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2017/08/31

「イャンヤ」(金久正『奄美に生きる日本古代文化』)

 金久正は、「イャンヤ」という語は、大島南部でよく用いられると書いている。金久によれば、「イャンヤ」は「岩屋」のなまり。

 古仁屋の西、手安と須手の間の山間に「イャンヤ」と称する岩窟がある。人骨が納められている。伝承では敵に殺された遺骸。

 宇検湾の入口の無人の小島。「伊里離れ」に、「イャンヤ」という小型の岩窟がいくつもあり、人骨が納められている。

 北の戸口に近い離れにもこんな洞窟があり、「人骨がカメに納められてあるらしい」。

 徳之島平土野近くの海岸、絶壁の上に「インノジョウノフタ」(岩屋戸と金久は書いている)という岩洞があり、人骨が納められている。

 これらは、奄美大島土濱のイヤンヤ遺跡と位相同型だと思える。

Photo

 また同時にこれは、柳田國男の挙げた「イヤ山イヤ谷」とも同型だと考えられる(cf.「麦つき唄から」(柳田國男『故郷七十年』)

 そうだとすれば、「イャンヤ」に当てるべきは、「岩屋」ではなく、「胞衣屋」だと思える。 

 

『復刻 奄美に生きる日本古代文化』

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