器片は沖縄貝塚時代前Ⅳ期(縄文後期)の仲泊系や伊波系、沖縄貝塚時代前Ⅲ期(縄文中期)の面縄前庭系である。沖縄貝塚時代前Ⅳ期(縄文後期)は荻堂式期以降の土器はまったく確認されていない。Ⅱ期調査3・4層からは2号人骨に伴って平底土器が検出された。これまで確認された具志川島全体の縄文土器の様相を見ると、親畑貝塚や南地点からは沖縄貝塚時代前Ⅳ期(縄文後期)の面縄東洞式、神野D式、嘉徳Ⅰ式、伊波系等があるが、やはり沖縄貝塚時代前Ⅳ期(縄文後期)は荻堂式以降の形式は発見されていない。沖縄貝塚時代前Ⅴ期(縄文晩期)は宇座浜式か仲原式と考えられる肥厚口縁土器がわずかに発見されている程度である。

 以上のことから、本遺跡の5B層の崖葬墓は、3・4層が平底土器であることを考えると沖縄貝塚時代前Ⅳ期(縄文後期)の荻堂式期以前に相当し、後述する第6層が沖縄貝塚時代前Ⅲ期(縄文中期)の面縄前庭系の時期に該当することから、仲泊系から伊波系の時期を含む沖縄貝塚時代前Ⅳ期(縄文後期)前半と考えるのが妥当と思われる。 (片桐千亜紀)

 あの世の発生にかかわるので、ぼくたちも気になるところだ。そこで、貝類から判断してみたい。

5b

 集骨されていた箇所と他に大きな違いは見られないので、集骨部に象徴させてみる。オオウラウズなどの顔ぶれを見ると、これは苧麻トーテムの段階に入っていると見なせる気がする。考古学者の見解と一致するわけだ。

 同時期の伊是名貝塚では、陸産の貝類が圧倒していたが、ここではわずかしか見られない。それは、伊是名島の場合、陸のあの世が考えられていて、具志川島では沖の小島があの世に相当していたことを意味するのではないだろうか。

 


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