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2016/08/11

「南方世界のサル-サルタヒコ神話の基層を探る」(後藤明)

 サルの宝庫である東南アジアの神話では、「猿は地上の人間の片割れ、特に樹上の片割れ」として現われる。

地上・上部の存在という性格から、猿と雷神との関係も生まれるのだろう。

 奄美ではケンムンが貝に挟まれる理由が分かる。

 「猿とジュゴン」では、「夫婦ないし家族の間に不和が生じ、父親がジュゴン、母親ないし娘が猿になってしまった」という民話がある。猿は男女どちらでも変身しうる。

 この後藤の紹介はとても面白い。猿とジュゴンは、人間の片割れと見なされるわけだ。ここで、猿をサルタヒコとして、「蛇とシャコ貝の子」に分解すると、ジュゴンはシャコ貝の「胞衣」だから、猿とジュゴンは、ここからみてもとても近い。

 ボルネオでは「森で死んだ者の霊が猿に変わる」。フィリピンでは「人間の出現以前に存在していたのが猿だから、猿は祖先なのだと言われる」。猿は、「動物以上の動物」、「人間以下の人間」という多義的なイメージを持つ。

 この多義性は、「動物以上の動物」がもたらす零落の幅のことだ。

 海人のあいだでも猿をペットとする風習は珍しくない。このような背景が「貝に手を挟まれる」モチーフを生み出す背景にある。

 猿田彦は「天界から来る天津神を境界で阻止しようとするが、屈服し、先導する。天界と地界の境界に存在し、役割が逆転する。身変わりがすばやいのである」。「ウズメノミコトとサルタヒコはペアになって、天津神の天界から地界、そして地界から水界への移行の序曲を構成する」。さらに「ウズメノミコトの子孫はサルタヒコの名前をとって猿女君と名乗り、重要な女性祭祀の一族を形成する」。

 後藤は、根人に対する根神の位置に猿女君があったのではないかと考えている。その始祖の位置にあるのが猿田彦だ。

 今回も後藤明にお世話になった。

 

『サルタヒコの旅』


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