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2017/03/20

「峯間(んにま)御嶽」『宮古史伝』

 慶世村恒任の『宮古史伝』を続ける。峯間(んにま)御嶽。

 友利村のアマリ山の下にわずかな村。津波により洗い去られる。アマリ山大ツカサは、アマリ山の嶺の上に草庵を結び一人住いし、「一匹の犬を愛養して」暮らしていた。

 倭人(やまとびと)が平安名の宮湊浜に漂着。蛮人島か無人島かとと上陸してみると、「犬の足跡」が見える。人里の証拠と足跡をたどってアマリ山に行って、アマリ大司と夫婦になり、子孫繁昌した。アマリ邑はいまはないが、嶺間山は夫婦の根所だとして、御嶽を立てた。

 慶世村は、ここから「宮古の人は犬の子」という「侮蔑の言」の話題に移っているが、もちろんことはそういうことではない。

 ここで「犬」と人は、隠喩的な関係ではなくて、人との近さという換喩的な関係で捉えられている。だから、犬祖伝承にはなっても、トーテムではない。むしろ、「犬」とは人との近さから換喩的に置き換えられたトーテムではないだろうか。

 この伝承も逆戻ししてみれば、嶺間から出現した兄妹始祖の神話だったと考えられる。そしてもうひとつ、無人島かと思ったら人里だったというくだりは、ヤドカリを放ってみたら繁殖していたので人が住めると判断したという与那国島の伝承を思い出させる。

 ここで、この女性の名であるアマリは、アマムの置き換えだと想定してみる。つまり、アマム(ヤドカリ)がまず嶺間に出現して次に兄妹が現れた、という神話だった。アマムやトーテムが否定された段階で、トーテムは女性の名となり、婚姻するために男は来訪者となり、海岸添いに住む島人の近くにいるアマムは、「近さ」から「犬」に置き換えられた。そう捉えると、この伝承の変形の構造が見えてくる。

 F(トーテム(アマム)):F(始まりの存在(女))=F(始まりの存在(神):F((アマム)-1(神の使い))

 そして、アマムが、「神の使い」の同位相として「犬」に置換されたとみなすのだ。

 

『新版 宮古史伝』

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