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2016/11/08

16年後の伝播-琉球弧の針突き

 タトゥ・アーティストの大島さんに、こんど沖縄のハジチを入れる方がいるのでいかがですか?と声をかけてもらった。もちろんとばかりに、ご自身の映画(cf.『日曜日、すずは口笛を吹いた』(古勝敦監督))でも、主人公の少女の手にハジチを浮かび上がらせた古勝監督をお誘いして、7日の日曜にスタジオにお邪魔したのだった。

 最初の一時間が意思の確認と下絵。そして次の一時間が施術だった。施術は思ったより短時間であっという間に左手の文様が描き終わっていた。これは現在の工具では、そのくらいで仕上がるということではなく、大島さんの手さばきのなせる技だと思う。施術中、大島さんに彫りを入れている方の足元に注意を促されて、見ると刺繍のようなエレガントな文様だった。カリンマンタンの女性のトラディショナル・デザインだという。

 どうりでと思った。事前には、大島さんに奄美大島のデザインと聞いていたので、首里デザインと聞いて、なぜ?と不思議に感じていた。というのも、大島の文様といえば、ご覧の通りダイナミックでワイルドなものだ。

Photo
(小原一夫『南嶋入墨考』)

 一方、首里はといえば、王府のあったところに似つかわしく、琉球弧のなかでもおとなしめなので、大島と比べると対極的なデザインなのだ。

Photo_2
(小原一夫『南嶋入墨考』)

 どうりでと思ったのは、足元だけではなく、言われてみれば、既に施されている腕も、左右両腕のシントメリーを意識したエレガントなものだった。それなら、手も首里仕様がマッチしていると納得させられた。

Syuri2
(施術直後)

 ぼくは左手の尺骨頭部(とがったところ)の文様がアマン(オカヤドカリ)であることと、それがぼくたち島人のトーテム(祖先)であることを伝えさせてもらった。せっかくしてくれるのだから、意味もきちんとお伝えしたかったのだ。

 打ち上げに向かいがてら、古勝さんに「何気なく見てましたけど、すごいことが起きてるんですよね」と言われまったく同感だった。これは歴史的な瞬間なのではないだろうか。

 ここには不思議なやりとりが行われている。琉球弧の針突きがいつ消滅したのかは正確にはわからない。でも禁止令後も隠れて針突きをした女性たちは多く、彼女たちが長寿なことを思えば、それに遅く見積もりたいという願望も込めて、2000年だとしてみよう。そうだとしたらその16年後のことになる。場所は東京で、かつ施術を受けたのはジェンダー・アイデンティティが女性の方だった。

 複雑だけれど、20世紀末に消滅した琉球弧の針突き(ハジチ)が、16年後に東京で若いジェンダー・アイデンティティ女性の手に復活したことになる。

 首里のデザインが琉球弧外の人に受け入れられたのだ。彼女は、強いられたわけではなく、奄美大島のデザインと比べて悩んだうえで選択している。うかがえば、手にタトゥをすることに抵抗がなかったわけではない。なにしろ、どう服を着ても隠れる場所ではないから。その壁を越えて決心したときに、手には、腕にも脚にも入れていない日本のデザインを入れたかったのだという。そのとき、アイヌと並んで琉球弧の針突き(ハジチ)が選択肢になり、首里のデザインは受け入れてもらえたのだ。

 これが文化の伝播ということなのか。自分が目撃しているものの価値が後からあとから押し寄せる波のように、じわじわとやってきた。

 こう言えば歴史的な瞬間ということが少し分かってもらえるだろうか。

 施術を知らずに、もし街中で彼女とすれ違うことがあったら、ぼくは強い衝撃を受けて、呼び止めずにはいられなかっただろう。どうしてそのタトゥをしているのか、それが何を意味しているのか知っているのか、つぶさに聞かずにはいられなかっただろう。そしてすれ違うこともなければ、知ることもなかったわけだ。

 だから、その瞬間に立ち会わせてくれた大島さんにも、首里デザインを選んでくれた彼女にも感謝せずにいられない。文身禁止令から約120~140年(奄美と沖縄では時間差があるので)、誤解を恐れずに言えば、「土人」の文化には、どっこいしぶとい生命力があってポジティブに蘇るという、素敵な兆候と受け止めたい。

 あとはやはり、刺青をした琉球弧の最後の女性たちが、卑下するように隠すように生きざるをえなかったのをねぎらい、野生美としての価値を復興させたい。入れる入れないは本人の選択だけれど、少なくとも、かつてあった針突きの価値を受け取り直すのは島人としてすべきことだと思っているからだ。

 cf.大島さんのサイト [Tribal Tattoo APOCARIPT]

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