« 「科学&神話」空間としてのサンゴ礁(珊瑚礁の思考カフェ Vol.5) | トップページ | 『縄文の神 よみがえる精霊信仰』(戸矢学) »

2016/09/21

『問題は英国ではない、EUなのだ』(エマニュエル・トッド)

 エマニュエル・トッドは以前、英国はEUから離脱すると言っていてそんなことはあり得るのかと驚いたが、実際そうなってしまった。で、『問題は英国ではない、EUなのだ』も読んでみることにした。

 トッドによれば英国のEU離脱の動機は移民問題ではなく、イギリス議会の主権回復だった。それはふだんはおとなしい英国の労働者階級の反抗であり、そこにはグローバリゼーションに対する疲労がある。

 トッドはこれを歴史的な推移として見ている。英国が近代化のリーダーだったことを忘れてはいけない。その英国が自ら先鞭をつけたグローバリゼーションの流れからいち早く抜け出ようとしている。それは近代国家の再構築というモデルなのだ。

 米国でドナルド・トランプが支持を得ているのも同じ流れのなかにある。「彼らは、国家としてのアメリカの再建を夢見て、グローバル化の言説からの解放を要求している」のだ。

 イギリスのEU離脱は、西側システムという概念の終焉を意味しています。今後はどのような再編もあり得ます。これは、冷戦の真の終わりです。

 そこでありうるシナリオは、国民国家の再構築に着手するか、さらなるグローバリゼーションの荒波にさらされるか。トッドが英国のEU離脱を歓迎する理由がこれで分かる。

 社会と国際関係の安定を望む民衆は、過剰なまでのグローバリズムの進展に小休止を呼びかける権利を持っているのではないでしょうか。(中略)経済的格差の拡大、スケープゴートを求めてイスラム恐怖症という妄想のカテゴリーを生み出す背景です。イスラム恐怖症をこれ以上蔓延させないためには、そういった民衆の希望を考慮する必要があるはずです。

 トッドは、適切な言葉か分からないが理念を掲げた思想家ではなくリアリストであるから、国民国家を至上のものと考えているわけではない。

課題は日本を含めた先進国世界に共通だと考えています。急速なグローバリゼーションを受けて、貿易はどんどん開かれた状態になり、各国間の経済波及効果はいまだかつてないレベルにまで高まっています。それは基本的には良いことだと思いますが、あまりに性急だった感は否めません。所得格差は拡大し、高等教育の発展によって市民集団の同質性は溶解しました。

 こういう発言を見ても、彼が呼びかけているのは「小休止」だというように見える。

 トッドが懸念しているドイツについては、日本と照らしても興味深い視点が見られる。トッドに言わせれば、ソ連ブロック崩壊後の米国のロシアに対する過酷な政策は「戦略的にとてつもない過ち」だった。

 ドイツ人は、第二次世界大戦における米国の勝利を正統なものと見做していません。(中略)ナチス・ドイツと熾烈に戦った連合国側兵士の九〇%がロシア人だったということを、ドイツ人は知っているからです。

 だから、米国のロシア政策は第二次世界大戦が無かったかのごとくの仕打ちだった。そこでトッドが言うのは、「その結果、ドイツは自国の過去から解放されました。つまり、反ロシア政策をとったことで、米国はドイツに対するコントロール力を失ったのです」、ということだ。

 ドイツもまた、第二次世界大戦処理に米国の欺瞞があるのを知っていること、日本に比べたらはるかに戦前の克服に努力しているように見えるドイツも、過去からの解放を感じたこと、そのドイツが移民問題に開放的になるのは野望という以外にも、戦前回帰という評価への恐れを持っているだろうことが推察されてくる。

 トッドに言わせれば、「ヨーロッパをめぐる今日の最大のパラドクスは、不安定なドイツがヨーロッパのイニシアティブを握っているという点」にあるということになる。

 人口や教育の視点からみれば、米国は安定化に向かい、ロシアは復活し、中国超大国論は神話に過ぎない。そこで日本への提案としては、安定した対外関係は安定に向かう国との関係から得られるから、日本のパートナーにふさわしいのは米国とロシアだということになる。その際、「アメリカの尊厳を傷つけないようにする必要がああります」という辺り、トッドが単なるパズルとして考えているわけでもないことが分かる。

 トッドは、「日本人自身が自分たちの国が危険な国であると必要以上に思い込んでいる」とも指摘する。それにはそう思うだけの理由もある。トッドの見通しに頷かされるように言えば、戦前回帰型のナショナリズムに陥らずに国民国家を再構築することが課題であるように思えた。

 


『問題は英国ではない、EUなのだ 21世紀の新・国家論』

|

« 「科学&神話」空間としてのサンゴ礁(珊瑚礁の思考カフェ Vol.5) | トップページ | 『縄文の神 よみがえる精霊信仰』(戸矢学) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/87956/64223779

この記事へのトラックバック一覧です: 『問題は英国ではない、EUなのだ』(エマニュエル・トッド):

« 「科学&神話」空間としてのサンゴ礁(珊瑚礁の思考カフェ Vol.5) | トップページ | 『縄文の神 よみがえる精霊信仰』(戸矢学) »