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2017/05/08

『みみずくは黄昏に飛びたつ』(川上未映子、村上春樹)

 『職業としての小説家』もそうだったが、『みみずくは黄昏に飛びたつ』もたくさんのキーワードが印象に残った。いちばんはこの個所。

本当のリアリティというのは、リアリティを超えたものなんです。事実をリアルに書いただけでは、本当のリアリティにはならない。もう一段差し込みのあるリアリティにしなくちゃいけない。それがフィクションです。

―でもそれはフィクショナルなリアリティじゃないんですよね。

村上 フィクショナルなリアリティじゃないです。あえて言うなら、より生き生きとパラフレーズされたリアリティというのかな。

 小説を書くわけではないぼくはこれを読み換えなくてはいけない。サンゴ礁の思考という琉球弧の縄文相当期を浮かび上がらせようとする試みは、ある意味で「本当のリアリティ」を引き出したいと言うことになると思う。

 残された習俗や伝承をそのものでは、「本当のリアリティ」にはならない。そうなるためには、「もう一段差し込」んで、その習俗や伝承を生きた島人の思考を掬い取らなきゃいけない。「より生き生きとパラフレーズされたリアリティ」へ、と。こういう文脈なら、サンゴ礁の思考もフィクションだ。

 別の観方をすると、縄文期相当の思考を取り出しただけでは、今を生きる人のリアリティに届かない。むしろ、さんざん経験しているようにキョトンとされてしまう。それを「より生き生きとパラフレーズされたリアリティ」にするには、今の人のリアリティのどこかにつながるものに、それこそパラフレーズしなくてはいけない。それも確かだ。

 この二重の作業が、「より他者と共鳴しやすいボイス」に変換することになるのだと思う。

 印象的なフレーズをメモしておく。

ボイスをよりリアルなものにしていく、それが 僕らの大事な仕事になる。それを僕は「マジックタッチ」って呼んでいます。

目よりは耳を使って書き直していきます。

音楽を演奏するみたいな感覚で文章を書いているところは、たしかにあると思う。

メッセージがいちばんうまく届くような言葉の選び方、場所の作り方を見つけていきたいというのが、今の率直な僕の気持ちです。

ものを作る人って、やはり自分にしか作れないものを追求するのが何より大事になってくる。

書いている時間よりはむしろ待ち時間のほうが長い。サーファーが沖合で波を待つのと同じような感じです。

コンピュータの前に座っていても、古代、あるいは原始時代の、そういった洞窟の中の集合的無意識みたいなものとじかにつながっていると、僕は常に感じています。

 ぼくの場合、「常に感じている」というところまで行かないけれど、それを感じられるところまで降りて行って、感じられたとき、えも言われぬ喜びに浸ることになる。

ボイス、スタイル、語り口ってものすごく大事にします。よく僕の小説って読みやす過ぎるっていわれるけど、それは当然のことであって、それが僕の「洞窟スタイル」だから。

古代とか原始時代の洞窟での語り部的なものと、そういう神話性とは、やはりどこかでつながっているんじゃないかな。

僕の文章というのは、基本的にリアリズムなんです。でも、物語は基本的に非リアリズムです。

自分がこれまで何をやってきたかというと、文体を作ること、ほとんどそれだけです。

最初に結論を書いておく。それはネタバレとは違って、こういう物語なんだけど読んでくださいという、一種の口上みたいなものです。作者の宣言。あるいは読者への挑戦。そこにテンションが生まれる。

オルタナティブ・セルフに僕自身がなれる。そういうのは一種の治癒行為にたるんじゃないかなとは思うけど。(中略)それはこっちの道を選んできたことによって自分の中に生じた変化、ひずみみたいなものをアジャストするこです。

新しい文体が新しい物語を生み、新しい物語が新しい文体を補強していく。そういう循環があるといちばんいいですね。

勘を研ぎ澄ませて文章を彫琢していく。

 「応答」と「比喩」

まず、文章がなくちゃいけない。それが引き出していくんです。いろんなものを。

目で響きを聞き取れないとダメなんです。作家は。

文体が自在に動き回れないようでは、何も出てこないだろうというのが僕の考え方です。

スタイル・コンシャス。

 どれも、これから書いていくうえでのヒントだ。


川上未映子、村上春樹『みみずくは黄昏に飛びたつ』

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