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2017/06/30

トーテムの系譜と島人の思考 8

 北琉球弧と南琉球弧の「トーテムの系譜と島人の思考」は、「蝶」と「苧麻」の差として言うことができる。北琉球弧の場合は、人間の化身態(生者と死者)である「蝶」を媒介にして「霊魂」を思考したのに対して、南琉球弧では、「苧麻」がトーテムとなるのを待って、「苧麻」を媒介に「霊魂」が思考されている。この位相の差は、南琉球弧における霊力思考の強度がもたらしている。


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2017/06/29

「井戸ヌパタヌ子蛙誦言」(西表島)

 西表島の「井戸ヌパタヌ子蛙誦言」の第一節。

1.井戸ヌパタヌ
 アブダーマ
 パニバムイ
 トゥブケー
 バガケラヌ生命(イヌチイ)
 島トゥトゥミ
 アラショウリ

 翅がはえて飛ぶのは「蝶」だ。これについて、以前は、「蛙」はトーテムであり、「蝶」は人間の死後の姿だから、ここには、中間の「人間」が省略されていると見なした。(参照:「「井戸ヌパタヌ子蛙誦言」の化身の法則」

 だが、これを他界発生以前の死者との共存の段階まで遡れば、死後と未生は重なることになる。そこでは、人間にとって未生が「蛙」で死後が「蝶」であっても、そこに時間的なズレは考えられていないとしたら、「蛙」→「人間」→「蝶」は、「蛙」→「蝶」と考えられても不思議はない。それがこの第一節の意味ではないだろうか。

 もうひとつ、この曲にはヴァリアントがあった。そこでは、キシノウエトカゲがジュゴンに化身している。(参照:「「カーラヌ バタサヌ アブダーマ ユングトゥ」(西表島)」)。

 なぜ、キシノウエトカゲはジュゴンに化身できるのか。それは両者がトーテムだからだ。言い換えれば、この節は、ジュゴンがトーテムだった段階まで遡れることになる。

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2017/06/28

マブイ(霊魂)は、ハベラ(蝶)のメタモルフォース形

 酒井卯作は、琉球弧の霊魂概念について書いていた(『琉球列島における死霊祭祀の構造』)。

 タマシィについては、「琉球各地でシィだけが独立して使われれう例が多い」。折口信夫も、「たまと言ふ語ことばを、人魂或は庶物の精霊に使用する例は、恐らく日本内地から輸入したもので、古くは無かつたものと思ふ。「琉球の宗教」)と指摘していた。「シィというのは万物に宿る霊魂のこと」。

「タマ」と「シィ」とは別々のものだったのが、合併して魂になったのかもしれない。もしそうだとすれば、折口氏が説かれるように、魂は大和から輸入したものだとしても、しかし、シィという言葉は琉球自身のものであったという気もする」。

 「マブリは護りであろうと述べたが、じっさいにはそうともいえない」。「マブリはハベラ(蝶)の形をして」いる。

 現時点での理解をいえば、タマシは、酒井や折口が言うように「シィ」がもともとであると考えられる。それは、セジ、スク系の言葉だ。

 マブイとしての霊魂は、ハベラ(蝶)のメタモルフォース形ではないだろうか。

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2017/06/27

画期の時期

 自分でも忘れてしまうので、精神史の画期について、根拠を示しておく。 

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 あいまいさを残しているのは「苧麻」だ。ここは、南琉球弧で、「苧麻」トーテムに「霊魂」を見出したとき、「貝-苧麻」で刺青デザインを構成したのと同じ位相で捉えていることになる。


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2017/06/26

刺青の発生と継承

 琉球弧の南北では、刺青の発生にもズレがある。

 北では、発生の可能性は、「蝶」を霊魂と見なした段階に遡る。このときであれば、トーテムの座である左手の尺骨頭部の文様はザン(ジュゴン)だったことになる。継承されて現在に伝えられたのは「貝」だが、「ザン-蝶」の可能性をゼロにすることはできない。

 南では、「苧麻」にトーテムと霊魂を見出したときに、刺青も発生したと考えられる。

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2017/06/24

トーテムと刺青文様の分布

 トーテムの系譜を軸に、琉球弧の南北の刺青文様の分布を見てみる。

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 北の琉球弧では、「貝」と「蝶」の文様が顕著だ。そして「蟹」や「アマン」は潜在化している。対して南では、「貝」と「苧麻」が顕著で、「蟹」も顕在化している。

 興味深いのは、母系社会の痕跡が希薄な宮古で「蟹」が顕在化していることだ。

 この分布は、文様の開発が行なわれた時期を示唆している。


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2017/06/23

トーテムの系譜と島人の思考 7

 北琉球弧のトーテム遷移を手がかりに、宮古、八重山の遷移を類推してみる。

 ここでは蝶形骨器は出土していない。それは、「霊魂」について「蝶」を媒介しなかったからだ。なおかつ、「霊魂」の発生が北琉球弧より位相として遅い。刺青のデザインをみる限り、それは貝をトーテムとした後に、「苧麻」がトーテムとなったとき、「苧麻」を霊魂としてみたと考えられる。

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 問題は、宮古、八重山での「蝶」の位相なのだ。あれだけ豊かに蝶が舞う島々で、島人は蝶にどうかかわってきたのか。
 

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2017/06/22

トーテムの系譜と島人の思考 6

 もう少し緻密にしてみる。「蝶」と「ザン(ジュゴン)」は、トーテムであった段階があったと思う。ジュゴンの骨製の蝶形骨器は、何より雄弁にそのことを物語る。「蝶」は死者精霊として、「ザン」は「胞衣、兄妹」の意味を担った。

 まず、「蝶」について、「霊魂」の発生とともに、「霊魂」の意味を強める。それが、「蟹」に象徴された母系社会の出現とともにトーテムから離脱するのは、これが一方向に進む時間を象徴していたからだ。そして蝶形骨器が終焉しても、シャーマンの髪飾りにはそれとして残ることになる。

 「ザン」は、母系社会の出現とともにトーテムから離脱せざるをえなくなる。「ザン」は兄妹婚の象徴でもあったからだ。

 「蟹」トーテムはある意味で、それだけ強力な存在だった。兄弟と姉妹からなる母系社会の象徴として、女性としての「貝」と男性としての「トカゲ」の系譜を継いでいる。

 刺青が発生したとき、左手の尺骨頭部に「ザン」ではなく「貝」が描かれることになったのは、「ザン」は「母」とうより、「姉妹」を象徴するものだったからだ。

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2017/06/21

『日本人は死んだらどこへ行くのか』(鎌田東二)

 著者は「この世」と「あの世」の関係をこう書いている。

(前略)「あの世」と「この世」はけっして隔絶していません。ある種の入れ子構造のようになっていて、相互作用を起こしています。二つあるけれど、二極化はしていない。あの世はこの世の中に入り込んでいて、この世もあの世も一体となって往来しているのです。

 これは難しい。言い換えれば、これをほぐすことができれば、この本を読んだということになるのだと思う。

 ヒントになるのは、「久高オデッセイ」の大重監督の言葉だ。鎌田によれば、大重は東の海の向こうにニライカナイがあると言われているが、「この島こそがニライカナイではないかと思えてくる」と語る。これを受けて鎌田は、

 いま、ここにいる久高島こそがニライカナイで、いわば死生一如である。「死」と「生」という二元論ではなく、死後の世界は久高島の中にある。そんな融合的な命の世界を、大重監督は最期に語って亡くなりました。

 (「あの世」へ行くといった-引用者)ベクトルではない。「あの世」とは、そうした「彼方」にあるものではなく、「いま、ここ」にあるものである-。

 さらに続いて、「「あの世」と「この世」とを二元論的に考えず、むしろ一元論的に考えてきた日本人の伝統的な感性」と続けているので、大重監督の言葉は鎌田にとっても橋頭保になっていると思える。

 大重の言葉は、野生の思考の他界観に照らせばふたつの層に分けて考えることができる。ニライカナイが海の彼方ではなく、久高島こそ、と言うのは、

 ・沖縄島の南部東海岸の島人にとって久高島がニラカナイであった段階
 ・久高島の島人にとって、久高島がこの世でもあればあの世でもあった段階

 というふたつの段階で捉えられるものだ。時間の層は、後者から前者へ推移する。大重の言葉はこのふたつが混交したものと見なせば理解しやすい。大重の言葉は理解しやすいが、鎌田の言い方を難しく感じるのは、ぼくが大重の言葉を野生の思考が露呈したものだとみなすのに対して、鎌田が大重の言葉を、現在的なものとして、そのまま受け取っていることに依ると思える。

 久高島にいる人を想定すれば、久高島こそがニライカナイと言う場合、いまの人の頭で「この世」は久高島だけではなく、少なくとも地球大には拡大するのだから、大きな「この世」のなかに久高島という小さな「あの世」が含まれることになる。これが「入れ子」という構造を導く端緒になっている。

 けれど、ことは単純で、単に、「この世」と「あの世」は同在している、あるいは「あの世」は身近だったと言えば済む。だから、一元論的は、伝統的な感性にとって部分的なのだ。「二つあるけれど、二極化はしていない」のではなく、一極の層と二極の層はこころの層としてふたつともあるのだ。

 冒頭に引いた言葉の前には、キリスト教では「この世」と「あの世」が隔絶した世界であることを指摘して書かれている。日本ではそうではない、というわけだ。だが、これは二極化という点では両者は同じだが、「この世」と「あの世」の非対称性が際立っていない、というべきではないだろうか。

 鎌田は「命の故郷である自然があってはじめて人間の営みがあり、人間はまた自然の中に帰っていく」、そのような世界観を発信する「聖地や霊場が求められているのではないでしょうか」と書いている。宇宙大に視野を拡大して、「グーグル存在」ともいうべきものに「アクセスできれば」、「本当の故郷が何かがわかるでしょう」、と。

 「聖地や霊場」は簡単にできるものではないだろう。むしろ、連綿とした「聖地や霊場」を媒介、手がかりにしながら、古層の関係の場を未来に向けて構想することのなかで「本当の故郷」といったものへの接近は試みることができるのではないだろうか。このぼくの言い方も分かりやすくないが、ここまで。
 

『日本人は死んだらどこへ行くのか』

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2017/06/20

トーテムの系譜と島人の思考 5

 蛇トーテムの次に来るのはトカゲ・トーテム。トカゲは、蛇に足が這えたものだ。これは人間の自己認識が、手足に向かったことを意味している。蛇は、「腸管」に類似を感じたのに対して、トカゲには「手足」に類似を感じた。前者が内蔵表出という霊力思考そのものであるのに対して、後者は体壁表出という霊魂思考が見出せる。

 問題は、「蛇」とともにあった「脱皮」がトカゲに来てほころびを見せることだ。つまり、トカゲは「死」の発見を意味していると思える。

 人間は「死」の発見により世代という概念を手にする。そしてそれとともに親子婚が忌避されるようになる。しかし「世代」という概念だけにしてしまうと、現在のぼくたちと変わらない直線状に自身を位置づけることになるが、この段階では反復する時間概念も強いから、世代概念だけでは放っておかない。

 そこで生み出されたのは「母」である。それが、貝トーテムの段階が意味するものだ。ここで親子婚はタブー化される。

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 ここで考えなければならないのは、トカゲと貝のあいだには、「蝶」と「ザン(ジュゴン)」が控えていることだ。「蝶」はこの段階でトーテムになるが、やがて一方向に進む時間を象徴してトーテムからは離脱する。「ザン」は「胞衣」であり、兄妹でもある。だから、これは兄妹婚を意味することになる。あるいは、「胞衣」を通じて親子婚も許容されるということがあったのかもしれない。

 しかし親子婚は「貝」の段階でタブー化される。

 「蟹」トーテムは、母系社会を意味している。それはあるいは外側からの要請だったかもしれない。「蟹」トーテム化のあとに、「蝶」と「ザン」がトーテムから離脱するのは、それを示唆するのかもしれない。


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2017/06/19

「万葉集に蝶はないが、鳥の歌はたくさん現われる」理由(今井彰)

 『蝶の民俗学』で今井彰は書いている。

鳥は鶏が家畜として身近な存在であったことから、次第に霊性を失っていったことに対して、蝶はその変態の故に、いっそう不思議なものとして存続し、古代人は鳥よりも強く長く霊性を意識したのではなかろうか。このように解釈しなければ、万葉集に蝶はないが、鳥の歌はたくさん現われることが理解できない。

 琉球弧を参照すると、「蝶」はかつてトーテムである段階を持った。しかし、「蝶」はトーテムから離脱して死者の化身のみの意味を残す。ぼくたちの考えでは、それは母系社会の成立とともに、である。しかも、それはトーテミズムの思考が生きているときのことだった。

 なぜ、トーテミズムは生きているのに、「蝶」はそこから離脱することになったのか。それは、「蝶」トーテムが兄妹婚の段階と同期していたからだ。それゆえ、これから生まれる未生の霊としての意味は忌避されるようになり、死者の化身の意味のみを残した。

 鳥は、ぼくたちの考えでは他界の遠隔化にかかわる。琉球弧では、「鳥」は「蛇」の変換形だ。「鳥」にはインセスト・タブーにまつわる忌避感は生じない。そして、「蝶」よりも残存しやすくなる。琉球弧のことをそのまま当てはめるわけにはいかないだろうが、当たりをつけると、それが「万葉集に蝶はないが、鳥の歌はたくさん現われる」理由になる。

 折口信夫は、「沖縄採訪記」で「蝶」は「神の使ひ」と言われているのを書き留めている。

蝶(ハベル)は神の使ひである。その他の昆虫にもいふ様だ。鴉(ガラシ)も、神のぶなぢ(女使ひ)である。

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2017/06/15

「魂のふるさとを訪ねて」(新企画イベント)

 新潮社の「波」に「境界紀行」を連載中の谷川ゆに(吉田麻子)さんとペアで、新企画「魂のふるさとを訪ねて」というイベントを行ないます。

 谷川さんが昨年、吉田麻子名で出版した『平田篤胤』は好評を博しているので、お読みになった方も多いことでしょう。(参照:『平田篤胤 交響する死者・生者・神々』

 谷川さんが現在、「境界紀行」でやっているのは、言わば縄文的な身体性で本土や琉球弧を捉えるという試みですが、それにぼくが、琉球弧の方から応答する形で対論を組みます。言ってみれば、原始と現代、本土と琉球弧に共鳴の回路をつくろうというもの。大きなテーマだけに多少ビビッてますが、面白いと思います。

 初回は、太宰治の「うちへ帰る」(『人間失格』)という言葉を手がかりに、「うち」とは「この世ならぬ世界」、「魂のふるさと」ではないかと掘り下げる谷川さんに対して、それが、琉球弧からみればどの段階の野生の思考に当たり、それが本土ではどのような現れ方をしているか、喜山が言及していくことになるでしょう。

 7月1日ですので、お時間ある方はぜひ目白に足をお運びください。

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2017/06/14

「生命の自己表出史 多層自己論」(青木正次)

 人間と自然の関係は、「食う-食われる」から、たがいに共鳴して感知されるようになると、「養う-養われる」という性の水準に移行する。生命は「界」像をなす、と青木は書いている。

食う作動は共振する場「界」を吐いて、生命じたいを包むように感知される。我らの想像しやすいイメージでは、「母胎」という界像だろう。食う作動は声を吐いて、そこに界像を含むようになり、その共鳴する生命は「うた」声をなす。

 「この段階で、生命システムは「特定の空間内に実現していく」」。

 ここでは暗示を受け取りたいのだが、食って吐くは「声」を意識化させる。石垣島の創生神話で、ヤドカリと人間の兄妹が「カブリー」と言って出現するのはこの位相を指している。(参照:「アマム(ヤドカリ)の身をやつした姿」

 「「母胎」という界像」は、琉球弧からみれば、サンゴ礁という貝を意味している。そこで、「共鳴する生命は「うた」声をなす」。形成された界像は、「声」をこだまさせ、それが歌を形成する。

 神や神がかりに頼らない青木の議論は、思わぬ角度から視野を与えている。

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2017/06/13

『民俗学の愉楽―神と人間と自然の交渉の学、谷川民俗学の真髄』

 FOR BEGINNERSと銘打っているものの、中身は民俗学の入口に導ているのではなく、この時点での谷川健一の問題意識のフロントラインを開陳していて本格的だ。ただ、入門者にこそ本格的なものを投げかけなくなるのは分かる。

 いくつか対話を試みておきたい。

 まず、「うぶ神とうぶすなの神」。うまれたばかりの子供を守るのは、「うぶ神」。

 赤ん坊が一人で寝ているとき、にこっと笑う、あるいはむにゃむにゃとしゃべっていることがある。土佐ではそのような情景を、うぶ神があやしているという。

 「うぶ神」は「一人ひとりの守護神としての役割を果たし、その子の魂の守り神である。この場合は、土地に結びついた神ではない」。

 これに対して、「うぶすなの神」は「産屋の砂を神格化したものである」、うぶすなは、「産土、生土、本居という字があてられてきたが、これは産屋の砂が人間出生の原点であることを示しているとみてよい」。

 ぼくたちの理解では、「うぶ神」も「うぶすな神」も、「胞衣」にかかわってる。赤ん坊をあやしている「うぶ神」は、もう一人の赤ん坊である胞衣が神格化されたものだ。これに対して「うぶすな神」は、海(サンゴ礁)という胞衣が「砂」を通じて神格化されたものだ。だから、象徴的な思考のなかでは両者は、似ているものとして同じと見なされている。

 「砂」は、胞衣それ自他を象徴するというよりは、胞衣から生まれし者を含意する。だから、「うぶ神」が、子供と胞衣であるのに対して、「うぶすな神」は、子供と海(サンゴ礁)の子という微妙な位相差がここにはあることになる。

 続いて「山の神」。

 山の神を女性とみる向きもある。後世ではずいぶんと人間臭くなり、嫉妬深い女性と見立てられている、しかし、時間をさかのぼれば、山の神はもともとは狼や熊だったのである。

 人間と自然との関係が性を捉えるようになると、山(森)の産出力を介して、山には女性性が与えられるようになる。谷川が言う通り、その前から狼や熊は相応の存在だった。ここで、「山の神」という表現を補っておけば、狼や熊は、山の主ともいうべき精霊的な存在だということになる。

 折口信夫を援用したマレビトについてはこうだ。琉球弧のアカマタ・クロマタ、マユンガナシや秋田のナマハゲは完全なマレビトで、「他界身」と「人界身」を持つ。不完全なマレビトは、「人間の姿」になることはない。例としては「白鳥やイルカ、ジュゴン」などがある。

 これはどう解きほぐせばいいだろうか。対象に自分の他界の姿を見るという意味では、「完全なマレビト」も「不完全なマレビト」も本質的な変わりはない。ただ、「完全なマレビト」の場合は、人間の元の要素として複雑な姿を採ることができる。たとえば、アカマタ・クロマタは少なくとも蛇と植物をまとっている。一方、「不完全なマレビト」は、ジュゴンならジュゴンは他界のひとつの姿を採るにすぎない。「完全」と「不完全」は、そういう違いではないだろうか。

 谷川は、自身を柳田や折口の「忠実な弟子」として、「古代日本人の世界観や死生観を解明しようとしてきた」として、民俗学を「タマシイの科学」と位置づけている。

さまざまな手がかりを求め、そこから後代に付与された属性をはぎとっていくと、日本という国の枠を超えた、普遍的な人間のありのままの姿が現れる。

 ぼくはとても弟子と言える筋合いではないが、ここにいう「普遍的な人間のありのままの姿」を志向するということについては、引き継げると思う者だ。

 

『民俗学の愉楽―神と人間と自然の交渉の学、谷川民俗学の真髄 (FOR BEGINNERSシリーズ)』

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2017/06/12

「恋愛関係嫉妬時の情動とコミュニケーション反応-嫉妬の強さおよび性との関連-」(和田実)

 何もこういうことに冷徹な視線を向ける気はないのだが、こういう研究があることに驚いた。

 和田実は、嫉妬時のコミュニケーション反応について、四つの因子を仮説している。

 1.非難・喧嘩
 2.所有(自分のもの)の表示
 3.相手の反応確認
 4.否認・回避

 「相手の反応確認」というのは、「不安そうに振る舞う」、「傷ついたように見せる」ことで、「否認・回避」は「平気なふりをする」「嫉妬していない」と「自分の感情を否定する」ことだ。検証の結果では、この4つの仮説は支持されたと著者は言う。

 興味深かったのは、次のことだ。

相手の反応確認というのはこれまで見出されておらず、日本人特有のものかもしれない。というのは、日本文化の中で嫉妬を表明すること自体抵抗があるので、直接的な行動ではなく、間接的な行動で訴えて相手の反応を窺うのである。

 そんな日本文化があるのか知らないけれど、これはそういうより、個人が明確には区別されていない、ということではないだろうか。

 それから、こうした研究に関係をよりよく育むという視点は盛り込めないだろうか。そうしたものを読みたいと思う。

 
 

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2017/06/11

ザン(ジュゴン)儀礼の幻視

 幻視するザン(ジュゴン)儀礼の細部をみておく。

 ザン(儒艮)は群をなして寄るのではなく、二三匹或は数匹が、リーフの割目に沿うて時たま浅瀬まで上って来る事がある。漁夫はこれを捕獲しても家に持ち帰らず、浜で料理して食うに過ぎない。家に持帰ったら、その家の主婦が死ぬか、家族の者が海において不慮な災難に逢うものとされている。ザンが上ると時化が来るといわれ、ノロや神人に世直しの祓いをして貰う事になっている。(島袋源七「沖縄における寄り物」「民間伝承」15巻11号(通巻162号)、民間伝承の会、1951年11月)

 ザンを家に落ち返ると、「主婦が死ぬ」と「海で遭難する」。この他に、妊婦が食べるのは安産に効くとも言われる。

 ここから類推できるのは、ザンを男性だけで食べるということが、「無事な出産」と「海で遭難しない」に結びつくということだ。ぼくはここに、ザンとの交接も想定する。

 ザンを食べる。胞衣を食べるということだから、「安産」。また、サンゴ礁の精霊と同一化することにもなるから、「海で遭難しない」。

 ザンとの交接。兄妹婚と同じだから、兄妹の婚姻の先取り。

 後者にサンゴ礁の精霊との一体化を加えるべきか、分からない。交接がこの段階で一体化を意味していたか、不明だ。

 ザンとの交接は兄妹婚の禁止とともに意味をなくす。ザンとの交接が、ただの風俗のようにかすかに残存。ザンを食らうことは残存し、その意味も変形されつつ継承された。

 

 

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2017/06/10

「性と「人間」という論理の彼岸」(小馬徹)

 小馬はトーテミズムについて、書いている。

 トーテミズムという思考は、原体系としての動(植)物の全体的な相互関係をまず想定して、それに重ね合わせて人間集団の関係全体を分類し、両体系が照応しつつ統合されている全体として世界を理解しようとするものである。だから、動(植)物は人間の始祖であり、一方では同氏族員や結婚相手でもあり得ることになる。トーテミズムとはまさに、人間観にこうしたほとんど際限のない自由さを与える思考法なのである。

 ふつう、人間と動植物との結婚は、過去になればなるほどあり得たと思えるかもしれない。しかし果してそうだろうか。それがなくても、人間と自然は交感、交流しあっていた。その力が弱くなって、「結婚」という媒介は必要になってきたのではないだろうか。むしろ、人間と動植物との結婚は、交感、交流の力が弱まったことの現れなのではないか。

 そして、こうなるためには、人間と自然の関係が、「食べる-食べられる」から、「養う―養われる」ものとして、性が主題に上がってこなければならないと思える。

 トーテミズムの分節水準では、

動物と人間の結婚も論理的に可能になる。こうして日本を初め、世界各地で無数の異類婚姻譚が育まれてきた。

 小馬の言い方をならっても、トーテミズムが生まれたものであるように、異類婚姻譚も発生した段階があることを追認できる気がする。


 ところで、 「インセストとしての婚姻」で、インセスト・タブーと「時間」の関わりについて書いた出口顯は、こう注釈している。

 インセストという交換の命令により、近親者が他の集団へ配偶者として与えられてから、一方よその集団から自らの集団に配偶者が婚入するまで、当然ながら時間的隔たりがあることを考えれば、インセスト・タブーが時間の生成をもたらすものであることはたやすく理解できるだろう。

 ぼくたちはもっと根源的に、「死の発見」による衝撃と世代の発生が、親子婚の禁止に関わっていると考えているから、時間こそがインセスト・タブーに深く関与していると言うことになる。そして禁止は、時間観念を進展させていくのだ。

 

『近親性交とそのタブー―文化人類学と自然人類学のあらたな地平』

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2017/06/09

「インセストとしての婚姻」(出口顯)

 出口顯はトーテミズムについて書いている。

このトーテミズム的分類法では、人間と動物は祖先と子孫の関係や配偶者の関係、つまり「同一者」になることがある。そのため人間が動物や魚の肉を食べるのは共食い(カニバリズム)になる。

 琉球弧のジュゴンが他のトーテムと違い特異なのは、ここでいう「配偶者」のポジションにあったことだと思う。ぼくはそれを今のところ、性の導きのような儀礼のなかで行われていたと考えている。兄妹婚に入る前に、大人になりかけた少年をジュゴンと交わらせ、家に戻ったときの準備をするのだ。

 しかし後世に伝えられたのは、出産の安全のためということだ。ただ、ジュゴン儀礼があった段階では、ジュゴンとの交接と出産が結びつけられていたわけではない。性交と出産のあいだには結びつきはまだ捉えられていないからだ。むしろ、胞衣としてのジュゴンを食べることのなかに、出産の安全は先取りされていた。ジュゴンと性交するのは、兄妹婚の先取りである。

 あるいはそうではなく、海の精霊である蛇の力の獲得が目指されていたのかもしれない。その方が、後世に海で遭難しないためと伝えられた伝承とも合致するのかもしれない。

 また出口は、インセスト・タブーは「時間」に関わっているとも指摘している。

インセストとその禁止は、時間という概念やカテゴリーの成立とかかわっている。
時間は反転循環しながらもなお可逆的に推移しているのであれば、同一視される互隔世代の間の差異あるいは時間的ズレを反復循環に還元しないで、時間の流れの中に展開させてみるなら、世代の流れは、上位から下位へ一直線に下降するものではなく、祖父母(G1)と孫(G3)が隔たりながらもなお結ばれることから、螺旋的なもの、しかもG2の世代のものは別の螺旋を形成するから、二重螺旋的なものになる。

 インセストにかかわる神話を分析するには、こうした「時間に目配り」するのが必要だと続けている。

 ぼくたちも、インセスト・タブーには、時間概念が大きく関わっていると考えてきた。親子婚の禁止は最たるものだし、兄妹婚の禁止も時間概念の獲得による空間概念の拡張に関わっている。出口から受け取るイメージは、電子が原子核の周囲を回っているようなところから、電子の回転が横にずれはじめ、二重螺旋的に進み、一方向のベクトルを持つというようなことになる。

『近親性交とそのタブー―文化人類学と自然人類学のあらたな地平』

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2017/06/08

「インセストとその象徴」(内堀基光)

 「インセストとその象徴」のなかで内堀基光は書いている。

 ボルネオのケラビット族にはこんな説話がある。ひとりの孤児が野生動物と遊んでいるのをみて、村人がそれをあざ笑った。すると、雷雨が突然、村を襲い、村人と少年は石と化した。

 内堀は分析を進めて、この「嘲笑」が、性的な関係を含んで甘えを認め合う「冗談関係」であるのを突き留めている。そして、

インセストの禁止を破ることは人間と動物との境界を破壊することと類比的であり、いわば《自然》(動物)と《文科》(人間)の境界を破壊することである。

 という考えを導き出している。

 ここからいえば、琉球弧の母系社会の出現は、人間と動物とのあいだに境界を設けたことと同義になる。兄妹婚の禁止は、同時にジュゴンとの性的な関係の禁止を意味した。ここでの言い方になぞらえれば、島人が人間的な文化を持ったことになる。

 たしかに、母系社会のあり方は、文化の名に値するようには見える。ぼくは、母系社会の出現の背景に、島人の時間・空間認識の拡大を置いたが、そこには人間と動物の区別という思考を読み取ることができるということかもしれない。

 それでもその後の成り行きをみれば、それは完全には成就しなかったことが分かる。
 


『近親性交とそのタブー―文化人類学と自然人類学のあらたな地平』

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2017/06/07

埋めない葬法と思考

 久しぶりに葬法と思考を考える機会を得た。ここでは、埋めない葬法を取り上げる。

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 現象的に現われる葬る姿勢に対して、そこに宿る思考は多様になる。それは、思考の累積が心の地層として折り重ねられているからだ。

 これを踏み外さずに抽出するには、他界概念に対応させるのがいいと思える。葬法は他界に呼応するからだ。

 「野ざらし」というのは、そう見えるということに過ぎないが、他界を持たない段階では、野ざらしのまま、死体はそのままにしておかれたことは想定できる。外側からみれば、捨てたように見えるが、これは種族の脱皮行為として捉えることができる。

 この類型に樹上葬も対応させてみたが、樹上葬の段階ではすでに、死は発生している。そして再生も考えられている。なぜ、樹上なのか。あるいは、なぜ地面は忌避されるのか。それは地面が死に接しているからではなく、過程の段階をそれは象徴しているのではないだろうか。生者から死者への過程だ。そしてもうひとつ、死者は風になること、つまり蛇の精霊へと化すことが思考されているのではないだろうか。

 種族は定着すると、屋内へ死者を葬り、樹上葬は台上葬へと転換される。ここでは、死者は脱皮とあの世を介した再生とが二重に思考される。ここから顕著になる改葬あるいは洗骨は、骨による再生(脱皮)の儀礼だと考えられる。

 他界が発生すると、葬る場所は、他界に向き合う、その入り口へと転換される。そこでは、再生が思考されている。

 他界が遠隔化されるときには、再生というより、神化が思考されているはずだ。そこで洗骨の意味も、神への浄化の意味合いを強めていく。そして、ここでは死穢の観念も不思議ではなくなる。

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2017/06/06

『神話と近親相姦』(吉田敦彦)

 死は火による料理と結びつく場合がある。

 南米原住民のあいだでは、人間の生命を短くする事件は、人間が太古に火を手に入れ、食物を料理して食べることができるようになった過程で起きたとされる。あるいは、腐木の呼び声に応え、または腐木のある世界に移住したことであったとも語られる。

 アメリカ原住民のあいだでは、生木を燃やすのはタブーであり、枯木と腐木だけが、許された燃料だった。生木を燃やすのは、植物界に対して食人いを行うのに等しい行為だった。

 ところが原始的焼き畑では、彼らの持っている石斧だけでは樹木を切り倒すのは困難だった。そのために、彼らは何日にもわたって幹のまわりで火を燃やし続け、焼いて柔らかくしておいてから斧で伐るという方法を用いる。

 強い印象を残すのは、焼き畑のはじめに当たり、生木を燃やすことが、食人に相当するとされていることだ。しかし、食人の淵源に遡れば、そこではそれは直接的な霊力の転移であり、生命の永続の形だった。つまり、そこに「死」はない。

 食人をタブーとすること自体が死の受容と関わっていることが、ここから示唆される。それは、動物とのあいだの食物連鎖と異なり、人間と植物とのあいだでは、関係が一方的で食物連鎖の環が弱くなるからではないだろうか。

 アメリカ原住民のこの考え方のなかでは、死は完全には受容されておらず、「短命」として捉えられている。寿命という考え方はない。原始的農耕の段階では、植物との関係から死は想起されている。そのとき死は「短命」と解される。自然界に働きかけることが短命を余儀なくしている。人間が自然のなかから姿を現し、自然に対して優位性を発揮しはじめるということは、自然の死を一方的に行うことで、その反作用して死が受容される過程でもあった。

 

『神話と近親相姦』

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2017/06/05

「境界紀行(三)与論島 たましいの行方をさがして」(谷川ゆに)

 風葬という言葉が好きだ。風葬が好きだと言ってもいいかもしれない。それは死者を風に晒すという原義を持つだろうけど、死者が風になると受け止めることもできる。与論では、近代化の過程で風葬を禁じられ、土葬へ移行した経緯があった。しかし、それはスムーズに行われたのではなく、島人の気持ちは抗った。埋葬は「このうえもない不人情」だと感じたのだ。

 谷川ゆには、そこをこう掬い取っている。

 棺を密閉して土中に埋めては、死者はひどく息苦しいであろうし、なんといっても一人きりで闇の中にい続けるのは寂しいであろう。しかし、風葬ならば、そんなことはない。

 ここで谷川が見ているのは、「死者をどこか生者のように扱ってきた」ということ、もっと言えば、死者は生きているということだ。

死は生に緩やかに連続しており、そこに、現代人である私たちの考えるような、はっきりとした断絶はない。

 谷川の感じ方に触発されて、風葬とは死なない葬法なのだと位置づけてみると、見えてくることがある。オーストラリアでひろく観察された樹上葬も、やはり言ってみれば風に晒す。そして彼らの多くが再生信仰を持っていた。つまり、樹上に置かれて身体が朽ちていくのは、再生するまでの過程に過ぎないと見なされたのだ。

 ぼくの考えでは、樹上葬を行なってきた種族が、定着生活に入ると樹上葬は台上葬に転換される。琉球弧の風葬も台上葬のひとつだと見なされるものだ。そして、琉球弧でもかつて再生は信仰されていた。

 樹上葬と台上葬では、地上に置かないことがポイントになる。そしてそれは一見、地上に置いているようにみえる風葬でも同じなのだ。典型的には洞穴近くに置くには違いなくても、「四個の平たい石を置き、その上に死体の棺を載せ」(山田実『与論島の生活と伝承』)る。注意深くみれば、直に地面に触れることが避けられている。

 どうやら再生を信仰した人々にとって、地面とは死を意味していたようなのだ。樹上葬にしても台上葬にしても、大事にされていたのは、死なないことだった。死者は生きているのだから、ということだ。


 さて、与論人にはなじみ深いハミゴーにも、谷川は足を運んでいる。

 ハミゴーは「神壕」とされているけれど、インジャゴー、シゴー、ヤゴーが湧水地であることを考えれば、「神泉」なのではないだろうか。とはいえ、語感は神の泉ではなく、死者(カミ)を迎える泉とでも言えばいいだろうか。

 ここは島人の死生観をたどるうえでもとてもシンボリックな場だと思うのだが、「ハミゴー遊び」の勢いに押されて、もっぱら風俗として、あるいは歌垣の舞台のような紹介のされ方に留まってきたように思う。

 けれど、谷川はここでも浅く掬い取っていない。

 ここに眠る骨となった人たちも、生前はやはり三線にのせて恋の歌を掛け合い、二人きりの洞窟で甘い接吻を交わしたのであろう。そして、亡くなって骨となって納められた後も、歌や踊りに誘われて、生者とともに遊びに参加するのだ。

 生者に加わる死者たち。あるいは死者たちの輪に加わる生者。そうなのだと思う。そういう場がハミゴーだ。ハミゴーを象徴する西向棚(イームッケーダナ)は、琉球の船を迎えた場と言われている。しかし、もっと遡れば、ムッケーダナとは、カミ(死者)を迎える棚、なのではないだろうか。

 谷川は、印象的にこう続けている。

 人はひとりでは生きられない。しかし生きている者同士がつながるためには、死者が必要である。今亡き人のおもかげを抱くことで(あるいはそれに包まれることで)人はやっと個人の輪郭を放擲することができる。

 民族誌は、ふたたび生まれる再生信仰が断念されたところでは、死者は孫のなかに入って孫の成長を助けるとか、兄弟のなかに入るとか考えた種族の存在を教える。これを「記憶」として霊魂の根拠とみなす西洋の人類学者もいる。しかし、「記憶」というのはいかにも「個人」概念の所産だ。観察された種族は、「記憶」として祖父や兄弟を語ったのではなく、まさにいる者として、生者として語っているだろうから。

 記憶、ではなく、「今亡き人のおもかげを抱く」、「あるいはそれに包まれる」ということ。それは、「個人の輪郭を放擲する」回路であるとともに、個人の手前にとどまる回路なのだと思う。

 与論島も風葬もハミゴーも、こんな風に深く触れられたことはなかったように思う。感謝。


『波 2017年 06 月号』

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2017/06/04

親子婚と兄妹婚のタブ-の発生

 巨大なテーマなのだから、もとより試論の域を出ない。ただ、琉球弧の精神史から見えてくるものを備忘しておく。

 親子婚の禁止に、もっとも大きく関わっているのは、「死の発見」ではないだろうか。民族誌をひも解くと、異物の侵入、悪霊の憑依、霊魂の離脱として死は語られ、滅多に病名が登場しない。死は見出された当初、納得のいくものではなく、人間はもともと死なないものであるにも関わらず、外的な要因で死に至らされていると考えらた。死の受容には、相当な時間がかけられている。

 また、死の起源を語る神話では、うっかりして、美しいものに惹かれて、とおよそ人間らしさと死の起源は近接している。死の発見が、親子婚の禁止をもたらしたのを示唆するものもある。(参照:「親子婚の禁止と死」

 人間は死ぬものだという認識を受け入れる。そこで人間は世代の概念を手にする。その世代の概念を手がかりにまず、親子婚は禁止される。たとえば、親子婚の場合、片親がはやくに死ぬということを避けるということがそこには含まれているのではなだろうか。

 人間は〈対〉幻想に固有な時間性を自覚するようになって、はじめて〈世代〉という概念を手に入れた。〈親〉と〈子〉の相姦がタブー化されたのはそれからである。(吉本隆明「対幻想論」)

 ここでぼくたちは、「〈対〉幻想に固有な時間性」を、「死」と解することになる。

 親子婚の禁止に比べて、兄妹婚の禁止は直接的な契機が見い出しにくい。何が隠されているのか、分からない。ただ、こちらの場合は、契機よりも禁止のショックの方がよく伝えられている。それが、琉球弧の「をなり神」信仰だと思う。兄弟が姉妹を「をなり神」として崇拝あるいは思慕する信仰の根強さには、兄妹婚の禁止のショックが横たわっている。

 この場合、男性のみにそれが残っているのではない。女性は、対の対象を神という共同幻想に託しているだけで、本質的には変わらない。

 琉球弧でみた場合、それは女神のなかの女神として女性シャーマンが疎外された「貝」時代のあと、兄妹婚は禁止され、「蟹」をトーテムとする母系社会に入ったと考えられる。すでに「あの世」は発生しており、霊はあの世とこの世を往還するという思考も根づいている。一方で、「蝶」は「ジュゴン」から離脱し、一方向に進む時間認識も進展している。それということは、空間に対する認識も深まりつつあるということだ。この段階では、空間はまだ明瞭な三次元を構成していないと考えられるが、それでも空間に広がりは生まれている。

 あるいはそれは当時、盛んになった大和との「貝交易」の影響を認めることができるのかもしれない。こうした外的なインパクトがなければ、蟹トーテムの段階には入っていなかたのかもしれない。内在的には空間認識の拡大があり、外的には「貝交易」が始まったことで、島人の集落間の交流は盛んになり、それに促されるように兄妹婚は禁止される。

 それが内在的な理由が充分ではなかったことが、その後も兄妹婚をしずかに継続させた背景になる。兄妹婚禁止は、直接的な契機は「死の発見」ほど強度のあるものが見つからず、しかし「をなり神」信仰という禁止のショックが語られるのはそのためである。と、仮に考えておく。
 

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2017/06/03

兄妹婚をめぐって(モルガン『古代社会 下巻』)

 もう顧みられることもない論考なのかもしれないが、兄弟姉妹婚に言及しているのだから眼を向けてみる。

 モルガンによれば、血族のうち、兄弟姉妹のカテゴリーは、「わたくしのいとこ、またいとこ、またまたいとこおよびさらに遠縁の男女のいとこ」になる。これらはすべて「わたくしの兄妹姉妹である」。

 つまり、兄妹婚と言った場合、同母の兄弟姉妹に限らない。これは、マリノフスキーによってトロブリアンド諸島でも観察されていた。ただし、マリノフスキーの場合、婚姻を禁じる母系氏族の範囲を意味していた。

 琉球弧の八重山でも童名に「をなり」「えけり」が拡張されて使われているのを確認できる。ぼくたちはこれを母系社会の名残りを見なしてきたが、もう一段、踏み込んで、母系以前に視野を届かせることができる。むしろこうした呼称が連綿としたのは母系社会の強度ではなく、母系以前の兄妹婚の強度を示すものだと考えられる。

 兄妹婚についてモルガンは推測している。

実際、それは実の兄弟姉妹の通婚から始まり、次第に婚姻組織の範囲が拡大するにつれて、傍系の兄弟姉妹を包含するにいたったのである。

 この拡大のなかで、母のなかの母として、象徴化された女性シャーマンは誕生したのではないだろうか。それは、それは大地母神であり、琉球弧ではサンゴ礁という貝のことだった。

 モルガンは、兄妹婚は「太平洋の人間の住むあらゆる島において一般に行われている」と書いている。このときのモルガンの視野には入っていないだろうが、琉球弧もこの太平洋の島のひとつに数えあげられる。

 
『古代社会 下巻』

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2017/06/02

波照間島の始祖神話・アラマリヌパー

 波照間島の始祖神話。

 世の始まりのとき、ただ二人の兄妹がミイクの洞窟に隠れ、油雨の大洪水に耐えて生き延びた。二人は性行為に無知であったため、最初に生まれたのは毒魚であった。次に海浜からもっと島の方へ上がって、パウイヌツヌウガンのところで妹の脇の下から百足が生まれた。そこで今度はもっと高処に上って、「白石」という地で初めて火をたき、ヤグヌハコといって、「巣」を作ったが、ここでようやく初めての人間の、アラマリヌパーが生まれた。二人の兄妹は、さらに「四つ指す」という星座をモデルにして四つの角の柱を立て、さらに真中にも一柱建てて、最初の屋敷ができ、ここで初めて男カナが生まれた。そして、波照間島の住民は皆、このアラマリヌパーとカナの子孫である。(住谷一彦、ヨーゼフ・クライナー『南西諸島の神観念』)

 これは波照間島の御嶽で祀られる最高神、アラマリヌパー(新しく生まれた女性)の起源神話とされるものだ。

 この神話の最終的な記述の位置はもちろん新しい。しかし、その視線は、「貝」段階から兄妹婚の起源へ向かって掬いあげるところにある。

 人間に先立つものとしてのトーテムは、「毒魚」そして「百足」。この「毒魚」の正体は分からない。毒蛇であれば頷きやすいのだが。「百足」はトカゲの位相を持つと思える。それが「妹の脇の下から」から生まれるのは、的を射る言葉をいまは持たないが、人間の輪郭が浮かび上がりはじめているのは分かる。

 「油雨の大洪水」は、親子婚のタブーを指し、「巣」は「貝」段階に入ったことを示唆する。ここで女性がまず生まれるのは妥当だ。

 兄妹始祖から女性始祖、そしてその次に母系社会の兄妹始祖がやってくる。厳密にいえばもうひとつ、性交と妊娠の因果を受容した後の兄妹始祖が次にくる。

 兄妹は何度もやってくるのだ。

 
『南西諸島の神観念』

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2017/06/01

ぶなぜー神話の位相 4

 多良間島のぶなぜー神話の特徴は、神が発生したときに、トーテムではなく、渡来した勢力でもなく、「兄妹」を神化した点にある。しかも、あからさまに性交と妊娠の認識の受容を盛り込んでいる。

 ここに至るまでには、いくつもの段階が存在する。

 洪水後、

 1.蛇、トカゲ、兄妹(兄妹婚)
 2.蛇、トカゲ、貝、女
 3.蛇、トカゲ、貝、苧麻、(女)
 4.蛇、トカゲ、貝、苧麻、蟹、兄妹(母系社会)
 5.蛇、トカゲ、貝、苧麻、蟹、アマン、兄妹(間接化性交)
 6.神化

 そして、多良間島では蟹もアマンもトーテムとされた痕跡があるのに、残された伝承で、トーテムとしての蟹とアマンは割愛されている。このことの意味するところは大きい。両トーテムとも、兄妹婚の否定のうえに立つ段階のものだからだ。別にいえば、貝や苧麻の段階では、兄妹婚は否定されていない。それが神化の段階で「兄妹」が選ばれたとき、「蛇、トカゲ、貝、苧麻」が残り、「蟹、アマン」が消えた背景をなしている。

 多良間島でも母系社会は経ている。しかし、その影響は小さかったというこではないだろうか。母系社会化している。にもかかわらず、兄妹婚も行われていた。島人の兄妹婚に対する思慕は強かった。そういうことではないだろうか。

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