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2017/05/28

兄妹始祖神話の位相

 兄妹始祖神話は、兄妹の性交による世の始まりを伝えたものだとよく言われる。しかし、それは間接的なものだというように、ぼくたちは考えてきた。(参照:「琉球弧の兄妹始祖神話(民話)」

 たとえば、よくしられているものに古宇利島の始祖神話がある。

 むかしむかし古宇利(フイ)島(運天港の入口にある小さい島)に男の子と女の子が現われた。二人は裸体でいたが、まだこれを愧ずるという気は起らなかった。そして毎日が天から落ちてくる餅を食って無邪気に暮していたが、餅の食い残しを貯えるという分別が出るや否や、餅の供給が止まったのである。そこで二人の驚きは一通りではなく、天を仰いで、
 たうたうまへされ、たうまうまへ(お月様、もしお月様)
 大餅ちやと餅お賜べめしよれ(大きい餅を、太い餅を下さいまし)
 うまぐる拾うて、おしやげやべら(赤螺を拾うて上げましょう)
と歌ったが、その甲斐も無かった。彼等はこれから労働の苦を嘗めなければならなかった。そして朝な夕な磯打際でウマグルなどをあさって、玉の緒を繋いでいたが、或時海馬の交尾するのを見て、男女交媾の道を知った。二人は漸く裸体の愧ずべきを悟り、クバの葉で陰部を隠すようになった。今日の沖縄三十六島の住民はこの二人の子孫であるとのことだ。(伊波普猷「お隣りのお婆さんから聞いた話」)

 「海馬の交尾するのを見て、男女交媾の道を知った」というくだりは、そのまま受け取るのではなく、性交と妊娠の因果関係を知ったことを言おうとしている。それを媒介を経た性交という言い方で表現したのだ。

 ただ、ここで「海馬」ことジュゴンが出てくるのには、古い歴史が隠されている。この神話を古形にさかのぼれば、たぶんジュゴンが登場することに行き着くのではないだろうか。ジュゴン・トーテムの段階である。そこでは兄妹婚姻が行われていた。ただし、注意しなければいけないのは、ジュゴンはそこで交尾する役で出てくるのではない。人間に先立つものとして現れるだけだ。性交が神話に出るのは、妊娠と出産の因果関係を知ったのは、ぼくたちが読んでいるこの神話の段階でのことだ。

 

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