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2016/08/13

『伊勢神宮の原像』(鳥越憲三郎)

 鳥越憲三郎は『伊勢神宮の原像』(1973年)で、サルタヒコがアメノウズメに「負けて」道案内するところで、琉球の「鬼持ち伝承」を引いている。

 「女陰は鬼を食う力を持っている」という同じ伝承が本土にもあって、それが神話にとり入れられたというわけだ。

 サルタヒコとアメノウズメの出会いの場面で鬼餅伝承が引かれるのが面白いポイントで、サルタヒコの最期でも反復されることになる。

 ここからみると、琉球弧の鬼餅伝承は、蛇とシャコ貝とその子の時代の終わりを意味していることになる。

 阿佐加国の神が荒ぶる神であったということは、猿田彦大神が荒ぶる神であったということである。神が荒ぶるという表現は、古代にあっては、その部族が荒ぶるものであったことを示す。

 谷川健一は、「悪神とサルタヒコを同一視しなければならぬか、私にはまるで合点がいかない」と噛みついている(「サルタヒコの誕生」)。しかし、ここは鳥越の見解の方が妥当に思える。

 谷川が噛みついたのはもう一箇所ある。

 「広汎な阿佐賀国の守護神として、猿田彦大神は人びとから信奉されていたのである」。

 これも鳥越の方が妥当だと思う。

阿佐賀国全域の住民から大神と尊称される猿田彦大神であったので、海との関連説話もこの神は生じ得たのである。

 これは、阿佐賀で猿田彦は死ぬのに阿佐賀が海から離れているのはなぜかということへの説明なのだが、それは阿佐賀がシャコ貝をトーテムとする人びとだったからだと言う方がいいのだろう。


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