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2016/11/10

徳之島の「針突き(tattoo)」デザイン

 規則性を持ちつつ個人差も激しい傾向では、琉球弧のなかで極北にある徳之島の「針突き」デザインの典型例を抽出しようと試みる。小原一夫の『南嶋入墨考』がもっとも事例を提供しているが、なにしろ46例から、「手の背」について32例の文様が抽出できるのだから、バリエーションが極めて豊富だ。たしかめてないが、ひとつとして同じものはないと言っていい。頭が熱くなる。

 それでも特徴を言うことができる。

 まず、徳之島の「針突き」が最も重視している文様の要素は、四つの山が頂上を中心に向けたような下図だ。

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(図1:四つ山型、左手甲)

 このモチーフは至るところに出てくるが、最も多い展開例は、山を二重に重ねた下図になる。

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(図2:二重四つ山型、左右手甲)

 この文様は、手の背の王と言ってよく、最も使用された文様だ(左手17、右手22)。

 この「四つ山型」は、尺骨頭部の文様とも呼応していると思える。

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(図3:枝つき十字形:右手尺骨頭部)

 これも基本形と言ってよく、数が多いのは点を付加した下図の文様だ。

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(図4:点・枝つき十字形:右手尺骨頭部)

 この二つの「枝つき十字形」は、上記の「四つ山型」(図1)と対応しているのが分かるだろう。

 さて、「四つ山型」系列の次に多い手の背の文様は、次になる。

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(図5:四つ山+四角形)

 これは、四つ山型に四角形を重ねたものだということが分かる。

 これでひと通りの役者は揃い、これらの要素を盛り込んだ典型例を挙げるとすれば、下記になるだろう。

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(図6:典型例)

◇◆◇

 ところでぼくたちの関心事で言うと典型例の他に、より古層に位置づけられるものを探ることになる。関心の深さで言えば、こちらの方が気になる。

 まず、「四つ山型」系列と「四つ山+四角形」型に交じって見られるのは、四角形をベースにしたものだ(下図)。

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(図7:四角形+四つ山)

 これにしても、四角形に例の四つの山が付加されている。そり屋根というか、映画『インセプション』のトーテム風というか、いかに「山」型の文様要素が重視されているかが分かる。

 ただ、これがそのまま使われているのではなく、ここに様々な要素が付加されて一群を形成している。それぞれは一例しかないものも多く、これを基本形にして多様なアレンジが施されている。

 この図形(図7)を、四つ山型の派生形と見なさなかったのは、四角形を独立したものと見なしたいからである。

 ぼくたちは、「山」やその連なりを、蝶形骨器の「蝶」の胴体部に淵源を持ち、針突きでは腕に手首にも展開されている山の重畳から採られたデザインだと考えている(cf.「奄美大島前腕部の針突き文様」)。これらは「蝶」モチーフなのだ。

 「蝶」は「霊魂」に該当するが、針突きのもうひとつの重要なモチーフは、「トーテム」である。だから、図7を四つ山型の派生形と見なせばトーテム系列の文様が見い出せなくなる。そこで、四角形を「蝶」とは別のものとして取り出したいのだ。

 トーテムとして見た場合、この四角形は「アマン」と見なすことはできないから、それより古い「貝」を示すものだと思える。

 この推論が正しいとして、より古層の痕跡を残し、かつ四つ山系の特徴も保持しているものとして二例、挙げることができる。

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(図8:古層の痕跡が見られる例)

 この二つの左手甲は似ているが、点の付き方が異なっている。このわずかな違いでもバリエーションを増やしているわけだ。

 注意していいのは、トーテムの座である左手の尺骨頭部は、これらの例で四角形で表現されていることだ。右手の場合、手の甲の文様の簡略形として尺骨頭部の文様ができているように見える。これに対して左手の場合、図7の「四角形+四つ山」を基本形にしていると言っても、尺骨頭部では「山」は省略されている。そしてそれはスペース上の問題ではなく、もともとトーテムの座として四角形が重視された結果だと考えられる。

 ところで、より古層の痕跡が認められるものとして図8を挙げたが、実は数の上からいえば、針突きデザインでお馴染みの「●」「■」が勝っている。これらを古層として採用しないのは、手の甲にあっても尺骨頭部に採用されることは少ないことや、これまで見た手の甲の文様の複雑さからいえば異系列と見なせると判断したためだ。これはあるいは沖縄文様の模倣か、ある時期以降の沖縄からの移住者の系譜にある島人の文様なのかもしれない。

 徳之島の「針突き」デザインの特徴は何だろう。それはまず、「蝶」の胴体部の「山」への特化で、「翅」を省略していることだと思える。これが何を意味するかは分からないが、胴体部の構成要素である曲線を交えた三角が、手の甲の主要素として取り入れられてる。それは簡略化されて右手尺骨頭部の文様も決めていっている。

 ぼくたちが「貝」モチーフと見なした四角形にも「山」は付加されていて、「蝶」要素は両手に進出している。それに押される形で、図5の「四つ山+四角形」では、実は四角形は辺が途切れるまでになっている。これは「蝶」の思考の強度を物語るだろうか。

 琉球弧全域でみれば、霊力思考の優位が共通しているが、差異をつけるとしたら、宮古、八重山で霊力思考はさらに強度を増す。その比較でいえば、霊魂思考の強度がある奄美の特徴を、徳之島はもっとも強く持っていると言えるかもしれない。

 またここまでの推論が正しいとすれば、徳之島の「針突き」デザインの特徴は、アマン・モチーフが出現しないことである。これは、アマンをトーテムとしなかったということではなく、「貝」モチーフの文様を保持し続けたことによる。こうした例は他にないわけではなく、宮古島でもアマン・モチーフは現れず、おそらくは「貝」と「蟹」が並記されている。だから、トーテムからみれば宮古島よりも古い段階で、針突きデザインの基本モチーフを変更していない。その分、文様のバリエーションへ志向性を持ち、あるいは「蝶」モチーフを浸透させたのが徳之島なのかもしれない。





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