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2017/12/31

大当原式土器とムラサキヒメオウギガニ

 無文尖底の最終段階とされている大当原式土器。たとえば、津堅貝塚から出土した土器がある。

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(「沖縄考古学ニュース - 沖縄県立博物館・美術館」2009)

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 大当原式土器は、オウギガニがモチーフになっていると考えられるが、津堅貝塚のこれはムラサキヒメオウギガニ(メス)だと思う。口縁部につけられた帯は、甲の隆起にそっくりだし、色合いもまさに、と感じさせる。

 参照:ムラサキヒメオウギガニ(メス)

 


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2017/12/30

仲原式土器とミナミオカガニ

 無文尖底土器の第一文様帯が、カニを正面から見た可能性があるとすれば、考えられることがある。

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 この仲原式土器は、ミナミオカガニをモチーフにしていると思えるが、第一文様帯の半円の曲線は、ミナミオカガニの口のまわりの窪みの曲線である可能性が出てくる。

 参照:ミナミオカガニ

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2017/12/29

蝶形石製品と籠目文系土器

 伊藤慎二は、蝶形骨器と土器口縁部との類似性を指摘している(「琉球貝塚文化における社会的・宗教的象徴性」『祭祀儀礼と景観の考古学』)。

 それは、最古級とされる古我地原貝塚出土の石製品にまで及ぶ。伊藤によれば、

形態的な特徴は籠目文系土器群古2段階(面縄東洞式・嘉徳Ⅰ式A・Ⅱ式の一部類)の斜めに組み合わせた籠目状の文様構成輪郭と口縁部突起に一定の類似性が存在することも注意される。

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 参照して注意されるのは、籠目文においても口縁部の「麻」表現のなかに、「蝶」が織り込まれているということだ。ぼくたちは、ギザギザを「苧麻」の葉の縁と見なしているのだが、あるいは「蝶」の姿も見出すべきなのかもしれない。


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2017/12/28

阿波連浦下層式土器とツノメガニ

 たとえば、嘉門貝塚B出土の阿波連浦下層式の土器は、ツノメガニに見える。

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 部位の名称がよく分からなくてしどろもどろだが、中央の盛り上がりは、カニの額域(目の間)に呼応している。また、その下から伸びる直線は「胃域」(と呼んでいいのだろうか)に呼応し、口縁部付近で直角に曲がり、縁に沿って伸びる直線は、カニの甲羅の端のわずかな反り返りを描いているように見える。

 もうひとつ可能性があるのは、ツノメガニを正面から見たパターンだ。口縁部真ん中の突起は、額域でいいとして、第一文様帯を区画する直線は、眼の下の窪みのラインを示す。この方が自然かもしれない。

 参考:「海ずかん - ツノメガニ」ツノメガニツノメガニ(正面)「魚介類の一般的な測定部位」


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2017/12/27

蟹の腹節 4

 なかなか本物をたしかめられず迷走気味だが、トーテム蟹の腹節を更新。

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 参考:シオマネキオウギガニ(「海ずかん」)

 これらをひっくり返すと土器の胴部になる。口縁部は、蟹の目の外側のとんがりから下を細やかに表現しようとしている。すると、仲原式、阿波連浦下層式、浜屋原式、大当原式の土器形態に近づくように見える。


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2017/12/26

くびれ平底系土器とヤドカリ 2

 あの世から出現した(礁斜面をあがってきた)ヤドカリ・トーテムの祖は、ゴホウラやヤコウガイを背負った、威風堂々たるコモン・ヤドカリだと思う。

Komonyadokari100
「海的ダイバーサイト」

 これをモチーフにした後2期の土器群。

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(伊藤慎二『琉球縄文文化の基礎的研究』2000/12)

 口縁部と胴部の区切りの模様は、コモン・ヤドカリの斑点を示すと思う。脚は波線で示されている。

 これらは「くびれ平底系」と呼ばれる。くびれであるわけは、ヤドカリの身体を見るといい。

Photo_2
「コトバンク> 百科事典マイペディア> ヤドカリとは」
 
 「平底」は「尾肢」に当たる。島人は、土器にどこまでもトーテムを表現したのだ。

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2017/12/25

琉球弧のトーテムの系譜

 土器を参照して考えられた琉球弧(北)のトーテムの系譜はこのようになる。

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 蟹時代は、1200年、ある。この間、質的な差異でみれば、三段階ある。この推移の意味するところも奥が深いはずだ。

 そして、ヤドカリ時代になって、蟹はそのままだったように思うが、貝はヤドカリを意味する貝へと移行したと思える。

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2017/12/24

後1期土器のモデル蟹

 これまでの考察から、後1期の土器のモデル蟹を仮説しておく。

1.仲原式

 ミナミオカガニ

 参考:ミナミオカガニ

2.阿波連浦下層式

 ツノメガニ
 ミナミスナガニ

 参考:ツノメガニミナミスナガニ

3.浜屋原式

 ベニシオマネキ
 ハクセンシオマネキ
 ヒメシオマネキ
 ツノメチゴガニ

 参考:ベニシオマネキミナミヒメシオマネキシオマネキハクセンシオマネキハクセンシオマネキツノメチゴガニツノメチゴガニスベスベマンジュウガニ

4.大当原式

 ヒメベニオウギガニ
 ムラサキヒメオウギガニ

 参考:キバオウギガニカノコオウギガニウモレオウギガニムラサキヒメオウギガニヒメベニオウギガニ

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2017/12/23

後1期土器のカニ・シルエット

 もしや、こういうことだろうか。卵を抱えたオカガニを後方からみりと、こうなる。

 「オカガニ」(「マングローブEEクラブ」

 もしかしたら、土器は「腹筋」だけではなく、それとひとつながりに甲羅を表現している。

 そうなのかもしれない。

 すると、稀にある土器の「外耳」は、鋏のある脚ではないだろうか。(参照:「サメ肌でとげとげ」

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2017/12/22

蟹の腹節 3

 迷走気味になってきたので、蟹の名称と科を確認する。

 ミナミコメツキガニ(ミナミコメツキガニ科) 河口の砂泥地
 モクズガニ(イワガニ科) 河川の上流から河口、内湾の転石の下
 ハマガニ(イワガニ科) 河口の草の生えた泥地
 ベニシオマネキ(スナガニ科) 河口のやや小石の混じるような泥地
 コメツキガニ(スナガニ科) 内湾や河口の干潟
 ツノメガニ(スナガニ科) 砂浜の高潮線上
 ミナミスナガニ(スナガニ科) 砂浜の高潮線上

 オカガニ(オカガニ科) 海岸に近い草地や田畑
 カノコオウギガニ(オウギカニ科) 低潮線付近のサンゴ礁のリーフの外縁

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 改めて仮説すると、後1期の土器変遷は、

オカガニ

スナガニ
・シオマネキ、コメツキガニ、ツノメガニ等
 参照:「ホンコンシオマネキ (Northern Calling Fiddler Crab)」
 参照:「ハクセンンシオマネキ」(「ハクセンシオマネキ (Milky Fiddler Crab)」)

イワガニ
・モクズガニ、ハマガニ等
 参照:「モクズガニ」
 参照:「ハマガニ」(「umimame 海を旅する豆」)。
 参照:「カクレイワガニ」(「MIRACLE NATURE@奄美大島の自然」)

オウギガニ
・カノコオウギガニ

 としてみる。

 

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2017/12/21

モクズガニの腹節

 モクズガニの腹節を見ることができた(小林哲「モクズガニの形態の変異と奇形」)。

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多くの場合,モ クズガニの腹部には斑紋はまれで,尾節や腹節は胸部腹甲と同じ白い色をしている。.

 とある。光沢の有無は記されていない。

 「青いモクズガニ」


 たとえば、後1期の土器について、形態は「腹節」だが、表面の成形は甲羅に似せる。ということはありえるだろうか。

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2017/12/20

「民謡に歌われた貝・カニ・エビ」

 「民謡に歌われた貝・カニ・エビ」のなかで、大事にされているカニを抽出してみたい。

 まず、「ヤクジャーマ節」のベニシオマネキ。
 「ペンガン節」のリーフにいるカニ。オウギガニ系。
 「サシヌガンアユ」のツノメガニとミナミスナガニ。オカガニ。オカガニはニーヌガンと呼ばれていてひときわ重要だ。

 スナガニの腹節がどうなっているか、まだ見れていない。沖縄ではないが、香港のスナガニは載っているページがあった(「ホンコンシオマネキ (Northern Calling Fiddler Crab)」)。これを参照してみる。


 ぼくはいったん4類型を重視したけど、イワガニとスナガニの腹節は似ていると仮定して下図のイワガニをスナガニに置き換えると、

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 北琉球の後1期土器は、オカガニ、スナガニ、ハマガニ、オウギガニという推移を想定することができる。

 
『沖縄の貝・カニ・エビ (1973年)』

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2017/12/19

「宮古島のオカガニ類」(藤田喜久)

 宮古島から日本産オカガニ類6種すべてを採集(「宮古島のオカガニ類」藤田喜久)。

1.オオオカガニ(別名ミナミオカガニ、ギターサオカガニ)

・宮古島のマングロープ域や海岸付近の湿った場所で普通に見られる
・甲の体色が赤みを帯びた褐色
・マングロープ域や海岸周辺に巣穴を掘って生息している

2.オカガニ

・甲が濃褐色,はさみ脚が黄色,歩脚が褐色の個体が最も多く見られたが大型個体では甲が赤褐色であったり,薄青がかった褐色を示す個体も見られた
・海岸付近の林床,河川沿いの土手や畑の周辺,湧水の周辺などに巣穴を掘って生息
・基本的に夜行性で,夜間に摂食や放卵行動を示す
・主に植物(ススキ,サトウキビ,モンパノキ,オオハマボウなどの緑葉,アダンの実)であるが,他に昆虫類などの小動物や死肉も食 べる雑食性
・太平洋島嶼域において,重要なタンパク源

・石垣島の川平では,旧歴5月に降海するオカガニを「ウレンカン(放卵に海に降りるカニ)」, 6月に降海するオカガニを「フサーラカン(腐るほどに大群が降海するカニ)」。これ以外に「マドルンカン(産卵期以外に道に迷い出たカニ)」と呼ぶそうである。

・宮古島での方言名は「アラガン」であり,食用として利用されていたようである。多良間村では「ティンカラウティガン(天から落ちてきたカニ)」と呼ぶようである。,宮古の平良では「ていんからうていあらがん」とは,「天から落ちたカニ. (転じて)身よりのない一人者」の意味であると いう。平良市の天候に関する俗信の中に「田んばや浜のアラガン (蟹)が穴から泥を出していたら雨が降る」というものがある。宮古島の下地町与那覇では,御嶽に棲むオカガニを食べて不幸に見舞われた話もある。

3.ヘリトリオカガニ

・甲および胸脚が薄紫褐色あるいは濃紫褐色
・通常,岩礁海岸や海岸近くの洞穴付近に生息し,夜行性であることが知られている。.また小型個体は,洞 穴地下水域で良く見つかることが知られている

4.ヒメオカガニ

・「河口近くの潮をかぶらない場所で、植生等により陰になった場所の流木や石の下に潜む」と記述されているが,海岸の飛沫帯の転石下に潜んでいた

5.ヤエヤマヒメオカガニ

・宮古島の海岸飛沫転石帯において最も多産する種

4.ムラサキオカガニ

・生息状況や詳しい生態はほとん ど明らかとなっていない


 メモ。石の下に住む、というところが、貝の子を想起させる。「穴に住む」というところは、地下の他界の進展を思わせる。


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2017/12/18

無文尖底系土器とカニ・トーテムの変遷

 無文尖底土器とカニ・トーテムの変遷

 仲原式土器
 ・ミニチュア土器
 ・胴が張り出し、口縁がゆるやかに外反
 ・ナデ主体
 ・丘陵台地遺跡出土主体

 ミナミオカガニ
 これは、立地がもっとも雄弁かもしれない。他土器に比べたときの曲線も似ている。
 

 阿波連浦下層式土器
 ・「く」字状に屈曲した口頚部
 ・外面に光沢を有するほど丁寧に研磨する例
 ・屈曲部に外耳貼付や突帯文

 カクレイワガニ
 もっともゆるやかな曲線を描くところが似ている。腹節に光沢があるかはわからない。

 浜屋原式土器
 ・外面は平滑
 ・混和材に鉱物質微砂粒
 ・最大径位置が異なることによる器形プロポーションのバリエーション

 ハマガニ
 丸みを帯びた腹節。混和材に「砂粒」というのも、浜辺を想起させる。器形のバリエーションは、ハマガニの種類の多さに対応すると仮説してみる。

 大当原式土器
 ・粘土接合部が隆帯状に残る
 ・内外面に指頭痕が顕著で凹凸が目立つ
 ・最大径位置で器形プロポーションの多様化

 オウギガニ
 ・粘土接合部の隆帯状は、腹節の明快さに対応するだろう。
 
 この土器の変遷は、必然的にカニ・トーテムの変遷に対応する。ぼくたちは、これが、陸→浜→干瀬という移行を見ることになる。

 

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2017/12/17

カニの腹節 2

 オウギガニを加える(参照:「カニの腹節」)。

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 ミナミオカガニ 「田中川の生き物調査隊」

 カクレイワガニ 「MIRACLE NATURE@奄美大島の自然」

 ハマガニ 「umimame 海を旅する豆。」

 スベスベマンジュウガニ 
 「鳥羽水族館(TOBA AQUARIUM)さん@TOBA_AQUARIUM」

 これは同時に無文尖底系土器の変遷だと仮定して、検証に入りたい。


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2017/12/16

ヤドカリの見え方

 なるべく上からみた図を挙げる。オカヤドカリ。

 「ムラサキオカヤドカリ 6cm【沖縄産】」
 ・甲まで殻から出している。

 「オオナキオカヤドカリ」
 ・これも同じく。

 「コモンヤドカリ」
 ・白の斑点。ヤドカリの主というべき。

 「八重山カタログ「アマン(オカヤドカリ)」」
 ・これも主の風格あり。

 「海辺の人気者 ~オカヤドカリ類~」
 ・眼柄だけ出すというのも、よく見かける姿。

 「ナキオカヤドカリ」
 ・甲の柄が重要な気がする。

 身体構造

 「シロサンゴヤドカリ」
 ・黒の縞模様。

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2017/12/15

カニの腹節

 当たっているかどうかも分からないが、ひとまずこういうところから始めるしかない。カニの腹節。

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 ミナミオカガニ 「田中川の生き物調査隊」

 カクレイワガニ 「MIRACLE NATURE@奄美大島の自然」

 ハマガニ 「umimame 海を旅する豆。」

 この形態を種類ごとにつかめれば、無文尖底系土器が表現したカニが分かるはずだ。

 ズワイガニ 「3 成熟と産卵(応用編)」

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2017/12/14

無文尖底土系器と蟹 2

 下から二番目のシルエットで表されている貝塚時代後1期の「無文尖底土器」について。

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伊藤慎二『琉球縄文文化の基礎的研究』

 この土器が表現しているのは、カニの「腹節」だ。しかも、メスの。メスのカニの腹をみれば、そこに無文尖底系f時と瓜二つのものが見えるではないか。

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「カニのオスとメスは、どうやって見分けるの」

 島人はオスメスを生物的に判断したというよりは、卵を抱えたメスに貝に重なる、生み出す母胎を見たのだと思う。カニを持ち上げてみたとき、土器の形とうり二つものを見つけた。もともと土器は、土器という概念ではなく、精霊像を意味しているから、そこに土器に表現すべきものを見出したのだと思う。

 この理解が先にあって、あるいは、サンゴ礁のカタチも重ねてみることもしたのかもしれない。(参照:「無文尖底系土器と蟹」


 

伊藤慎二『琉球縄文文化の基礎的研究 (未完成考古学叢書 (2))』

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2017/12/13

籠目文土器と苧麻

 長浜金久遺跡から出土した土器を引用する(『長浜金久遺跡 : 第Ⅲ・Ⅳ・Ⅴ遺跡 新奄美空港建設に伴う埋蔵文化財調査報告書』)。単純に、並べてしげしげと眺めてみたかったのだ。

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 ぼくたちはこれを、貝と麻と蝶のアマルガムと見なしている。ここで、朝トーテム段階の土器として、すべてを苧麻に回収させてみる。

 厳密には、トーテムのブー(苧麻)は、ここで挙げるカラムシとは違うのかもしれないが、もっとも近いものとして参照する。

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「カラムシ(茎蒸・苧麻)」「松江の花図鑑」


 考古学の専門用語は手に追えないので、まわりくどい言い方になるのは仕方ないとして。

 どの土器にしても第一文様帯の単位になっているのは、葉の細脈と細脈のあいだに浮き上がる「葉身」だと思う。上下をはさむ横線が、「細脈」に当たっている。

 これは葉の裏面のほうがむしろ明快かもしれない。466の第1文様帯などはとても似ている。ここで、「葉身」を省略して「細脈」だけ残し、上下に「葉身」を振り当ててデザイン化したものが、よく知られた467だ。

 534では、第1文様帯と第2文様帯の区別はあいまいになっているが、上段が「葉身」を、下段が「細脈」を表現している。

 第2文様帯は、葉の縁の「鋸歯」を表現している。葉の重なりを表現するとともに、462、542ではデザイン化も志向されている。

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2017/12/12

「多良間島の洞穴性および陸性十脚甲殻類」(藤田喜久、砂川博秋)

 多良間島で見られるカニその他について(「多良間島の洞穴性および陸性十脚甲殻類」藤田喜久、砂川博秋))。

 陸性・洞穴性

 ヤシガニ、オカヤドカリ
 ヘリトリオカガニ、オカガニ、ヤエヤマヒメオカガニ
 オオカクレイワガニ、カクレイワガニ
 イワトビベンケイガニ

 ただ、「多良間島の海岸は、大部分が砂浜か岩礁の自然海岸であり、そのすぐ陸側には防潮林があった。.砂浜海岸では、オカヤドカリ類が観察されただけであった」。この結果は意外である。

多良間島の海岸環境においては,潮上帯の転石間および転石下から、ヤシガニ、ヤ工ヤマヒメオカガニ、オオカクレイワガニ、カクレイワガニ、イワトピべンケイガニ、オカヤドカリ類が観察・採集された.また.多良間島の周囲を取り巻く防潮林床の木片・,ゴミ,転石下から は,特にカクレイワガニやオカヤドカリ類が多数見いだされた.防潮林床からは、プラスチッ ク製蓋を宿員のかわりに利用していたオオナキオカヤドカリも観察できた。これら の十脚甲轂類は.いすれも琉球列島の海岸から内陸部にかけて見られる普通種である。しかし,ヤ工ヤマヒメオカガニとイワトピべンケイガニは,海岸の中でもやや特殊な,潮上帯の転石が集積した環境を生息場所としているため,そのような環境の少ない多良間島では,この2 種の個体数は極めて少なかった。

 潮上帯も合わせると、陸でも海岸でも見られるのは、ヤシガニ、ヤ工ヤマヒメオカガニ、オオカクレイワガニ、カクレイワガニ、イワトピべンケイガニ、オカヤドカリということになる。

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2017/12/11

「チョウセンサザエ・ヤコウガイの放流再捕事例」(大城信弘)

 1998年に放流されたたチョウセンサザエ、ヤコウガイを、おそらく2008年ころに再捕した資料(「チョウセンサザエ・ヤコウガイの放流再捕事例」大城信弘)。

 大宜味地先の放流では、「少数ではあるが、ヤドカリや空殻も得られた」。チョウセンサザエも宿貝たりえるわけだ。

 放流は、「を元々チョウセンサザエの多いリーフエッジの約100m間に夜間に泳ぎながら散布」されている。つまり、ゴホウラやヤコウガイのヤドカリと出会う際、チョウセンサザエのヤドカリとも出会っていたということだ。


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2017/12/10

前4期土器とカラムシ

 伊藤慎二は、伊波・荻堂式についてこれほど良好な遺構はない伊是名貝塚の土器を調査し、その施文具について書いている。

 1.文様細部に、不規則な歪みや、施文開始・中継・終始部分が極端に緩やかなものがめだつ。施文手法や器面の柔軟さよりも、施文具の素材自体がかなり柔軟性を備えていたためと推測できる。

 2.施文具先端細部の痕跡は、施文具先端の作出が比較的粗雑なためか、ささくれだった圧痕を残すものがしばしば見られた。逆に、鋭角的な面と線で構成された圧痕をとどめる文様施文例はあまり多くない。

 こうして施文具が推理される。

細部をきれいに切り揃えにくい特徴をもったかなり柔軟な素材、おそらく荒く強い繊維を帯びた植物質素材利用の施文具が、大部分を占めるのではないかと考えられる。

 一度やってみたいが、この施文具は苧麻(カラムシ)の茎ではないだろうか。

 伊藤が点刻線系と名づけた土器の文様は、「横線文」と「鋸歯文」を持つものが多い。「宮古上布・琉球染織」で、苧麻の葉を見ると、その様相も推察できる。

 


『琉球縄文文化の基礎的研究 (未完成考古学叢書 (2))』

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2017/12/09

「あの世」の展開

 他界発生以降の「あの世」をシミュレーションしてみる。

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 前4期には、砂丘近くの「この世」1に対しては、リーフ近辺の「あの世」1が対応する。また、丘陵の崖下の「この世」2の場合は、崖上などの「あの世」2が対応する。「この世」2に対する「あの世」2は、隣り合わせであってもよい。

 前5期、台地上の「この世」3に対してはリーフ外の「あの世」3が対応する。より内陸の「この世」4に対しては、「あの世」4が対応する。サンゴ礁=貝の理解は、地上の山をサンゴ礁と等価物とみなす視線が生まれる(ティラ山)。

 後1期になり、砂丘の「この世」になると、「この世」5には、ふたたび近くの「あの世」5が対応すると思える。

 こう考えて、すべてすっきりするわけではない。

 島人が移住を繰り返していたとすれば、「あの世」の遠隔化は「あの世」5を起点に、起こることになる。あるいはそうかもしれない。

 アドキ、コマカ島、久高島のような遠隔化はどうして起こるだろうか。たとえば、熱田原貝塚のような丘陵斜面の島人が、砂丘に降りた場合、すでにサンゴ礁=貝の視線を得ているので、コマカ島あるいは久高島は「あの世」の島になりうる。このとき、より手前の島であるアドキ島も「あの世」の系譜に必然的に入るということなのだろうか。

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2017/12/08

「前4期における奄美諸島の土器様相」(新里亮人)

 新里は、奄美の前4期土器について、第1文様帯と第2文様帯に分けて、その変遷を整理している。

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 1.第1文様帯施文土器の使用
 2.第1文様帯刺突文区画土器の出現
 3.第1文様帯沈線文区画土器の出現
 4.第1、第2文様帯施文土器の出現

 この型式変化は、「施文原理の多様化」が指標になるのではないか、と新里は書いている。

 これを島人の思考からみれば、こうなる。

 第1文様帯は、シャコガイ科の外套膜に当たっている。隆帯文系の土器から継承されたものだし、これが貝ということは当然のこと忘れられていない。

 第1文様帯の刺突は、シャコガイ科シラナミの「ふちどり斑紋」あるいは「黒点列」ではないだろうか。そしてそれは、沈線文に代わり、第2文様帯にもその表現が及ぶ。

 これは、麻の編み目の表現が増していく過程と考えることができる。

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『琉球列島先史・原史時代における環境と文化の変遷に関する実証的研究研究論文集 第1集 琉球列島の土器・石器・貝製品・骨製品文化』

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2017/12/07

貝と蝶と麻

 前4期の土器について伊藤慎二は書いている。

 初頭の「沈線文系」は、「4~6単位のM字状・山形の口縁部突起をともなう例がある」。古段階では様式としての「斉一性」が弱い。刷毛目状整形を行うが、外面側は施文に先立って平滑にナデ消す場合が多い。

 前葉から後葉にかけた「籠目文系」では、「4単位の波状口縁と平口縁があり、上面観が四角形状になる例もしばしば存在する」。内外面とも刷毛目状の整形を行う。

 古段階では口縁部が肥厚して胴部との段差があるが、新段階にはほぼ消滅する。籠目状の文様が指標的。

 新段階では、籠目文は直線的に変形簡略化される。

 中葉から後葉にかけた「点刻線文系」では、内外面とも刷毛目状の整形を行うが、口縁部のみナデ消す場合がある。「4単位の波状口縁と平口縁の例がある」。

 中1段階で、「瘤状に肥厚した口縁部の山形突起が出現する」。「くびれた頚部をもち、胴径が口径を上回る資料」が顕著になる。ほぼ沖縄に分布が限られ、「胎土・施文手法などに至るまで、非常に斉一性が強い」。

 ぼくたちのイメージに引き寄せてみる。

 ・刷毛目状の整形は、繊維を思わせる。
 ・籠目文で、口縁部が肥厚するが、新段階でほぼ消滅するのは、貝表現から麻表現が強まる過程を示している。その籠目も変形簡略化されていく。これは、デザイン化であると同時に編み技術の発達を意味するかもしれない。
 ・口縁部の突起は、籠目で波状口縁となり、点刻線では山形突起になる。

 「蝶」表現は普遍的ではなく、その表現も波状だったり、山形だったりしている。「波状」は、刺青の三角文様を思わせるし、山形は蝶形骨器の模写に見える。 

 室川貝塚から出土した蝶形骨器と荻堂式土器を並べてみれば、土器に蝶が宿っているのがよく分かる。そしてこれは、琉球刺青の文様モチーフと同一である。

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『総覧 縄文土器 −小林達雄先生古稀記念企画−』

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2017/12/06

蝶形骨器の時代 3

 もともと蝶形骨器の製作期間は、金子浩昌の「沖縄縄文時代の蝶形骨製品」にある、「沖縄縄文時代後期から晩期(前二〇〇〇~前四〇〇)」という記述に従ってきた。これは高宮編年に基づくものだ。おおよそ4000年から2400年前ということになる。これを伊藤慎二が置いている年度に当てはめると、前4期から前5期で、3500年前から2500年前となり、少しずれる。

 ぼくたちの問題意識からは、どの期に属するかが問題なので、もう少し引き寄せてみる。

 島袋春美の「いわゆる「蝶形骨器」について」では、最古から最新にかけての貝塚と「主体土器」に編年を当てはめてみる。

 古我地原貝塚 面縄前庭式土器 前3期
 吹出原遺跡 肥厚口縁土器 前5期

 ここで面縄前庭式土器は、前3期のなかでも古・新の新2段階目に位置づけられているから、後半という目安を立ててみる。すると、約4000年前から約2500年前になり、結果的には金子の指摘に近づくことになる。

 古我地原出土の蝶形骨器は、「千枚岩」で作られていてジュゴンの骨ではない。このときは、まだジュゴンとの結びつきはなかったわけだ。

 

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2017/12/05

ヤドカリ・トーテムの背景

 沖縄の場合、ヤドカリにトーテムを見る契機は、ゴホウラが担っていたと考えられる(参照:「ヤドカリ・トーテムの発生とゴホウラ」)。

 奄美の場合、どうか。奄美では、ヤコウガイが大量に捕獲されていた。

ヤコウガイにはときどきヤドカリのはいった痕跡をのこす殻頂部破片がある。 したがって貝殻の個数を数える場合はヤドカリによって遺跡にもたらされた貝殻のあったことを考慮にいれなければならず、 また同様にヤドカリによって持ち出された貝殻もあったとみなければならない。 用見崎遺跡では、 7%に宿貝であったことを示す痕跡が認められた。(木下尚子「先史奄美のヤコウガイ消費 : ヤコウガイ大量出土遺跡の理解にむけて」)

 ゴホウラもヤコウガイも礁斜面に生息しているのは同じだ。沖縄はゴホウラで、奄美はヤコウガイで、ヤドカリ・トーテムを予感するわけだ。

 こうだとしたら、ヤドカリ・トーテムの際の、「くびれ平底」系の文様について、奄美と沖縄の差異に、ヤコウガイとゴホウラ(あるいはその貝輪)の形態が反映されているということはないだろうか。

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2017/12/04

「沖縄島における過去数千年間の自然環境と考古遺跡の立地」(岩井香寿美、河名俊男)

 貝塚時代の遺跡立地が整理されているので、引用しておく。(岩井香寿美、河名俊男「[論説] 沖縄島における過去数千年間の自然環境と考古遺跡の立地」「沖縄地理」2008)

Photo

 前4期の、

 丘陵斜面
 崖下
 海岸からやや内陸の崖下
 海岸砂丘
 海浜
 海岸低地

 このバリエーションは、発生した他界の位置と呼応していると考えられる。あるいは、サンゴ礁内のトーテム貝の生息地の位相と同期しているかもしれない。


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2017/12/03

伊波貝塚と荻堂貝塚の他界

 点刻線文系といえば、伊波式と荻堂式になる。この段階で他界は発生しているから、伊波貝塚と荻堂貝塚の他界が気になる。

 伊波貝塚は、「金武湾を見おろす琉球石灰岩丘陵上にある伊波城跡の、東側崖下に位置する」(「郷土の歴史に興味・関心をもたせるための、地域素材を生かした指導法の工夫」)。この場合、他界は「丘陵」あるいは、金武湾のサンゴ礁辺りということになる。

 荻堂貝塚は、「琉球石灰岩台地の崖下」に位置する。現在の海までは1.2kmある。海は眺望できないから、この場合は、台地の辺りにあるということになる。

 「崖下」と表現される陸上の「貝」は、サンゴ礁の貝と同じとみなされている。貝から生まれるということは、石、岩あるいはサンゴ岩から生まれることと等価とみなされていることになる。

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2017/12/02

シヌグ堂遺跡の他界

 宮城嶋のシヌグ堂遺跡は、100mの台地上に立地している。ここからは伊計島を望むことができる(参照:「シヌグ堂遺跡」)。ここには二重の意味があるのではないだろうか。

 前5期は、肥厚口縁系の土器になり、サンゴ礁=貝というトーテム理解になる。そこで、立地は干瀬や辺端が意識化され、台地上を選択する。もうひとつは、島人にとっての他界を望めることが重要だったのではないだろうか。

 前5期の遺跡立地について、 岩井香寿美と河名俊男は述べている(「[論説] 沖縄島における過去数千年間の自然環境と考古遺跡の立地」「沖縄地理」2008)。

 前Ⅴ期には,沖縄島の東海岸では多くの遺跡が琉球石灰岩の丘陵斜面から台地にかけて立地しており,全般的な傾向として前Ⅳ期の遺跡よりも海抜高度が高い場所に立地している。沖縄島の西海岸でも海岸付近の砂丘や低地での遺跡に加えて,500m ほど内陸で,海抜高度 15~20m の台地上に立地している遺跡や,緩やかな台地上で海抜高度 70m の場所に立地している遺跡などがある。

 これは、「沖縄貝塚時代中期のミステリー」の ひとつともいわれる。

 岩井と河名がここで注目しているのは、前5期の遺跡の欠如だ。

 津堅島では,津堅島キガ浜貝塚が島の東海岸に面した海抜約 5m の海岸砂丘上に立地しており,前Ⅳ期と貝塚時代後期の複合遺跡である(前Ⅴ期が欠如している)。勝連半島の平敷屋トウバル遺跡は、海抜 10m 以下の海岸付近に立地し,前Ⅳ期と後期の遺跡で前Ⅴ期が欠如した複合遺跡である。

 以上の特徴(海岸付近における前Ⅴ期の遺跡の欠如)は,暦年代で 3400 年前頃,沖縄島の東南方からの大波(おそらく津波)の襲来と関係している可能性がある。

 (1)沖縄島東海岸の伊波丘陵における前Ⅴ期以降の遺跡の欠如
 (2)西海岸の本部半島北海岸における具志堅貝塚での前Ⅴ期の遺跡の欠如
 (3)西海岸中部の北谷町伊礼原遺跡における縄文時代後期の暴浪または津波による浸食面の形成に関与している可能性が示唆される.

 「沖縄島の東海岸一帯に,約 3400 年前頃,大波(おそらく津波)が襲来した可能性がある」という自然地理学からの推察は,沖縄島の考古遺跡,とりわけ沖縄貝塚時代中期(前Ⅴ期)の遺跡の立地を考察する上で,今後,検討すべき推察事項と考えられる。

 津波は世替わりの契機のひとつではありえる。サンゴ礁=貝の認識の契機にもなったかもしれない。しかし、肥厚口縁系へと変わるのは、奄美、沖縄全体で起きていることだ。「海岸付近における前Ⅴ期の遺跡の欠如」は、つまり、「貝」のなかでも「サンゴ礁=貝」というトーテム理解を得た島人が、台地へ移住したということではないだろうか。


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2017/12/01

具志川島の他界

 他界発生直後のあの世の場所を確かめてみたい。

 前4期の崖葬墓には、具志川島の岩立遺跡が挙げられる。

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(「具志川島遺跡群発掘調査概要報告書」)

 岩立遺跡の位置からすると、遺跡自体は北東を向いているように見える。

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 そうだとすれば、リーフ内の沖にある離れ(役場に問い合わせたら名はないと言われた)が、あの世の島だったのではないだろうか。

 前5期には、サンゴ礁が貝だとみなされる。この段階になると、リーフの外の島があの世の島になりうるはずだ。

 これを典型的に示しているのが、アドキ島、コマカ島、久高島ではないだろうか。これは、そのまま他界の遠隔化の順番に当たっていると考えられる。

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