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2016/11/11

喜界島の「針突き(tattoo)」デザイン

 喜界島の「針突き」デザインは、なんといってもアマン図形が際立っている。

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(図1:アマン、小原一夫『南嶋入墨考』)

 「アママー」(鎌倉芳太郎『沖縄文化の遺宝』)と読んだ文様は、意外にすばしこいヤドカリの姿を彷彿とさせる。アマン文様は琉球弧でもポピュラ-だが、生き生きとした動きを捉えたものとしては喜界島が屈指だ。

 右手尺骨頭部の「蝶」の文様も興味深い。

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(図2:蝶、小原一夫『南嶋入墨考』)

 三角形と四角形の組み合わせのなかでも、上下左右に三角形を向けているのが特徴的だ。こう配置したことで、喜界島の文様は、展開を生んでいる。

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(図3:「蝶」モチーフの展開、小原一夫『南嶋入墨考』、2番目は、鎌倉芳太郎・同前)

 こう並べてみると、起点の「蝶」を皮切りに、「トンヤ(魚を突くもの)」(鎌倉芳太郎、同前)を間において、右端の文様(小原一夫『南嶋入墨考』)への移行が想定できる。(三宅宗悦は、真ん中の文様を、「トゥギャ(トンニャ)」と聴取している。「南島婦人の入墨」)。

 この右端の文様は、宮古島で頻出する「タカゼン」と同じものと見なせる。これは、宮古島の「タカゼン」が、「蝶」由来の可能性を否定しないことになる。(cf.「アマム図形」

 「アマン」と「蝶」の要素を組み込んだ喜界島の典型を挙げてみる。

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(図4:典型例、小原一夫・同前)

 しかし、この例には注釈が必要だ。手の甲は、大島や沖縄本島に見られるように塗りつぶされたものであり、これ以前のデザインを持っているのだ(喜界島の場合、19才のときとある。鎌倉芳太郎、同前)。

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(図5:喜界島例1、鎌倉芳太郎、同前)

 上記の場合、渦巻きを並べたダイナミックな文様に上塗りされるわけだ。「貝の蓋」という出自もしっかり記録されている。この例もそうだが、片方だけ残すことがあるのが分かる。その場合、見えなくなった箇所の文様は、残された方を見ればわかるということだ。

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(図6:喜界島例2、小原一夫・同前)

 この段階は、三宅宗悦(「南島婦人の入墨」)によれば、初回が10~12、3才、次が15才くらいと早い。この点、那覇や糸満で人生階梯の最後に行うのとは考えが異なり、あくまで成女儀礼の意味が強いと言える。

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(図7:二段階、三宅宗悦・同前)

 上手の例では、二段階目には指の付け根(ニタマ)にも入れられている。

 この塗りつぶされた最終形のなかでもひときわ印象を残すデザインも挙げよう。

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(図8:喜界島例3、三宅宗悦・同前)

 最上段の例など、唸ってしまう。

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(図9:喜界島例4、小原一夫・同前)

 また、この例にも見られるように、ときに、手の甲から指の背まで一体化する志向性が喜界島にはある。これは、琉球弧のなかでも特異な位置を占めるものだ。塗りつぶすことにかけては、糸満に次ぐ。

 もうひとつ、喜界島の特徴として挙げるべきことがある。手首の内側の文様だ。

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(図10:手首内側、小原一夫・同前)

 奄美大島や徳之島のこの位置は、「蝶」をモチーフにしているが、喜界島はそれとは異なる。

 ここは「フナミチ(舟路)」と呼ばれ、「入墨中最も痛かったものと総て婦人が述懐している」(三宅宗悦「南島婦人の入墨」)箇所だが、デザインのモチーフは、もちろん「船の道」ではない。これは、尺骨頭部の文様と比較してみれば、それを分解したものだということが分かる。喜界島の手首内側は、もうひとつのトーテムと霊魂の表現なのだ。





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