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2018/04/29

貝塚時代前4期の貝類

 木綿原遺跡Ⅴ層の貝類を、伊是名貝塚に面縄貝塚を加えて比較してみる。

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 伊是名貝塚単体との比較に対し、共通する貝類は増える。伊波式、荻堂式、嘉徳式などの土器文様も想定しながら、苧麻の化身貝がどのように思考されたかを辿ってみる。

 棲息地の近接からも思考されている陸産の貝類やシャコガイは脇へ置く。すると、いくつかの系列が見えてくる。

 1.貝(の蓋)に付着した緑(茎を剥ぐとなかから白い繊維が現れる)。

 チョウセンサザエ、リュウキュウアリソ、イソハマグリ、ヤコウガイ

 2.葉の形

 サラサバテイラ、ニシキウズ、オオウラウズ、ミミガイ、オニノツノガイ、ウズイチモンジ、シラクモガイ、メンガイ

 3.葉の形の強調

 クモガイ、スイジガイ

 4.葉脈と葉脈の間の四角形

 マガキガイ、リュウキュウサルボウ

 5.葉の先端のギザギザ

 アマオブネ、ヒメオリイレムシロ、海産腹足類、ニシキアマオブネ、オハグロガキ、ヤクシマダカラ

 こうしてみると、大きくは、緑と白い繊維、葉の形、葉脈の間、ギザギザという四つの系列を読み取ることができる。

 

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2018/04/28

木綿原遺跡の貝の段階 2

 こんどは推移にフォーカスしてみる。

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 シャゴウが、Ⅴ層からⅣ層にかけて構成比を落とすのは、砂地にあり苧麻の葉の形と類似を見出せるシャゴウが、干瀬や岩礁の表現の強い前5期に重要度が落ちると見なすことはできる。

 また、アンボンクロザメがⅣ層に出現するのは、大型の貝類が重視されるようになるためだと考えられる。


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2018/04/27

木綿原遺跡の貝の段階

 木綿原遺跡は、土器から、

 Ⅲ層:後期前半~初頭(後1期初頭)
 Ⅳ層:前期後半~中期(前4期後半~前5期)
 Ⅴ層:前期前半~前期後半初頭 (前4期)

 と読み取りされている。ぼくたちはこれを貝類で確かめることになる。

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 おおまかな構成からいえば、前4期のⅤ層に、陸産の貝類(Ⅴ)がないのは不自然だと言える。苧麻トーテムの化身貝は別の貝によって表現されているのを確認しなければならない。Ⅳ層の前5期は、干瀬、礁斜面が多く(3,4)、前5期らしさがある。オカガニかスナガニ段階と想定されるⅢ層は、タカラガイ科(○ギザギザ)があり、ここにカニトーテムが示唆されている。

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 前4期の典型のように見える伊是名貝塚と木綿原のⅤ層を比べると、お馴染みマガキガイしか共通していない。かつ、前4期で重要な陸産の貝類が木綿原では見当たらない。土器による前4期相当という読みを前提にしたとき、Ⅴ層を前4期と言うことができるだろうか。言い換えれば、時期不明としてⅤ層をいたとき、前4期と判断することができるだろうか。

 まず、シャコガイからマガキガイの顔ぶれからは判別は難しい。シャコガイがトップである点からは、前3期ではなく、前4期以降であることは判断できる。

 7位のリュウキュウアリソからは、前4期、後1期スナガニ期、後2期が想定される。この下位にリュウキュウサルボウが位置しているので、後1期シオマネキ、オウギガニでもないと判断される。宿貝の少なさからは、後2期ではない可能性も見える。

 という、かろうじて前4期を想定することになるのかもしれない。

 陸産の貝類以外に、前4期を判別できる視点をもっと見出さなければならない。

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 前5期相当のⅣ層には、西長浜原遺跡を当ててみると、多くの貝類が共通している。この段階では、大型の貝類、干瀬、岩礁の構成比が高まると考えられるので、いずれも前5期と見なしやすい。ただ、時期不明と提示された場合、前5期と断定できる材料をまだ持ち合わせていない気がする。

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 後1期初頭、前半とされるⅢ層は、オカガニ、スナガニ段階のアマルガムに見えるシヌグ堂に対して、オカガニ段階の要素が強いと思える。


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2018/04/26

ナガラ原東貝塚の位相

 なかなか視野の得られない前5期について、ナガラ原東貝塚の前5期の層と、前5期後1期の層についてみてみる。

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 ヒメクワノミカニモリ、イボタマキビ、コンシボリツノブエ、コイワニシ、ミツカドボラなどは、オカガニの鋏と見なしていい。すでに後1期に入りつつあるのかもしれない。

 よく分からないのは、ミドリアオリやヨメガカサなど、オウギガニ段階で見られる貝たちのことだ。

 前5期は、サンゴ礁がトーテムになる。他の動物たちのように類似は見出しにくい。だから、新しく出現した干瀬という場と、それに対応する陸の岩場は重視された。そこにいる貝たちが採られたということかもしれない。

 そしてまた、それが、前5期の貝がオウギガニ段階に類似する理由に当たるのかもしれない。

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 前5期と後1期の層でも、ミドリアオリ、リュウキュウヒバリ、イシダタミアマオブネが見られる。

 つまり、前5期は、干瀬と陸側の岩場が重視される。そう仮説しておこう。


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2018/04/25

面縄貝塚の貝類の段階

 まず、あまりサンプルを見ることのない前2期から入る。オキナワトカゲのトーテム段階だ。

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  陸域が、他の段階に比べてやや高めなのは意味を持つ。トカゲの生息域に対応するからだ。その中身は、小粒の螺肋のあるマイマイ類が主になる。

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 具体的に上位10位の貝を見てみる。

 オハグロガキは、おそらく殻口のギザギザとトカゲの口の歯との類似が捉えられている。口は、波照間島の外耳土器でも注視されていた。

 カワニナは、爪だと思う。大ヤマタニシは、生息域の他には、トカゲの尾である。オキナワトカゲは大ヤマタニシを捕食するのではないだろうか。イソハマグリは、貝表面の光沢が、照っているトカゲの表皮に似る。それは、81位のハスメザクラも光沢の美しい貝であるところにも表れている。

 アマオブネ、イシダタミアマオブネ、オキナワイシダタミ、リュウキュウシラトリは、オキナワトカゲの表皮の模様が似ている。

 マガキガイは、表皮の色と爪ではないだろうか。

 問題は、前4期とされる第2貝塚だ。これは貝類の棲息地を見る限り、後11期のしかもオウギガニ段階と似ている。とくに扇形の貝が入ってるところなどは。

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 サンゴ礁の潮間帯や干瀬に寄る傾向は、あるいはサンプルを見ることのない前5期のを示すのかもしれない。しかし、貝塚は海の近くにあり台地上でもない。

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 このなかで、クモガイ、スイジガイなど突起を持つ貝は、オウギガニの段階でよく現れてくるものだ。ミミガイもオウギガニの腹節を思わせる。

 ツタノハ、コウダカカラマツ、クロチョウガイなどの扇形の貝は、苧麻の葉にも似るので、これは前4期ともみなせる。しかし、陸産の貝類が0.1%であるのは、前4期の特徴とは言えない。

 黒住耐二は、第2貝塚について、「沖縄諸島の前4期とは異なり、同諸島の後1期の組成に類似し、貝類採集状況が徳之島において時代をさかのぼる可能性が出てきた」と指摘している。

 前5期のサンプルが少ないので、はっきり判断できないが、後1期オウギガニ段階を示しているのはたしかだ。

 後1期とされている第3貝塚は、段階を示せそうだ。
 
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 陸域の構成比がやや高いところはオカガニ段階を示している。

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 オオヤマヤマタニシが、オカガニの化身貝だ。17位のキヌカヅキイモなど、茶系の貝類は鋏をよく示している。一方、6位のイソハマグリなどは、次のスナガニの段階が重ねられているのかもしれない。

 最後に後2期とされている第1貝塚を見てみる。

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 貝類の棲息地は、ヤドカリ・トーテム段階の特徴を持っていると言える。ただ、成長肋を持つ貝がなく、扇形の貝の高さは、オウギガニ段階を考えさせられる。

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 ウニ類は、ヤドカリ・トーテムを示唆すると見なせる。リュウキュウヒバリはヤドカリの腹部だ。ヒザラガイも同様ではないだろうか。ミドリアオリ、ツタノハも、オウギガニとの類似があった貝だが、ここではヤドカリに重ねられているのだと思える。前段階の化身貝に、新段階のトーテムとの類似が見い出され、継続した貝ということになる。

 こうしてみれば、これはオウギガニ段階ではなく、ヤドカリ段階と見なしていい。

 ヤドカリについては、平滑な腹部(平安山原)、宿貝(カイジ浜)、節を持つ腹部(面縄)、脚と棘(面縄)、全体像(面縄)といくつかの視線が分かる。


 


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2018/04/24

貝塚時代後期の貝類

 貝塚時代後期の貝類から、トーテムを判断する目安を立ててみる。まだ大雑把なものだと思う。

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 仲原式土器のオカガニ段階では、陸の蓋のある貝が選ばれる。オキナワヤマタニシが典型的だ。オキナワヤマタニシは、ヘビ段階と苧麻段階で、ヘビ貝と苧麻貝になった層を持つ貝だ。オカガニの鋏貝は、コゲニナが典型例になる。

 スナガニ段階では、外洋-サンゴ礁から内湾-転石の貝に重心が移る。スナガニの生息域だ。タママキガイやイソハマグリが典型的。鋏貝はイボウミニナが典型的。

 浜屋原式のシオマネキ段階では、干潟に関心が向く。シオマネキ貝はアラスジケマン。アラスジケマンはトカゲ貝でもあれば、シラナミ貝でもあるから、これも層を持つ貝だ。シオマネキだから、鋏貝はさぞ、マガキガイやイモガイ系以外、そう目立たないのは、鋏にしてもメスに目が向けられているからだと思える。

 大当原式のオウギガニ段階では、干瀬にやや軸がある。オウギガニの生息域は多様だからだ。サンゴ礁=胞衣の思考も隆盛するので、イノーの表現も高まる。マガキガイ系やシャコガイ系の大型の貝類が目立ってくる。シャコガイのなかでいえば、サンゴ岩に収まるヒメジャコは、最たるオウギガニ貝だろう。

 また、大きな比重にはならないが、クロチョウガイなどの扇形をした貝が採られるのも特徴になる。ヤドカリ・トーテムになると、浜辺と干瀬は注目され、イノーの表現も高い。ヤドカリの棲息域への関心に、サンゴ礁=胞衣の思考が重なる形だと思える。

 すべすべの腹部との類似からイソハマグリが典型的な貝になる他、イシダタミアマオブネなど宿貝も重視される。

 
 

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2018/04/23

竹富島カイジ浜貝塚の貝 3

 竹富島カイジ浜貝塚のトーテム段階の位相を、改めて測ってみる。

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 カイジ浜の「外洋-サンゴ礁域(Ⅰ)」の構成比は、平安山原との比較からみると、すでにヤドカリ・トーテムの段階に入っているように見える。干瀬の表現は、Ⅴ層からⅢ層にかけて減っている(16%→3%)のもそれを示している。ただ、イノー(Ⅰ2)の表現は、平安山原のオウギガニ段階よりも高い。

 気になるのは、平安山原の場合、スベスベの成長肋を持つ二枚貝がヤドカリトーテムを象徴していたのに対して、カイジ浜ではそれが極めて低い(2~3%)ことだ。ここだけを見ると、オウギガニ段階と判断したくなる。

 ただ、「竹富島のカイジ浜貝塚でも大形のオカヤドカリ類の集中を確認している」(黒住耐二「貝類遺体からみた遺跡の立地環境と生活」)ことからすれば、カイジ浜貝塚は、ヤドカリ・トーテムの段階に至ったことは確かだと思える。

 これは、貝類からトーテム段階を測る場合、「立地」が、「貝の種類」よりも優先されることを意味している。

 ただ、二枚貝に依らなければ、スベスベした殻は、カイジ浜でも選ばれている。だがこれが主たる目印にならないといたら、どこを見ればいいのか。

 特徴的なのは、カイジ浜では螺肋の貝の構成比が高いことだ。そこで、その貝類を具体的に見ていく。

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 マガキガイを脇に置くと、カイジ浜で多いのは、イシダタミアマオブネ、アマオブネ、オキナワウスカワマイマイである。これですぐに連想するのは、ヤドカリの宿貝であるということだ。

 ここではひとまず、ヤドカリ・トーテムの示すものとして、腹部が主たる関心になる場合(イソハマグリ)と、宿貝が主たる関心になる場合(イシダタミアマオブネ)があるという基準ができることになる。これは、どちらにしても、「貝」への注目でることに変わりはない。


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2018/04/22

名蔵貝塚の位相 2

 ここで改めて石垣島名蔵貝塚のトーテム段階の位相を測ってみる。

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 名蔵貝塚の貝類は、干潟の表現が多く、放射肋の発達した貝類が7~8割を占めており、シオマネキ段階にあることは確かだと思える。典型的なシオマネキ段階と言ってもいいかもしれない。

 また、スベスベした成長肋を持つ貝構成の低さ(4.3%、1.3%)から言っても、スナガニ段階はすでに過ぎている。そこで、オウギガニ段階の兆候が見られるかどうかを確認してみたい。

 気になるのは、棘上にもなる突起の目立つ貝の構成が、オウギガニ段階と類似していることだ。

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 名蔵貝塚でこの特徴を発揮しているのは、シロザルガイだ。これは、新城下原遺跡でいえば、シロキクザルと同等のものだ。

 このなかで、オウギガニ段階らしさでいえば、クモガイで、ⅤからⅡ層にかけて、0.1%から0.3%へと構成比を高めているのは、進展を感じさせる。

 干瀬のない名蔵貝塚では、ツノレイシやテツレイシなどの表現はオウギガニ段階になっても希薄になると思える。そこで、クモガイやスイジガイは指標になりうるものだ。

 オウギガニ段階では、シャコガイ科の構成も高まっていくと考えられるから、それもⅤからⅡ層にかけて高まっているのは、オウギガニ段階への推移を感じさせる。

 名蔵貝塚は、シオマネキ段階の隆盛期と位置づけてみる。

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2018/04/21

カニトーテム段階の貝類推移 2

 カニトーテム段階の貝類をより詳細に追ってみる。シヌグ堂遺跡にサンプルを採ったオカガニ段階(仲原式)から。

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 オキナワヤマタニシ等の「陸産貝」(「報告書)」が圧倒的で、これはミナミオカガニの棲息地に呼応している。2位は、マガキガイでミナミオカガニの鋏との類似が捉えられている。3位の「チョウセンサザエの蓋」は、貝トーテムの系譜で連面としてきた「貝」への関心を示す。

 二枚貝では、イソハマグリ、シレナシジミ、リュウキュウマスオ、アラスジケマンとビッグネームが顔を揃えるが、成長肋への関心が強い。これは、オキナワヤマタニシ等、チョウセンサザエ、そして10位のコゲニナが螺肋族なのにも対応している。まず、ミナミオカガニの腹部は、腹節の節との類似が重視されたのだ。

 スナガニ段階(阿波連浦下層式、新城下原遺跡のⅤ層)では、二枚貝への関心が圧倒的だ。これは、ミナミスナガニ、ツノメガニの棲息地に呼応する。

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 タママキガイ、イソハマグリ、ヘラサキガイ、ユウカゲハマグリが象徴するように成長肋が控えめで殻が、スベスベしているのが特徴的だ。これは、スナガニの甲が平滑なのに呼応している。一方、放射肋の目立つ貝への関心も示されている。

 鋏の類似が捉えられているのは、イボウミニナで、おそらく円錐形が短めのものなのではないだろうか。

 「新城下原遺跡の川跡」が示すシオマネキ段階(浜屋原式)の貝は、アラスジケマンに象徴される放射肋の発達した二枚貝が圧倒する。そして、ヒメジャコ、シラナミなどの大型のものが顔を出してくる。サンゴ礁=胞衣の思考が成長してきているのだ。

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 それに合わせて放射肋の発達した貝のなかでも、シロキクザルのように突起が棘状になったものに関心がもたれている。

 マガキガイを除けば、鋏との類似はツノレイシが筆頭にくる。長い鋏との類似が捉えられてよさそうなものだが、そうではないのは、メスの鋏が思考されているからだと思える。

 「平安山原遺跡のⅢ群上層」から採ったオウギガニ段階(大当原式)では、シラナミ、ヒメジャコの大型の放射肋族が目立つ。サンゴ礁=胞衣の思考の隆盛だ。

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 マガキガイ、サラサバテイラ、チョウセンサザエと、鋏も大型の貝類で類似が捉えられる。トーテム小、化身貝大というところにも、貝=サンゴ礁の視線が感じられる。

 クモガイのように突起への関心も高い。これは、デコボコでトゲトゲしたオウギガニであるとともに、カニは突起の生えた貝という思考が働いているのではないだろうか。

 「平安山原遺跡のⅡ群」にみるヤドカリトーテム段階(アカジャンガー式)では、ふたたびスベスベの二枚貝が関心を集める。これは、ヤドカリの柔らかで滑らかな腹部に呼応している。

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 一方、マガキガイ、イモガイ類、サラサバテイラ、クモガイなどは、サンゴ礁=胞衣の思考の継続を意味するように見える。性交と出産の認識の受容のあとにも、母系社会が継続したことをこれは示唆しているのではないろうか。

 ここでカニからヤドカリへの段階のなかで、メタモルフォース思考を読み取ってみる。

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 二枚貝にせよ巻貝にせよ、スベスベした殻への注目は、スナガニとヤドカリという二つのピークがある。一方は、平滑な甲、他方が柔らかな腹部との類似だ。

 放射肋は、シオマネキでピークになり、オウギガニでも継続する。シオマネキから大型のものへの関心が強まり、その後も成長しながら継続する。

 オウギガニでは、扇形の貝類や棘への関心も強まる。
 

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2018/04/20

カニトーテム段階の貝類推移

 充分な視力を得たとは言えないが、カニ・トーテムの段階を貝類の推移で辿ってみる。オカガニ段階は、前5期から後1期への推移が見られるシヌグ堂、スナガニ段階は、浜屋原式への移行が見られるものの、阿波連浦下層式の様相がみられる新城下原遺跡のⅤ層、シオマネキ段階は、同じく新城下原遺跡の川跡、オウギガニ段階は、平安山原遺跡のⅢ群上層から採ることにする。

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 マガキガイのようなビッグ・ネームは置くとして、その段階のカニ貝らしさを見せてくれるものをピックアップしたい。

 オカガニ段階は、オキナワヤマタニシだ。実は、シヌグ堂の報告書には、「陸産貝」とだけ記されているので、オキナワヤマタニシだけではないだろうが、これに象徴させてみる。

 浜辺では、イソハマグリ、アラスジケマン、シレナシジミという豪華な顔ぶれがどれも見られる。これが前5期の流れを汲んでいるのかどか分からない。鋏は、コゲニナ、オハグロガイが担うことになる。

 スナガニ段階を象徴しているのは、タママキガイ、スダレハマグリ、イソハマグリなどのハマグリたちだと見なせる。鋏は、イボウミニナ、ヒメオリイレムシロを挙げることができる。

 シオマネキ段階は、なんといってもアラスジケマンだ。鋏は、ヒラマキイモガイ、クロミナシ、トクサバイなどが挙げられる。干潟の貝を重視すれば、イボウミニナだ。

 オウギガニ段階では、アラスジケマンとイソハマグリは等価になるように見える。鋏は、イトマキボラ、オオミノムシ、ツノレイシが挙げられるが、干瀬にいることを重視すれば、ツノレイシが象徴的かもしれない。

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 この推移をもっともよく示すのは、貝類の棲息域の推移だ。オカガニでは、陸域(Ⅴ)が圧倒し、スナガニでは、サンゴ礁や内湾・転石(Ⅱ)域が増える。そして、シオマネキでは干潟-マングローブ(Ⅲ)に移り、オウギガニでは、干瀬、礁斜面が増える(3,4)。

 確かめなければならないのは、シラナミが徐々にあがっていくことだ。これは、シオマネキになってアラスジケマンが着目されるのと同期したものなのか、サンゴ礁=胞衣の思考の醸成によるものなのか、判断がつかない。

 同様にカニ・シルエットを持つクモガイ、スイジガイも、シオマネキ以降に増えることだ。これは、採取数の問題なのか、次第に見出されたということなのか、よく分からない。

 雑な目安にしかならないが、指標として挙げてみると、

1.オカガニ
 ・オキナワヤマタニシ
 ・イソハマグリ、アラスジケマン、シレナシジミ
 ・コゲニナ、オハグロガイ

2.スナガニ
 ・タママキガイ、スダレハマグリ
 ・ヒメオリイレムシロ

3.シオマネキ
 ・アラスジケマン
 ・イボウミニナ

4.オウギガニ
 ・アラスジケマン、イソハマグリ
 ・ツノレイシ

 ということになる。

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2018/04/19

オウギガニ(大当原期)段階の貝比較

 オウギガニ段階(大当原期)にある貝類を比較してみる。平安山原遺跡のⅢ群上層のみは、ぼくの判断になる。

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 同じ段階にあると言っても、5地点に共通するのは、シラナミ、マガキガイ、イソハマグリ、ヒメジャコ、クモガイ、リュウキュウサルボウ、リュウキュウマスオ、オキナワヤマタニシ、ニシキアマオブネの9つのみだ。

 なかでも、いわゆるオウギガニらしい貝を当てられない。どれも名だたる貝たちばかりだ。9つの貝のなかで、地点内ではもっとも構成比の低いものが、9つのなかではもっとも高いのはヒメジャコで、これは名だたるなかではオウギガニらしさ(小さくて岩のなかに収まっている)を見せている。

 4地点で共通している貝は、サラサバテイラ、シャゴウ、オニノツノガイ、エガイ、コオニコブシ、カンギク、ギンタカハマ、バンダナマイマイ、ハナマルユキ、ハナビラダカラ、アマオブネの11になり、一気に増えるわけではない。しかし、オウギガニらしさは出てくるように見える。

 サラサバテイラ、ギンタカハマは、鋏に似ている。コオニコブシ、カンギクは、小さくて尖りがあり、カニとの類似を見せる。ハナマルユキ、ハナビラダカラは、背面の柄や殻口の形が似ている。

 共通する地点が3つ以下の貝類で特徴的だと思えるのは、宇堅に多いヒザラガイで、これはオウギガニの腹節を捉えていると思える。しかし、それは、シオマネキ段階にもさかのぼれるものかもしれない。宇堅のアコヤガイ、ナガラ原東のミドリアオリは、オウギガニの扇形が捉えられていると思える。

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 同じ段階にあると見なされながら、これだけ共通性が低いのは、ひとつには環境による規制が大きいためだと考えられる。そしてそれとは別に、同じ段階とは言っても位相がだいぶ異なる、ということではないだろうか。

 宇堅は、アラスジケマンが約8割と圧倒しており、干潟の構成比が高い。ヒザラガイやアコヤガイなど、オウギガニらしさの兆候もあるが、これはシオマネキ段階にあると見なした方がいい。

 安田は、山がちな環境とはいえ、2割を占めるオキナワヤマタニシを考えると、すでにヤドカリ段階への移行が進んでいるのではないだろうか。

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 そこで、宇堅、安田を除き3地点で改めて比較すると、3地点で共通する貝類はぐんと増える。すると、ヤナギシボリイモ、クロチョウガイ、イトマキボラ、ホシダカラ、ツノレイシなど、オウギガニらしさとして言うことができる貝も増えるようだ。

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2018/04/18

平安山原B・C遺跡の位相 3

 実は、貝類からカニトーテムからヤドカリトーテムへの移行と見なした層は、報告書の判断と異なっている。Ⅱ群をヤドカリ段階と見なすのは同じだが、Ⅲ群下層は報告書ではカニ(大当原)、貝類からはヤドカリ(アカジャンガー)、Ⅲ群上層は報告書ではヤドカリ(アカジャンガー)、貝類からはカニ(大当原)で、反対になっている。

 地層は下から上へとなるのだから、報告書の方が自然だとは言える。

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(『平安山原B・C遺跡』から作成)

 この遺跡は、貝塚時代後期から戦前まで断続的に生活の場とされていて、ために「人為的な攪乱を受けて」いて、砂地ということもあり、「上層の遺物が下層に紛れ込んだ可能性が高」いと指摘されている。

 土器片の構成からいえば、Ⅱ群下層にアカジャンガー(ヤドカリ)の土器が紛れ込んだという理解になる。

 しかし、貝類によれば、Ⅲ群下層は、Ⅱ群ほど明瞭ではないが、ヤドカリトーテムへの移行を示していた。これをどう理解すればよいか。

 ここで、「人為的な攪乱」の要素を重視すると考えられなくなるので、脇へ置いてみる。報告書でも貝類からもヤドカリ段階と見なされるⅡ群でも、優勢なのは、カニトーテム(大当原)の土器だ。これは、トーテムを表現する土器形態を得るまでは時間がかかることを意味しているのではないだろうか。そうだとすれば、Ⅲ群下層でヤドカリトーテムの土器は少ないけれど、貝類はヤドカリトーテムへの移行を示していると捉えるのは矛盾していない。

 しかしそうすると矛盾するのは上層の方で、カニトーテム段階と見なしたのに、ヤドカリトーテム段階の土器は、下層よりも多い。

 これは、下層の集団と上層の集団は異なっていたことを意味するのではないだろうか。つまり、下層ではヤドカリトーテムの集団が生活していた。しかし上層では、カニトーテムの集団に変わったと見なすのだ。

 トーテムとしてのヤドカリの意味は、性交と妊娠の因果の受容だから、カニとヤドカリの共存の段階はあっても不思議ではない。

 黒住耐二は、この遺跡では干瀬の貝が少なく、クチも少数だと指摘している。しかし、礁斜面のゴホウラが集積されるだけでなく、アツソデガイ、大形ナルトボラ類、マンボウガイ等の死殻も得られていることから、「人々の側の交流の程度」が大きかったと想定しているが(「平安山原B遺跡と同C遺跡の貝類遺体および本地域の遺跡出土貝類まとめ」)、これが下のヤドカリ、上のカニの背景なのではないだろうか。

 試みに貝製品の出土状況を見てみる。

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 Ⅲ群の下層と上層について、製品の構成比の差をみると、螺蓋製利器と貝匙、自然貝について、ヤコウガイが高まっている。ヤコウガイは、ヤドカリ貝だから、下層がヤドカリトーテムの段階にあることを傍証しているように見える。有孔製品で減少が著しい二枚貝は、「放射肋族」なのではないだろうか。
(『平安山原B・C遺跡』から作成)

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2018/04/17

平安山原B・C遺跡の位相 2

 より詳細にみるために、貝を科ではなく、似たものでまとめてその推移を辿ってみる。

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 ここで、族としてまとめているのは、見た目の類似によるが、まだ細分したり厳密にしたりする余地を残している。

 もっとも上昇している砂族は、砂場に限らず岩場にもいる二枚貝を含めている。このなかで上昇著しいのがイソハマグリだ。目立たないが、小さく伸びているのは、ナミノコマスオとリュウキュウナミノコ。

 下降しているのは、岩場の二枚貝でカワラガイ、ホソスジイナミ、ヌノメガイ、リュウキュウサルボウだ。どれも放射肋が目立つ。ただ、ヌノメガイは成長肋が目に入るので、他とは違う理由があるのかもしれない。

 放射肋が目立つものでまとめているのが、アラスジ族で、アラスジケマン、カワラガイ、ホソスジイナミ、リュウキュウサルボウ、リュウキュウマスオになる。

 放射肋の目立ちが捉えられているのは、シャコガイとの類似によるものだ。ということは、これらの貝は、放射肋と成長肋の目立ち方で分けるのがよいと思る。ただ、ヌノメガイの場合のように、成長肋が目立っても減少しているものがあるのは、殻表面が滑らかであるかどうかに依っているのかもしれない。それは、ヤドカリの腹部が柔らかであることに対応している。

 放射肋族
 成長肋族
 スベスベ成長肋族

 オウギガニの段階では、ヒメジャコが優占することが多いので、ヒメジャコ族としているが、シャコガイのことだ。シラナミ、ヒメジャコ、シャゴウ、ヒレジャコのどれも減少している。これはそのまま放射肋が目立つ貝の減少と呼応している。これは、カニの腹部では腹節が目立つのに対して、ヤドカリの腹部がスベスベしているのに対応している。ただし、ヤドカリも貝族なので、関心が消失するわけではない。このなかでは、ヒレジャコの減少幅は小さい。

 この遺跡では、マングローブの主であるシレナシジミが登場しないが、シレナシジミは成長肋が目立つが、スベスベはしていないので、成長肋族に入るとみなしておく。

 蓋族としたのは、貝の蓋が石灰質などでできて硬質で、貝そのものと見なされたものを指している。チョウセンサザエの蓋は微増、ヤコウガイの蓋は微減、カンギクの蓋は増加している。これらの傾向は、蓋そのものへの関心は持続し、ヤドカリとの関連が捉えられたものが増加していると考えられる。

 丸族としたのは、アマオブネやマイマイなど、小さくて丸っこいものを入れている。オキナワヤマタニシ、バンダナマイマイ、カンギク、ニシキアマオブネ、カツレンマイマイ、アマオブネで、カツレンマイマイ以外はどれも増加している。ヤドカリの宿貝になることが増加の背景にあると考えられる。

 巻貝は、カニの鋏と見なされるので、大きく鋏族とした。「▽鋏族」としたのは、円錐の形をして、殻口が錐の方にあるものだ。

 微増の傾向を持つのは、アンボンクロザメ、ナンヨウクロミナシ、サラサミナシ、ゴマフイモだ。どれも長めの貝であり、オウギガニよりヤドカリの方が、鋏が長いとみなされたことに依る。カバミナシは長めだが微減している。赤みを帯びた黄色がヤドカリと似ていないとみなされたのかもしれない。

 それはマガキガイがもっともよく示している。カバミナシだけではなく、イボカバイモやヤナギシボリイモも、長い鋏なのに減少している。もともと、ヤドカリも鋏だけ取ってみれば長いとは言えない。マガキガイはなぜ横ばいになるものの、減少するのだろう。

 それは、ヤドカリが宿貝から顔を出している部分が男性と見なされたことに依るのではないだろうか。そこで、赤系の色であるマガキガイは減少し、それが希薄なアンボンクロザメが微増する理由になっている。それとともに毒を持つことも男性性の強い要素だった。

 マダライモ、ジュズカケサヤガタイモ、イタチイモ、イボシマイモなどは、短い鋏で、オウギガニがトーテムとして去るのに合わせて採られなくなっている。

 「▽鋏族」については、色と長さで選択されていると言えそうだ。

 タカラガイは、「〇鋏族」とした。ホシダカラは微減で、ヤクシマダカラ、ハナマルユキ、ハナビラダカラは微増している。微増微減の範囲だが、ホシダカラよりは、ヤクシマダカラ、ハナマルユキの方が、表面の褐色が強く、ヤドカリに似ているとはいえる。ハナビラダカラが増えるのは、平滑で光沢のある背面とヤドカリ腹部との類似に依るのではないだろうか。

 円錐的で、円の方に殻口のあるのが、「△鋏族」。おおむね微減で、これは鋏の形の類似がカニのときより重視されなくなったのを示しているのかもしれない。サラサバテイラは減少するが、ニシキウズとギンタカハマは微増している。

 円錐を二つ重ねたような形のものが「△▽鋏族」。個々には微増微減だが、全体としては減少する。これは、クモガイ、スイジガイの減少によるところが大きい(特にクモガイ)。これは、形がカニそのものに似ていることに依ると思える。だが、その他もおおむね殻に尖りを持っていて、それはカニにしてもヤドカリにしても脚を持つことに呼応している。

 これは、尖りのみでまとめた「棘族」についても同様のことが言える。

 「陸族」は、マイマイなどで、オキナワヤマタニシ、バンダナマイマイ、カツレンマイマイ、シュリマイマイは、カツレンマイマイを除いて微増する。これは、ヤドカリが陸にも棲むことに依っている。

 「岩族」は、岩に張り付いて岩そのものに化しているように見えるものや、岩そのものに見えるものを入れている。しかし、微減しているメンガイは、むしろ放射肋族に入れるのがいいようだ。クロチョウガイもそれは同じかもしれない。

 まだ精緻さが足りないが、ヤドカリの場合、腹部(貝)がスベスベしていることが重視される。鋏は男性性を強めているとは言えそうだ。

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 これらを貝の棲息地の推移として見てみると、干潟-マングローブ域の減少が目立つ。これはあるいは、キバオウギガニなど、干潟に棲むオウギガニもトーテムだったことを示唆するのかもしれない。

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2018/04/16

平安山原B・C遺跡の位相 1

 読谷の平安山原B・C遺跡から出土した貝類から、トーテム段階の位相を測ってみたい。

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(黒住耐二「平安山原B遺跡と同C遺跡の貝類遺体および本地域の遺跡出土貝類まとめ」から作成)

 Bの①~③とCのⅡ群、Ⅲ群の上下層を、段階がスムーズになるように配置してみた。ここで重視しているのは、イソハマグリの推移になる。ただ、イソハマグリがダントツになるので、途中でカットして他の貝類の推移も分かるようにしてみる。

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 このグラフでいけば、Ⅲ群下層からヤドカリ・トーテムの段階に入っていることになる。その指標になるのが、イソハマグリだ。

 それまで、優占するも、下降し、横ばいになるのが、マガキガイ。下降が著しいのは、シラナミとアラスジケマンで、アラスジケマンの方が先に下降を始めている。アラスジケマンと似た下降を示すのはクモガイ。そしてその後に続くのが、サラサバテイラだ。ただし、マガキガイと同様、下降後に横ばいで推移している。

 上昇 イソハマグリ
 下降 シラナミ、アラスジケマン、クモガイ
 下降後横ばい マガキガイ、サラサバテイラ

 この推移は、イソハマグリがヤドカリトーテムを象徴し、シラナミやアラスジケマン、クモガイがカニトーテムを象徴していることを示している。マガキガイやサラサバテイラもカニトーテムを示すが、一定程度、ヤドカリにも見出されている。

 

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2018/04/15

安良川遺跡のオカヤドカリピット 2

 8世紀の安良川遺跡から出土したヤコウガイは極端に小さい。木下尚子は、笠利半島東海岸で200年以上継続したとみられる大型ヤコウガイの選択的捕獲が、「ヤコウガイに執着する生業の偏り」を生み、「ヤコウガイを小型化」させたのではないかと書いている(「ヤコウガイ交易の可能性」)。

 一方、安良川遺跡からは、ウニ土坑、ヤドカリ・ピットも発見されている。これは、ヤドカリがトーテムであったことを示すだけではなく、その主がムラサキオカヤドカリであることを示している。

 出土状態が重なってヤドカリが詰まった状態で出土していることからバスケット状の龍に入れられていたと思われるが不明である。また,食用していたのかどうかも不明である。まとまって殻に入った状態から判断して、湯がかれた物と思われる。近くには夜光貝の入った掘り込みも確認されている。(「安良川遺跡」)

 この状況は示唆的だ。湯がかれたかもしれずバスケットに入れられたムラサキオカヤドカリは、トーテムをあの世へ送ることを意味している。それは、小型化しているヤコウガイの増殖を願うものだと考えられる。ヤコウガイとは、ムラサキオカヤドカリの化身貝なのだ。

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2018/04/14

阿波連浦貝塚の貝類

 阿波連浦下層式、つまりスナガニ・トーテム段階の貝類が知れると期待したが、出土数が少なく残念だった。

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 阿波連浦下層式土器が出土した肋層は、オオベッコウガサ、イボアナゴ、シラナミのみ。いわゆるスナガニらしさは確かめられない。しかし、オオベッコウガサ、イボアナゴの岩化する貝のスナガニ段階の貝の例としては備忘しておける。

 Ⅳ層は、浜屋原式土器、つまりシオマネキ段階の貝類だ。シオマネキ段階でのアマオブネには何を見ただろうか。オウギガニ段階のように、爪の形に迫っているとは思えない。腹部と蓋、だろうか。爪(鋏)らしさは、クロフモドキに現れている。

 アラスジケマン系の二枚貝は、リュウキュウマスオになる。

 しかし、キバアマガイにしてもホソスジウズラタマキビにしてもシオマネキよりはオウギガニ段階にふさわしい。もしかしたら、この貝塚はすでに移行が進んでいるのかもしれない。


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2018/04/13

国頭安田遺跡のオウギガニ・トーテム段階の貝類

 国頭の安田は、与論にも近いとあって関心をそそられる。貝類がもっとも出土した4層でも254体だから多くはないが、コンパクトに特徴を示している。これは、オウギガニ・トーテム(大当原式)段階のものだ。

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(『国頭村文化財調査報告書第4集 村内遺跡詳細分布調査報告書』より作成)

 結局のところ、カニの爪と腹部に関心は集まっている。安田の場合、なかでもオキナワヤマタニシを筆頭に小さな巻貝に象徴されている。これらは、殻の形がオウギガニの爪(鋏)に似ているとともに、硬い蓋がカニの腹部を表す。小さな巻貝でのカニ表現は約7割を占める。

 これは同時にカニ・トーテム段階の島人が、自分たちをどう認識していかたを示唆するものだ。つまり、人は手で作り産む存在であると見なされたのだと思う。

 また、オウギガニという干瀬蟹の段階では、陸産の貝類も矛盾とは捉えられていない。それは国頭という立地もあるが、干瀬が陸でもあるという側面が積極的に捉えられているためだと考えられる。

 キクザル科のように突起のある貝は、構成比は低いが、カニを示している。カニが貝に化身した場合、貝に手足が生える。それが突起の意味だ。

 オオベッコウガサのように岩化するが、棘よりは円形や扇形が意識される場合、カニの腹部との類似が重要だった。ヒザラガイは、オウギガニの腹節そのものだとみなされたのではないだろうか。

 特異な、あるいは特別な位相を持つのは、ハナビラダカラで、これは爪(鋏)との類似が捉えられている。それは貝製品を見れば明瞭である。これは、オウギガニの爪(鋏)だ。

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(『国頭村文化財調査報告書第4集 村内遺跡詳細分布調査報告書』)

 ここでは、大型の貝類も爪あるいは腹部だとみなした。マガキガイは、シオマネキトーテムにこそふさわしいが、オウギガニの場合、幼体が採られたのではないだろうか。報告書では、「第4層でマガキガイ殻長がやや小さい印象があるが、他種はこの時期にほぼ一般的なサイズであった。ただし、計測個体が少ないため遺跡全体のサイズを反映していない可能性が高い」とあるが、この小ささは偶然ではないと思える。

 ヒメジャコを筆頭にしたシャコガイも爪であり腹部であるとみなされたのではないだろうか。

Photo_3

 この粗雑なつくりに見える貝製品も正面からみれば腹部であり、横からみれば爪(鋏)である。

 貝製の小玉も撮る角度をもうひとつ増やしたい。

Photo_4

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 図解の方をみれば、これも爪(鋏)であり、腹部なのではないだろうか。


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2018/04/12

新城下原第二遺跡のトーテム段階 2

 Ⅴ層と川跡について、こんどは貝の増減にフォーカスしてみる。それは、阿波連浦下層式の段階から浜屋原式段階への変化を示唆するはずである。

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(上表:増えた貝、下表:減った貝 『新城下原第二遺跡』から作成)

 増えた貝の系譜の代表的なものは、アラスジケマンやヒメジャコなどのシャコガイだ。シオマネキの腹部は、放射肋のような隆起が発達しているわけではない。だから、これは単純なカニとの類似とは別の思考が被さっていると思える。それは、シャコガイがもともとはトカゲ貝であり、カニ・トーテム段階のシャコガイが、トカゲと貝の融合としてのカニを意味することに依ると思える。

 また、ここで蓋も重視されている。蓋はサンゴであり貝なのだ。それは前5期の思考を受け継ぐものだが、これはシャコガイの浮上と同期しているのには意味があるように見える。胞衣という貝(サンゴ礁)の産物としての貝という意味だ。別に言えば、シオマネキ段階は、貝と腹部との類似に意味が付加されていく過程だともいえる。

 鋏は、シオマネキの長いそれに合わせて、やはり長い貝が重視されている。

 オキニシとガンゼキボラは、新しい傾向と言えるだろうか。この尖りや棘を持つ貝殻は、カニ類の脚部分であり、いわばカニ自身の貝への化身が思考されているものだと思える。そういう見立てを島人はここで行っている。

 上記のことは減った貝にも顕著に現れていて、腹節そのものとの類似の見られる貝が主にあがっている。言い換えればこれは、阿波連浦下層式の段階のスナガニ・トーテムでは、腹節との類似がもっとも重視されていたことを示唆する。新城下原第二遺跡の場合、スナガニ・トーテムを象徴していたのは、タママキガイだった。

 鋏は、増加しているものもあれば、減ったものもある。これは、ハナビラダカラやヒメオリイレムシロに象徴的なように、スナガニの丸っこい鋏と形が似た貝が減っているのだ。

 しかし、両者のちがいをもっとも示すのは貝の棲息地だ。Ⅴ層では、10%に満たないマングローブ・干潟の貝が、川跡では40%以上を占めるようになる。これも、シオマネキ・トーテムを強く示唆している。

 


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2018/04/10

新城下原第二遺跡のトーテム段階 1

 新城下原第二遺跡のⅤ層には、川跡の層が乗っている。浜屋原式土器は、Ⅴ層で66%、川跡で61%を占め、Ⅴ層の方が高いが、どちらも浜屋原式土器の段階にあると想定して貝類を見てみる。

Ⅴ層
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(『新城下原第二遺跡』)

川跡層
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 浜屋原式土器が象徴するのは、シオマネキ・トーテムだ。Ⅴ層でいえば、それはタママキガイに示されている。これは、カニの腹節との類似が捉えられたものだと言える。それは、スダレハマグリやイソハマグリにも言える。

 3位のリュウキュウザルも同様だが、放射肋の目立つ貝の選択は、シャコ貝トーテムの類似を捉えたものだ。それはカワラガイ、アラスジケマンにも言える。

 イボウミニナ、カワニナのような長い円錐状の貝は、シオマネキの長い鋏との類似が捉えられている。

 ホウシュノタマ、クマノコは、美しい。シオマネキ・トーテムの段階では、シオマネキがそうであるように、色は重視されたと思える。しかし、このふたつはそれだけではなく、硬い蓋が重視された。それはそのまま貝を示すと考えられたのだと思える。

 こうしてみれば、約6割は腹節との類似が重視されている。

 川跡の層では、Ⅴ層で3割を占めたタママキガイに代わり、約4割をアラスジケマンが占める。これは発達した放射肋にシャコ貝との類似を見たもので、同じことはホソスジイナミにも言える。

 ついで多いのはチョウセンサザエの蓋だ。これは、Ⅴ層のホウシュノタマクマノコ、川跡では、オキナワヤマタニシ、カンギクも同様で、蓋そのものが貝あるいはカニの腹部と見なされている。

 ヒメジャコは、サンゴにはまり込み岩化するありかたがカニであり、色の美しさはシオマネキ(特にルリマダラシオマネキ)との類似が捉えられている。

 腹節との類似は、イソハマグリ、シレナシジミ、オイノカガミ等によって捉えられた。ただ、、シレナシジミは、干潟・マングローブにおけるシャコ貝のように主として考えられていると思える。

 鋏は、マガキガイ、ヒラマキイモ等に示される。

 川跡では、シャコ貝トーテムとの類似がもっとも重視されている。それは1割強が蓋の重視で選ばれていることにも示されている。外套膜の美しさは、ヒメジャコ、シラナミを選ばせているが、シオマネキ・トーテムが一方で示唆するのは、もともとのトーテムであるシャコ貝の存在だ。これは、前5期においてサンゴ礁がトーテムとみなされ、シャコ貝が胞衣の産物と見なされていることを同時に示すものかもしれない。

 Ⅴ層と川跡の層を比べると、川跡の方がよりシオマネキを示唆していると言える。それは、12位のマガキガイが示すシオマネキのシャープな鋏だ。

 もうひとつある。川跡の底面からはアンボンクロザメ等のイモガイの集積が見つかっている。
 
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 これは報告書では、「意図的に川底に集積したものと考えるのが妥当」とされている。貝交易との関連ばかりが指摘されるが、これがそもそも示しているのは、シオマネキ・トーテムの段階だ。それが、鋭角な円錐であるイモガイを集めた根本的な理由になる。


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2018/04/09

シヌグ堂遺跡の貝 2

 シヌグ堂、つまり貝塚時代後1期の初期、オカガニ・トーテムの段階でのオカガニ貝の選択について、もう少し見てみる。

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 陸産貝、マガキガイ、チョウセンサザエなどのビッグネームは脇に置いておく。ここでは、トーテム貝の選択が、細部に及んでいることを確かめたい。

 色合いは、当然とすれば、腹節との類似で選ばれているのがイソハマグリだ。同位相の貝の系譜は、

 イソハマグリ
 シレナシジミ
 チョウセンハマグリ
 リュウキュウマスオ
 アラスジケマン
 マスオガイ
 ホソスジイナミ
 リュウキュウサルボオ
 エガイ
 リュウキュウシラトリ
 スダレハマグリ

 この順になる。

 鋏との類似で選択されているのは、

 コゲニナ
 オハグロガイ
 ホラガイ
 アンボンクロザメ
 リュウキュウツノマタ
 キバタケ
 クワノミカニモリ

 になる。

 次に、貝に蟹全体を見立てると、尖りのあるデコボコの貝を選ぶことになる。

 シラクモガイ
 オオベッコウガサ
 クモガイ
 コオニコブシ

 蟹は岩化することに類似が見出されたのは、

 オオベッコウガサ
 アマオブネ

 もうひとつ、蓋の色と形態からの類似も考えられると思える。 

 アマオブネ
 トミガイ

 これらは、腹節、鋏、全体、岩、蓋の順で、優先されている。


 
 

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2018/04/08

ナガラ原東貝塚の干瀬カニ貝

 大当原式、つまり干瀬蟹あるいはオウギガニ貝のトーテム段階に相当するナガラ原東貝塚の層と、浜屋原、シヌグ堂と比較してみる。

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 ナガラ原東に出現し、浜屋原、シヌグ堂にない貝を挙げてみると、筆頭にくるのはPU資料では、シラクモガイになる。この他、殻に尖りのある貝は続くが、これはオウギガニの甲のデコボコを表現したものだろうか。

 WS資料も入れると、リュウキュウヒバリがあがる。これは、色合いとしては、オウギガニと似ていると言える。ミドリアオリ、オキナワイシダタミの殻のデコボコは、シラクモガイと同様のものだとみなせる。

 ハナマルユキの模様は、これはオウギガイに似ていると言えそうだ。

 まだまだ確信は持てないが、オカガニ、スナガニ、干潟カニ、干瀬カニのそれぞれのトーテム貝の目安を持ったところで、さいど八重山の貝に当たってみよう。


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2018/04/06

浜屋原貝塚B地点の貝

 浜屋原貝塚は、浜屋原式土器が出土する。これは、シオマネキ・トーテム段階のものだ。

Photo_2
(『読谷村埋蔵文化財発掘調査報告書 平成21年度-平成23年度村内遺跡発掘調査等』(読谷村文化財調査報告書 第14集)から作成)

 シヌグ堂では8割を占めた陸産の貝が3割になっている。同じカニの段階では、トーテム貝はドラスティックには変化しないのかもしれない。

 ここでは、シオマネキ貝らしい貝をピックアップしてみる。

 それはなんといっても紅の鮮やかなサラサバイだ。これは、ベニシオマネキ貝だろう。

 マダライモは、ハクセンシオマネキではないだろうか。アオミオカタニシ、ヒメジャコはルリマダラシオマネキ。アカイガレイシもベニシオマネキ。キハダトミガイは、ヒメシオマネキ、ではないだろうか。

 いずれも出土数が少ないから、他も当たってみなければならないが、サラサバイ、ヒメジャコ、アオミオカタニシ、キハダトミガイなどの色の鮮やかさは、シオマネキに充分、通じていると思える。


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2018/04/05

シヌグ堂遺跡の貝

 シヌグ堂からは、仲原式土器が出土している。つまり、オカガニ・トーテムの段階だ。ここでは、カニ貝を確認する。

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 名称が記録されていないのが残念だが、83%を占める陸産貝がオカガニ貝ということになる。

 ただ、これだけではないはずだ。カニの意味を担っているのは、マガキガイをはじめ、アサリ、ハマグリなどの貝もそうだ。

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 シヌグ堂でそれが、イソハマグリが代表だと言える。

 この他にも、コゲニナ、イソハマグリ、ベニハマグリ、コオロギガイ、ウミギクなど、茶系の色の貝も、オカガニ貝として採られたのだと思える。


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2018/04/04

西長浜原遺跡の貝類

 西長浜原遺跡は、前4期末から前5期前半の遺跡だとされている。

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(「西長浜原遺跡」)

 もっとも個体数の多かったP地区についてみると、前5期の様相を呈していると思える。この遺跡でみる限り、前5期のトーテム貝は、チョウセンサザエということになる。干瀬への関心の高さが窺えるが、イノーではマガキガイよりはクモガイが優占だ。

 黒住耐二は、S地区下層では、チョウセンサザエが1割程度にいなり、アラスジケマンの方が多く、リュウキュウウミニナが6%になっている指摘している(「西長浜原遺跡の貝類遺体」)。リュウキュウウミニナは、苧麻貝と考えられるが、アラスジケマンも苧麻貝とみなしてよさそうだ。

 シレナシジミもそうだとみなしていいだろうか。

 前5期のトーテム貝は、干瀬、イノー、浜辺と優先されるとしたら、アラスジケマンやシレナシジミの構成はそれを表しているのかもしれない。オキナワヤマタニシが出土していないことからすれば、なおさらそうだと思える。

 


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