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2018/03/30

伊是名島貝ブロックの貝類 2

 伊是名貝塚の貝ブロックから出土した貝類について、最小個体数が100以上のものを対象に、トーテムの苧麻に引き寄せてみる。100以上といっても、オキナワヤマタニシなど陸の貝類で7割ほどを占めるので、1%未満のものにも注意を払うことになる。

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(表6-5-1「沖縄県伊是名島伊是名貝塚の1号貝ブロックからの出土貝類遺存体出土状況」『伊是名貝塚 沖縄県伊是名貝塚の調査と研究』(沖縄県伊是名村伊是名貝塚学術調査)から作成)

 まず、タニシやマイマイは、葉の上を這い食べるので、植物との類縁は明らかだ。だが、海の貝にしても海の葉の近くにいるものがいる。マガキガイは藻を食べるし、アオマブネ、ヒメオリイレムシロなども海藻のなかにいる。

 イソハマグリは、殻に藻がついて緑色がついている部分がある。緑をとると、その下には白い殻のうえに、繊細な曲線が走っている。これは、茎を削いで白い繊維を取り出す苧麻ととても似ている。

 オオウラウズ、ハシナガツノブエ、チョウセンサザエは殻が尖っていて、上から見たりすると、苧麻の葉の形をしている。

 マガキガイや、ヒメカワノミカニモリ、オキナワイシダタミなどは、殻の内部が四角く区切られている。これは、苧麻の葉に張り廻った葉脈に区切られた部分の形に似ている。島人がそれに注視したのは、伊波式の土器にもよく現れている。

 伊是名貝塚の貝ブロックの貝は、前4期をオキナワヤマタニシの比重の高さが前4期をよく象徴しているが、海の貝にしても、苧麻との類似が重視されていたと考えられる。


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2018/03/29

名蔵貝塚の位相

 名蔵貝塚のトーテム段階の位相を推測してみる。

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(『名蔵貝塚群発掘調査報告』沖縄県文化財調査報告書第37集)

 Ⅴ地点とⅡ地点では、アラスジケマンの構成比が大きく異なる。Ⅴ地点では5割近くあり、Ⅱ地点では3割になる。かつ、Ⅱ地区ではアラスジケマンの代わりに似たカワラガイが3割近くになる。

 カニ・トーテムを象徴するアラスジケマンの構成比を見ると、ⅤとⅡでは、Ⅴ地点の方が古い段階を示していると思える。

 また、資料では、「どちらも陸産貝の出土は少なく、Ⅴ地点で淡水産の貝と潮間帯砂底の貝がやや多く、Ⅱ地点では潮間帯岩礁の貝の出土がやや多い」と報告されている。これは、カニ・トーテムのなかでも、陸のカニを過ぎ、Ⅴ地点は、砂と泥のカニ、Ⅱ地点は、岩のカニへと移行していると考えられる。

 この二地点の貝の構成を、波照間島の大泊浜貝塚の貝の構成と比較してみる。大泊浜貝塚では、カニ段階の後半とヤドカリ段階の始まりを確認したので、その両方を挙げてみる。もちろん、両者のサンゴ礁の構成は干瀬の有無で異なっているので、その点は考慮しなければならない。

 名蔵貝塚で、より古いとみなしたⅤ地点の構成比がⅡ地点よりも多い貝で、大泊浜でも出現するのは、興味深いことにメンガイ類のみだ。このことも、Ⅱ地点よりはⅤ地点が古いことを示していると思える。それと同時に、貝の選択は、主体となる貝だけではなく、少ない貝にまで意識されていることが示唆される。

 名蔵貝塚Ⅱ地点と大泊浜貝塚のカニ段階で共通する貝は12種。ヤドカリ段階と共通するのは14種とあまり変わりない。

 ヤドカリ段階を象徴するとみなしているコオニコブシは、Ⅱ地点で2体、出土している。Ⅴ→Ⅱ(名蔵)、そして、カニ→ヤドカリ(大泊浜)と構成比を高めていくのは、クモガイ、シャゴウ、マガキガイ、シラナミだ。

 これを見る限り、名蔵貝塚のⅡ地点は、ヤドカリ・トーテムへの兆候はないわけではないが、カニ・トーテム段階の中葉から後葉を示しているのではないだろうか。それは、科学的に想定されている年代の位置と矛盾しない。(参照:「無土器期の貝塚分布例」

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2018/03/28

トーテム貝の累積

 大堂原貝塚の貝類(前4期後葉は古宇利原)について、前1期から後1期にかけて見てみる。

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(「黒住耐二「貝類遺体からみた沖縄諸島の環境変化と文化変化」)

 これをみると、前1期のヘビ貝たちは、いずれも後に活躍する貝たちばかりだ。言い換えれば、役者は最初に顔を出している。つまり、ヘビとのつながりがあるということは、最後まで重要だったということだ。

 なかでも、もっとも活躍したのは、マガキガイだと言える。それはトカゲ貝の代表となり、前3~4期にはやや後退するものの、前5期からはサンゴ礁貝としてイノーの雄に躍りでて、その一角は後2期まで担うことになる。

 後1期に、カニ貝となるのには、カニとの類似が捉えられたという以上に、ヘビとのつながりは重要だったのではないだろうか。カニは母系社会を象徴しており、兄妹を現すものとして、女性の貝に対して、男性の貝としてはヘビ-トカゲ系列は要請されたと思える。マガキガイ、アラスジケマンは、トカゲとカイの融合として、カニとみなされたのではないだろうか。

 この表から分かる限り、それぞれの貝が、主にどのトーテムを背景に持つか、列記しておく。

 オキナワヤマタニシ:苧麻、ヘビ
 キクザル類:カイ、ヘビ、トカゲ  
 ヤコウガイ:ヘビ、カイ
 メンガイ類:カイ、トカゲ、ヘビ
 シャコガイ:カニ、サンゴ礁、苧麻、トカゲ、ヘビ
 チョウセンサザエ:カニ、サンゴ礁、苧麻、貝、トカゲ、ヘビ
 アラスジケマン:カニ、サンゴ礁、苧麻、貝、トカゲ、ヘビ

『琉球列島先史・原史時代における環境と文化の変遷に関する実証的研究: 研究論文集』

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2018/03/26

伊是名島貝ブロックの貝類

 暫定的に前4期から前5期と編年されている伊是名貝塚の貝類を見てみる。

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(表6-5-1「沖縄県伊是名島伊是名貝塚の1号貝ブロックからの出土貝類遺存体出土状況」『伊是名貝塚 沖縄県伊是名貝塚の調査と研究』(沖縄県伊是名村伊是名貝塚学術調査)から作成)

 この「1号貝土坑」から出土した貝類は、なんとオキナワヤマタニシとオキナワウスカワマイマイだけで6割を占めている。この貝ブロックに限っていえば、これは前4期を多く含むと思える。ふたつとも苧麻貝である。

 注目されるのは、イソハマグリが次に構成比の高いことだ。オキナワヤマタニシとオキナワウスカワマイマイに続くのであれば、これも苧麻貝ではないだろうか。そうだとすれば、イソハマグリの白い貝殻に浮かぶ細い曲線が、苧麻の繊維に似ているとみなされたのかもしれない。

 それに、イソハマグリの貝殻にしばしば藻だろうか、緑色が付着している。それを洗い落とすと、美しい曲線の入った白い貝殻で出てくる。これは、苧麻の茎を割いて繊維を取り出す工程と似ている。


 


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2018/03/25

波照間島のトーテム段階

 下田原貝塚と大泊浜貝塚という隣り合わせの違う段階の貝類から、波照間島の化身貝を類推してみる。

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(『下田原貝塚・大泊浜貝塚 第1・2・3次発掘調査報告』(沖縄県文化財調査報告書 第74集)から作成)

 出土数のランキングでいえば、

 トカゲ:シャコガイ
 貝:シレナシジミ
 カニ:サラサバテイ
 ヤドカリ:マガキガイ

 カニ段階以降は、これはそのままトーテムの化身貝とは見なせない。前5期に「サンゴ礁」をトーテムとして以降、様相は複雑になる。

 前5期:浜と干瀬の貝
 後1期:浜、干瀬、イノー
 後2期:浜、干瀬、イノー(これまでの印象では、後2期になるとイノーの比重は高まる)

 だから、カニ段階のなかには、この前5期以降の傾向を捉える必要がある。前5期以降の流れを汲むのは、シラナミ、マガキガイ、サラサバテイだと思える。

 ヤドカリ段階でもその構成は基本的に変わらないが、シラナミが増えるのと、ヒメジャコ、シャゴウも構成比を高める。

 これらの要素を取り除いて、トーテムの化身貝を見極めると、

 トカゲ:シャコガイ
 貝:シレナシジミ
 浜と干瀬:マガキガイ、サラサバテイ
 カニ:シレナシジミ
 ヤドカリ:オニノツノガイ

 これらが確認できる。


 


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2018/03/23

下田原貝塚でのトカゲ段階から貝段階への推移

 次は、大泊浜貝塚に近い下田原貝塚について、トカゲトーテムから貝トーテムへの転換を探ることになる。

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(『下田原貝塚・大泊浜貝塚 第1・2・3次発掘調査報告』(沖縄県文化財調査報告書 第74集)から作成)

 もっとも出土量の多い2地区に着目する。報告書では、Ⅱ層とⅢ層に大きな差異が見られるので、両層を比較する。

 まず、Ⅲ層からⅡ層で減る貝をみると、最大なのはシラナミガイ(-8.4%)だ。これはシラナミが、トーテムになることを意味していると思える。トーテムそのものは直接採られることは少なくなっていく。

 ついで、Ⅲ層からⅡ層にかけて最も増えるのは、シレナシジミ(22.2%)である。大きな増加で、Ⅱ層での構成比は、30%にもなる。このときのトーテム貝は、シラナミだが、採られる貝はトーテムそのものではなく、その化身態だから、シラナミ貝の化身貝は、シレナシジミと見なされたことになる。

 その他に、貝ガイとみなされているのは、キヌカツギイモガイ、マガキガイなどだ。これらの貝については、外套膜が茶系の色のシラナミとの類似を見たのではないだろうか。それは、イボカバイモガイ、サヤガタイモガイ、ホラガイについても同じだ。

 コマダライモガイは、シラナミの外套膜の黒い斑紋に似ている。

 これを見る限り、下田原貝塚で、貝トーテムを迎えていると思える。これは波照間島の伝承と矛盾しない。


 


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2018/03/21

大泊貝塚のカニ段階からヤドカリ段階への推移

 竹富島のカイジ浜貝塚が、ヤドカリトーテムの段階を持つことを確認できたので、同時期を持つ波照間島の大泊浜貝塚にも、それが当てはまるか、確認することになる。

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(『下田原貝塚・大泊浜貝塚 第1・2・3次発掘調査報告』(沖縄県文化財調査報告書 第74集)から作成)

 報告書では、出土量の多いDトレンチについて、「主体貝はヒメジャコ(10層)→サラサバティ(9,10層)→シラナミ(7層)、マガキガイ(3,4層)に変化することがわかった」と書かれている。

 まず、ヤドカリの宿貝になる貝は、古い付き合いのチョウセンサザエには変動が見られるが、他、ツノテツレイシ、ニシキアマオブネ、コシダカサザエ、コオニコブシ、ムラサキイガレイシは、それまでゼロだったのがある層から出現するようになっている(そのまま継続するとは限らない)。

 同様の傾向は、ヤドカリの化身貝と目される尖りのある貝でも見られる。オニノツノガイ、クモガイ、イボソデ、シロミオキニシ、コオニコブシ、オニコブシ、ムラサキイガレイシである。このうち、出土量も多く増加傾向を維持するのは、オニノツノガイだ。大泊浜貝塚のヤドカリトーテムを象徴するのは、オニノツノガイだと言っていいのかもしれない。

 また、カニトーテムをよく象徴する岩化する貝のうち、オオベッコウガサ、ベッコザラは途中から出現が見られなくなる。

 カニ・トーテムを象徴していると思えるのは、シレナシジミで、10層の32%から3層では8.8%まで構成比を落としている。

 ヒメジャコとシラナミは、ヒメジャコがカニ寄りだと思えるが、どちらも構成比を挙げている。ヒメジャコは、ここではカニ貝とは見なされなかったのかもしれない。

 大泊浜貝塚は、カニ段階よりも、ヤドカリ段階の層を多く含んでいるのかもしれない。

 


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2018/03/18

宇堅貝塚とアカジャンガー貝塚の段階

 アラスジケマンガイの隆盛をみる限り、宇堅貝塚もアカジャンガー貝塚もカニ段階にしか見えない。しかし、アカジャンガーは、くびれ平底土器であり、ヤドカリ段階なのだから、それを手がかりにしてみる。

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 アラスジケマンガイの減少を指標にしてみると、宇堅B→宇堅A→アカジャンガーDの推移が想定される。これは、同時にイソハマグリの増加と矛盾しない。

 両貝塚の場合、干瀬を構成しないサンゴ礁地域でのトーテム表現はどうなるのかということを示している。

 この場合、ヤドカリが宿貝とする貝を指標として見るのがいいのかもしれない。ひょっとしたらそれは、干瀬のある貝塚においてもある程度、有効である可能性があるだろう。

 また、この貝類構成でみる限り、宇堅、アカジャンガー貝塚は後2期の初期であり、、宇堅はアカジャンガーより古いの段階を示していると言えるのではないだろうか。


 


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2018/03/17

ヤドカリの化身貝とハジチ文様

 こうしてぼくたちは、ハジチの左手尺骨頭部のアマン文様を、アマンの貝化身態としてみると、モデル貝に近づいているのに気づく。

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 コオニコブシイソハマグリアラスジケマンガイなどだ。

 紋様はだいぶ後まで、更新されていたのかもしれない。


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2018/03/14

マツノト遺跡のヤドカリ・トーテムを示す貝類

 オカヤドカリピットは、マツノト遺跡でも確認されている(黒住耐二「貝類遺体からみた遺跡の立地環境と生活」)。

 そうであれば、貝類遺体のなかから、ヤドカリ・トーテム段階らしさを示す層を抽出してみる(同前)。

 マダライモ(3.67)
 リュウキュウヒバリ(2.75)
 シラナミ(5.50)
 マガキガイ(13.50)
 ツタノハ(5.50)
 ハナマルユキ(2.75)
 チョウセンサザエ(3.67)
 シラクモガイ(11.00)
 コオニコブシ(9.17)
 サラサバティラ(5.50)

 ぼくたちがここで改めて視野に入れる必要があるのは、マダライモとツタノハだ。

 ナガラ原東貝塚では、マダライモは後1期から後2期前半に1個ずつ出土している。ツタノハは、オオツタノハが、後2期に1個出土している。

 ツタノハは、岩化する貝であり、蟹、ヤドカリつながりの貝だ。

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2018/03/12

安良川遺跡のオカヤドカリピット

 奄美大島の安良川遺跡ではオカヤドカリのピットが確認されている。

B. ピット状遺構(第 8図遺坑配置図・ピット・土坑断面図)
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 ピット状の掘り込みは 2箇所検出されている。ムラサキオカヤドカリはA-3区土層断面図にかかる。幅約 30cm深さ約 40cmの掘り込みの中に,詰まった状態で出土した。貝殻はチョウセンサザエの大小の殻に入っているがいずれも殻に閉じた姿で出土している。ムラサキオカヤドカリは現在奄美地区では天然記念物として保護されている種である。出土状態が重なってヤドカリが詰まった状態で出土していることからバスケット状の龍に入れられていたと思われるが不明である。また,食用していたのかどうかも不明である。まとまって殻に入った状態から判断して,湯がかれた物と思われる(第 6図,ムラサキオカヤドカリ出土断面)。近くには夜光員の入った掘り込みも確認されている。 B-5区撹乱区断面には幅約 40cm,深さ約 50センチのピットが 3層からの掘り込みとして確認されている。このような状況から敷きジャリ部分は住居祉としての可能性が残される。(『安良川遺跡 笠利町文化財報告書第 27集』)

 これでぼくたちは、安良川遺跡がヤドカリ・トーテムの段階にあるのを知る。「敷きジャリ部分は住居祉」の可能性があり、これがオカヤドカリピットの付近であれば、これは死者の住居をあの世へ送るための儀礼がなされたものだと考えられる。この意味で、敷き詰められたものは、ジャリもオカヤドカリも同じ意味を持つ。また、前4期あたりでオキナワヤマタニシが敷き詰められた遺跡の例とも同じである。

 黒住耐二は、「竹富島のカイジ浜貝塚でも大形のオカヤドカリ類の集中を確認している」(「貝類遺体からみた遺跡の立地環境と生活」)。ここではナガウニ類の土坑も見つかっている。これも、ヤドカリの化身貝とみなされたものだ。

 意外なところから、八重山でのヤドカリ・トーテムの痕跡を確認することができる。

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2018/03/11

貝塚時代後2期後半のヤドカリ貝

 続いて、「ナガラ原東貝塚の貝類遺体」(黒住耐二)から、後2期後半の貝類を集計してみる。

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 後2期後半にきて、シラナミ類が優勢を極めている。ここへ来て、もともとの貝トーテムの本体になるのは、イノー=胞衣の思考が育ち続けたことを意味るのではないだろうか。

 ぼくたちが典型的なヤドカリ貝と見なしたコオニコブシは、WS資料では優勢を保っている。

 また、カニトーテムのときに優勢を示したリュウキュウヒバリ、ミドリアオリ、イシダタミアオマブネは、まだ勢いを保っている。これは、蟹貝から、ヤドカリ貝への意味の転換が行われたことを示しているように見える。

 

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2018/03/10

貝塚時代後2期のヤドカリ貝

 「ナガラ原東貝塚の貝類遺体」(黒住耐二)から、後2期の貝類を集計してみる。

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 これは後2期の前半だから、後1期の流れも汲んでいると考えられる。

 ヤドカリ・トーテムの契機のひとつはゴホウラだったと考えられるから、この段階でサラサバテイラは、ヤドカリ貝と見なされたのではないだろうか。

 浜辺でもっともヤドカリ貝らしさを見せたのは、コオニコブシということになる。前に見たように、コオニコブシだけではなく、後2期は、尖った貝殻の貝が目立つ。この尖りは、ヤドカリの脚の棘、あるいは、脚そのものを反映したものだと思える。

 また、ヤドカリ貝らしい二枚貝は、イソハマグリだ。なぜ、つるつるのイソハマグリが、ヤドカリ貝なのか。イソハマグリは、粗めの砂地にいる。姿を現すとき、その貝殻には、大きめの砂が付着している。これが尖りのある貝殻と同じ見立てを呼び込むだと思う。 

 オキナワヤマタニシ、オキナワウスカワマイマイは、後1期に比べ後退している。陸のヤドカリ貝は、ヤドカリ自体が象徴しているのだと思える。あるいは、オカヤドカリが。

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2018/03/09

貝塚時代後1期のカニ貝

 「ナガラ原東貝塚の貝類遺体」(黒住耐二)から、後1期の貝類を集計してみる。

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 後1期でも大当式土器の段階だから、後半に位置している。

 マガキガイとチョウセンサザエが優勢なのは、前5期から継続しているものだ。後1期の後半でも、これらが優勢なのは、サンゴ礁トーテムの後に、胞衣という思考が発生しているからだと思える。これは、後2期までつづく。胞衣という思考は、シラナミ類が上位にあることにも現れている。

 カニ・トーテムとしてのこの段階をもっともよく象徴するのは、シラクモガイやツノレイシだ。これは、カニ・トーテムが干瀬蟹の段階に入っていることも示している。

 ただ、干瀬蟹の化身態であれば、ハナマルユキがふさわしいと思えるが、数では優勢ではない。シラクモガイやツノレイシを、ぼくたちは、ツノメガニの化身貝だとみなしている。ツノメガニは浜辺に棲息するのであれば、砂地と干瀬は本質的には区別されていないことを意味している。岸(砂浜・岩場)=干瀬なのだ。

 後1期の貝のランキングから見る限りで、蟹トーテムの化身貝を挙げてみると、

 ミナミオカガニ - オキナワヤマタニシ、バンダナマイマイ、オキナワウスカワマイマイ
 ミナミスナガニ - ハナビラダカラ
 ツノメガニ - シラクモガイ、ツノレイシ(干瀬)、キヌカツギイモ
 ベニシオマネキ - シレナシジミ
 カノコオウギガニ - ハナマルユキ

 が想定される。

 だが、これらよりもっとも普遍的なのは、ミドリアオリ、リュウキュウヒバリ、イシダタミアオマブネだ。これらはどれも、岩(貝)への化身態として特別なのではないだろうか。

 

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2018/03/08

蟹の化身貝の系譜

 次に、後2期で、後1期からランキングが後退するので目立つのはマイマイ類たちだ。
 シンボリックなのは、オキナワヤマタニシになる。(「ナガラ原東貝塚の貝類遺体」黒住耐二)

 オキナワヤマタニシ(7→28)
 オキナワウスカワマイマイ(15→36)
 バンダナマイマイ(13→38)
 シュリマイマイ(44→58)
 ヤンバルマイマイ?(54→68)
 オオサカマイマイ(44→97)
 シラシュキヤマタカマイマイ(54→97)

 これはつまり、オキナワヤマタニシやマイマイ類は、陸における蟹の化身貝を意味するのではないだろうか。動く貝という類似なのだと思える。

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2018/03/07

ヤドカリ・トーテムの化身貝

 ヤドカリ・トーテムの化身貝は何だろうか。ヤドカリは、貝を背負っているから、もともと貝を持っているというのは、現代のぼくたちの見方で、先史の島人は、蟹と貝を一体とみなし、そのうえで、ヤドカリの化身態としての貝を見出したはずである。

 「ナガラ原東貝塚の貝類遺体」(黒住耐二)のでデータを、貝塚時代後1期、後2期のものに仕分けして、ランキングの差異を見てみる。

 すると、後2期になって順位が上昇する貝には、尖ったもの、貝殻に尖りのあるものが目立つ。

 コオニコブシ(14→4)
 シラクモガイ(10→6)
 オニノツノガイ(18→10)
 ツノレイシ(12→13)
 オキニシ(44→14)
 イトマキボラ(23→15)
 クモガイ(29→20)
 メンガイ類(38→31)
 ミツカドボラ(54→38)
 コオニノツノ(54→58)
 エガイ(80→58)
 イボソデ(80→68)
 シロナルトボラ(80→68)
 パイプウニ(80→68)

 順位が下がるのは、ガンゼキボラ(21→23)のみで、ヤナギシボリイモ(25→25)、ツノテツレイシ(23→23)、アカイガレイシ(27→27)が同位になっている。

 これは、殻の尖りが、ヤドカリ・トーテムの化身貝であることを強く示唆しているのではないだろうか。おそらく、ヤドカリの脚の棘をこれは表現していると思える。

 ナガラ原東貝塚による限り、ヤドカリ貝は、コオニコブシに象徴されることになる。


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2018/03/06

竹富島カイジ浜貝塚の貝 2

 竹富島カイジ浜貝塚の貝をもう少し詳細に見てみる(『カイジ浜貝塚 竹富島一周道路建設工事に伴う緊急発掘調査報告』沖縄県教育委員会)。

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 サラサバテイラ、チョウセンサザエとマガキガイの多さは、北琉球でいえば前5期の段階を示している。

 ヒメジャコも多いので、段階としては後1期に入っている。イシダタミアマオブネやコオニコブシはカニトーテムを示唆するものだ。そして、オキナワウスカワマイマイの減少傾向は、苧麻の段階が去っていることを示している。それにしても重層的だ。

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2018/03/04

波照間島大泊浜貝塚の貝 2

 大泊浜貝塚の貝について、詳細にみるために、新しい層での貝の出現に着目してみる。

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 マツバガイ、ツノテツレイシ、リュウキュヒバリガイ、ニシキアマオブネ等は、蟹トーテムの始まりを反映したものだと思える。

 ツノテツレイシが示唆するのは、ツノメガニだろうか。


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2018/03/03

波照間島大泊浜貝塚の貝

 波照間島大泊浜貝塚の貝を見てみる。

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 構成は、竹富島のカイジ浜貝塚と似ている。マガキガイとシラナミが二対をなす。そして、9層でサラサバテイがああるのが気になるが、報告書では、シラナミなどと同じ、棲息地は「サンゴ礁域の岩場」とある。

 これは北琉球でいえば、前5期から後1期にかけた貝表現だということになる。ここには蟹貝がなくてはならないはずだが、それがどれかは分からない。

 

 

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2018/03/02

旧石器時代の貝製ビーズ

 サキタリ洞からは、約2万年前の貝製ビーズが見つかっている(「旧石器時代の貝製ビーズ 沖縄県南城市サキタリ洞遺跡からの報告」(山崎真治、黒住耐二、佐野勝宏、片桐千亜紀、藤田祐樹「旧石器研究 = Palaeolithic research」)。

 その貝は、シマワスレ、ニシキツノガイヤカドツノガイ類マツムシ

 これらは形状や模様が蛇なのだと思う。旧石器の蛇貝だ。

 同じサキタリ洞からは、モクズガニの爪が無数に出土している。モクズガニは、蛇蟹と見なされたのだと考えられる。

 ところかわって、前4~5期の伊是名貝塚からは、珍しく甲殻類も出土していて、もっとも多いのはモクズガニだ。前4期とすれば、モクズガニは、苧麻蟹なのだろうか。鋏の毛が植物と似ている、ということかもしれない。

 

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2018/03/01

トーテム貝の系譜

 各段階のトーテムの貝表現を挙げてみる。トーテムの化身態としての貝は何が考えられたかということだ。貝トーテムと言ってもいい。

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 前5期は、干瀬と浜辺のふたつに象徴されるから、ふたつ挙げることになる。

 後1期については、より詳細に見ていく必要がある。

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