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2017/09/17

「琉球における空間認識に関する言語文化論 -「青」の世界と「イノー」の思考 」(橋尾直和)

 橋尾直和は、他界をめぐる色として語られる「青」と、言語学で「淡」「中空」を語源とする「青」とをつなぐ理論は存在しない、として書いている(「琉球における空間認識に関する言語文化論 -「青」の世界と「イノー」の思考 」(「高知県立大学紀要文化学部編」2017.3)。

そこで、筆者はこの「青の世界」について考察を進め、語源未詳とされてきた、琉球弧で礁池をさす「イノー」の語源こそが、両者のつながりを紐解く存在であることを突き止めた。「イノー」とは、島と海との間、「あの世とこの世との間」を表す「境域」であり、「中間の世界」と解釈するに至った。この解釈は、「ニライ・カナイ」の他界観にもつながる。

 そして、古代沖縄人が想定していた「青の世界」と「ニライ・カナイ」の他界観が、琉球弧で礁池を表す「イノー」の語源を紐解く際の空間認識につながり、その思考こそが「イノーの思考」とも言える「中間の世界」観である、と。

 橋尾は、これまでの「奥武島」の「奥武」(オー)の語源に関する言説を検討したうえで、書いている。

 これらのことから、「青の世界」が、奥武という島の現実の世界とニライ・カナイという概念の世界とが渾然一体となった「あの世とこの世との間」「境域」「中間の世界」を指すことを意味しており、その境にある中間の世界を「青」という色彩語で言い表したと考えられる。

 これまで何度も触れてきているので、詳細は省くけれど、「オー」は、崎山理が言う「青」の「中空」の意味を語源として、「地先の島」をはじめ、中空にある身近な場につけられた地名である。そして他界の発生にともなって「地先の島」があの世として考えられるようになったことで、「オー」と呼ばれるなかには、「あの世」である島も出てきた。したがって色彩とは関係がない、とぼくたちは考えている。

 ところで、橋尾はここから「オー」を「イノー」と結びつけている。万葉集の「飫宇の海」(をふの海)と通じる「あふの海」の逆語序である「海のあふ」の「の」を省略した「海あふ」こそが、イノーの語源ではないか、と。

Photo_2

 そしてここから、ぼくが『珊瑚礁の思考』で、「イノー」を「この世」と「あの世」の境域であるとしているのを、橋尾の意見と一致するとしながら、こう続ける。

しかし、珊瑚礁が拡張された境界と解釈されていることには賛同できない。境界はむしろ、イノーの方で、海の幸をもたらしてくれる源が珊瑚礁である。

 そのうえで、「珊瑚礁の思考」は「イノーの思考」へと書き換えられるべきであるとして、下図が提示されている。

Photo_4

 ぼくが挙げた図とのちがいは、ぼくの場合、上図の「イノー」が、「珊瑚礁」となっていることだ。

 ここで、橋尾が「珊瑚礁」ではなく、「イノー」とするのは、「イノー」と「干瀬」とを区別したうえで、「イノー」が、「オー」を語源とすると考えたことからやってきているように見える。

 橋尾は自らの考えを整理している。

 <色彩概念>

 中間の色 → 中間の世界 → あの世(「青」(奥武))
 
 ↓派生

 中間の位置 → 中間の世界 → この世とあの世の間(「イノー」(海淡))

 書き換えられるべきだとされているが、ここに対置するかたちでぼくの考えを示しにくい。ぼくたちは、もともと「オー」と「あの世」とは、語源的に直接のつながりはないとみなしていて、橋尾の議論も別の場所で考えているのだ。

 対置できることがあるとしたら、「イノー」の語源がまっさきに挙げられるだろう。ぼくたちは、「イノー」を、これも崎山理が提示している「砂洲」を表す「ユニ・ユナ」に由来すると捉えている。

 yuna > iuna > inau > ino:

 ここでは、二項と三項では、u音とna音が倒位するという仮定を置いている。ユナ・ユニはトーテムが信じられていたころ、人間と自然をメタモルフォースでひとつながりに捉えようとした野生の思考をよく体現している言葉で、イノー(礁池)だけではなく、ユウナ(オオハマボウ)という言葉も生み出していると思える。それだけではなく、もっとも重要なのは、琉球弧や九州で、「イナ」と呼ばれる「胞衣」の語源にもなることだ。

 yuna > iuna > ina

 「イノー」とはもともと「胞衣」を意味していた。しかも人間の胞衣というより、地母神と称されている、生命の源泉としての自然の胞衣である。

 さらに言えば、この自然の「胞衣」は、干瀬や陸側の辺端(へた)を含んだサンゴ礁を、「貝」と見なす視線からやってきている。イノーを「胞衣」とする思考は、「貝」をトーテムとした段階で生み出されたものだ。もっと具体的にいえば、その「貝」はシャコ貝をもとにしていたと考えられる。

 これらの思考は、「海の彼方」へと他界が遠隔化される以前のものだ。ぼくは、『珊瑚礁の思考』で、遠隔化された他界に対する島人の思考から、「珊瑚礁の思考」を導き、橋尾は、身近な他界から遠隔化された他界まで通底するものとして「イノーの思考」を抽出していると思えるが、イノー(礁池)を胞衣とした、もともとのサンゴ礁の思考は、まだ語られるべきことを多く残している。

 琉球弧の歌謡では、「イノー」と「ヒシ(干瀬)」が少なくないと言われる。イノーは生命の源泉としての胞衣なのだから、自然なことだ。そして、「ヒシ(干瀬)」が独立して詞のなかに選ばれるのは、島人がシャコ貝の口を縁取る外套膜にひときわ目を奪われたことを思わせる。サンゴ礁を巨大なシャコ貝とみなせば、外套膜は干瀬と辺端(へた)に当たるからだ。

 しかし、それ以上に重要なのは、大潮の際に、豊かな生命を現出させるのが干瀬という場だからではないだろうか。遠隔化される以前の身近な他界からの贈り物が、このとき浮上するように「この世」に現れるのである。だから、身近な他界は、しばしば「オー」の島と名づけられることが多いにしても、その島の手前には、生命の源泉としての胞衣(イノー)、つまりサンゴ礁があることにも注目しなければならない。それが、他界が遠隔化される以前の本来のサンゴ礁の思考である。

 ともあれ、『珊瑚礁の思考』を取り上げてくれたことについて、橋尾に感謝したい。


『珊瑚礁の思考 〔琉球弧から太平洋へ〕』


 
 


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