兄妹婚をめぐって(モルガン『古代社会 下巻』)
もう顧みられることもない論考なのかもしれないが、兄弟姉妹婚に言及しているのだから眼を向けてみる。
モルガンによれば、血族のうち、兄弟姉妹のカテゴリーは、「わたくしのいとこ、またいとこ、またまたいとこおよびさらに遠縁の男女のいとこ」になる。これらはすべて「わたくしの兄妹姉妹である」。
つまり、兄妹婚と言った場合、同母の兄弟姉妹に限らない。これは、マリノフスキーによってトロブリアンド諸島でも観察されていた。ただし、マリノフスキーの場合、婚姻を禁じる母系氏族の範囲を意味していた。
琉球弧の八重山でも童名に「をなり」「えけり」が拡張されて使われているのを確認できる。ぼくたちはこれを母系社会の名残りを見なしてきたが、もう一段、踏み込んで、母系以前に視野を届かせることができる。むしろこうした呼称が連綿としたのは母系社会の強度ではなく、母系以前の兄妹婚の強度を示すものだと考えられる。
兄妹婚についてモルガンは推測している。
実際、それは実の兄弟姉妹の通婚から始まり、次第に婚姻組織の範囲が拡大するにつれて、傍系の兄弟姉妹を包含するにいたったのである。
この拡大のなかで、母のなかの母として、象徴化された女性シャーマンは誕生したのではないだろうか。それは、それは大地母神であり、琉球弧ではサンゴ礁という貝のことだった。
モルガンは、兄妹婚は「太平洋の人間の住むあらゆる島において一般に行われている」と書いている。このときのモルガンの視野には入っていないだろうが、琉球弧もこの太平洋の島のひとつに数えあげられる。
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