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2016/11/12

奄美大島の「針突き(tattoo)」デザイン

 奄美大島の針突きについて言うべきことは多いが、思考の内容は明瞭だ。

 山下文武は『奄美の針突』で、大島の基本的な文様をたくさん挙げている。

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(図1:基本文様、山下文武・同前)

 これに先立ち、三宅宗悦は、基本模様として1(マキ、ゴロマキ)、2(亀首、カメンクビ)、3(アズバン)を挙げていた(「南島婦人の入墨」)。

 ぼくたちはここで、トーテムと霊魂という針突きの思考を受けて、渦巻きの1(マキ)と十字の3(アズバン)の二つに絞ることができる。

 この基本形がどのように展開されていくのか。それはゴージャスだと言っていいたのだが、鎌倉芳太郎が取材した「ハナハヅキ」と呼ばれる一群の例を挙げてみよう。

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(図2「ハナハヅキ例。1、2、3、5(小原一夫『南嶋入墨考』)、4、6、7(三宅宗悦「南島婦人の入墨」)、8(鎌倉芳太郎『沖縄文化の遺宝』))

 見事ではないだろうか。ここで基本形に還元すれば、3、4が十字(アズバン)でそれ以外は渦巻き(マキ)になる。1は、渦巻きが明瞭で、喜界島で「貝の蓋」と呼ばれたように、これは貝トーテムを示している。、あた、2の中心や5、6は「貝-太陽」のモチーフが展開されたものだ。その延長に7が生まれていると考えられる。8は、「牡丹の花」と呼ばれているが、祝女の神扇や来間島の伝承が示すように、「牡丹の花」は「貝」が変形されたものだ。

 1、2の例では、曲線で囲みを作り、その内部を全面的に使って文様を展開させている。ここには世界観が凝縮されていて刺青した女性たちの弾む心まで感じられてくる。まるでネイル・アートだ。いやこれは、プレ・ネイルアートと呼ぶべきだろう。

 あるいはこう言ってもいい。この囲いはサンゴ礁だ。そしてそれは貝でもあり、特に例2はそこから太陽も生まれている。これは、サンゴ礁が生まれて以降の島人の神話空間を見事に写し取っている。そしてそうなら、島人はここに胞衣や女性器も見ていたはずである。

 興味深いのは、ふつう十字は直線のみが強調されるが、3,、4では曲線が取り入れられ、柔らかい印象を残すことだ。十字ではあるが、太陽をほのかに思い出させるデザインになっている。これは、直線の強い徳之島とは対照的に霊力思考の強さを示唆しているのかもしれない。

 この一群を「ハナハヅキ(花刺青)」と聴取したとき、鎌倉芳太郎は、これが段階名であることを示している。

 フシハズキ(節刺青):12,3才頃に入れる。指のみ。
 ハナハズキ(花刺青):17才の頃に入れる。
 テビラハズキ(手背刺青):結婚を機に入れる。結婚、出産と分けて片手、両手に入れることもある。
 ウデハヅキ(腕刺青):ハナハヅキのときに入れる場合もあれば、遅れて入れる場合もある。その子の好みによると鎌倉か書いている。

 指の背から始まり、17才になると「ハナハズキ」をし、結婚や出産で塗りつぶすという過程を経るわけだ。沖縄島では、人生階梯の最後に拡張することが重視されているが、奄美大島と喜界島では、結婚や出産の機に塗りつぶすことが重視されている。

 そこで大島の典型例を挙げるとすれば、鎌倉のメモつきだが、これがもっとも相応しいと思える。

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(図3:大島典型)

 鎌倉はここで、「ハナハヅキ」は、「手背が花文を黥するに因りてこの名あり。美の象徴として黥す」とメモしている。アヤハヅキ(彩刺青)は、針突きの美称で、「タマハヅキ」「ハナハヅキ」と同意とも添えている。

 ところで、針突きの核になる尺骨頭部の文様は、次のようになる。

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(図4:尺骨頭部、左(アマングヮ)、右(サスカ:刳舟の腰掛))

 ハナハヅキに比べると簡素なので目立たないが、トーテムと蝶のモチーフは、琉球弧で共通のモチーフがしっかり息づいている。これを見ると、左手は「小アマン」と言われているが、「太陽」のようでもあり、「貝」の段階から変更が加わっていないのかもしれない。右は、「蝶」の意味が途切れている。

 山下文武は、尺骨頭部の文様は、下の手首内側と並んで、「入墨師に対する謝礼の丁重な人たちに多い」(同前)としているが、大島の場合、ハナハヅキの華麗さと引き換えに、尺骨頭部の重要さも忘れられていったと考えられる。また、「秀でた模様」は笠利、龍郷、三方、住用などの北部であるとしている。

◇◆◇

 さて、奄美大島の針突きデザインで、ぜひとも言及したいのは、尺骨頭部と並んでウデハヅキと呼ばれる手首内側の文様だ。

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(図5:ウデハヅキ)

 これは本人が両手を広げればこう見えていたことになる。

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(図6:手首内側:三宅宗悦・同前)

 これは部位によって、「亀の口」「魚の尾」「鳥の羽」「カマ」「ハサミ」「川エビ」などさまざに呼称されている。しかし、何度か書いてきたように、これは「蝶」をモチーフにしている。しかも、沖縄島周辺で出土している「蝶形骨器」の構成を元にしていると思える。(cf.「奄美大島前腕部の針突き文様」

 不思議に思えるのは、蝶形骨器の出土する沖縄島において、このウデハヅキの文様は現れないが、蝶形骨器の出土していない奄美大島と徳之島でこの文様が現れることだ。ここにはふたつの可能性が考えられる。

 1.もともと蝶形骨器を作っていたが、使用しなくなった代わりに、腕にこの文様を記すことになった。沖縄島では、この文様は消滅した。

 2.素材に使用されるジュゴンが沖縄島ほど多く出没しないなどの理由で、もともと蝶形骨器は作られておらず、その代わりにこの文様を記した。

 いまのところ、これを確定することはできない。1の場合であれば、徳之島や奄美大島でも蝶形骨器は出土を待っていることになる。どちらの場合でも、出土しない奄美大島や徳之島でも、蝶形骨器のデザインは知られていたことは重要だと思える。

 ここまでのところでいえば、貝(太陽)と蝶というトーテムと霊魂の具体的な表現がもっとも豊かなのが奄美大島だ。ハナハヅキの例2など、針突きデザイン最高の作品ではないだろうか。

 笠利で採取されたこの作品の持ち主の針突きを挙げておこう。 Photo
(図7:針突き、小原・同前)

◇◆◇

 さて、小原一夫も未調査で、その他の調査者によっても採取数が少ない加計呂麻島と与路島の例を挙げておく。

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(図8:加計呂麻島、三宅宗悦・同前)

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(図9:与路島、三宅宗悦・同前)

 加計呂麻島の場合、大島のデザインをやや簡素にした印象だ。与路島の手首内側は曲線を伴うのが印象的で、完全にブレスレット化していて美しい。これも蝶をモチーフにしていると予想できるが、その他の例などの詳細を知れないのは残念だ。小島は古層の思考を見事に保存していることがあるからだ。

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