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2017/03/16

「貝塚時代前Ⅳ期における南西諸島と南九州のインタラクション」(平良理揮)

 平良理揮の「貝塚時代前Ⅳ期における南西諸島と南九州のインタラクション-縄文的イデオロギーの転換・維持・変容」(『日本情報考古学会講演論文集』)から。

 貝塚時代前Ⅳ期には。「尖底から平底様式への画期的な転換」が見られる。「貝塚文化独自の尖底様式から縄文的な平底様式へと大きく変化する時期」。

 貝塚時代前期を通して「南九州と最も頻繁かつ密接なインタラクションが存在していた」。しかし、「在地様式と南九州とでは共有する属性は少ない」。「市来式の影響」について、影響は確かに受けているものの、「市来式の特徴的な口縁部や文様などは模倣する程度にとどまり、在地的な特徴としては取り込んでいない」。「自然に模倣してしまうほどの密接な接触ではなかったとも考えられる」。

 「南西諸島は深鉢形を模倣して変容し、南九州側は壺を採用して独自の装飾を施す」。

 この時期は「蝶形骨器」の出現の時代でもある。

 さらに、集落構造の変化と定住化の促進、島への適応、墓の出現、生業の変化など様々な変化が貝塚前Ⅳ期にみられる。特に、南西諸島では産出しない黒曜石やヒスイ製品などが流入するようになることは、遠隔地との交易を行い、縄文文化のネットワークに参加するプロセスと考えうる。

 サンゴ礁を背景にした「蝶形骨器」の時代は、やっぱり画期なのだと思う。この論考は、一方的な被影響だけではなく、影響を与えたことへの視点が新鮮だった。


 

 

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