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2016/12/27

『魂の形象―南西ニューギニア・ミミカの図像』(小林眞)

 ミミカ族は、ニューギニア西部の南側に分布する部族。小林眞のこの本は、ミミカ族のアートオブジェを追い、その図像の解読を目的としている。ぼくも琉球刺青の図像の解読を試みてきた。小林さんとは関心が重なり合う。

 下図をみれば、小林の探究が丹念に行われているのが分かる。

2

 ここでの関心からいえば、ミミカ族の刺青文様を見ることになる。

Photo

 上図(15)(の文様について、小林は「人体においては臍、女性器、男性器、目や骨の表象にも一部似ている。自然界においては、大地と海、雷の象徴表現に類似している」と書いている。

 すでにミミカ族においても文様の意味は不明であったわけだ。十字は琉球弧でも頻繁に現れる。(15-2)(15-3)は、徳之島が重視した図像に似ている。また、目を引くのは(14-1)が「骨」を表していることだ。これは、喜界島の手首内側の文様に似ている。下図の真ん中の例だ。

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 ただ、この文様は、喜界島の他の例と照らし合わせると、下図の同位置のトーテムと霊魂表現を融合させたもののように見える。

2_2

 それでも対照したくなるのは、刺青は骨に染みることが目指されたように、刺青は骨とつながって表象されていたと思えるからだ。

 ミミカ族の刺青文様は、琉球弧と同様にアルカイックの域を出ないばかりか、数も少ない。しかし、それはミミカ族のデザインが貧弱だということを意味しない。彼らは、刺青の他、ボディ・ペインティングも行っているし、盾やカヌーにもさまざまなものたちを象っている。特に祖霊像は豊かだといっていい。

 ミミカ族は、特に刺青に固執する理由を持っていないということだろう。

 ここで立ち止まれば、刺青に固執するということは、身体が表現の場として重視されることを意味する。これは、霊魂の衣装として身体を見出していることを意味するが、霊力の方からみても、身体と霊力の結びつきが保たれていることを意味している。刺青を重視する種族は、霊力思考も濃厚であることが条件であるのかもしれない。

 祖霊像を持つように、ミミカ族は霊魂思考を発達させている。これと、刺青を離れるのは相関があるのかもしれない。

 参照:『環太平洋民族誌にみる肖像頭蓋骨』

『魂の形象―南西ニューギニア・ミミカの図像』

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