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2017/01/22

「宿神論」(服部幸雄)

 1974年。いまから42年も前になる。雑誌「文学」の「宿神論」で、服部幸雄は書いている。

シャグジ・シャクジン・サクジン等々と、前記のシュクシン・シュグジン・シュグジ等々との間に、本質的な違いはなく、いずれも辺境に斎き祀られて、外敵を降伏する地境鎮護の神であったといってよいのであろう。それが、辺境に住まうことの多かった人たち-いわゆるシュク(夙)の人たちや、放浪する人たちによって篤く崇敬されていたであろうことは勿論jである。(「宿神論」下)。

 服部も、シャグジとシュクシンとを言葉として結びつけようとしている。ぼくが付け加えることがあるとすれば、「いずれも辺境に斎き祀られて、外敵を降伏する地境鎮護の神」は、シュクが身をやつした姿のことであり、もともとは「世」からの霊力の現われそのものを指していた。シャグジという「石の神」は、境界に置かれたシャコ貝と位相同型にある、宿神を守護神とする人々が「最も神聖なるものとして敬う翁および翁の面」(「宿神論」上)は、来訪神と位相同型にあるものだ。

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