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2017/11/11

北琉球と南琉球の照応 4

 先島で得られた編年に北琉球の編年と画期を対応させてみる。

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 こうしてみると、トーテム変化の時間差は1000年を越えないように見える。違いといえば、前3期には定着に入った北琉球に対して、南ではそれがみられないということだ。あるいは、南琉球では、宮古、八重山の範囲に定着したという言い方になる。

 南琉球での遊動は、死者の発生を含むと想定することができるが、ここにトーテムの変化も加えることができる。トーテムの変化によっても島人は居住域を変えた。ここからは、それを島間でも行っているのが南琉球だと想定することができる。

 そう考えれば、下田原期の波照間島、多良間島、与那国島の遺跡には、貝トーテムの段階のものが含まれる可能性があることになる。

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