「牡丹に蝶」
『蝶の民俗学』で、今井彰は花札の「牡丹に蝶」をきっかけにこの図柄の由来を、唐文化に求めている。牡丹蝶文はいずれ琉球弧にも流入し、祝女の持つ扇の図柄にもなったのかもしれない。
月と瑞雲の裏面はテイダに相対する王妃の世界を表し、牡丹の花が咲き、蝶が飛び交う楽土を描いている(下野敏見『奄美・吐カ喇の伝統文化』)。
しかし、太陽と牡丹と蝶の取り合わせには別の連想も過ぎる。
さて、来間島で聞いた話では、この島の東がわには、非常にふかい洞窟があって、途中タカが洞窟を守っている。その底には牡丹の花があり、太陽の光線が射しこんでそれに当たるところがある。そこでこの洞窟を「太陽が洞窟(がま)」と呼ぶという(谷川健一「太陽の洞窟」)。
島人が貝を牡丹として象徴化したとすれば、「太陽と牡丹と蝶」は祝女自身を描いているともいえる。太陽と太陽の化身である貝と霊魂の化身である蝶。段階の違う思考の産物が一同に会しているわけだ。
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