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2018/05/31

具志川島遺跡の洞窟の意味

 ここで考えてみたいのは、具志川島の遺跡の中身だ。

 調査の整理上、「灰土」と書かれているのは、「保存状態が良好な炉跡」。

本報告では焼土遺構または灰土遺構として報告するが、これらはすべてマウンド状に保存された炉跡である。また、本遺跡の炉跡には、石蒸料理の結果残されることになったと思われるいわゆる焼石遺構も存在することがわかった。これらは若干掘り込まれており、厚い灰層は形成せず、黒色に焼けた石が存在する。さらに、理由は不明だが、砂が赤く変色してマウンド状に残される遺構(焼砂遺構)も複数検出された。(『具志川島遺跡群』)

 ここで灰土と焼石は同じに扱っていいことになる。しかし興味深いのは、灰土、焼石、焼砂での貝の構成はだいたい同じであることだ。

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 ここに集骨を加えてみても、そこでも貝の構成はさして変わらない。つまり、貝塚の貝の構成は、灰土、焼石、焼砂、集骨で大きくは変わらない。

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 広くいえば、貝塚のなかに人骨も置かれたということだ。もっと言えば、人骨と貝は等価という視線が生きている。

 前3期、シャコガイがトーテムになる。洞窟の奥の方へシャコガイは置かれている。貝塚の貝は、陸上の貝である洞窟へ貝の霊を返すために置かれたものだ。

 ここに人骨はない。この段階では、あの世はこの世と空間的に分離されていないので、遺体は別の場で樹上葬あるいは台上葬で葬られていたはずだ。

 前4期、あの世がこの世から分離されると、洞窟に人骨が置かれるようになる。陸上の貝を通じて、霊を貝へと送るのだ。


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2018/05/30

具志川島遺跡の前3・4期貝類

 同一遺跡の貝類の段階を見分けるのは難しい。

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 まず、陸産の構成比の高さからみれば、6~12地区を前4期と見なしてしまいそうになる。伊是名貝塚だけを見ていればそう判断するしかなかったかもしれない。

 6~12地区で、前3期らしいといえば、タテタテヨコヨコ二枚が多いことだ。また、5B層から前4期らしさを抽出すれば、ギザギザ族、オウギ族の多いことが挙げられる。

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 上位の化身貝を見たときに判断の指標になりそうなものを挙げてみる。

 ・前3期では、タテタテヨコヨコの二枚貝が上位にある。
 ・前4期では、オオウラウズのように、とにかく葉に見えるものが上位に位置する。
 ・数は少ないが、全体でみれば、シャコガイ族が前3期で重視される。
 ・オウギ族は、後1期オウギガニ段階では、扇形として意味を持つが、前4期では葉の形との類似が捉えられる。

 大雑把にいえば、前3期では蓋が大きいもの、前4期では葉っぱぽいものという指標は持てるだろう。


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2018/05/29

具志川島遺跡・崖葬墓の貝類

 具志川島遺跡西区の5B層は、崖葬墓になっていた。考古学者は、数少ないデータから、この墓の時期を推定している。

 本崖葬墓の時期を共伴土器等から直接特定するのは困難であるため、少ないデータから考察するしかない。確認された土器片は沖縄貝塚時代前Ⅳ期(縄文後期)の仲泊系や伊波系、沖縄貝塚時代前Ⅲ期(縄文中期)の面縄前庭系である。沖縄貝塚時代前Ⅳ期(縄文後期)は荻堂式期以降の土器はまったく確認されていない。Ⅱ期調査3・4層からは2号人骨に伴って平底土器が検出された。これまで確認された具志川島全体の縄文土器の様相を見ると、親畑貝塚や南地点からは沖縄貝塚時代前Ⅳ期(縄文後期)の面縄東洞式、神野D式、嘉徳Ⅰ式、伊波系等があるが、やはり沖縄貝塚時代前Ⅳ期(縄文後期)は荻堂式以降の形式は発見されていない。沖縄貝塚時代前Ⅴ期(縄文晩期)は宇座浜式か仲原式と考えられる肥厚口縁土器がわずかに発見されている程度である。

 以上のことから、本遺跡の5B層の崖葬墓は、3・4層が平底土器であることを考えると沖縄貝塚時代前Ⅳ期(縄文後期)の荻堂式期以前に相当し、後述する第6層が沖縄貝塚時代前Ⅲ期(縄文中期)の面縄前庭系の時期に該当することから、仲泊系から伊波系の時期を含む沖縄貝塚時代前Ⅳ期(縄文後期)前半と考えるのが妥当と思われる。 (片桐千亜紀)

 あの世の発生にかかわるので、ぼくたちも気になるところだ。そこで、貝類から判断してみたい。

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 集骨されていた箇所と他に大きな違いは見られないので、集骨部に象徴させてみる。オオウラウズなどの顔ぶれを見ると、これは苧麻トーテムの段階に入っていると見なせる気がする。考古学者の見解と一致するわけだ。

 同時期の伊是名貝塚では、陸産の貝類が圧倒していたが、ここではわずかしか見られない。それは、伊是名島の場合、陸のあの世が考えられていて、具志川島では沖の小島があの世に相当していたことを意味するのではないだろうか。

 


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2018/05/28

具志川島遺跡の前3期貝類 2

 チョウセンサザエが優勢な、具志川島西区の貝類を層別にみると、イヘヤタメトモマイマイが後退していくのが分かる。

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 これはそのまま前3期化の過程と見なしていいだろうか。前2期の象徴であるマガキガイは、5位以上には顔を出さず、前2期は過ぎていると言える。また、タテタテヨコヨコ族のリュウキュウマスオが優勢だから、前4期の兆候も見えないし、そもそもマイマイは後退している。これは、前3期と見なしてよいように思える。

 すると、イヘヤタメトモマイマイが優勢な理由は何だろうか。

 考えられるとしたら、地上の貝である岩陰の近くに棲む貝類ということが意味を持ったのではないだろうか。


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2018/05/27

具志川島遺跡の前3期貝類

 具志川島遺跡の前3期に相当するとされる貝類からは、データの少ない前3期の化身についてよく教えてくれるように思える。

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 具志川島では、チョウセンサザエがシャコガイの化身貝の筆頭だった。それは、大きくて硬い蓋に、もうひとつの殻を見たのだと思う。

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 上位から、サラサバテイラまで見れば、おおよそのポイントはつかめるのではないだろうか。

 これらの貝は、この後も各トーテムに引き寄せられやすい強度を持つ貝たちだ。 

チョウセンサザエの蓋集中遺構は、これまでの岩立遺跡、岩立遺跡西区において沖縄貝塚時代前Ⅲ期(縄文中期)の文化層からたびたび確認されており、沖縄県内でもここでしか確認されない特徴的な遺構である。そもそも、面縄前庭系土器の単純層はほとんど確認されていないため、具志川島の特徴というよりは、面縄前庭系土器を有する集団の文化の一面を示すものと考えられる。(『具志川島遺跡群』)

 報告書にはこう記載されている。問題はチョウセンサザエというよりイヘヤタメトモマイマイだと思えるが、イヘヤタメトモマイマイの重視の有無はここを使った種族の違いを示すのかもしれない。

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2018/05/26

新城下原第二遺跡のトーテム段階 3

 改めて新城下原第二遺跡のⅢ~Ⅴ層について、見てみる。

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 スナガニ段階は、外洋-サンゴ礁から内湾-転石の高さで示される(Ⅴ層)。シオマネキ段階は、干潟-マングローブが高い(Ⅲ)。

 どちらの段階も、二枚貝の構成比が高い。シオマネキ段階では、タテタテヨコヨコ族の二枚貝の構成が過半を占める。これに呼応して、シャコガイの構成比も高くなる。Ⅲ層、川跡では、オウギ族も出現している。

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 シオマネキ段階を象徴するのはアラスジケマンだ。ヒメジャコが高いのは、ルリマダラシオマネキの色なのだと思える。爪を示すのは、ツノレイシ、イトマキボラ、オニノツノ、サラサバテイラなどだ。これらは、オウギガニ段階でも継続する。メスの爪の小ささを反映したものだ。

 スナガニ段階(Ⅴ層)では、イボウミニナがそれに当たる。


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2018/05/25

平安山原B・C遺跡の位相 8

 Ⅲ上の層と①の層を軸に、オウギガニ段階からコモンヤドカリ段階への推移を見てみる。

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 平安山原の場合、貝の単位でみれば、イソハマグリが圧倒的に強いがこれはヤドカリの腹部を意味している。オウギガニで強いのは、爪を示すマガキガイだ。差異でいえば、クモガイはコモンヤドカリ期にも継続するが、構成比を落とす。

 爪(鋏)はより大きくなることを考えると、イモガイ類も小形のものから中形、大形のものが増えることになる。

 しかし、名だたる貝たちによっては、段階の推移を見なければ両者を見分けるのは難しいかもしれない。そのとき、爪貝による識別が有効なのかもしれない。

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2018/05/24

平安山原B・C遺跡の位相 7

 オウギガニからコモンヤドカリへの推移をみる場合、爪(鋏)の部分は手掛かりになる。

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 この貝類を、通して出現するもの、オウギガニ寄り、コモンヤドカリ寄りに腑分けしてみる。

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 たとえば、マガキガイは通して出現するが、オウギガニの方が強い。これは、クモガイ、イトマキボラ、オキニシ、ムラササキイガレイシにも言える。

 このなかで、オウギガニにしか出現せず、いかにもオウギガニという貝を選べば、オオミノムシになるだろう。


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2018/05/23

平安山原B・C遺跡の位相 6

 平安山原遺跡のオウギガニ段階の貝類を見ると、サラサモドキとサラサバティイラの数が一致しているのに気づく。

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 ぼくたちは、ナガラ原東貝塚で、マガキガイとサラサバテイラの対に意味があるのを見てきたので、ここでも思わず立ち止まる。

 この貝類は、オウギガニ段階なので、母系社会のなかにある。つまり、をなり-えけり関係が社会の軸になっている。すると、サラサモドキとサラサバティイラは、そのままえけり-をなりの関係を表現しているのではないかという考えに導かれる。サラサモドキは男性貝であり、オウギガニのオスの爪を示し、サラサバテイラはメスの爪を示すと見なすのだ。


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2018/05/21

平安山原B・C遺跡の位相 5

 黒住耐二は、報告書のなかで重要な指標を挙げている(『平安山原B・C遺跡 (北谷町文化財調査報告書 ; 第40集』)。

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 この貝のサイズ変化は、オウギガニ・トーテムとコモン・ヤドカリトーテムにおける意味の変化を示していると考えられる。

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 シンボリックなのは、サラサバテイラで、③では殻径の小さなものが採られていたのに対して、Ⅲ5では、大きいもののみ採られていることだ。これは、オウギガニの爪から、コモンヤドカリの腹部へ意味を変えたことを示している。

 もうひとつ大きく意味を変えるのは、チョウセンサザエの蓋で、これはオウギガニの腹部から、ヤドカリの頭部へと意味を変えると思える。そこで、③ではやや長めのものが採られていたのが、Ⅲ5では長めのものに集中する。

 マガキガイの殻高は、爪である。Ⅲ5でやや長めものが多く採られるのは、コモンヤドカリの爪がオウギガニより長めに見なされたからだ。

 こうしてみると、Ⅲ5(Ⅲ群下層)は、コモン・ヤドカリ期であり、③はオウギガニ段階だと見なすことができる。Ⅲ1~2はこれに対して、オウギガニ段階からコモン・ヤドカリ期への移行を示している。

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2018/05/17

国頭安田遺跡の貝類

 安田遺跡について、4層の前後も含めて、再度、見てみる。

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 3層は、後期ながら近現代の攪乱を受けていて、5層は無遺物砂層だとされるから、4層を軸に見ると、陸産(Ⅴ)と礁斜面(4)の高さは、コモンヤドカリへの移行を思わせる。マキマキ族が多いのも特徴だ。

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 上位貝を改めてみると、コモン・ヤドカリへの移行がかなり進んでいるように見える。安田では、腹部とみなされたのはヤコウガイだ。チョウセンサザエが殻よりも蓋が多いのは、オウギガニ段階の名残りだろうか。それとも、これもコモンヤドカリ期の意味を担うだろうか。全体が、コモンヤドカリを示しているとすれば、チョウセンサザエもそうだということになる。

 以前これをオウギガニ段階と見なしたのは修正したほうがよさそうだ。

図 52 は空中脚台で石英を多く混入しており、大当原式土器とは胎土、形態が異なることからスセン當式土器に属すると思われる(新里 2000)。また、図 33 はスセン當式土器の影響を受けたと思われる資料である(新里 2013)。肩部の肥厚帯を有することで口縁部帯を意識した作りをしているなどスセン當式土器の形態的特徴を有しているが、胎土が細かく、混入物も赤色粒が微量に含まれている程度とほとんど見られないなど相違点も見られる。そのため、スセン當式土器の影響を受けた在地の土器であると考えられる。(「村内遺跡詳細分布調査報告書(1)」)

 土器にこういう観察が見られるのであれば、これはコモンヤドカリ段階と見なしていい。攪乱を受けているとはいえ、3層はオカヤドカリへの移行を示している。

 実際、オウギガニ段階とコモンヤドカリ段階は、区別にしくい。それは貝の重複が多いことにも起因するように見える。それは、大当原式土器とアカジャンガー式土器が混在することがあるのと関係しているのではないだろうか。コモンヤドカリへのトーテム移行は、性交と妊娠の因果を受容することを意味している。それは、母系社会の危機だ。兄妹関係が社会の軸ではなくなるから。

 重複する貝、量土器の混在は、危機に対する葛藤を示しているのではないだろうか。島人は、母系の継続を選択する。それは、オウギガニ段階の貝をそのままに、コモンヤドカリの貝と見なす視線の強さになって現れた。

 試みに、4層の貝類を、平安山原遺跡の大当原期とコモンヤドカリ期の貝類と比較してみる。

 安田のみ:38%
 安田かつ「平安山原オウギガニ」:1%
 安田かつ「平安山原コモンヤドカリ」:8%
 安田かつ「平安山原オウギガニ」かつ「平安山原コモンヤドカリ」:41%

 なんと三つともにある貝がもっとも多い。こうだと、「平安山原コモンヤドカリ」と重複する貝が、「平安山原オウギガニ」より多いことに、安田のコモンヤドカリへの移行も示されていると見なせそうだ。


 

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2018/05/16

新城下原第二遺跡Ⅸ層の貝類

 新城下原第二遺跡のⅨ層は、前1期だとされている。ヘビ段階だ。

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 なんといってもスベスベ族の高さが目立つ。なかでもスベスベした二枚貝が多い。

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 ヘラサギガイとクマノコとが両雄のように圧倒的だ。クマノコガイは、白地を取れば銀に光り、中身はとぐろを巻いている(「クマノコガイ」)。ヘラサギガイは、白地がつやつやしている。クマノコと同じ規模で採られているのから、これはハブの顎下の白地の鱗ではないだろうか。もしかしたら、白い蛇を新城下原の島人は重視したのかもしれない。

 チョウセンサザエの蓋は、ヘビ段階から活躍している。蓋の裏側は褐色でらせん状の模様がある。ここに目を留めたのではないだろうか。イボウミニナは、蛇の牙だ。

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 オキナワヤマタニシ、サラサバテイラ、ヤコウガイ、アラスジケマンというお馴染みの貝たちも、すでにヘビ段階で登場している。

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2018/05/15

ナガラ原東貝塚のヤドカリ貝

 貝類の採集方法もちがうのだから、ほんとは一緒くたにしてはいけないのだが、貝の傾向をみるために乱暴にやってみる。

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 これらは、Ⅴ、Ⅳ、Ⅲ層を通じて出現する貝だ。Ⅳ層まで構成比を高めてⅢ層で落ちる貝は、コモンヤドカリ性が強く、三層を通じて構成比を高めるものは、ヤドカリ性¥が強いと見なせる。ただ、Ⅲ層のサンプルは少ないので、判断に迷うものもある。

 マガキガイとサラサバテイラは、コモンヤドカリまでの表現が強い。サラサバテイラは礁斜面の貝として、コモンヤドカリ性が強いのは分かるが、マガキガイはムラサキオカヤドカリ性が弱いとは言い切れない。

 クモガイは、コモンヤドカリ、ムラサキオカヤドカリを通じて減少するのは分かる。ニシキウズの減少は、サラサバテイラと同期したものだ。

 また、Ⅳ層で構成比を下げるが、Ⅲ層で上がる貝たちは、オウギガニとムラサキオカヤドカリで強いものと見なすこともできるが、判断しにくい。

 オキナワヤマタニシやオキナワウスカワマイマイなどは、コモンヤドカリ初期とムラサキオカヤドカリ期で強いともみなせる。

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 ひとまず、これらの貝を、ヤドカリ期を通じた貝類の一例と見なしておく。


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2018/05/14

ナガラ原東貝塚のⅣ層貝

 ナガラ原東貝塚のⅣ層では、主な貝の位置も記録されている(『ナガラ原東貝塚の研究』)。

 シャコガイは、3125。マガキガイは、1775。ニシキウズガイ科が1351。ここで、

 (マガキガイ)+(ニシキウズガイ科)=1775+1351=3126。と、ほぼシャコガイの数と同じになる。この一致を偶然とせずに考えてみたい。というのも、これまでの考えだとマガキガイは男性性が強くニシキウズは女性性が強い。もう少し言えば、Ⅳ層はコモンヤドカリ期とみなせる。そうだとすれば、マガキガイは鋏、ニシキウズガイ科は腹部を意味している。

 この他にも、レイシ類・オニノツノガイ・チョウセンサザエ等も出土している。

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 そして、この貝類は、シャコガイの分布とよく重なると指摘されている。

レイシ類、オニノツノガイ、チョウセンサザエなどの分布はシャコガイの分布とよく重なる。シャコガイ、マガキガイ、ニシキウズガイ科貝類は、種ごとに廃棄されることがあり、レイシ類、オニノツノガイ、チョウセンサザエなどはシャコガイとともに廃棄されることがあったのかもしれない。

 これは強い連想を呼び起こす。このセットはコモンヤドカリを示すのではないだろうか。

 シャコガイ:貝の殻
 チョウセンサザエ:腹部
 レイシ類:大きい方の鋏
 オニノツノガイ:細い方の鋏

 この四体がセットになっているのは、トーテムであるヤドカリの表現なのだと思える。

 で、シャコガイの分布には興味深いことがある。

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 シャコガイは、10数%の割合で合弁関係が認められていて、その関係を考古学者たちは図にしてみせた。シャコガイは、合弁のまま出土しているのものもあれば、近くにあるもの、そして例外的には離れた場所にあるものもある。

 コモンヤドカリ期は、性交と妊娠の因果の認識を受容した段階に当たる。兄弟姉妹婚はすでに否定されている。しかし、以前見たように、兄弟姉妹婚の禁止のあとにも母系社会は継続されていたと考えられる。

 推理してみると、この合弁関係は、婚姻後にも継続する兄弟姉妹関係を示しているのではないだろうか。つまり、をなり-えけり関係だ(合弁のまま出土しているシャコガイは、兄弟姉妹婚)。シャコガイは約3000体だ。合弁率15%として、450個体で225組になる。仮にⅣ層が100年続いたとして、その間4世代が経過するとすれば、約55組の換算になる。ナガラ原東貝塚の集落が55世帯を持つ規模だったのかは分からない。まだ多い気もする。

 しかし、このように考えると、やや多いマガキガイは男性の人数(貝の数は、年齢階梯ごとに増やすとすれば、1人当たり複数になる)を示し、ニシキウズガイ科は女性の数を間接的に示すことになる。

 こうだとしたら、貝塚の貝類は、廃棄されたものではないのは言うまでもないとして、単にトーテムを表現するというにとどまらない、もっと選択性の強いものだったことになる。ぼくたちは、貝塚時代について、より多くのことをここから復元できることになる。


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2018/05/13

平安山原B・C遺跡の位相 4

 イソハマグリが、ヤドカリ期の絶対的な指標ではないと分かったので、平安山原遺跡の貝類を再考する。

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 ①、②の河口干潟-マングローブ域の構成比が高い(Ⅲ)のは、干潟のオウギガニがトーテムであることを示唆するものだと思える。一方、Ⅱ群の陸産(Ⅴ)、Ⅲ群上部の礁斜面(4)の構成比の高さは、コモンヤドカリを示唆している。

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 上位の貝を見ると、Ⅱ群が明瞭にヤドカリ期を示すのはイソハマグリと陸産の貝だということになる。Ⅲ群の上下でいえば、上部はサラサバテイラが、クモガイを上回るところにコモンヤドカリの出現を見ることができるかもしれない。同様のことを言えば、下部も同じだということになる。

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 「赤」に対する志向性からいえば、ニシキウズ、オキニシ、ギンタカハマ、ニシキアマオブネがⅡ群にかけて上昇する。このうち、オウギガニ段階と段差を示すのは、ニシキアマオブネだ。ニシキアマオブネは、コモンヤドカリ期を示す重要な指標になるのかもしれない。

 オウギガニ段階と段差を示すもので重要なのは、礁斜面の太陽貝であるクロチョウガイ、シマベッコウバイ、テツレイシ、ウラキツキガイになる。イモガイ類もヤドカリ期に入って多くなっている。

 ホシダカラは、オウギガイ期に多く、ハナマルユキ、ハナビラダカラはヤドカリ期に増える傾向にある。クモガイは、ヤドカリ期に構成を落とす。これは、オウギガニ→コモンヤドカリ→ムラサキオカヤドカリで段階的に減少すると考えられる。

 カンギクは、ヤドカリ期に増えてる。これは宿貝に由来するものだ。鋏でいえば、オオミノムシはオウギガニの鋏との類似は捉えられても、ヤドカリとの類似は捉えられていない。

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 こうした指標になる貝を捉えていくと、以前の推定は間違いで、Ⅲ群上部はアカジャンガー期だが、Ⅲ群の下部もアカジャンガー期と見なしてよい気がする。土器名と矛盾するという意味からは、コモンヤドカリ期と言ってもいい。少なくともその移行期に入っている。貝は土器に先行するのだ。


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2018/05/12

面縄第1貝塚の貝類

 後2期とされる面縄第1貝塚の貝類の位相を測ってみたい。

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 ここでは、ヒメジャコも出てこなければマガキガイも出てこない。

 代わりに登場するのは、ナガウニやミドリアオリだ。この上位貝の構成は、安良川遺跡の「ウニ集中部」の貝類の構成とよく似ている。第1貝塚は、ムラサキオカヤドカリ段階を示しているのではないだろうか。

 すると、ナガウニはマガキガイと等価であり、ミドリアオリやツタノハは、ヒメジャコと等価という考えに導かれる。


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2018/05/11

竹富島カイジ浜貝塚の貝 4

 改めて竹富島カイジ浜貝塚を見てみる。

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 0~3地区では、Ⅳ層からⅢ層にかけての陸産(Ⅴ)の高さと、4~21地区では、礁斜面(4)の高さが、ヤドカリトーテムを示しているように見える。また、シャコガイ族とマガキガイ族の構成比の交替も面白い。

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 それぞれの層で構成比を見ると、ヒメジャコの下層での優位が目立つ(Ⅳ層で1位、Ⅴ層で2位)。これは、すでにムラサキオカヤドカリの段階に入っていることを示すものだと思える。それは、コイワニシ、コオニコブシ、マダライモが登場しているのにも示される。ムラサキオカヤドカリの眼柄だ。

 眼柄の類似から捉えられた貝類は、マダライモ、レイシダマシ、コオニコブシ、オニノツノガイ、コイワニシが挙げられることになる。

 また、推移でいえば、ヒメジャコとマガキガイが交替する。これは、「太陽」が女性から男性へ交替したことを示唆するように思える。チョウセンサザエに代わって、その蓋がマガキガイに伴走するように優位になるのも同じことを示している。

 礁斜面からは、少数ながらサラサバテイラ、ギンタカハマが得られている。

 赤が目立つケイトウガイや礁斜面のヒレインコは、コモンヤドカリ段階の記憶を示すものではないだろうか。白いスベスベも際立つトミガイやリスガイは、ヤドカリの腹部を思わせる。

 クルマガサ、コウダカカラマツ、クロチョウガイは、ヤドカリ期の太陽貝として備忘しておく。


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2018/05/10

ナガラ原東貝塚Ⅴ、Ⅳ、Ⅲ層の貝類

 伊江島ナガラ原貝塚のⅢ、Ⅳ層はアカジャンガー式、Ⅴ層は大当原期だとされている。

 Ⅲ層:6世紀後半~7世紀初頭
 Ⅳ層:5世紀~6世紀中ごろのうち、6世紀中ごろを含む時期
 Ⅴ層:5世紀~6世紀中ごろのうち、5世紀から6世紀前半を含む時期(黒住耐二「ナガラ原貝塚の貝類遺体」)

 ぼくたちは貝類から、段階の位相を探ることになる。

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 棲息地からいえば、Ⅴ層では、礁斜面(4)と陸産(Ⅴ)の構成比の高さにオウギガニからコモン・ヤドカリへの移行が示唆されているように見える。

 Ⅳ層でも礁斜面(4)の構成比は高い。また、シャコガイ、マガキガイも高い。Ⅲ層では、シャコガイがマガキガイを上回るようになっている。

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 個別の貝類で見ていくと、礁斜面と陸産を高めているのは、サラサバテイラとオキナワヤマタニシ、オイナワウスカワマイマイであることが分かる。どちらもコモン・ヤドカリの出現を暗示している。リュキュウヒバリとミドリアオリは、オウギガニ段階から継続しているものかもしれないが、コモン・ヤドカリの化身貝と見なしてよさそうだ。

 Ⅳ層になると、シラナミ、マガキガイ、サラサバテイラの三つ巴が目に付く。Ⅲ層のサンプルは少ないが、シラナミに次いでヒメジャコが上位にあがっている。これは、青の隆盛、つまり、ムラサキオカヤドカリへの移行を示すものだと考えられる。


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2018/05/09

平安山原遺跡のⅡ群貝類

 ここでイソハマグリの急上昇でヤドカリトーテムの到来を見せていた平安山原遺跡の貝類を見てみる。

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 奄美大島笠利や具志川島よりもイノーの発達ぶりを思わせる。名だたる貝たちばかりだ。ここで、コモンヤドカリの出現を、他の段階と区別しようとすれば、イソハマグリとサラサバテイラということになる。

 苧麻トーテムでは、陸産の貝類がもっと多くなり、スナガニトーテムでは、鋏の化身貝がもっと出てくることになる。

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 クモガイとオニノツノガイも特徴的だ。これが、ムラサキオカヤドカリの段階になれば、クモガイが消えて小形のものに比重が移っていく。つまり、ヤドカリ・トーテムの段階は、貝の大きさも指標になる。


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2018/05/08

具志川島タチャー遺跡の貝類

 具志川島タチャー遺跡の炉跡はフェンサ下層式の段階とされている。ここの貝類がムラサキオカヤドカリの化身貝と見なせるか、確かめることになる。

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 タチャー遺跡では、ヒメジャコの表現は強くない。代わるように、コウダカカラマツやオオベッコウガサなどの太陽貝の表現が強い。

 それは、マガキガイが優勢化するのに合わせて、シャコガイ族とともに劣勢化する。これは、女性=太陽の後退を意味するのではないだろうか。

 コオニコブシもムラサキオカヤドカリの眼柄の系譜に加えることができる。

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2018/05/07

用見崎遺跡の貝類

 用見崎遺跡では、コモンヤドカリの化身貝を見ることになる。

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 用見崎遺跡で特徴的なのは、ヘビガイだ。どうやら、小さなヤドカリは、ヘビガイのなかに入ったりもするのだ。

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 用見崎でも、下層(B)は陸産の貝類が多い。つまり、陸のあの世が注視されている。それがより上層(A)では、外洋-サンゴ礁域が増える。これはトーテムの定着度を示すのだと考えられる。

 コモンヤドカリからムラサキオカヤドカリの過程で、貝類の生息域は変化していくことになる。

 陸、礁斜面→岸側潮間帯→岸側潮間帯、陸

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2018/05/06

宮古島アラフ遺跡のトーテム段階

 発刊されたばかりの『アラフ遺跡調査研究Ⅱ』を購入することができたので、貝塚のトーテム段階を探ってみたい。

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 約2900年前のⅦ層は、チドリマスオ科やフタ(おそらくチョウセンサザエ)が圧倒しており、苧麻段階を示している。これは、長墓遺跡の年代とも符合している。Ⅴ層まで継続する。

 表中には出ていないがヒザラガイが出ている点も長墓遺跡と共通する。Ⅴ層では、イソハマグリの集中が見られるのも苧麻段階を示している。

 Ⅳb層は、貝溜まり遺構からサンゴ礁トーテム段階と判断した(参照:「宮古島アラフ遺跡の貝溜まり遺構」)。チョウセンサザエの他、ニシキウズガイ科ではサラサバテイラが予想できる。
 
 Ⅱ層は、アマオブネが圧倒している。ソデボラ科やアッキガイ科もあり、かつウシも出土しているので、ムラサキオカヤドカリ段階と考えられる。しかし、フタよりサザエ自体が上回っていて、コモンヤドカリ段階の可能性を残している。

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 おおざっぱなカウントなので、数は正確ではないかもしれないが、Ⅱ層の貝は、クモガイとサラサバテイラの数が近い。そしてその加算が、シャコガイに近い。ここでは、男性と女性は、クモガイとサラサバテイラで表現されているのではないだろうか。サザエのふたは、何らかのまとまりを示すと思える。

 Ⅲ層も、アマオブネが優占している。カワニナ科やタマキビ科の出土も多く、これはツノメガニ・スナガニ段階を示すのではないだろうか。カニの腹部はフタで表現されている。Ⅲ層では、カニ類も出土している。

 アラフ遺跡が示すトーテム段階は、苧麻、サンゴ礁、ツノメガニ、ムラサキ(コモン)ヤドカリという四段階にまたがることになる。

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2018/05/05

マツノト遺跡の貝類

 奄美大島のマツノト遺跡からは、コモンヤドカリからムラサキオカヤドカリへのトーテムの変遷に目を凝らすことになる。

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 コモンヤドカリの化身貝とみなせる下層の白砂では、殻頂にかけて赤みがかるゴマオカタニシやゴマガイが印象的だ。

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 この段階のマツノト遺跡では、陸産の貝類がひときわ目立つ。コモンヤドカリは、礁斜面から出現する。つまり、あの世からやってくる。だから、この陸産貝たちは陸のあの世からやってきたことを暗示している。マツノト遺跡の後背地の山には、あの世があったことを示している。

 しかも礁斜面からの貝類の希少さは、陸のあの世が優勢になっていることを意味しているのかもしれない。

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2018/05/04

安良川遺跡の貝類

 奄美大島の安良川遺跡の貝類からは、ムラサキオカヤドカリ・トーテムの化身貝の様相を知ることができる。

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 これらの貝たちは、ヤドカリの宿貝になるもの以外にも、類似が認められたものたちだ。改めて目を惹くのは、レイシダマシだ。マダライモもそうだが、これは眼柄で、島人がムラサキオカヤドカリのどこに目を凝らしたかが分かる例だ。

 これは、フェンサ下層式土器の特徴のひとつである瘤状突起に対応すると思える。

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 ウニ集中部があるということは、ウニがムラサキオカヤドカリにもっとも近い化身貝と考えられたということではないだろうか。また、コラム3では陸産(Ⅴ)の貝が多く、ウニ集中部では外洋-サンゴ礁域(Ⅰ)の貝が多い。これは、ウニ集中部では、ムラサキオカヤドカリの化身貝のなかでも、ウニに近しいものが思考されているからだと思える。島人は、任意に貝を置いたのではないのだ。

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2018/05/03

ヤドカリ・トーテムの段階

 奄美大島笠利の用見埼、マツノト、安良川の3遺跡のトーテム段階にアプローチしてみる。ヤドカリであることははっきりしているから、ヤドカリのなかで区別を立てたい。

 用見埼は7c、マツノトと安良川は6~8cであり、時期的に大きな違いはなく、砂丘上の立地も共通している。

 マツノトでは、白砂層では干瀬や礁斜面の中・大形貝類を中心に採集、上部層ではマダライモ、リュウキュウヒバリ等の岸川潮間帯の小形種が主に利用されている。同じことは、シャコガイ類でも認められて、下部で20cmの個体が得られているものの、上部では15cm未満のものになる。

 このマツノトの上層、安良川では、「岸側潮間帯の小形貝類が多い」。マツノト下部では礁斜面での採集傾向が高い。(黒住耐二「先史琉球の生業と交易-奄美・沖縄の発掘調査から-」)

 この3遺跡では、ヤコウガイが大量出土していることも共通する。ここでは、ヤコウガイは、ヤドカリの化身貝だ。

 マツノト
 6世紀、大型・中型・小型、大型を中心に約半数に被熱跡、殻多い

 用見埼
 7世紀、大型、被熱はほとんどなし、殻
 
 安良川
 8世紀、小型、被熱なし、蓋(木下尚子「ヤコウガイ交易の可能性」)

 ぼくたちはここにヤドカリオ・トーテムの変遷を見る。マツノト下層と用見崎は、コモン・ヤドカリであり、マツノト上層と安良川はムラサキオカヤドカリである。

 コモンヤドカリは、まだ「太陽」性が強かったと思われる。それが被熱の意味だ。ヤコウガイの殻は、ヤドカリの腹部とみなされる。だから、殻が多いのは女性性が重視されたことを意味している。すると、蓋は、ヤドカリトーテムの段階では、カニの部分、つまり男性性を意味したことになるだろうか。
 
 コモンヤドカリからムラサキオカヤドカリへの変遷は、女性性から男性性への転換も意味している。それは、ヤドカリの色にも表される。赤から青系である。あるいは太陽の象徴変換はここで行われているのかもしれない。

 


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2018/05/02

徳之島犬田布貝塚の貝の段階

 犬田布貝塚の貝は、典型的な苧麻トーテム段階(前4期)を示すようだ。

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(『犬田布貝塚』より作成)

 ピックアップしたものと土壌を水洗して採取したものを対で表してみる。ピックアップしたものは、陸とマキマキ族の表現が強い。水洗して採れたものは、干瀬・礁斜面とタテタテヨコヨコ族やタカラガイの表現が強い。

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 上位の貝類で特徴的なのは、なんといってもマガキガイ等のビッグネームが出てこないことだ。ただ、マガキガイがないというだけで、イモガイ等で同等の表現はなされている。なぜ、マガキガイが少ないのかは分からない。ひょっとしたら、それは種族集団の違いを表すものなのかもしれない。

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 苧麻トーテムのメタモルフォースでは、とりわけ繊維の表現が重視されている。また、葉脈の間の表現は、編み目と言ってもいいのだと思える。

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2018/05/01

野国貝塚の貝類

 サンプルの少ない前1、2期について、野国貝塚に当たってみる。

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(『野国貝塚群B地点発掘調査報告 (沖縄県文化財調査報告書 第57集)』から作成)

 報告書による前1期(Ⅴ、Ⅳ層)と前2期(Ⅲ層)で、差異が気になるのは、

 Ⅲ層にかけて、
 ・スベスベ族、トゲトゲ族、ギザギザ族、オウギ族、タテタテヨコヨコ族二枚、シャコガイ族、マガキガイ族の構成比があがっている。
 ・トンガリ族、マキマキ族二枚

 ということだ。

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 マガキガイ、サラサバテイラ、ムラサキウズ、ニシキウズ、オニノツノ、ヤコウガイ、シレナシジミについては、ヘビとトカゲの両者で尊重されている。もともとトーテムとして、トカゲは手足の生えたヘビだから、共通性が多いのは合点できる。

 マガキガイ:動く、牙のような爪を持つ、色合い
 サラサバテイラ:とぐろ
 ムラサキウズ:とぐろ
 ニシキウズ:とぐろ
 オニノツノ:とぐろ、牙
 ヤコウガイ:とぐろ
 シレナシジミ:とぐろ

 そして、ヘビとしてはどれも大きく目立つということがポイントなのではないだろうか。これはそのままトカゲ(オキナワトカゲ)でも踏襲されているように見える。

 むしろ、ちがいは両層で異なっている貝類に現れているかもしれない。

 ヘビにあり、トカゲにない。

 アマオブネ、イタボガキ

 アマオブネのまだらな斑点、イタボガキの明瞭なとぐろは、ヘビ(ハブ)のものだ。

 トカゲにありヘビにない。

 チョウセンサザエ、ウミギク、クモガイ、イソハマグリ
 
 ウミギク、クモガイをみると、トカゲの爪がことの他、着目されている。また、イソハマグリはトカゲの肌のてかりを示したものだ。チョウセンサザエは、分かりにくい。

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