「境界紀行(四)宮古島・前編 たましいの行方をさがして」(谷川ゆに)
御嶽はプロト神社とも言うべき場であり、聖域や禁忌といったイメージがつきまとう。とくに、御嶽(ウガン)が神社に合祀されて、知る人ぞ知るという場に過ぎなくなった与論生まれのぼくには、そうなってしまう。けれど、今回谷川ゆにが訪れた宮古島川満の御嶽はそういうイメージからはちょっと離れている。たとえば、祭りの日、神役の女性たちは、御嶽で料理を供えて神と共食する。
小屋の隅には、直径が六十センチくらいある大きなクワズイモの葉の上に、やはりお供えの米、塩、煮干し、饅頭などが、一握りずつ、可愛らしく並べてあった。おそらく葉っぱは神さまのお皿なのであろう。お供えの台の下にも大きなのが数枚、何も乗せずにしかれている。その横に座り込んでテンプラを頬張る私たちは、まったく、精霊や神々と一緒におままごとかピクニックをしている幼児のようである。
これは来訪神と対極的な高神の鎮座する御嶽とは位相を違えている。ここでの神は祖霊に近いと言ったほうがいい。あるいは、神事によって御嶽が位相を変化させている。その違いを、谷川は「特に今回のミイマ御嶽での祭りは、やはり産土神か氏神のような身近な神さまをもてなし感謝することで、この小さな集落を守護してもらうという意味合いが強いようであった」と書いている。
原理的には、死者の場である「あの世」を放逐することで成立する御嶽が、むしろ祖霊との交流を感じさせるとしたら、それはプレ御嶽の感覚を失っていないことを意味するだろう。それは、「この世」と「あの世」の境界、である。
谷川は、そこに老人と幼児が似た存在にみえる「現世から抜け落ちたようなイノセントな雰囲気」を見出している。
つまり、時間を遡って子供に還る、ということは、古代的な感性からいえば、死者や神々のいる世界の側に限りなく近づいていることに他らなない。
境界というのが、どういう場なのか。ここにひとつの回答があり、ぼくは、ふだん何気なくいう、子供に還るという言葉の奥行きを教えられるようだった。
ところで谷川は、この項を、佐藤さとるの作品に出てくる「自分だけの秘密の遊び場所」の引用から書き起こしているが、それは子供にとっての「秘密基地」を思い出させる。秘密基地は秘密でなければ意味がない、安心と冒険心とが入り混じった何ともいえない魅力的な場所だ。子供はそこでは精霊的な存在になり、自分の固有の心を養いながら、「この世」へ出立することを繰り返す。「秘密基地」はたましいの養成所のような場なのだ。
祖霊と交流し、集う人々が子供に還ってしまう宮古島の御嶽は、秘密基地のような胞衣的な雰囲気を失っていない場として、ぼくたちの前に現れる。
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