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2017/04/29

サンゴ礁期の対幻想

 試論の域を出ないが、吉本隆明の「対幻想論」での議論を、琉球弧に引き寄せて読み換えてみる。

 男・女神が想定されるようになると〈性〉的な幻想に、はじめて〈時間〉性が導入された。
 〈対〉幻想のなかに時間の生成する流れを意識したとき、そういう意識のもとにある〈対幻想〉は、なによりも子を産む女性に所属した〈時間〉に根源を支えられていると知ったのである。
 〈時間〉の観念は自然では、穀物が育ち、実り、枯死し、種を播かれて芽生える四季としてかんがえられた。人間では子を産む女性に根源がもとめられ、穀母神的な観念が育ったのである。
 この時期には自然時間の観念を媒介にして、部族の共同幻想と〈対〉幻想とは同一視された。
 このように穀物の栽培と収穫の時間性と、女性が子を妊娠し、分娩し、男性の分担も加えて育て、成人させるという時間性が違うのを意識したとき、人間は部族の共同幻想と男女の〈対幻想〉との違いを意識し、またこの差異を獲得していったのである。もうこういう段階では〈対〉幻想の時間性は子を産む女性に根源があるとみなされず、男・女の〈対幻想〉そのものの上に分布するとかんがえられていった。つまり〈性〉そのものが時間性の根源になった。
 自然の産出力に、女性の産む力が重ねられるようになると、対幻想にはじめて空間性が導入された。サンゴ礁の自然では、何もないところから、貝や魚が産み出される。その空間性は、人間では子を産む女性に根源が求められ、大地母神的な観念が育ったのである。この時期には、胞衣(子宮)空間の観念を媒介にして、種族の共同幻想は対幻想と同一視された。

 時間性の方からいえば、サンゴ礁から日ごと生まれ死に移行する太陽や月の反復と、人間の生死と再生とが重ね合わされた。

 しかし、女性はサンゴ礁のように、常に子を産んでいるわけではなく、サンゴ礁の持つ時間性とは矛盾している。この矛盾を初期のシャーマンは同致する役割を担った。

 人間は〈対〉幻想に固有な時間性を自覚するようになって、はじめて〈世代〉という概念を手に入れた。〈親〉と〈子〉の相姦がタブー化されたのはそれからである。

 人間は〈対〉幻想に固有な時間性、つまり死を自覚するようになって、はじめて〈世代〉という概念を手に入れた。〈親〉と〈子〉の相姦がタブー化されたのはそれからである。


『改訂新版 共同幻想論』

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