点刻線文系土器と「貝と蝶」
貝塚時代前4期の土器は、特徴的で出土量も多いためか、考古学者たちも饒舌だ。前4期では、奄美と沖縄の様式が異なり、二つの土器様式圏に分離する唯一の時期だとされている。
分離期の沖縄の土器は、伊波式、荻堂式、大山式と呼ばれている。
約4500年前に「貝」トーテムの段階に入る(前3期)。約4000年前には蝶形骨器が出現している。約3500年前の前4期は、他界の発生の段階だ。
この段階で、土器に「蝶」が込められる。特に荻堂式に特徴的な山形の突起だ。土器の表現は「貝と蝶」をメインにしている。これは、奄美、沖縄の刺青表現が、「貝と蝶」を基本にしているのと同期している。つまり、現在まで伝えられた刺青のデザインは、前4期の点刻線文系の土器デザインと同期している。
ただし、沖縄の刺青に典型的な「丸星」や「五つ星」と類似はあっても同一文様ではない。思考は同期しているが、刺青のデザインも土器デザインと同様、変遷することがあったと想定すべきなのかもしれない。
注目するのは、伊波式でみられるように、土器の口が方形であることだ。これは、「貝」トーテムがサンゴ礁へと拡張されたことを示すのかもしれない。この形態は、琉球弧の竪穴式住居が方形であるのに対応すると思える。
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