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2017/04/03

刺青・仮面・衣装

中沢 刺青(ペインティング)と仮面の問題ですね。この二つはだいたいいつも一致していますが、仮面の文化が最も発達した地域がアフリカだということには何か意味があるような気がします。仮面を着装することによって、人間と動物の間の存在に変わっていく。ラスコーの洞窟に描いてあるシャーマンも仮面を着装しています。ところがインドだと仮面ではなく人間の体の半分が動物になった神々がいっぱい出てくるのですが、あの神々-牛の神様やら馬の神様やら象の神様やら-は起源が本当に古いのだろうと思います。(「人類の自然」中沢新一+山極寿一)

 ぼくの観点からいえば、「刺青(ペインティング)と仮面」が「一致」するのは、ともに霊魂の発生を物語るからだ。 これに対して、インドの半人半獣は、人-動物のトーテム像に淵源を持つことになる。ただ、この理解だと、ラスコー洞窟の人物を「仮面」と解すると、そのことには答えられなくなる。

アニミズムの社会において、動物の身体に扮することと、動物の形をした仮面を着用することは、同じ意味を有していない。というのも「衣装を身につけるとは、動物の肉体を獲得することであり、仮面をつけるとは、動物の内面性を獲得して、その内面を部分的に支配することなのだ」(Descola 2010:36)(トマ・ゴルセンヌ「装いの系譜学」)

 「動物の身体に扮することと、動物の形をした仮面を着用することは、同じ意味を有していない」のは同感だ。ただ、言い方は少しちがってくる。「衣装を身につけるとは」その動物への変態を意味しており、「仮面をつけるとは」、その動物の霊魂を持つことで、その動物に変態することを意味している。だが、「その内面を部分的に支配することなのだ」とまでは、言えない気がする。


『現代思想 2017年3月臨時増刊号 総特集◎人類学の時代』

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