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2017/09/23

「先史琉球社会の段階的展開とその要因」(伊藤慎二)

 伊藤慎二は、那覇沖の慶伊瀬島(チービシ)にある神山島で荻堂式土器の「複数個体に属する土器片が表面採集され」たことを書いている(「先史琉球社会の段階的展開とその要因」『先史・原史時代の琉球列島~ヒトと景観~』2011)。

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 伊藤は、神山島について、「現在でも生活が困難な無人のごく小さな離島にまで、考古学的に判別可能なほどの一定の生活痕跡が残されていることが重要である」と書いている。ただ、神山島はその名と立地からすれば、那覇付近の島人にとっても「あの世」だとみなされるから、ここにある土器は生活痕跡というよりは儀礼にかかわるものではないだろうか。

 

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