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2016/10/25

「亀」の位相

 亀の位相の手がかりになるのは、亀がジュゴンと対になって語られることだ。新城島の人は、「ぱなり人は亀の腕、ザンの腕」といわれてきた。

 「おもろさうし」では、「久高の澪に ザン網結び降ろちへ亀結び降ろちへ」と歌われ、新城島のザン捕りユンタでも、「ザン捕る網ば 持ちうるし かみ捕る網ば 引きうるし」と対句を形成する。新城島では、ザンを捕りに行って帰った者たちは、「ザンは捕れたか亀は捕れたか」と聞かれた。

 谷川寛一は、「ザンと亀とは海神の乗り物として、いっしょにあがめられる信仰があったことを暗示させずにはすまない」と書いている。

 ジュゴンと亀が対になるのは琉球弧だけではなく、トレス海峡でも海亀は「目のいい奴」、ジュゴンは「耳のいい奴」と呼ばれている(松本博之「「潮時」の風景」)。

 松井健は、「マイナー・サブシステンスと琉球の特殊動物」のなかで、新垣源勇が「二つの動物は生殖期に同じ海草をえさにしている」と述べているのを引きながら、「確認できる情報を手にしていない」と書いている。浪形早季子は、「南西諸島のジュゴン・ウミガメ・イルカ・クジラ遺体」のなかで、

アカウミガメとアオウミガメの食性をみてみると、前者は貝やヤドカリ、カニなどを餌とし、後者は海藻や海草を採餌する。前述したようにジュゴンの餌は海草であることから、アオウミガメとジュゴンは共通の採餌場であった可能性が高い。ウミガメ捕獲がジュゴン漁とともに行われていたとすれば、この地域でアカウミガメに比べてアオウミガメの方が多く出土している状況は両者の食性の違いを反映しているのかも知れない。

 と書いている。

 沖縄島の読谷では、「中国への使者の蔡譲が台風で難破したところ亀に助けられ無事に帰ったので、その恩義で蔡門中は亀の肉を食べない」。国頭では、「亀に噛まれると癩を病む」とい言われた(矢野憲一『亀』)。

 樋泉岳二は、前1期から後1期の連続的な堆積物が確認できる屋我地島の北海岸の大堂原貝塚について、書いている。前1~前3期では、「遺跡前面の沿岸域に発達中のサンゴ礁を伴う強い波浪を受けるサンゴ礫浜」だった。脊椎動物遺体でみると、前1期は、「イノシシが卓越し、ウミガメと魚類が加わる」組成になっている。前2-3期以上になると、「イノーの藻場を餌場とするジュゴンが見られるようになる」としている(「脊椎動物遺体からみた琉球列島の環境変化と文化変化」)。

 ジュゴンと亀が対で語られるのは、餌場の共通性に依るところが大きい。加えて、両者ともに「魚」とは異貌の存在だ。「神の使い」や「人間を助ける」という位相を持つのも似ている。ただ、亀はトーテムになりえたのに対して、ジュゴンは胞衣であり相方であるというところはちがう。そして、ジュゴンより亀との付き合いが古い。この意味では、人間と自然との関係、特に海との関係を想起するとき、サンゴ礁以前は亀であり、サンゴ礁期以後はジュゴンだったのかもしれない。

 

谷川健一 『神・人間・動物―伝承を生きる世界』

矢野憲一 『亀 (ものと人間の文化史)』

『琉球列島先史・原史時代における環境と文化の変遷に関する実証的研究: 研究論文集』


 

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