「南島の入墨(針突)について」(小原一夫)
小原一夫が『南島入墨考』(1962年)を出すずっと前に、針突きについて論考を発表していた。その1947年の「南島の入墨(針突)について」は、『南島入墨考』の部分要約に見えて読み流してきたが、注意していると、ここにも重要な記述があった。『南島入墨考』では割愛された箇所だ。
昔から伝わるこの入墨の文様を、左手と右手とを突き違えた入墨施術者に、美しく優しい八重山乙女が自らの手を食ひ切って、再び突き直させたと云う挿話が、今にも語りつがれて、これが如何に重要であり、且つ神聖なものであったか、と云ふことを示して居る。
右手左手の文様の違いには意味があったこと、とても重要だったことが示されている。それを知らずに追ってきたぼくたちの眼にも、左右の違いに格別の意味を見出してきたから、この聞き取りはかけがえがない。
もうひとつは奄美大島の歌謡だ。
彩入墨つかし
片手ささぐれば
天の白雲を取つたごとくに
この歌謡は、針突きをした女性の、誇らしげで躍る気持ちが伝わってくる。輪踊りの詞の横に置くといい。
腕あげれあげれ綾はづち拝ま
腕あげれあげれ玉乳拝ま
針突きについて書かれたものはいくつかあるけれど、重要な示唆は、大部分は小原の取材した伝承や老女からの伝承から受け取っている。調査時期がはやかったことにも依るだろうが、小原には何かそういった大切なものを引き寄せる力があったのではないだろうか。
参照:「琉球文身」
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