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2017/08/16

「臨床場面における治療的相互交流の共同構築」『共感と自己愛の心理臨床』

 安村直己によれば、伝統的な精神分析理論の脱構築と再構成が進められている。それは、これまでの「治療者中心、解釈中心、理論中心」だった治療から、「クライエント中心、関係性中心、体験中心」への変化と言えるかもしれない。

 コフートは「治療者は患者にもっと共感し、患者の主観的世界に入り込んで、患者の主観的枠組みを理解するといった「共感的聞き取り empathic inquiry)」を主張した。また、「抵抗」は「外傷的な過去の体験の再現を予測させるような治療者の態度や言動によって引き起こされている可能性が大きい」ことも指摘した。

 コフートをはじめとする自己心理学派は、「外傷的な記憶を再体験する辛さを避けたい」と治療者も患者も思うようになるふつうの「親密さ」を避けるうえでの「禁欲原則」は必要であるとしながら、「治療者と患者の関係性を、お互いが信頼し合い、関心を向けあって安心して反応し合うことのできる人間的な治療関係を基本に据えているように思われる」。

 治療者に必要な態度は、患者の内面の探索がその時々でもっとも促される態度である。バコールは「禁欲原則」にかわって、「至適応答性 optical resposiveness」という概念を提示。これは、治療者は「ひとつの正しい解釈」で患者を治療するという伝統的精神分析の呪縛から、治療者を解き放つことにもなった。

 それによって、禁じられてきた「治療者の自己開示」も再考され、それが対効果により、「患者自身の自己開示を促進する可能性もあること」が示唆されている。

 これはしかし、日常的にみれば自然なことである。

 精神分析は「関係精神分析」というほどに、治療者と患者の関係性が重視されるようになるった。「間主観性理論」では、

治療のやりとりの場を、治療者の主観的世界と患者の主観的世界の間で織りなされ、創造されていく間主観的な場ととらえ、患者の連想や空想や転移はすべて、治療者の主観と患者の主観の間で共決定されたものと捉えている。

 そこで精神分析とは、「治療者と患者が平等な立場で「共同探索」してく作業」として定義されることになる。

 


安村直己『共感と自己愛の心理臨床:コフート理論から現代自己心理学まで』

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