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2017/08/22

「ハマオリ儀礼の基本構造と夏目踊り」(松山光秀) 2

 もうひとつ、松山光秀は重要なことを書いている。シュクの寄りと水稲の収穫の時期が一致することから、「シュクの折目も麦作の折目もすべて水稲文化に席巻され、同化されたのである」。

そのことが、二回目のシュクの寄りの呼称アキヌックヮや、ハマオリ儀礼の祭場に同居する形でユームチゴモイ(水稲文化)とフーゴモイ(採集文化)が隣接して存在すること等で説明づけられると思う。

 この洞察は、松山光秀の達成だと思う。

 シュクの寄りの時期と呼称は、もう書かれている。

 1回目。「サラユイ(新寄り)」、旧暦5月28日。体長1.5センチほど。「ミーイユ」と呼ばれる。松山はこれを「新しい魚」と解している。

 2回目。「アキヌックヮ」、アキとは、水稲の収穫のこと。旧暦6月28日。

 3回目。「マタベヌックヮ」。旧暦7月28日。マタベとは、「水稲のひこばえ」。

 ところで、宮城幸吉の「スクおよびスクガラス」では、5月内に来るのがウンジャニー、6月1、2日が中型のスク。7月1日は大型のキラハニ、になる。

 これを松山の記述に対応させれば、

 サラユイ(ミーイユ) - ウンジャニー、スク
 アキヌックヮ - キラハニ
 マタベヌックヮ - 対応なし

 となる。宮城の挙げている表では、徳之島の「ミーユ」は、中型のスクに分類されている。これは、体長4センチほどで、松山の記述とは矛盾する。徳之島のシュクの呼称は、水稲文化で変形させられていて古形の呼称は不明だ。唯一、ミーイユがその面影を宿している。松山はこれを「新しい魚」と解しているが、これは「メスの魚」という意味だ。そうなら、これは宮城の分類でいうスクに該当している。

 徳之島では、ウンジャニーとスクは混融していて、松山は、大きさはウンジャニーで、呼称はスクで見ているように思える。ミーイユはメスであり、ウンジャニーはオスと考えられていたはずだからだ。

『徳之島の民俗文化』

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2017/08/21

「ハマオリ儀礼の基本構造と夏目踊り」(松山光秀)

 もう少し徳之島の徳和瀬を手がかりにしてみる。

 シマの草分けはネーマ。その北隣りには祭りの広場トネがあり、その東にはノロの住んだアガレがある。ネーマとアガレには神の道が通っていた。また両者は、イイリ(兄)とウナイ(妹)の関係にあったと言われている。そこで、ネーマとアガレは兄弟姉妹が軸をなす母系社会を構成していたと捉えることができる。

 シマはネーマとアガレを起点に北に扇形に広がるが、この構成は、ハマオリヤドリにおける浜での陣取りの構成とまったく同じだった。そこで松山は、「浜に古い時代の格付けされた集落があったのだと思う」と推測している。

珊瑚礁の干瀬を頼りに、魚や貝、海草などの採集生活をしていたのではないか。

 栽培文化がもたらされると、島人は内陸部へと移り、ワシムラにたどり着く。その痕跡が「神の道」だ。「聖なる川」ハマジゴーを登って行った島人は、アークントーという山を下って「守護神の宿る」ティラ山を築き、それに抱かれるようにしてワシムラを作った。

 ここはネーマやアガレから北へ伸びるもうひとつの神の道も勘定に入れるべきだろう。その方が、葬場としてのチンシ山とあの世としてのティラ山の位置関係がよく納得できる。


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『徳之島の民俗文化』

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2017/08/20

「双子自己対象体験」

 双子自己対象ニーズとは、「概していえば「自分が本質的に他の誰かに似ている」と体験することへのニーズ」。

 この「双子自己対象体験 twinship selfobject experience」は、「最も重要で根源的な自己対象体験」であると考えられている。

 また、「あなたは私みたいだ」、あるいは「私はあなたみたいだ」と知覚する乳児の能力は、「間主観性をオーガナイズする最も重要な要因である」とも考えられている。

 根源的な自己対象ニーズは、「あなたが私の中にあなた自身を見出してほしい」(富樫公一)と言うこともできる。これを対的にいえば、「わたしがあなたの中にわたし自身を見出す」ことになる。これは、自己対象ニーズに先立つ必要のあるものだろう。


『共感と自己愛の心理臨床:コフート理論から現代自己心理学まで』

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2017/08/19

徳之島徳和瀬のティラ山

 松山光秀は徳和瀬のティラ山について書いている。

 松山が子供のころ、ティラ山は「木の小枝一本も手折ることもできない、恐ろしくて近寄り難い神山であった」。

 「守護神の宿る聖なる山」は、集落の奥から、アークントー、ティラ山、チンシ山の三層構造。チンシ山の南側の裾にイビガナシが祀られている。

 イビガナシの前を流れるカマミゴー(神浴び川)の源はアークントーに発する。カマミゴーはノロたちが身を清めた川。産湯などの人生儀礼上の「聖水」もこの川からとった。

 聖なる山と祭場は「神の道」で結ばれていた。神の道は、内側と外側のふたつがある。外側の神の道はほとんど通らないうえに、終着点がハマオリの祭場、ナーバマの一角にあるトゥール墓の前に通じていたので、恐れられる傾向があった。

 松山は問いを立てている。「なぜティラ山が神様の宿る神聖な場所になったのか」。

 チンシ(積石)山は「恐ろしいところ」。つまり、墓場。

チンシ山に葬られた偉大な祖霊は、年月を重ねて清められると、昇華して神となり、一段上のティラ山に宿るようになるのである。(中略)一番上のアークントーは、ティラ山の奥の院といったところであったろうか。ここでは集落の人たちが雨乞いの儀礼をとり行ったり、家屋の建築に伴う山の神の送り迎えの儀礼をなしたりしていた。このアークントーと浜のハマオリ祭場が神の道で結ばれていたことは先にも述べた。

 ここでぼくは、干瀬の海とティラ山の関係を探ることになる。狩猟採集時代の後半段階では、どちらもあの世を意味していた。干瀬は「胞衣」であり、ティラ山はその名からして等価物である。そして干瀬側の墓はトゥール墓であり、山側の墓はチンシ山になる。これらはもともと別集団のものだったはずだ。

 母系社会になって、ティラ山と干瀬には関連が生まれる。そこでできたのが外側の神の道だろうか。他界が遠隔化されると、ミャーからイビガナシへ通じる神の道が敷かれることになる。

 たくさんの限定を加えなければならないが、ひとつの仮説として書き留めておく。

 

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『徳之島の民俗文化』

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2017/08/18

「【文化】という観点から浮かび上がる、アダルト・チルドレンたちの苦痛の本質 (藤本美貴)」

 充分な紹介はできないが、藤本はアメリカではAC(アダルトチルドレン)の出所は、「機能不全家族」とされているが、日本の場合、「機能追求家族」ではないか、としている(藤本美貴「【文化】という観点から浮かび上がる、アダルト・チルドレンたちの苦痛の本質 : 役割自我・甘え・世間をキータームとして」「社会臨床雑誌」第22巻第3号」)。

 取り上げられているのは、いわゆる「いい子」。それは「しつけ」が同化的共生関係のなかで生まれる。

 発達心理学では、母親との「共生状態」は、自他の分化と自我の本格的な覚醒がはじまる「分離-固体化」のさらに、前段、乳児期に位置づけられる。そこでは、乳児の感覚は母親にも共通して経験されていると感じられている。

 藤本は、この段階での「養育行為」が、「驚くべきことに日本においては長期にわたる養育・しつけ上の最も適した関係様式とされている」と、指摘する。

 一方、子供にとって勝手のできる「うち」と「いい子」としてふるまう「そと」は区別されるが、機能追求家族では、

まさにこの「そと」への志向性と「うち」の世界の相補的なバランスが根本から崩れ、前者の肥大化とともに後者の領域が不当かつ欺瞞的に搾取されるといった状況に陥ったものと考えられる。

 「うち」がなくなり「そと」のみの世界になってしまう、ということだ。

 島には「ヤーナレード、パーナレー」という言葉がある。家でやってることは外でも出てしまうから気をつけて、という注意みたいなものだが、これは「家」での「甘え」を前提にしているからこそ生きる言葉というわけだ。

 

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2017/08/17

徳之島井之川メモ

 井之川(イノカワ)は、島の呼び名は「イノー」。つまり礁池由来の名だ。集落の性格は「井之川根性(イノークンジョウ)」。

 井之川は、「シギョロジマ」とも呼ばれる。「寒村、つまり、北向きに立地しているために北風を直接受けるために北風を受ける構造になっている」。

 三本の川尻には、井之川湊が開けている。湊の両側には広大な干瀬。

 集落は、サド(佐渡)、イホ(伊宝)、ホウシマ(宝島)。

 アガレグシクの付け根には洞穴。トゥール墓。(以上は、松山光秀の『徳之島の民俗文化』)


 井之川の夏目踊りは、「浜下りでヤドリに祖霊を迎えて共食し、祖霊とともに家々を祝福して廻る」。

 浜-家-城という構図は、祖霊の移動と祖霊の祝福という夏目踊りの役割をよく示している。(板谷徹、酒井雅子「井之川の夏目踊り」「民俗芸能」1989)

 ここだけ見ると、祖霊は海からあがり城へ向かうようにみえるが、そうではない。徳和瀬をみると、むしろ山を本体としている。

 浜下りで家を出る際、新米のご飯を供えるが、それは「先祖様がハマオリ浜に下りていくついでに家にも寄るので、先祖様に上がってもらうため」だとされている。

 生後初めて浜下りに参加する子に対する儀礼は複雑だ。

 ・ニンニクの種を三個通し、首にはかせる(魔除け)。
 ・潮水を額につけるシュウカイ(祓い)
 ・潮つき場の砂浜の上に足をつけて踏ませるミーバマ踏マシ。

 これがヤドリに行く前に行うことだが、「ミーバマ踏マシ」だけが意味を書かれていない。もともと「シュウカイ」も「祓い」の意味はなく、むしろ「ミーバマ踏マシ」とともに、浜から生まれたことをなぞる儀礼だったと考えられる。ニンニクの種を三個通すのが、浜のそばにある洞穴墓が「穢れた」意味に反転してのちに付け加えられたものだ。

 この浜の意味からすると、祖霊は城から下り、浜へ行き、ふたたび城へ帰るという経路をたどっていることになる。

 
『徳之島の民俗文化』

『徳之島の民俗〈2〉コーラルの海のめぐみ』

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2017/08/16

「臨床場面における治療的相互交流の共同構築」『共感と自己愛の心理臨床』

 安村直己によれば、伝統的な精神分析理論の脱構築と再構成が進められている。それは、これまでの「治療者中心、解釈中心、理論中心」だった治療から、「クライエント中心、関係性中心、体験中心」への変化と言えるかもしれない。

 コフートは「治療者は患者にもっと共感し、患者の主観的世界に入り込んで、患者の主観的枠組みを理解するといった「共感的聞き取り empathic inquiry)」を主張した。また、「抵抗」は「外傷的な過去の体験の再現を予測させるような治療者の態度や言動によって引き起こされている可能性が大きい」ことも指摘した。

 コフートをはじめとする自己心理学派は、「外傷的な記憶を再体験する辛さを避けたい」と治療者も患者も思うようになるふつうの「親密さ」を避けるうえでの「禁欲原則」は必要であるとしながら、「治療者と患者の関係性を、お互いが信頼し合い、関心を向けあって安心して反応し合うことのできる人間的な治療関係を基本に据えているように思われる」。

 治療者に必要な態度は、患者の内面の探索がその時々でもっとも促される態度である。バコールは「禁欲原則」にかわって、「至適応答性 optical resposiveness」という概念を提示。これは、治療者は「ひとつの正しい解釈」で患者を治療するという伝統的精神分析の呪縛から、治療者を解き放つことにもなった。

 それによって、禁じられてきた「治療者の自己開示」も再考され、それが対効果により、「患者自身の自己開示を促進する可能性もあること」が示唆されている。

 これはしかし、日常的にみれば自然なことである。

 精神分析は「関係精神分析」というほどに、治療者と患者の関係性が重視されるようになるった。「間主観性理論」では、

治療のやりとりの場を、治療者の主観的世界と患者の主観的世界の間で織りなされ、創造されていく間主観的な場ととらえ、患者の連想や空想や転移はすべて、治療者の主観と患者の主観の間で共決定されたものと捉えている。

 そこで精神分析とは、「治療者と患者が平等な立場で「共同探索」してく作業」として定義されることになる。

 


安村直己『共感と自己愛の心理臨床:コフート理論から現代自己心理学まで』

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2017/08/15

「情動のコンテクストを共有する」(『共感と自己愛の心理臨床』)

 間主観的アプローチでもっとも重視されているのは、情動の流れというコンテクスト。クライエントと治療者の相互交流を主にオーガナイズしているのは情動。ここで安村はバースキーを引いている・

二つの主観性は、時として、共通の情緒体験(間情動性)を共有する。それが起こりうるのは、二人のうち一方が相手の情動表出に気づき、続いて、「それ、ぴったり一致している」と相手が認識するような何かをする場合である。それはどう見ても強力なモーメントである。(中略)相手の応答を喚起させた情動の主は、相補的な形で、気が付いてもらえた、理解されたと感じる。これらを合わせた結果が、共有された体験であり、それは、間違いなく、両者の絆の形成に寄与する。

 安村は、深い情動を伴った共有体験は、両者にとって決定的な「出会いのモーメント」(スターン)となって、クライエントの体験様式が変化する強力な治療要因となる、と書いている。

 二人の間で交わされるやりとりそのものが、その都度、二人の心的現実を創造する。この二人の心が生み出す創造的な相互作用の領域を、スターンは「間主観的マトリックス」と呼び、それを「心の起源」と呼んでいる。

 


『共感と自己愛の心理臨床:コフート理論から現代自己心理学まで』

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2017/08/14

「自己体験の視点」(『共感と自己愛の心理臨床』)

 フロイトは、精神分析療法の自由連想のなかで、「過去の外傷的的体験が想起されることが、症状の消失をもたらすことを発見したとされている」。

 しかしここはこう言い直すべきだと安村は書いている。

むしろ、過去を想起したその瞬間に、患者の「主観的な体験の座」が、これまでとは異なる新しい視座へと移動し、何らかの自己意識の質的な変容が起こることで治療的な体験が生じていることが考えられるのである。

 ここはぼくでも引っかかってきたところで、安村の言うことは説得的だと思える。また、こうも言い換えられている。

つまり、過去の想起が癒しにつながるためには、過去を想起しながらも、それに脅かされることなく、さまざまな感情を自分のものとして体験することができ、さらに、そうした現在の時点から過去の自己に思いを馳せるという、いまここでの安定した自己体験の構造が必要だと思われるのである。

 過去の外傷的体験は単に想起されればいいというものではない。それには、「いまここでの安定した自己体験の構造」の用意がいる。
 

『共感と自己愛の心理臨床:コフート理論から現代自己心理学まで』

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2017/08/13

胞衣としてのティラ山(徳之島徳和瀬)

 子が母親に、「赤子はどこから生まれてくるの?」と聞けば、徳之島の徳和瀬ではこう答えたと、松山光秀は書いている。

「それはね、朝早くティラ山のそばを通って水汲み(泉へ)に行きよったら、ティラ山の大きな松の木の二股のところに何か変なものがかかっているので近よっていって取り上げて見たら赤子だったのさ。早速水も汲まないで赤子を抱いて帰って来たんだよ。」

 ティラ山は、「木の小枝一本を切ってとっても神の祟りにふれるといわれる。近寄り難い畏しい神山であった」。松山は、お産が不浄視されていれば生まれてこない話ではないかと書いている。

 ティラ山の南側中腹は、チンシ山と呼ばれ、その麓の南側の端にイビガナシという聖地がある。

 この子供の話は、ティラ山の中腹が、サンゴ礁と同じく「胞衣」だったことを意味すると思える。


『徳之島の民俗〈2〉コーラルの海のめぐみ』

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2017/08/12

「境界紀行(五)宮古島・後編 たましいの行方をさがして」(谷川ゆに)

 旅人は二度、島に出会う。一度目は、まれびととして経験したことのない歓待を受けて感激し、喜んで二度目の訪問を果すも、まれびとではなくなった旅人に島の歓待は薄れ、旅人は失望する。これは出会いの定型だと言ってもいい。

 しかし、谷川ゆにの島との出会いはこれとは全く違っている。予備知識なしで島に飛び込んだ宮古島での滞在早々に、谷川は、「本当の意味で「島に入る」のは、そう容易ではない」と実感するのだ。

 真剣であれば、それは自然な反応だった。サンゴ礁でできた亜熱帯の島は、本土の風土とはちがうのだから。けれどぼくたちがここで目を止めるのは、定型からいえば、この感慨は、旅人が二度目以降に、しかもよほど島を気に入った人でなければその実感にたどり着くことのないものだということだ。

 来訪一度目よろしく、「出会う島人はみな親切」という歓待に近いものを谷川は受け取っている。しかし、谷川はうかれるでもなく、むしろ「なんともいえぬ疎外感」を抱えてしまう。これは特異な態度ではないだろうか。いや、特異というより、見たことがないと言うべきだ。

 琉球弧の自然や習俗は本土の研究者には格好の素材を提供してきた。島人は彼らをもてなすことを忘れないが、心のどこかでは寂しさを隠している。いずれ去って行くのを知っているから。そのうえ、島の外で開陳される成果が島人にフィードバックされるのは稀で、しかも島人の眼からみれば、不用意に解剖される割には浅く切り取られがちなのだから、寂しさは島人の視野の外にも広がっている。

 谷川の態度は、これとはちがっている。

 しかし、この島の死者と神々の世界に届くためには、私はまず、この自然の中に入れてもらわねばならない。この世ならぬ世界は、草木や海や空、そしてそこに繋がって生きる人々と共にあるからだ。だが、一体どうすれば島の懐に入れてもらうことができるのであろうか。

 「死者と神々の世界」を素材にする研究者もいる。いやむしろ琉球弧に惹きつけられるのはそれがあるからだと言ってもいい。しかし、そこで、「この自然の中に入れて」もらうのを前提にするなんて、聞いたことがない。

 「逃げ出したいような息苦しさ」を抱えた谷川は、縁のあるユタを訪ねる。「死者と神々の世界」に接近するのに、専門家を頼ったということだ。それは、この人の態度からしてとても自然な成りゆきだ。そして、ユタが死を感知したり、死者と交流する姿を見ながら、谷川はそれを偶然の合致や恣意的な解釈とはみなさない。

私はやはりここから、個人の個我といった近代的な意識が希薄だった時代の人間同士のつながりや、自己や他者の区別があいまいな状態でこそ持ちうる、人間の自然性のようなものを受け取らずにはいられないのである。

 ぼくたちはここで、谷川が「死者と神々の世界に届く」ということが何を意味しているのか、一端に触れることになる。谷川は、死者との交流が自然だった野生の心の段階に触れようとしているのだ。それがこの人の態度を稀有なものにしている。いまでは島人にすら見かけなくなったもので、島人より島人らしい。

 ところが、とある家の、ユタを介した死者との交流に同席した谷川は、その家の主人にこう言われる。

 「あなたは、私たちの先祖供養を本土に持ち帰って、それを文化として扱うの? それとも宗教として?」

 この問いかけには、数多の来訪者を眺めてきた島人の寂しさが滲んでいる、と思う。しかし、これは問いとして本格的でたいしたものだと思わせる。

 谷川は直接には答えない。心でこうつぶやく。「そうだ、私はこれを、文化や宗教などと外側から掴むことはすまい。私たちの身体に深く連なる『神と人間と自然の交渉』として捉えるのだ」。

 身体を張るという言葉があるけど、谷川の場合は、身体性を張っているのだ。たいした問いかけは、たいした態度が招いたものかもしれない。

 こう心に思った谷川は、そのとき、近くの「ソテツやバナナの葉が、一斉にザワリとこちらを向いたような気が」する。文章もここで終わる。声にはならなかったけれど、この応答で、谷川は「自然の中に入れてもら」う端緒についたのではないだろうか。


「波 2017年8月号」

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2017/08/11

「技法の10原則」(『自己心理学の臨床と技法』)

 翻訳文のためか、『自己心理学の臨床と技法』の「技法の10原則」がかみ砕きにくかったのだが、安村直己の解説で受け取りやすくなった。

 まず、「安全な雰囲気と共感的な受けとめ(1)」。これは理解できる。「共感的な知覚様式を系統的に適用すること(2)」。こちらは、共感的な受けとめをし続けることだと解しておきたい。

 本文には、こうある。

患者の体験がどのようなものなのかを、分析者が共感的に把握しようと絶えず試みていると感じられることは、患者にとって嬉しい体験になりうる。

 「患者の特定の感情を見きわめることで患者の体験を認識し、また、患者が求めている感情体験を見きわめることで患者の動機づけを認識する(3)」。ここで安村は、著者のリヒテンバーグが挙げている動機づけの7つの次元を紹介している。

 1.生理的要請に対する心的調節
 2.個人への愛着
 3.集団への親和性
 4.養育
 5.探索と好みや能力の主張
 6.身体感覚的快と性的興奮
 7.引きこもりや敵意を用いた嫌悪的反応

 リヒテンバーグらは、患者が志向している動機づけをめぐる体験を手がかりにして、「患者がそのときに求めている「自己対象体験」の質をキャッチし、それに治療者は応答していこうする」のだとしている。

 「メッセージにはメッセージが含まれる(4)」。安村によればこれは伝統的な精神分析に対するアンチテーゼのようで、患者が語ることを「まずはそのまま額面どおりに受け止め」、本当のメッセージが隠されているとは考えないことを指している。

 「語りという包みを満たすこと(5)」。患者の語りの展開をサポートする質問をすること。こうして患者の語りが構成されると、「患者の自己体験が首尾一貫した豊かな「物語」にまとまっていくこと自体が、患者の自己の凝集性を高め、自己の強化につながっていく」。河合隼雄は、「治療とはクライエント自身の「満足のゆく物語」を治療者とクライエントで作り上げていくことだとしている」。

 「帰属 attribution を担うこと(6)」。治療者が患者からの「帰属」を担うこと。

 「モデル場面の共同構成(7)」。「患者の中心テーマが物語として最も象徴的、集約的、隠喩的に現れている記憶や空想や夢のイメージを治療者と患者で共同して抽出し、まとまったモデル場面として構成していくこと」。河合のいう「物語作り」。

 「嫌悪性の動機づけ(抵抗、消極性、防衛性)はその他のあらゆるメッセージと同様に探索されるべきコミュニケーション表現のひとつである(8)」。これも伝統的な精神分析が、「治療抵抗」とみなしたものを、あくまで「嫌悪性」という動機づけのひとつとして捉えることを指している。

 「分析者が治療プロセスをさらに進めるために行う3種類の介入方法(9)」。それは、「共感的な傾聴に基づいて、患者の視点の内側から行う介入」、「分析者自身の視点から、患者が認識できるパターンや気持ちや見立てや印象を伝える介入」、「分析者と患者の間で生じる、熟練した自発的参画」。

 傾聴だけではなく、「共感的聞き取り」から得た「患者に関する治療者自身の連想や印象を、積極的に患者にフィードバックしていこうとする姿勢」。

 「私たちは、私たちの介入の継列とそれに対する患者の反応に添い、その効果を評価する(10)」。これは省略。

 

『自己心理学の臨床と技法―臨床場面におけるやり取り』

『共感と自己愛の心理臨床:コフート理論から現代自己心理学まで』

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2017/08/10

イヤンヤ洞窟遺跡(奄美大島土浜)

 笠利のイヤンヤ洞窟には、「1975年頃までは洞窟内が風葬墓として利用されており、その名残の人骨などがかなり散乱していた」(「イヤンヤ洞窟遺跡」)。

 ここのことは、茂野幽考も、死者はここを通って「あの世」へ行くと信じられていると書いていた(「奄美大島葬制史料」)。

 そして、其洞穴には入ると、あの世で織る機の音や鶏の聲などが聴こえてくるといってゐる。凡ての心象を精神科学で解釈しようとする自分の心に、うっかりすると、島の人の熱烈な信仰に釣り込まれて、岩屋の奥に極楽がありそうな、不可解な気持に囚はれることがある。島の人の考へでは、後生極楽の世は土濱の洞穴から一里先位にあると考へてゐるのである。

 茂野はいいことを言っている。「精神科学で解釈しようとする自分の心に、うっかりすると、島の人の熱烈な信仰に釣り込まれて」というところだ。

 ここはまず、三宅宗悦が1933年に人骨調査を行う。1963年には、永井昌文、三島格が続く。

 ここが「ヤーヤ遺跡」と言われることがあるのには、理由があった。

ヤーヤ洞窟遺跡をイヤンヤ洞窟遺跡」としたのはイヤンヤを”岩屋”と方言で呼んでおり、三島格にも確認をした。方言でイヤンヤと発音出来ずにヤーヤと記述したとのことである。

 「岩屋」を「イヤンヤ」という。それは直接、「岩」を指す言葉ではない。この「イヤ」は、中四国や関西に分布するイヤ山、イヤ谷と同じ意味だと考えられる。(参照:「麦つき唄から」(柳田國男『故郷七十年』)

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2017/08/09

加計呂麻島阿多地

 ここでは、加計呂麻島の阿多地にフォーカスして書いてみたい。

 登山修は奄美での産屋の痕跡を、ヒジャマ(火玉)の伝承に見ている(「ヒジャマグヤ(火玉小屋)と産屋」)。阿多地で引かているのは、

 ヒジャマの落ちるところは、火事が起きる。ヒジャマんぼ飛ぶのをみた時は、子供たちが、山で青柴を切ってきて、村のはずれの浜のウヤウチスィ(先祖の岩礁)と呼ばれる石の上でその青柴を燃やす。「ヒジャマだよ。ヒジャマだよ。」と叫びながら燃やす。
 からっぽの味噌甕は、蓋をあけてその口を上にして放置してはいけない。かならず、ひっくり返しておく。

 「妊娠中、ヒジャマを見ると赤児に赤い大きなアダ(ホクロ)ができるといわれる。それを消す方法は母親の生理で撫でるとよいとされる」。登山はこの例にも、「ヒジャマと出産」との関連を見ている。

 阿多地については、

ウヤウチイワ(先祖の岩)という阿多地の例が、それをよく物語っていると思われる。奄美の人の先祖は、そんなところで誕生したのだというように。砂浜の中の岩というのも何か暗示的である。

 登山は、もともと産屋だったものが、その機能を失いヒジャマグヤ(火玉小屋)に変化していったものだと見なしている。

 この推理は妥当だと思える。付け加えるとすれば、「ウヤウチスィ(先祖の岩礁)」は、サンゴ礁=貝をトーテムとした段階で生まれた思考である。

 続いて、ヨーゼフ・クライナーの「加計呂麻島ノロ信仰覚書」(「奄美郷土研究会報8号」1966)から。

 阿多地は昔、イキグスクと呼ばれた。祖先となったのは兄弟姉妹。

 ノロの祭祀集団(カミニンジョウ)のなかで、ただ一人の男性であるグジヌシュは「トネヤ、アシャゲ」の責任を負う。彼は、祖先となった兄弟姉妹とは別の家で継承された。もうひとつの神役であるスドゥは、兄弟姉妹の家系で継承される。

 クライナーは、これを「もとの形に還元すれば」、兄弟姉妹による祭祀として解釈できる可能性を指摘している。

 阿多地では、二月にカムムケを行い、四月にカムオホリをする。東方の「極楽」はネリヤカナヤまたはテルコとも呼ばれる。阿多地ではこのほかに、

オホリ祭のとき加計呂麻島南海岸の各部落から神々の船が出発し、全部請島の東方にある無人島木山島に集まって泊まり、その翌日マツニシ(北北東)の風で東南方の海に及ぶネリヤ島に帰るという伝説が伝わっている(武名・花富と与路にも同じ伝説がある。)
実久では六月のアラホバナと同時にカムムケ祭が行なわれるが、昔は仮面をつけたカミニンジョウが浜辺から村にのぼって、ネリヤからの稲穂を村人に贈ったという。

 実久には仮面が生きていたわけだ。

 次は吉成直樹の『琉球民俗の底流』から。

 阿多地では、「ボッの神は山の神であり、山にボッの神様がいるという」。ボッ山(オボツ山)には、イビと「村を開拓した人」の祠がある。

 二月の神迎えのとき、ボッ山から神を迎えるが、

そのとき、ボッの神はいったんデイゴの木に降り立ち、さらに神が四月の神送り(オーホリ)に送られるときまで滞在することになるトネヤと呼ばれる建物にやってくると考えられている(後略)。

 この神の行路は、ボッ山の麓近くがかつての他界だったことを示唆している。

 

『琉球民俗の底流―古歌謡は何を語るか』


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2017/08/08

『アダルトチルドレン・シンドローム』(W・クリッツバーグ)

 この本では治療のフローチャートが挙げられている。備忘のメモを添える。

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・「慢性ショック」の問題に取り組んでいると、「長い間抑圧されてきたぞっとするような強烈な感情に見舞われることになる。なぜなら、そのような激しい情動を解放できる安全な場所がなかったということが慢性ショックのそもそもの原因だからである」。「安全な治療環境が健康な家族環境に類似している」のはそのため。

・「今どういう気持ちがしているかを語ることが情動解放の重要な部分」。

・「否認に挑戦する」。ここで「挑戦」というのは、事件がどのようなものであったとしても、「それは当時も今も当人にとって大変な衝撃なのだということを優しく粘り強く気づかせるという意味」。

・抑圧され遮断されていた感情を手放すためにはその感情を再体験しなければならないことを相手に伝える。

・急かせてはならない。

 回復が進むと、「それまで常につきまとってきた深い恐怖の感覚が消える」。「調和のとれた回復」は、「情動の解放」、「認識の再構築」、「行動の修正」の三つの要素から成り立つ。

 アダルトチルドレンの問題は「見捨てられ感」。その中核には「恐怖」がある。「それは自分が生き残れないかもしれないという原初的な恐怖」。それはあまりに強烈なため、「怒り」と「痛み」へ転換される。

Matrix_2

 著者のW・クリッツバーグはこう書いている。

傷ついた子供は過去に拒まれた愛や優しさをもらう必要がある。内なる子供が癒されれば、大人もまた癒される。大人が自分の内なる子供を愛し、いつくしめば、内なる子供は無条件に大人を愛し、いつくしむ。そうして傷ついた内なる子供が癒されると、ある変化が起こる―傷ついた子供が魔法の子供に変わるのである。魔法の世界ではどんなことでも起きる。大人は癒され、自己受容や愛、のびやかな自然さや笑いというあの魔法のような素晴らしい特質を獲得する。

 


『アダルトチルドレン・シンドローム―自己発見と回復のためのステップ』


7.小説、批評はどこに | | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/08/07

『アダルト・チャイルドが人生を変えていく本』

 境界が混乱していると、「自分の境界が侵されていることに気づかないだけでなく、他人の境界を侵していることにも気づきにくい」。すると、「誰かに支配されたり、誰かを支配しようとする不健康な関係にはまりやすい」。

 しかし、日本社会はもともと、「境界があいまいな社会」。

「よき妻」「優秀な従業員」というのは、境界なしにがんばる人のことをさしています。「思いやりがある」「やさしい」というのも、しばしば感情の境界がない人をさします。

 と、ここまで言われると、境界がないのは、必ずしもネガティブなことだとは言えなくなってくる。他人の思いをわがことのように考えることができるというのは美質でもある。境界と共感。

 境界が侵されているシグナルには、「自分の感情」と「関係がフェアなものかどうか」が挙げられている。「感情のシグナル」では、「満たされなかった思いを誰か一人の人で満たそうとして、相手の境界を考えることなく甘えすぎたり、不可能な要求を突きつけたりする場合」がある。また、傷つくのをおそれて「壁」を築き、そのなかにこもるのも同様。

 これなど、まさにぼくがそうだったということになるだろうか。いまも適切な境界は引けていないのかもしれない。あるいは、その場で想定されている境界に合わせるのにひどく疲れる。壁と浸透。

 

『アダルト・チャイルドが人生を変えていく本』

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2017/08/06

『子どもを生きればおとなになれる』(クラウディア ブラック)

 著者のクラウディア・ブラックは、アダルト・チャイルド(AC)概念の生みの親だとされている。

 見捨てられ感を味わった子供は、自己否定感が強いため犠牲者のパターンになりやすい。

 犠牲者は親密な関係において自分を守るということが困難です。たとえばそれが女性の場合だったなら、かわいがられ気にかけてもらうことにあまりにも飢えているため、他人との間に安全で適切な境界をつくることが難しいかもしれません。自己評価が低く、好きになった相手を理想化してしまう傾向は、彼女の判断を鈍らせるでしょう。相手の望みを察知してそれに合わせ、自動的かつ無意識のうちに相手に従ってしまうため、自分は弱い立場となって相手に権力を与え、優位に立たせてしまいがちです。自分を防衛するはずの方法が、危険を正確に感じ取るのを難しくしているのです。

 これは相手が優位に立ちたいと思っていない場合でも、知らないうちにそうなってしまうことも意味している。それで丸く収まるならいい、ということにはならない。自己評価が低く、境界をつくることができないままなら。

 著者は自分を支える土台として、「コントロールをある程度手放す力」を挙げている。痛みをコントロールすることでしのいできた、「支配権を握って自分を守ろうとし、周囲をコントロールしようと努めてきた」。だから、それをほどよく手放す必要があるということだ。

 親密さについては、こう書かれている。

親密さとは、誰かのそばにいて、寄り添いながらも一体化することなく自分を分かち合うこと。自分の中の基本的な課題に取り組んで初めて、あなたが切望している親密さが得られるのです。

 翻訳を正確に受け取っているか分からないが、単純ではないことが言われている気がする。

 著者が挙げている「自分を認めるための言葉」で心に留めておきたいものを挙げておく。

・回復とは私という人間を変えることはでなない。本来の私ではないものに縛られなくなること。
・回復とは、一か十かではなく二から九までの段階があると学ぶこと。
・私を傷つけた人に直接向き合うのをやめる選択をしても、私が臆病なわけではない。
・親密さとは誰かのそばにいること。親密さとは、拒絶される怖れなしに相手の前でありのままの自分を分かち合えること。それができるというお互いの信頼があること。
・私が自分を受け入れるのに、他人の承認は必要としない。
・人生における選択の責任は、私にある。
 


『子どもを生きればおとなになれる―「インナーアダルト」の育て方』

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2017/08/05

『アダルト・チルドレンと癒し』(西尾和美)

 セラピストである著者と患者とのやりとりから、セラピストの働きかけの部分を抜き書きしてみる。

 「こういう現象がある人は、とても大きく心が傷つけられる出来事にあってしまった人であることが多いの。あなたの場合はどうなの?」

 「なにか耐えられないことがあったんでしょう。ゆっくりでいいから言葉にしてください。」

 「あなたが悪かったんじゃないのよ。(中略)毒になるようないらないトラウマは外に出して処理しましょう。癒しは、まず心の傷を認めて、それを表現していくことからはじまるよ」

 「いままで本当につらい子供時代だったわね。誰にも言えなかったことを今日はじめて話すのは勇気がいったでしょう。しばらくの間つらいけど、話しつづけることが大切なのよ。たぶん、話し出したら涙が止まらず、底がないような気がして不安になるかもしれないけど、全部吐き出してしまいましょうね。必ず終わりが見えてくるようになりますから、心配せずいまはただ自分の話を語りましょう。あなたは癒しの第一歩を踏み出したのよ。」

 と、こういうやりとりだ。なんとなくではあるが、セラピストの介入が強い印象を受ける。こう、積極的に割り込むのはよい方法なのだろうか。それはより患者を傷つけることにならないのだろうか。専門家に半畳を入れないとしたら、このケースのように、傷つけられたことが何か分かるけど言えない(性的虐待)場合と、傷つけられたことが何か分からない場合では、当然アプローチはちがってくるはずだ。

 ただそれでも、「ゆっくりでいいから言葉にしてください。」は、ぼくなら、「話してもいいと思えたら、そうしてください。」と言うところだと思う。著者は日本人だが、治療はアメリカで現地の人を対象に行っているから、その差なのかもしれない。差というのは、個人の明確さの違いという意味で。

 97年初版で、2017年で21刷。とても売れている本だ。
 


『アダルト・チルドレンと癒し―本当の自分を取りもどす』

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2017/08/04

「自己対象転移の断絶と修復における治療作用」他(安村直己『共感と自己愛の心理臨床』)

 安村直己は、自己対象転移における治療プロセスについて、ストロロウを引いている。

 「子どもの頃、複雑な自己対象(体験)の失敗を繰り返し経験している」場合、

(前略)自己対象転移の中で分析家との絆の断絶を分析することの治療作用は、そこで初期の発達的な外傷が再び蘇って体験され、特に重要なことは、その後、そうした患者の痛みの感情に分析家がどのように応答するかにかかっているのである。つまり、転移関係の中で、分析家が、子どもの頃に二次的に切望された「受け容れ、理解してくれる親」として調律した反応を返し、子どもの心を抱っこしholding、一次的な自己対象の失敗によって生じた患者の苦痛な情緒的反応を和らげることが、治療作用の源泉になると考えられるのである。

こうして自己対象との絆が強められ、拡張され、拒絶や失望への感情的反応を分析家が受け入れてくれることへの信頼が増すに伴って、患者は一次的自己対象への思慕の情をより自由に表現できるようになる。こうした変化に伴って、これまで捨て去られてきた痛みの感情は徐々に患者の心の中に統合され、変容されて、感情的な耐性の能力が強まり、これまで滞ってきた発達のプロセスが再び進みだすのである。(Stolorow,1993,安村訳)

 安村はこれを受け、「必然的に生じる痛みが理解されフォローされて、二次的な自己対象ニーズが適切に満たされるからこそ、自己対象への同一化や自己対象機能の内在化が促進される」としている。

 また、「自己対象転移」には、自己対象体験を治療者との関係に求めようとする「自己対象的次元 selfobject dimention」と、葛藤の元になっている対象関係を治療者との間で繰り返してしまう「反復的次元 repetitive simention」の二つの次元がある。

クライエントが、治療者との関係を早期の外傷的反復の予兆のように体験した際には、転移の反復的次元が前景を占めることとなり、クライエントの自己対象への渇望は背景に退いてしまう。しかし、そこで治療者が、クライエントが治療者とのつながりの断絶を体験していることを感受し、そのことを共感的に理解することができたとき、転移の自己対象的次元が復活し、その結果、自己-自己対象関係はさらに安定したものとなるのである。

 ところが一方、クライエントはその治療者の理解を怖れもする。治療者の深い理解は、

これまでクライエントが圧し殺してきた太古的な激しい自己対象ニーズを刺激し、それが治療者に向いて噴出してしまうと、結局、再び自分が拒絶される結果を招き、いま以上に傷つくことになりはしないかと怖れるからである。

 これは再び、転移の反復的次元が喚起されることになる。「治療者はこうしたクライエントの転移の次元のゆれ動きに敏感に調律し続けながら、その理解を言葉化していくことが必要となるのである」。

 クライエントの主観的体験世界を形成している原理は、「オーガナイジング・プリンシプル organizing principle」と呼ばれている。間主観的アプローチでは、クライエントのオーガナイジング・プリンシプルが治療者との共同作業で解明され、より柔軟なオーガナイジング・プリンシプルが新たに展開されていくことが促進される。

 治療によるオーガナイジング・プリンシプルの変化とは、これまでの古いオーガナイジング・プリンシプルが解消されるのではなく、「新しい体験によって新しいオーガナイジング・プリンシプルがそこに新たに加わることだとされている」。

 それでは、その理解の「言葉化」はどのように、どこまでなされればよいのか。それはやはり問題というに値するようで、「暗黙の領域を言語化することで、体験からの距離が生じ、現在進行中の「今ここで」のプロセスが中断してしまうリスク」が指摘されている。

 安村は、言語化による「生の体験の断絶」は、言葉を持った人間の宿命かもしれない、と書く。「合一の世界の断絶」と「合一の世界との融合」が、行きつ戻りつする揺れは、人間の自然な体験のあり方なのかもしれない。そして、齋藤久美子の言葉も引いている。

臨床家の解釈的介入など「他者の言語」とのズレは、自他間の距離を安全に守りながら、自己理解・自己再体験の仕事に有意義な一石を投ずる働きをすると思われる。

 それを安村は「ほどよい揺らぎ」としている。

 とても大切な示唆を得ることができた。著者に感謝したい。 


『共感と自己愛の心理臨床:コフート理論から現代自己心理学まで』

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2017/08/03

「「共同探索」による治療的創造性の解放」(齋藤久美子)

 本書の紹介のなかで、齋藤久美子は書いている。

動機づけのシステムのどれかが活性化され強い感情体験の渦中にある患者の主観世界に、どうしても巻き込まれてしまう中で臨床家はどうするか。そこでは自身を立て直すために感情と認知・観察機能との間のきわどい綱渡りが必要になるが、活路は、臨床家個人の内省か他方患者側にその源を追及する作業かのいずれかによって開けるのではなく、臨床家が内的苦悩を抱えながら、患者と一緒に間主観的関係性の中にとどまり続けることでこそ創造されていくのだとしている。

 これが印象的なのは、ふつうのしかし大切な一対一の関係のなかでも言えることだからだ。むしろ、一対一の関係のなかで、「内省」か相手に「その源を追及する作業」を強いればろくなことにはならない。そしてそうなら、これを一対一の関係のなかで生かすとしたら、臨床家=患者という地平で行うということになるだろうか。

 齋藤は、「伝統的精神分析における中立性-解釈投与に関して、その遡行的解明作業が再外傷化をもたらすおそれや、「今、ここで」の生の体験を基に共同探索する作業に反してしまうおそれを指摘し、それに批判的であるのも上記の考えゆえである」、と書いている。

 この紹介文は、「「共同探索」による治療的創造性の解放」という不思議なタイトルがつけられている。治療と創造性と。ふつうの人の立場に意訳すれば、傷つけずに伝えるには、どこまでも寄り添い、相手とのあいだに生まれるものを発見しそこから学ぶこと、ということになるだろうか。


ジョゼフ・D. リヒテンバーグ『自己心理学の臨床と技法―臨床場面におけるやり取り』

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2017/08/02

「AC・よそもの・私とあなた - 「見捨てられ」感覚をめぐって」(熊田一雄)

 熊田一雄によれば、アダルトチルドレンは「自分の生きづらさが親との関係に起因すると自覚する人たち」と広く定義されている。(「AC・よそもの・私とあなた - 「見捨てられ」感覚をめぐって」愛知学院大学文学部紀要 No.46 2016)

 しかし、ACは概念が拡張されすぎていて専門家からは批判も多い。にもかかわらずのAC概念の流行は、「この概念の accoutability の高さ、わかりやすさにあるのであろう」。しかし、単に分かりやすいというだけではない。そこには、「AC概念が現代の先進国に生きる人たちの精神生活の一面を確実に捉えている」のだ。

 たとえば、ぼくたちには「異邦人」の名で知られているカミュの「よそもの」は、主人公ムルソーの「親密性の欠如」に見られるように、「典型的なACの生活感覚を表現したものとしても読める」。

 そして次に宗教哲学のブーバーを引くのだが、これが面白い。

 ブーバーによれば、「私-あなた」の相互性、出会いの相互性によってこの世界の存在が成り立っている。デカルト的な「私」という抽象化された中心点から見る世界存在、人間の社会ではなく、〈私〉と〈あなた〉を中心にしてその相互性による関係の中に一切を見直すことが重要である。近代以降営々として築いていきた人間の文化は、この根源語の立場からすれば、「私-それ」であり、「私-それ」は「私-あなた」を基礎に持つ。もし「私-それ」が崩壊しても、「私-あなた」の根源に帰ることによって、ふたたび立て直すことができるし、生存を崩壊させないように努めるためにも、「私-あなた」の純粋化がつねに意識になければならない。そして神は「永遠のあなた」である。

 最後の「神」に躓かなければ、これはほとんどこのところのぼくたちのテーマだ。

 ブーバーは母親からの「見捨てられ」感覚を持つが、祖父母のもとで育ち20年後に母と再会したときに「完全に解消されている」。これは、「サバイバー(回復せるACのこと)の思想表現」としての側面を持つ、と熊田は言う。

さらに、「私とあなた」の献辞がブーバー夫人に捧げられていることから判断すれば、「私とあなた」には「妻に対する親密性の表現」としての側面があることにも注意を促しておきたい。

 ところで熊田は、日本のAC運動には「回復の形」が明示されていないと指摘している。そして大衆は、生活指針の「形のはっきりしない」生を生きるほどに強くないのだから、今後、「日本のACムーブメントはおそらく宗教色を再び次第に強めていくことになるであろう」と締めくくっている。


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2017/08/01

「"見捨てられ不安"から"自己の回復"へ」(筒井潤子)

 筒井潤子は、10年以上前の事例を記述しようとする。5年200回を超える面接を記述する際、「見捨てられ不安」から「自己の回復」へのわかりやすい段階的な過程として処理されてしまえば、「現実に流れていたその時々の揺らぎとの解離」を生んでしまいかねない。心理治療は主観に埋没しては成立しないが、主観抜きにも成立しない。それでどうやって記述できるのか、という問いのもとに治療の過程を書くのだが、印象的だった。(「"見捨てられ不安"から"自己の回復"へ--ある事例の振り返りと、その叙述の試み」都留文科大學研究紀要 No.68 2008年)

 もっとも印象的だったのは、患者ではなく、カウンセラーの都合でキャンセルした次の面接の際、患者は突然、別の人への怒りを口にする。

突然の話題と怒りの感情に私は戸惑い、出会った頃の息苦しい面接空間を思い出しながら耐えていた。私はかなり後になって、ようやくキャンセル時の私の言葉とAさんとのこの反応が結びつき、Aさんに見捨てられ不安が再現されていたことを認識した。大きな失敗だった。しかし、怒りをTに向けてくれたことによって私は生き延びた。

 この失敗談が、カウンセラーと患者という枠組みを揺さぶって、人と人の関係という素地を見せてくれるからだ。

 患者の「自己の回復」について、そこに「仕切り屋」の姿はなかったと著者は書くのだが、それは最初のころ、「依存することによってではなく、自らが関係を仕切ってゆくことによって"見捨てられ不安"を防衛していたともいえる」。

 著者はコフートの言葉を引いている。研究者がとりわけ示さなければならないのは、

現前する自己対象の共感不全によって生じる再外傷体験の恐怖によって動員されるもともとの抵抗が克服されて後、自己と自己対象との間の信頼にたる共感のチャンネルが独特の波状の道を経ながら、いかにして究極的に開かれるかである。

 分からないことも多いものの、胸を打つところがあるのは、これが研究者の課題にとどまらない面を持つからではないだろうか。

 筒井は、10年以上経っての記述について、「こうした時を経ての振り返りは、事例の理解、分析にとどまらず、私のありようを知る私のための作業であり、これから出会う方々に対する責任を伴った準備と言えよう」と書く。これにしても、カウンセラーでもセラピストでもない、ふつうのぼくたちにも開かれた言葉だと思った。

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