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2016/09/26

ブー・フー・プス

 谷川健一は、八重山の「マブイごめ」について書いている。

 身内の誰かが、麻の紐を持ち出し、子供の年齢の数だけの結び目を拵えて輪をつくり、その輪の中に魚を追い込む動作をする。「それは外に出てしまった子供の魂を輪の中に入れる仕草なのです」。それが終わると輪になった麻糸を子供の首にかける。「それは魂が子供の身体にもどって、納まったことを意味する」。

 結び目を持つ麻糸の輪を首にかけることによって、魂を身体に鎮めることが可能となるというのが首飾りの原型であると私は考えています。

 宮古島では、運気(フー)が衰えたことを「フー下がり」という。フーを元に戻すには麻糸(苧)をまるめで縛り、フーの下がった人間の頭上に置く。また、臍の緒を煎じて飲ませることもある。「へそお」というのは輪に巻いた麻糸のこと。それを「へそお」と呼ぶのは、輪に巻いた麻糸が「へその緒」の格好をしているから。

 宮古島では、つむじは「ピス」という。へそはプス。ピスもプスも生命の息(フー)を体内に吹き込む所と考えられている。「そこで、このピスとプスはまぎれもなく親縁の関係を持つ言葉と考えられます」。

 谷川はここで重要なことを指摘している。そして、ことは「ピス」と「プス」だけではない。「フー」も「ブー」もそうなのだ。

 どの言葉が起点かは分からない。フーかもしれない。「フー」は息として運気として、もうひとつの霊魂を指す言葉になる。ブー(苧麻)はその思考のもとに見い出されたトーテムだ。おそらく、臍の緒と似ているというだけではない、苧麻から採れる糸のつらなり、息などを霊力の表現として捉えたのだ。苧麻がトーテムになるのは、自然の現われ方から自身の姿を見るという眼差し返すという視線が生まれた段階だという気がする。

 宮古、八重山の「マブイごめ」は、そのブーによってフーをつなぎとめるべく、身体にブーが巻かれる。霊魂も霊力的に捉えられている。あるいは、霊魂としての霊魂は、霊力としての霊魂にくるまれている。だから、マブイごめも「タマスツケ(タマスアビャー)」と表現する方が正確なのだと思える。


『谷川健一全集〈第11巻〉民俗3―わたしの民俗学 わたしの「天地始之事」』

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