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2017/04/04

中国による琉球刺青記述

 15世紀の『大明一統志』の「琉球国」には、「手に刺青をし」とあり、その注に、『太平寰宇記』の記述として、「婦人は墨で手に刺青をして、龍蛇の文を作る」とある。

 『明代琉球資料集成』の注では、『太平寰宇記』の記述は「ほとんどが『随書』の引用である」としている。一方、伊波普猷は、「支那人には琉球の風俗習慣はかなりよくわかっていたはずだから、黥に関する『一統志』の記述が『随書』の縁引でないことはいうまでもない」と書いている(『沖縄女性史』)。

 冊封正使として来琉した陳侃が記した『使琉球録』では、「婦人は、まことに墨で手に黥をし、指に花鳥鳥獣の形をつくる」と書かれている(蕭崇業、謝杰著 原田禹雄、三浦國雄 訳注)。

 この二書のあいだの『李朝実録』には、「黥」の記述が見られないことから、伊波は「『一統志』が信用できないとすれば、この風習は、この六十年間に始まったとも見られる」と判断が揺れている。この60年というのは、1474年から1534年のあいだということになる。

 この理解では、琉球王朝の勢力拡大とともに刺青が浸透したかのような印象を与える。それは、18世紀の『中山伝信録』では、かつて廃止をしようと試みたがなされなかったという記述とは矛盾しているとも考えられる。

 むしろここは、『李朝実録』に記述されなかった背景を探るほうが妥当ではないかと思える。 


『明代琉球資料集成』

『沖縄女性史』

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