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2017/04/28

『日本人の女神信仰』(吉田敦彦)

 吉田敦彦の女神像は、徹頭徹尾、人間的だ。吉田は、クロマニョン人が残した壁画やその所在の洞窟について触れて、こう書いている。

 このことからこのような岩壁画の描かれた地下の聖所が、クロマニョン人たちによって、彼らの暮らしに必要なこれらの動物を、無数に妊娠しては生み出してくれる、有り難い母神の子宮と見なされていたことが、明らかだと思える。またそこに行き着くために通らねばならぬ、迷路のような長い地下の通路はまさしく、その母神の産道に見立てられていたにちがいないと想像できる。

 クロマニョン人はとても発達した思考を持っていたと思える。ただ、彼らのことを脇に置けば、初源は人間は自然のなかから立ち上がるもので、人間が自然を立ち上げるのではない。クロマニョン人が、吉田のいう「見立て」を行なっていたとしたら、すでに人間を介して自然を解釈する眼を彼らが持っていたことになる。

 思うに、自然の産出力に、女性の産む力を重ねたときに生まれるのが大地母神あるいは女神の像だ。この女神の持つ位相は、狩猟・採集の段階から農耕にいたるまでさまざまでありうるが、少なくともその初期においては、自然の産出力のあり方を通じて、女性の産む力を見出したことになるはずである。

 だから、吉田の女神像は、その後、人間が自身と自然を区別し、人間身体の方から自然を解釈する段階に入って以降のものだと考えられる。

 吉田は、女神の後継の姿として、「山姥」を挙げているが、その通りそれは女神の零落した表象だと思える。

 この「山姥」あるいは「祖母」の持つ位相は、対幻想を共同幻想に同致できるような人物を、血縁から疎外したとき家族が発生したという吉本隆明の言葉を思い出させる。

 「山姥」が引き継いだ女神の位相は、初期のシャーマンが象徴した女神像なのではないだろうか。

 

『日本人の女神信仰』

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