蟹がトーテムになるとき
蟹は貝に化身するから、貝の子という位相を持つ。蟹がトーテムになるとき、それに対応する人間側の位相がうまくつかめていない。
考えられる可能性は三つある。
1.親-子という世代を持ったこと。
2.兄弟-姉妹間の婚姻が禁止されたこと。
3.日光感精
1は、「死」の発生の契機のひとつになりえるが、それは、貝トーテムの段階の前に発生していなければならない。だから、この可能性はない。
2の可能性はこういうことだ。貝トーテムは女性性を強く持つ。その作用で、蛇トーテムは男性性を帯びることになる。「女性が産むこと」が至上であったとき、貝トーテムと矛盾しない。
しかし、兄弟-姉妹間の婚姻が禁止され、母系社会化すると、貝と蛇を融合する存在が必要になる。子供が女性から生まれることに加えて、母系からの霊力の贈与と考えられる必要があるからだ。蟹は「貝の子」だから貝との結びつきは強い。一方、食べられることからいえば、トカゲ-蛇とのつながりを持つ。つまり、蟹は貝性と蛇性を持った動物だ。そこで、蟹がトーテムとして選ばれる必然性が出てくる。
これは、島人が岡上から浜辺へ居住した段階に対応させることができる。ここで、人間は渚に生まれるという思考も明瞭になったはずだ。この可能性は、考古学上の知見と照らし合わせて確かめていこう。
もうひとつ、民話で、蟹は蛇を退治する役柄として出てくることも、この延長で示唆を受け取ることができるかもしれない。猿蟹合戦も。
3は、いまのところぼくはグスク時代以降のこととして想定している。この場合、御嶽の発生がはやくなってしまうので、この可能性は低いと思える。
2の場合はさらに、示唆を受け取ることができるかもしれないのは、多良間の創生神話についてだ。そこでは、トーテムは蛇、トカゲ、貝、苧麻と、トーテムは揃っているのに、そこで途絶えていることに謎を残す。つまり、その次の蟹が割愛されているのだ。
ぶなぜー兄妹は、津波に襲われるが、ウイネーツヅにのぼってシュガリガギナにしがみついて難を逃れる。蟹は津波やシュガリガギナにはなれないが、島や陸地にはなれる。このウイネーツヅは蟹に相当しているのかもしれない。(参照:「ぶなぜー神話の位相」)
ぶなぜー兄妹はその後、夫婦の契りを結ぶので、母系の壊れと受け取れるが、逆に母系社会以前を示しているのかもしれない。すると、蟹が登場しない理由になる。この場合、ぶなぜー兄妹がトーテムに先立つことと契るところが、後に変形させられたところだ。つまり、神話の原型は、四つのトーテムの後に女が出現していたはずだ、ということになる。
あるいはもっと単純に、母系社会以前の神話の変形の可能性もある。
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