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2017/03/18

「子方母天太」と「船立の神」(『宮古史伝』)

 慶世村恒任の『宮古史伝』から、「天太の世以前」を読む。

 「子方母天太と大主兄弟の神々」を神話として見て、これを逆戻しにしてみる。

 女が入る「原の小森」は、身近になった「あの世」のことだ。夜中に鳴る「雷」のような「異様な物音」は蛇の精霊の行為であり、翌朝訪れる「赤い鳥」は蛇の変形である。ここでも、蛇は鳥に変形されることがわかる。「赤」の色には貝も示唆されている。

 原型を求めれば、「原の小森」で蛇と貝の霊を受けた女が卵から子を産んだという筋が考えられる。そして、女は太陽も生むのだ。

 (蛇と貝の精霊)と(その子)という神話は、天や神の出現によって、「子方母天太(ねのほうまてだ)」として崇拝される存在に変形される。崇拝されてはいるが、これは零落形に他ならない。

 問題は、女が一人で卵なり子を産むことだ。兄妹として現われているわけではない。すると、この神話は、母系以前の痕跡をとどめているのではないだろうか。

 それでは「をなり神」不在と言われる宮古島は母系社会を通過しなかったのか。それはそうではないと思えるのが、「船立の神」の由来譚だ。

 ここで久米島と言われているのは、宮古島にとっての遠隔化されたあの世のことだ。そこから、兄妹が漲水に流れついて、「朝夕里人に使われ水を汲み薪を拾いなどして細い煙を立てていた」と書かれるように細々と生きる。

 やがて誤解が解け、ふたりは「鍛冶の神、農耕の恩人」として崇められることになるが、これも零落の姿である。

 伝承の原形は、兄妹からこの世が始まったという始祖神話だったろう。それが、他界の遠隔化以降、零落した姿でしか登場できなくなったことを示している。「船立の神」の由来譚は、宮古島も母系社会を通過したことを暗示するものだ。


『新版 宮古史伝』


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