与那国島の刺青デザイン
池間栄三は『与那国の歴史』で、与那国島の刺青デザインを模写している。
与那国島の刺青デザインは石垣島と似ている。ただ、同一というわけではもちろんない。指の背の文様は指先に近づくにつれ、先が尖るのがふつうだが、先をふたたび臼のように太らせているのは特徴的だ。与那国島はここだけ見ても、この島と名指せるほどだ。
また、久米島のデザインとも類縁を感じさせる。
思い出させるのは、明治期の『マーチェサ号航海記』に描かれている刺青文様だ。
このデザインは、肝心の尺骨頭部の文様がないのが不自然なのだが、甲と指の背から見る限り、この女性は与那国島にゆかりを持つ島人だったのではないかと思わせる。
池間は書いている。
入墨の風習は貧富の区別なしに行われ、嫁入り前、叉は出産前後になると、吉日を卜して親類、知人の女を集め、施術者を招いて、茶菓で祝事を行い、入墨を施した。施術は非常に苦痛であったようで、施術中は母親や集った女達がよってたかって娘の手首や腕を握り、体を抱いて、入墨を強行した。
施術の模様が目に浮かんでくるようではある。しかし、池間はどちからといえば否定的な眼差しを注いでるように見える。これだけ丁寧にデザインを模写したのだから、個々の文様の名称や意味の聞き取りもしてほしかったものだ。
琉球刺青は、記録者がいるだけでは足りなかった。記録する者に、近代の偏見を払拭できる懐も必要だった。
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