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2017/11/20

「鹿児島県大島郡伊仙町面縄 面縄貝塚総括報告書」

 面縄貝塚でも、前3期にフォーカスしてみる。

洞穴内Ⅶ層からは貝塚時代前3期の面縄前庭式土器と鎌状に加工された刻画貝製品が出土し、少なからず人骨片の出土も見られたため、Ⅶ層中には埋葬跡が包蔵されている可能性がある。

 前3期を含む第4貝塚で、優勢なのは、イソハマグリ、シラナミ類、パイプウニ、チョウセンサザエだ。

少なくとも魚類については貝塚時代前3期~後2期を通じて類似の様相が継続していた可能性が強い。すなわち、ハタ科、フエフキダイ科、ブダイ科、ニザダイ科、ベラ科、アイゴ属、ウツボ科などのサンゴ礁域やその周辺に生息する種類が圧倒的多数を占めており、また組成の多様性が強く突出した優占種がない。こうした特徴は、トマチン遺跡をはじめ、奄美諸島の貝塚時代の特徴と合致しており、ブダイ科またはフエフキダイ科・ベラ科など、特定の種類が卓越する沖縄諸島とは傾向が明確に異なる。このことは、奄美諸島南部において、貝塚時代前3期~後2期を通じて沖縄諸島とは異なった漁労文化圏が継続していた可能性を強く示すものといえる。

 このことは、沖縄に比して奄美は、トーテム系譜の魚の優先度が低かったか、多様に捉えていたということになるだろうか。

貝塚時代前2期はサンゴ礁岸側潮間帯の貝類が多く、淡水産貝類も一定量占め、貝塚時代前3期から4期にかけて徐々にイノー内の貝類の比重が高まる傾向が捉えられた。また、イノーにおける大形種と干瀬、礁斜面の貝類の積極的獲得が沖縄諸島よりも古い貝塚時代前4期に遡り、こうした状況が貝塚時代後1期まで継続することは本遺跡の大きな特徴で、こうした推移を明らかにできたのは大きな成果であったと言える。

 「イノーにおける大形種と干瀬、礁斜面の貝類の積極的獲得が沖縄諸島よりも古い貝塚時代前4期に遡」るのは、サンゴ礁=貝の思考がはやいことを意味するように思える。これはイノーの規模の差を反映しているのではないだろうか。

Photo_4

 前3期の貝塚は、洞穴部を軸に展開されている。

 前3期から離れるが、貝について。

貝塚時代後2期においては、以前の時代と大きく異なりリュウキュウヒバリ、ミドリアオリが優占する状況が確認された。このような傾向は同時代の奄美大島や沖縄諸島の遺跡でも認められている。

 リュウキュウヒバリ、ミドリアオリは、潮間帯下部の岩礁や岩礫にいる。「岩」は「蟹」の化身体だから、これはつまり、ヤドカリ「貝」ということではないだろうか。

 リュウキュウヒバリは、「ペンガントゥレー節」でも歌われている(参照:「南島歌謡に謡われたサンゴ礁の地形と海洋生物」(渡久地健)」


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